天使で悪魔






黒の派閥 〜VSイニティウムマスター〜





  一番割が合わない事は何か?
  それは巻き込まれる事。
  直接関係ないのに巻き込まれる事が一番面倒で最悪。






  ドカアアアアアアアアアアアアアンっ!

  ブラックウッド団残党のネコの集団。
  その1人が叫ぶと倉庫に蓄積されていた火薬が一斉に爆発した。
  火薬は魔法が使えなかった有史以前のアイレイド時代の人間の武器であり骨董品的扱いではありますけど……改める必要がありますわねー。
  火柱が上がる。
  そこら辺で爆発が起こる。
  連鎖爆発。
  火薬は旧ブラックウッド団が港湾貿易連盟に依頼して掻き集めたものだったらしいけど……なるほど、この取り引きそのものが罠なわけですわね。
  大っぴらに動き、その動きを見せ付ける。
  結果としてここに集まったのがブレイズとアートルム。
  ブレイズは皇帝直轄、アートルムは元老院直轄。2つの諜報機関がここに集まった。罠の仕掛け人は2つを潰すつもりらしい。
  実に結構。
  勝手にしてくれていいですわ。
  わたくし達?
  無関係ですわ。政治には関係ない。
  「撤退しますわ」
  「御意」
  「わ、分かりましたー」
  わたくし達は撤退する。
  一階では戦闘が繰り広げられていた。
  指揮系統が異なるのでブレイズ&アートルムは共闘していない、一緒の場所にいるだけで個別に戦闘しているに過ぎない。
  だから。
  だから相手にそこを付け込まれている。
  わたくし達は上から見ているだけだからよく分かる。ネコ達は黒衣の集団と共に2つの諜報機関に突撃。あの黒衣の集団が黒の派閥なのだろう。
  何者だろう?
  ……。
  ……あれ?
  そういえば以前霊峰の指を習得する際にぶつかった相手が黒の派閥を名乗っていた気がする(霊峰の指参照)。
  なるほど。
  既にわたくしは戦端を開いているわけですわね。
  まあ、因縁深めるつもりはない。
  撤退ですわ。
  ちなみにルドラン貿易の面々もある意味で巻き込まれる形でここにいるものの戦いの余波に巻き込まれてバタバタと倒れている。
  ボスはとっくに死んでるし。
  港湾貿易連盟の加盟組織はここに1つ潰えた。とりあえずわたくしの目的は果たした。
  さあて。
  「帰りますわよーっ!」
  「御意」
  「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ。2度とお嬢様の殴り込みには付き合いませんからねーっ!」

  ドカアアアアアアアアアアアアアンっ!

  火薬が大爆発。
  その爆発力に巻き込まれて階下で戦う者達を容赦なく巻き込む。
  派閥関係なくね。
  まあ、わたくし達には関係ない。
  侵入してきた天窓から脱するべく……。
  「まずいですわ」
  「お嬢、どうなされました?」
  「レックスが外に出張ってますわ」
  「それはまずいですな」

  アンヴィル港湾地区。
  戦闘の渦中にある倉庫の周囲。
  「全隊包囲っ! アートルムが特命で動いているようだが我々は我々の仕事をせよと伯爵閣下から指示されたっ! 衛兵の務めを果たすぞっ!」
  『おうっ!』

  レックス、ノリノリ。
  さすがは熱血漢ですわね。
  倉庫を包囲した。
  ……。
  ……まずい。まずいですわー。
  今回の港湾貿易連盟の倉庫の殴り込みは先代灰色狐であるコルヴァス伯爵に話を通していない。
  衛兵隊が介入するのも仕方ないだろう。
  ちっ。
  余計な事をーっ!
  「天窓は駄目ですわ」
  「ですな」
  「ですよね」



  戦闘はしたい奴に任せる。
  黒の派閥とやらはブレイズ&アートルムに突撃している。質の上では2つの諜報機関が上ではあるけれど指揮系統がバラバラで次第に追い詰められて
  いる。もちろんわたくし達には関係ない。
  勝手に殺し合えばいい。
  倉庫は炎上を続けている。火薬があちこちで爆発した為だ。
  既にルドラン貿易は勝手に壊滅していた。
  なるほど。
  結局、港湾貿易連盟は大局から見たら小物でしかないわけだ。
  その時……。
  「お嬢っ!」
  キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
  通路を曲がりかけた時、グレイズが鉄のクレイモアを引き抜いてわたくしを押し退ける。グレイズの剣が唸りを上げた。
  敵っ!
  「ほう。ジョフリーを始末する為に探していたが妙なネズミがいたものだ。……いや、キツネか?」
  『……』
  黒衣の男。
  顔を隠しているので正体は分かりませんけど……いやまあ、そもそも黒の派閥がどういう組織かも知りませんけど……こいつ出来る。
  何者だろう?
  「お前はグレイフォックスか?」
  「そうですわ」
  「これはこれは。お前が辿る不運を哀れに思うよ」
  「不運?」
  「盗賊風情が立てる舞台ではない。散れっ!」

  「お嬢、ここはお任せをっ!」
  「グレイズっ!」
  アカヴィリ刀を持つ漆黒の男と刃を交えるグレイズ。
  敵は強い。
  グレイズは騎士道崩れの精神の持ち主だから女性とは刃を交えない。それは淑女に対しての非礼だと彼は言う。
  だから。
  だからグレイズは闘技場の剣闘士として昇格できなかった。
  ずっとチャンピオンはノルドの女性だったから。
  もしもその精神さえ捨てていればグランドチャンピオンであるグレイプリンスを倒していたかもしれない。
  グレイズの剣の腕は卓越している。
  にも拘らず……。
  キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
  キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
  キィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィンっ!
  「なかなかやるなっ!」
  「……」
  互角に渡り合う黒衣の男。
  何者?
  グレイズの声には多少の焦りがあった。
  つまり彼は直感的に感じているのだ。
  敵のほうが強いと。
  ならばっ!
  「霊峰の……っ!」
  「ジョニー、お嬢を連れて逃げろっ!」
  強い声。
  その声に驚きジョニーはわたくしを羽交い絞めにする。魔法は中断された。
  「不敬罪で始末しますわよっ!」
  「お嬢様っ!」
  「何ですのっ!」
  「グレイズが真剣なのはそれが得策だと思っているからっすっ!」
  「……ええいっ!」
  何ですのっ!
  急に2人とも格好良くなって。これだから男はずるいですわ。
  ……。
  ……もちろんわたくしにも意味が分かる。グレイズが真剣な理由。それはつまり纏めて掛かれば勝てるかもしれないけど焼死の可能性があるという事
  だろう。つまり戦闘が長丁場となり泥沼と化すと踏んでいるのだ。泥沼となれば逃げ損ない焼死。
  1人なら適当に逃げれる、そうオークは言いたいのだろう。
  まったく。
  男って急に格好良くなるから反則ですわね。
  「グレイズ」
  「はい」
  「屋敷で待ってますわよ」
  「御意」
  冷静になればわたくしにも状況判断が出来る。
  いささか取り乱しましたわね。
  恥かしいですわ。
  「ジョニー」
  「はい?」
  「始末」
  「……何故に?」
  「羽交い絞めする振りして胸を揉んだから」
  「人間の胸なんかに興味ないですよ濡れ衣だーっ!」
  「あら? それはそれで侮辱ですわね。……生皮剥いであげますわー☆」
  「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃお嬢様絶好調ですねーっ!」
  「ほほほ☆」
  グレイズに任せてここは撤退。
  大丈夫?
  ええ。グレイズは大丈夫ですわ。何しろ約束を護る男ですからね。
  撤退。
  「行きますわよ、ジョニー。……あの世に」
  「嫌ですってぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!」
  「ジョニーうるさい。撤退」
  「……あっしの人生は弄られて終わりなのかー……」


  2人が去った後、戦うグレイズと黒衣の男。
  炎が建物を舐める音。
  どこかで戦闘をする音が断続的に響いている。
  この戦いの音響の中の1つに刃を激しく打ち合わせる音が含まれていた。グレイズの豪剣を巧みに受け流す黒衣の男。
  タッ。
  大きく後ろに飛び間合を保つ黒衣の男。
  グレイズは追わなかった。
  対峙する。
  「オーク、名乗れ」
  「グレイズ」
  「グレイズ、その名を記憶しておこう。私はイニティウム・マスター。……通称であり役職名だ。本来の名前は勘弁してくれたまえ。ジョフリーがどこかに
  いる以上、正体は伏せて置きたいのでね。もちろんジョフリーは殺すのだが殺すまでは匿名のままでいたいのだ」
  「名など関係あるまい」
  「確かに」
  「お嬢に約束したのだ。生きて帰る。お前を倒してな」
  「お前はなかなかの男だが惜しい事に仕えるに値する主には巡り合せていないようだ。……殿下の部下となれ。イニティウムに推薦してやろう」
  「無用っ!」
  「そうか。ならば散れっ!」





  その頃。

  「ちっ。厄介な場面に手を出してしまった」
  率いていたブレイズの小隊が乱戦の中で壊滅。
  生き残りはジョフリーのみ。
  囲みを突破して倉庫内を彷徨っていた。もちろん脱出の為だ。アートルムの部隊と黒の派閥の部隊の戦闘は続行されていたもののジョフリーは最後まで
  付き合う気はなかった。
  元々今回介入したのは『アートルムが大挙として動いている。もしかして先帝の遺児を見つけたか?』という意味合いだ。勝手に介入し、勝手にさっさと
  撤退する。しかしそれは長生きの秘訣でありジョフリーの処世術の1つだった。
  ジョフリーは焦っていた。
  今回の展開?
  いや。
  彼の焦りは先帝の遺児を見つけ出せずにいる事だった。
  今まで皇帝の隠し子をブレイズに仕立て上げ捨て殺しにしてきた。殺された者達は自分達の正体を知らずに逝った。
  今になって皇帝の遺児のストックはゼロ。
  皇帝を奉戴する事でしかブレイズの復権はありえない。
  ジョフリーは焦っていた。
  「どうしたどうしたジョフリー。今まで殺しまくっておきながら今さら皇帝の血筋が必要とは……随分と皮肉な話だな」
  「誰だ?」
  アカヴィリ刀を抜く。
  ジョフリーは政治力だけでの仕上がった人物ではなく剣の腕も帝国では随一。
  敵が誰であろうと容赦なく斬るつもりでいる。
  「俺様が皇帝でどうだ?」
  「誰だ貴様」
  「誰……ああ、そうか。今の俺様は若いからな。くくく。お前は随分と禿げ上がったものだ。……気苦労か?」
  「誰だ貴様」
  「相変わらずジョークの通じない奴だぜ。俺様はてめぇに捨て殺しにされた男だよ。くくく」
  「……デュオスか?」
  「そうともっ! お前に殺されたはずのデュオス様だっ!」
  「殺したはずだ」
  「ああ。確かにな。爺に助けられなければ死んでただろうな。だがそんな事はどうだっていい。俺様は生きている、そして今の俺様ならてめぇを殺せる」
  バッ。
  デュオスは手を挙げた。
  ヴァルダーグ、ディルサーラ、阿片、ブリュンヒルデが現れる。デュオスの親衛隊のイニティウムのメンバー達だ。
  五対一。
  「勝てるか、この布陣に?」
  「逆賊めっ!」
  「逆賊? ……くくく。面白い理屈だな。お前ら帝国がちょっかい出さなければ俺様達はここにはいねぇよ。会う事すらなかった連中さ。……まあいい。別
  にジョフリー、あんたに説教するつもりも話し合うつもりもない。もちろん折れ合うつもりも分かり合うつもりもないさ。するのは殺し合いだけだ」
  「戯言を」
  「まさかお前まで関わってくるとは思わなかったよ。アートルムだけを誘き出すつもりがブレイズが出張ってくるとはな。人生ってのは不思議空間だぜ」
  「切り抜けてみせる」
  「そいつは頼もしい。ただ宣言しておいてやるぜジョフリー」
  「何をだ?」
  「俺が皇帝になって帝国を継いでやる。お前はその賢しい頭でこれ以上余計な事を考える必要はない。ここで死ねっ!」