天使で悪魔






仕組まれた取引





  起こる全ての事象が偶発的に起こるとは限らない。
  仕組まれている。
  最初から。

  そういう場合も多々あるのだ。
  そしてそれは……。






  殺し屋との接触の翌日。
  結局相手が誰か分からなかったものの、すぐさま再登場する事はないと確信しているので共を連れずにアンヴィル城に行くとしよう。
  確信は確かですわ。
  すぐには再登場しないでしょうね。
  依頼で動いている以上、誰かが差し向けない限りは再登場はありえない。
  今回差し向けた依頼人が再び同じあの暗殺者を差し向けるとは考えられない。依頼放棄した相手を再び送り付ける事はない。てか絶対ない。
  つまり。
  つまり同じ殺し屋は差し向けられない。
  他の手合いは送り込まれるかもしれないけど、昨日の暗殺者ほどの実力者は来ないだろう。
  雑魚の暗殺者がダース単位で来てもそう怖くはない。
  まずは一安心。
  まずはね。


  アンヴィル城。
  防衛の為なのか、それとも初代城主が風光明媚な性格だったのかは分かりませんけどアンヴィル城は海に浮かぶ小島の上にある。
  観光名所の1つだ。
  わたくしは城に遊びに来た。
  特に用はない。
  コルヴァス伯爵は先代灰色狐で懇意だし、アンブラノクス伯爵夫人はわたくしにとって姉のような人。
  城に行くのに特に用件は必要ない。
  よっぽどの事がない限りは会ってくれるし。
  城と街を繋ぐ橋を渡り、城門を越え、城内に入る。
  衛兵が恭しく頭を下げた。
  「これはシャイア子爵。伯爵閣下とご面会のご予定は……ありませんよね、相変わらず」
  「失礼しちゃいますわ」
  「申し訳ありません。……ただすぐの面会は無理かと」
  「無理?」
  何かあったんだろうか。
  「どうかしましたの?」
  「実はコロールから客人が来ているのです」
  「へぇ」
  少し興味が湧いた。
  アンヴィルとコロールは特に懇意な街ではない。どういう意味合いで客人が来たのだろう。
  聞いてみよう。
  「誰が来てますの?」
  「ジョフリーとかいう聖職者です」
  「ジョフリー?」
  聞いた事あるようなないような。
  ……。
  ……ああ。あの坊さんか。
  確かコロールの近くの修道院にそんな人がいたような気がしますわ。
  コロールの伯爵家とわたくしは懇意で何度も行った事のある街。だから何かの話で聞いたような気がする。そういう坊さんが修道院にいると。
  まあ特に必要のない情報なのでほとんど覚えてませんけど。
  何しに来たんだろ。
  「ジョフリー殿以外にはピナール殿、マボレル殿です」
  「ふぅん」
  「何でもアンヴィルの聖堂の聖職者と宗教論争する為に来たそうです。……ただジョフリー殿達はタロス信者でアンヴィルの聖堂はディベラ信者。どの
  ような宗教論争するつもりかは一階の衛兵には皆目見当も付きません」
  「ふぅん。わざわざ招いたのですの?」
  「いえ。勝手に来たそうです」
  「……問題発言ですわね?」
  勝手に。
  そう衛兵は言った。
  さすがに失言に気付いたのか咳払いした。
  「し、失礼しました」
  「問題ありませんわ」
  「そ、そのこの事は伯爵様にはご内密に。……修道院の方々は現在伯爵様に挨拶しております。それまで面会は控えて頂きたく……」
  「分かっていますわ。控えの間で待っていますわ」
  「では終り次第お呼びします」
  「よろしく。では御機嫌よう」
  控えの間に移動しよう。
  それにしても。
  それにしてもコロールの隠居坊主どもが何しに来たのだろう?
  衛兵の言い分ももっともだ。
  論ずるべき神がそもそも異なるのにどうして来たのだろう。同じ九大神とはいえまったく別物の神様だ。
  言えるのはただ1つ。
  「何しに来たんだろ」


  控えの間。
  伯爵(つい最近まではアンヴィル領主代行だった伯爵夫人)に謁見するまでの時間潰しの控え室。
  「んー。暇ですわねー」
  今、謁見しようというものはわたくしだけの模様。
  城内は静か。
  まあわざわざ騒ぐ馬鹿はいませんわね。
  伯爵家がいるのだから静寂が普通。無駄に騒げば不敬罪だ。
  それにしても。
  「んー。暇ですわねー」
  暇。
  暇。
  暇。
  これってどうなんでしょうねぇ。暇潰しに城に訪れておきながら控えの間で暇を堪能する。……完全なる皮肉ですわね。わざわざここまで来て暇する
  のであれば自宅で暇を堪能していても問題ない。むしろその方が疲れずに済む。
  人生皮肉の連続ですわ。
  そもそも今日に限ってコロールの隠居坊主どもが来るのが悪いんですわ。
  本当、何しに来たんだろ。
  コツコツコツ。
  「ん?」
  「やあ」
  平凡な風采の初老の男が控えの間に現れる。
  鍛冶師のオリン。
  この城に入り込んでいる盗賊ギルドのメンバーでアンヴィルを代表する顔。まあ、この街の支部長的な感じかしらね。
  一応表向きは宮廷鍛冶師。
  武具の修繕や作製を伯爵家から任されている立場。
  ……。
  ……ちなみに。
  わたくしがグレイフォックスだとはこの初老の男性は知らない。
  盗賊ギルド内で灰色狐だと知っているのは6人だけ。
  側近のジョニーとグレイズ。
  参謀のスクリーヴァとアーマンド。
  伝令のメスレデルとアミューゼイ。
  その6名だけ。
  他の盗賊ギルドの面々はわたくしの事を『新生灰色狐のお気に入りの盗賊☆』としか認識していない。ついでに言うなら新生灰色狐の指示で報告すべき
  事柄は私にするようにという達しが来ている。まあ、わたくしがし自身だけだと。
  新生灰色狐=アルラ子爵、なんですからね。
  ほほほ☆
  だから。
  だから鍛冶師オリンがわたくしに報告するのは決しておかしな事ではない。
  さて。
  「どうかしまして?」
  「報告がありますアルラさん。ルドラン貿易に関してです」
  「続けて」
  「はい」
  丁度いいですわ。
  暇してましたし。
  それに次の標的であるルドラン貿易の情報を手に入れられるのだから丁度いいですわ。
  「まずはこれが報告の書類です。お眼を通して頂けますよう」
  「分かりましたわ」
  鍛冶師オリンのわたくしに対する物腰は丁寧そのもの。
  意味は分かりますわ。
  何故ならわたくしは灰色狐のお気に入り。……まあ、その灰色狐はわたくし自身なんですけどね。どういう意味合いでの『お気に入り』として認識してい
  るかは分かりませんけど、わたくしは灰色狐と密接に通じ合っているというのが盗賊ギルド内部の認識だ。
  だから丁寧に接する。
  さて。
  「眼を通すとしましょうか」



  『ルドラン貿易に関する報告』

  『主にサマーセット島から工芸品や珍奇な武具を購入しシロディールに売却している貿易会社。社長はルドラン・ロス。インペリアル。社員は120名』

  『表向きは貿易商ですが実際には海賊であり売買している物は全て略奪品。またサマーセット島から禁制の品々を持ち出してシロディールに持ち込んで
  いるという情報もあります。カストール商会(港湾貿易連盟 〜義賊の美学〜参照)壊滅後はその縄張りを吸収する事で勢力を拡大しています』

  『港湾貿易連盟に所属』

  『ルドラン・ロスは港湾貿易連盟の総帥であり母体であるドレス・カンパニーの社長アレン・ドレスの相談役として権勢を誇っています』

  『近々大きな取引が控えているようです』


  「取り引き?」
  報告書から顔を上げてわたくしは問う。
  そう記されている。
  それも近々大きな取り引き。
  「その取り引きの概要は?」
  「現在調査中です」
  「ふぅむ」
  「ただ金貨100万枚は動くだろうと言われています」
  「100万……っ!」
  思わず声が上擦った。
  そりゃそうですわ。
  国家規模の金額だ。何の取り引きかは知らないけど桁が1つ多い。だけどそんな金額が動く取り引きって何だろう?
  そしてその相手は?
  ……。
  ……これは臭いますわね。
  どんなに大規模な犯罪結社とはいえ国家規模から考えたら些細な存在でしかない。
  金貨100万枚?
  どんな相手だそれは。
  うーん。
  わたくしにしてみればその取り引きを取り仕切るルドラン貿易よりもその取り引きを持ちかけた相手の方が気になる。持ちかけたのは十中八九相手側
  だろう。どんなに潤沢な資金力を誇っていても犯罪結社には限度というものがある。
  何者?
  「取引相手の見当も付きませんの?」
  「それが皆目」
  「ふぅん」
  「あっ、ただ未確認な情報なのですが……」
  「何ですの?」
  「ブラックウッド団残党が動いているとかいないとか」
  「ブラックウッド団?」
  「はい」
  「んー」
  それはそれでありえない気もしますわねぇ。
  ブラックウッド団はブラックマーシュのアルゴニアン王国からの尖兵。ただ既に王国の戦争論者は失脚して穏健派が主導権を握っている。今さら資金
  援助して残党を動かすとは思えない。ただのデマかそれとも……。
  もちろん別の考え方もある。
  今までアルゴニアン王国から送られてきていた資金を背景に残党が何かしようとしているのかもしれない。
  それはそれでありえる。
  「オリン」
  「はい」
  「アンヴィルにいる盗賊ギルドのメンバーの総力を上げてこの件を調べて。任せましたわ」
  「了解しました」
  「それと伯爵にわたくしが帰った事を伝えて。では御機嫌よう」
  「はい」
  忙しくなってきましたわ。
  その取り引きに介入してルドラン交易を潰して、それからブラックウッド団の資金を強奪。
  犯罪結社狩りは盗賊ギルドの大切な資金源。
  一網打尽にしてあげますわ。






  その頃。
  アンヴィル城の玉座の間。
  修道僧達が謁見を終えて帰った後、オリンがアルラが帰った事を告げた。
  「そうかアルラが来ていたのか。悪い事をした」
  コルヴァス伯爵は呟いた。
  伯爵に復帰してからコルヴァス伯爵は精力的に政務に精進している。伯爵の帰還を喜ぶ市民団体の代表と面会したり帝都からの税務官と応対したりと
  忙しい日々が続く。ただ今回のコロールの修道僧に関しては伯爵自身も見当が付かないでいた。
  何しに来たのか。
  それがまるで分からない。
  「コルヴァス伯爵」
  コツ。コツ。コツ。
  精悍な顔立ちの衛兵が敬礼、玉座に座る伯爵の数メートル近くで立ち止まった。
  この都市の治安全権を任されているヒエロニムス・レックス隊長だ。
  灰色狐逮捕に執念を燃やした帝都の名物男は、今ではアンヴィル市民の信頼を勝ち得た衛兵隊長として有名だ。
  「どうしたレックス隊長」
  「閣下はご存知でしょうか。諜報員達が動いている事に」
  「……帝都の連中の事か?」
  「はい」
  その件に関してはコルヴァス伯爵も知っていた。
  元老院直轄の諜報機関アートルムが街に入り込んでいる。それも多数。しかし分かっていてもどうする事も出来ない。アートルムは元老院の命令で動く。
  伯爵とはいえ彼らには何の権限も持たない。
  そもそも何の情報も下りて来ない。
  何しに来たのか。
  それすら分からないのだ。
  「閣下。連中の好きにさせていいのでしょうか」
  「いいとは言わん。しかしどうしようもないのが現状だ。下手に動けば連中の成果を台無しにする恐れもある。それに介入する、それは越権行為だ」
  「それは分かります。ですがアンヴィルは閣下の街です。主導権は閣下にある事を知らせるべきです」
  「ふむ」
  難しい問題だなと伯爵は思った。
  それは断固とした行動をと主張するレックスも同じだ。
  何も知らずにに下手に動いた結末が最悪の事態を招く事すらありえるからだ。諜報機関アートルムが情報をくれれば何の問題もないのだが秘密主義の
  連中がそんな事をするわけがない。つまりこのままでは蚊帳の外。
  「レックス隊長」
  「はい」
  「君の言い分は分かるが連中は元老院の指示で動いている。指揮権は向こうにある。何の為に来たかは知らんが邪魔はするな」
  「……はい」
  頷きながらレックスは軽い失望を覚えた。
  帝都でも色々と邪魔があった。何かしらの利権の一部を噛んでいる帝国上層部からの邪魔だ。
  アンヴィルならば。
  アンヴィルならば正しい事が出来ると思っていた。
  だが結局は同じ。
  強い者には従う。それがここでも罷り通るのかと思った瞬間、伯爵に軽い失望を覚えたのは仕方ない。
  「レックス隊長」
  「はい」
  「君の言いたい事は分かる。内心では私の弱腰を責めているな?」
  「そ、それは……」
  「ははは」
  伯爵は笑う。
  隊長は知らないものの伯爵は元灰色狐。レックス隊長が追い求めていた灰色狐だ。この街にレックス隊長を左遷(必ずしも左遷ではないが)させたのも
  灰色狐であるコルヴァス伯爵の思惑。隊長の不正を憎む心がアンヴィルの治安維持に必要だと判断しての事だ。
  帝都では上層部から煙たがられて腐らせるだけの能力をこの街で生かす。
  それが伯爵の思惑。
  ……。
  ……それと好敵手を友として認めたからでもある。
  レックス隊長を嫌ってはいなかった証拠だ。
  さて。
  「ヒエロニムス・レックス隊長に命ずる」
  「はい」
  「諜報機関の邪魔はするな。連中の領分には足は踏み入れてはならん。だがこの街の治安は我々の領分。君の権限で街を護れ」
  「……」
  「レックス隊長」
  「か、かしこまりましたっ!」
  最敬礼。
  諜報機関には手を出すなと言っているが伯爵は治安維持をするなとは言っていない。
  つまり。
  つまり治安維持の為の巡察をしていれば自然と諜報機関の情報も手に入るだろう。少なくとも動きは分かる。伯爵はそう示唆しているのだ。
  さすがだと思った。
  清廉潔癖な領主だと思った。
  仕えるに値する伯爵。
  「お任せください閣下」
  レックスは勇躍して玉座の間を後にした。
  彼が去った後、コルヴァス伯爵は玉座に身を委ねたまま呟く。
  「元老院め。何の意味があって来た? それにジョフリー、奴は確かブレイズマスター。……ふむ、少しきな臭くなってきたな」









  その頃。
  アンヴィル聖堂に向かう道。


  「ジョフリー殿。そろそろこの街に来た目的を教えてくださいよ」
  「そうですよ。もういいでしょうジョフリー殿」
  「元老院の犬どもがこの街に集結している。もしかしたら皇帝陛下の遺児を見つけたのかも知れぬ。我らの手で奉戴せねば今後の権勢に関る。我々の
  手で遺児を、殿下を立てる為にも成果を頂く。それだけの話だ、ピナール、マボレル」
  『なるほど』
  2人は頷いた。
  正式にはピナールとマボレルはブレイズではないがそれに準じる立場にある。
  ジョフリーは言った。
  「ブレイズを何名か連れて来た。私は動く。だがお前達は宿舎にいろ。我々が関っていない事を示す為のアリバイとしてお前達を連れてきた。いいな?」
  『了解しました』

  皇帝の親衛隊であり諜報機関ブレイズ、動く。