天使で悪魔






人斬り屋





  報酬で人は仕事をする。
  どんな仕事でも丁寧にこなそう。
  それが報酬を貰う者の常であり、それがプロという事の証明だからだ。

  ……ただ殺し屋のプロ意識は困ったものだが……。






  燦々と輝く太陽。
  綺麗なお花畑。
  難を言えばそれほど広くないのが問題ですけど……それでも石の塀で囲まれた庭。
  微かに匂う潮の香り。
  ここはアンヴィルにあるベニラス邸。
  港湾貿易連盟に与する犯罪組織がアンヴィルで動きそうだという情報を得てわたくしはジョニーとグレイズを引き連れてやって来た。
  ベニラス邸はわたくしの別邸だ。
  「良いお天気ですわ」
  わたくしは庭でお茶会。
  テーブルには紅茶とクッキー、そして銀の鈴が置かれている。鈴を鳴らせばジョニー達が来るという仕組みだ。
  誰とお茶会?
  レックス隊長と?
  いいえ。
  わたくしは1人でお茶を楽しんでいる。誰かと楽しむのも捨て難かったですけどここ最近は犯罪結社潰しで疲れている。
  1人で安息したかったのが本音だ。
  ジョニーとグレイズは屋敷の中。
  この街で最近活性化している港湾貿易連盟の組織の1つの名はルドラン交易らしい。
  表向きは貿易商。
  だけどその裏では……まあ、ありきたりの設定ですわね。裏では犯罪稼業を営んでいる。先代の灰色狐は港湾貿易連盟とは敢えてやり合わなかった
  けどわたくしはまったく異なる思想の持ち主。積極的に潰してる。
  何故?
  だってその方が儲かりますもの。
  わたくしの霊峰の指の一発で犯罪結社の戦力の三分の一が吹っ飛ぶ。大体後はそのままの勢いで勝てる。
  もちろん1人で殴り込み掛けているわけではない。
  盗賊ギルドの面々を率いてだ。
  もっとも舞台がアンヴィルなら伯爵家が協力してくれるだろう。コルヴァス伯爵がそもそも先代灰色狐ですしね。犯罪結社を潰す=治安の為になるわけ
  ですから連中を叩き潰してもどこからも苦情は来ない。そして何よりも儲かる。
  わたくしにしたら犯罪結社はドル箱に過ぎない。
  ほほほ☆
  「ふぅ」
  紅茶を啜る。
  麗らかな午後の昼下がり。
  ルドラン貿易に関しては盗賊ギルドのメンバーでもある鍛冶師のオリン達に任せてある。もちろん情報収集に関してだ。
  今夜にでも報告されるだろう。
  それまで貴族らしく暮らすとしよう。
  それまで……。
  「はぁ」
  溜息。
  空気が変わった。
  妙な空気を誰かが持ち込んだようだ。静かな午後は終わりらしい。
  やれやれ。

  「この楽しいお茶会に貴方は血の香りを運ぶのですわね」
  紅茶を啜りながらわたくしは相手を見ずに呟く。
  相手?
  気配からして私の左斜め後ろ。
  なかなかいい位置にいる。
  相手は斬りかかって来るだけでいいですけど、わたくしは抜刀と同時に振り向く必要がある。わたくしは剣は身に付けていないものの相手とは動作の数
  に差がありすぎる。相手が既に抜刀している場合にはさらに分が悪い。
  「ふぅ。良いお天気」
  「……」
  相手は黙ったまま。
  わたくしはわたくしで紅茶を啜るだけ。
  あっ、クッキーも頂きましょうか。
  ムシャムシャ。
  「美味ですわね」
  「……」
  相手は面食らっているから沈黙しているのだろう。
  もしくは。
  もしくは私の出方を見る気になっているのか?
  つまり好奇心。
  いずれにしてもわたくしのペースですわね。
  「貴方もどうです?」
  「……」
  「よろしければジョニーに紅茶を用意させますわ。……何も死に急ぐ必要はないでしょう、お互いに。お茶を楽しむ余裕は必要ですわ」
  「……」
  殺気が相手から発せられている。
  鋭い殺気が。
  正直な話、相手は強い。
  ティータイムを楽しんでいるのでまだ相手を見てはいないものの、相手は暗殺者だろう。
  それも一流だ。
  ……。
  ……暗殺の一流ほど困るものはないですわね。
  狙われる側としては面倒過ぎますわ。
  それにしても誰が差し向けた殺し屋でしょうかねぇ。それが微妙に気になりますわねー。
  まさかジョニー?
  あいつが殺し屋を差し向けた?
  ほほほ、まあ、それはないですわね。何しろわたくしは『従者想いの良いご主人様☆』ですもの。
  ほほほ☆
  「誰の差し金ですの?」
  「……」
  「貴方、わたくしを始末に来た殺し屋さんでしょう?」
  「……」
  「隠さずとも分かりますわ。その殺気でね」
  「……」
  無言。
  無言。
  無言。
  むーごーんーっ!
  何1つ喋らない刺客。
  こっちで勝手に見当を付けろという意味かしら?
  うーん。
  正直な話、恨みはあり過ぎて誰に一番恨まれているかさっぱり分からない。ヴァネッサーズ時代は無差別に盗み働いてたし。盗賊ギルド立身時代?
  スキングラードで借金時代?
  ああ、借金とは逆にスキングラードで貴族時代に逆恨み?
  人間恨みを明確にしようとしても無理がある。
  何故?
  簡単ですわ。
  価値観は人それぞれですもの。
  わたくしが大した事ではないと思っている事でも相手は大いに恨みを抱いている場合もある。別にそれが分からないのは軽率でも軽薄でもない。価値観
  の異なる事なのだからそこはどうしようもない。大袈裟に言うなら溺れている人を助けても、その人が助けて欲しいとは思っていない場合もある。
  だから。
  だから必ずしも同じ答えになるとは限らない。
  刺客を差し向けた相手にしても同じ。
  所詮、お題(刺客を差し向けられた理由)を出してくれない限りは察しようがない。
  さて。
  「ふぅ」
  カタン。
  陶器のカップをテーブルに置く。
  中身は空だ。
  鈴を一度鳴らせばジョニーが紅茶のおかわりの為に飛び出してくる。二度鳴らせばグレイズが飛び出てくるようにしてある。つまり二度鳴らす=敵襲、とい
  う意味合いだ。もちろんわたくしは1人でも強い。大抵の敵はどうとでもなる。
  鈴には触れずに両手で髪形を整えた。
  「やり合っても構いませんわ」
  「……」
  「こう見えてわたくしは剣術も得意ですのよ。今まで敵なしですわ」
  「……」
  今まで敵なし?
  いいえ。
  少し嘘ですわね。以前マラーダの遺跡でやり合ったブレトンの女(解放の矢 〜実力伯仲〜参照)はわたくしよりも剣術では勝っていた。魔術に関して
  はある程度はわたくしが勝っていたけど屈辱ですわね。再戦あるなら今度こそ叩き潰してやりますわーっ!
  ……。
  ……ま、まあ、二度と合う必要がないならそれでもいいですけどねー。
  弱気?
  お黙りーっ!
  「誰を殺しに来たのかしら?」
  「……」
  聞くまでもない。
  わたくしだ。
  ただ『どのわたくし』を殺しに来たかを知っておく必要がある。
  ヴァネッサーズのわたくしか。
  子爵?
  灰色狐?
  それによって狙った相手がおぼろげではあるけど……うーん、うーん……やっぱりざっくり過ぎて分かりませんわねぇ。ただ灰色狐としてのわたくしを狙い
  に来たのであれば由々しき事態ですわね。灰色狐の素性は伏せてある。
  灰色狐の素性を知るのは6名。
  側近のジョニーとグレイズ。
  参謀のスクリーヴァとアーマンド。
  伝令のメスレデルとアミューゼイ。
  この6名だけ。
  まずばれる事はないはずなのに情報が漏れている?
  まあいいですわ。
  「貴方を始末する前に依頼人を聞けばいいだけですもの。そして依頼人ともども粉砕。……簡単ですわね。頭を使うまでもない。実力行使で終了」
  「……」
  バッ。
  次の瞬間、わたくしは振り向き様に手のひらを相手に……。
  「はっ?」
  いない。
  いや、いる。相手は物陰に隠れて身を伏せている。
  わたくしに姿を見せるつもりがないらしい。
  霊峰の指をぶちかましてやろうと思ったものの……なかなか身のこなし、侮れませんわね。
  「どうしたの? やりませんの?」
  「……俺では勝てん」
  「はっ?」
  「今のままではな。引かせてもらおう」
  「任務放棄……まさか撤退するつもりですの? このまま盛り上げておいて撤退? 斬新ではありますけど、いささか不服ですわね」
  「次の依頼の際にはお前を殺す」
  抑揚のない声。
  いや。
  むしろ陰鬱。
  年の頃は30代ぐらいだろう。そして声の質からして人間系。
  「再戦期待しますわ。御機嫌よう」
  「次は殺す」
  気配が遠ざかって行く。
  わたくしは見逃した。
  勝てない?
  いいえ。勝てますわ。
  ただわたくしも多少は痛い目に合うのは必然だ。痛いのは嫌い。特に今はお茶を心から楽しんでいたのだから戦闘はごめん蒙る。
  特に厄介な戦闘はね。
  チリン。
  テーブルの鈴を鳴らす。
  ガチャ。
  ベニラス邸の中からジョニーが出てくる。ティーポットを持って。
  ……。
  ……だけどベニラス邸という名称、変えた方がいいのかしら?
  幽霊屋敷連想してしまいますし。
  命名『シャイア邸』っ!
  完璧ですわね。
  「お嬢様、お茶のおかわりですか?」
  「始末」
  「何故に?」
  「そういう季節だから☆」
  「き、季節であっしは始末されるのかー」
  「ねーねー☆ アルラの一生のお願い☆」
  「いやっすっ!」
  「へー」
  チリン。チリン。
  鈴を二度鳴らすとグレイズが出てくる。
  「何が御用ですかお嬢」
  「トカゲを片しちゃって」
  「御意」
  「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ毎度毎度この終わりだとワンパターンだと思われますよーっ!」
  やれやれ。
  ジョニーの我侭にも困ったものですわ。











  アンヴィル港湾地区にある倉庫の1つ。
  所有しているのはルドラン交易という貿易会社。しかしそのルドラン交易は表向きは貿易商ではあるものの、その実は海賊。
  主な仕事は略奪。
  略奪したものを……特に珍奇な物品を金持ち達に売却している。
  その為、顧客には金持ちが多くコネもある。
  さて。
  「人斬り屋はしくじった?」
  「そのようです。ボス」
  倉庫の中で会話を交わす2人。
  1人は初老の男でルドラン交易のボス。帝都で人斬り屋を雇うように進言した人物だ。組織の規模こそは中ぐらいではあるものの港湾貿易連盟の総帥
  であるアレン・ドレスの相談役である為にその威勢は高い。
  報告しているのは皮鎧に身を包んだ部下だ。
  「何故失敗と分かった?」
  怪訝な表情。
  それもそのはずだろう。人斬り屋の素性(素性というか今までの仕事の成果から信頼していたので監視は付けていない)がはっきりしているので監視は付
  けていない。なのにどうして分かったのだろうという、素朴な疑問だった。
  部下は報告を続ける。
  「前金を先程返しに来ました。失敗したからと言って」
  「な、何?」
  「まずかったでしょうか? 奴を帰してしまって?」
  「当たり前だろうっ! 餓鬼の使いか人殺しの任務はっ! 失敗したから金返して終わりってもんじゃないだろうがっ!」
  怒号。
  倉庫に声が響いた。
  部下は身を縮める。初老のボスは理知的で温厚そうに見えるものの、成り上がった前身が海賊だけに怒ると迫力がある。最近はデスクワークが多いも
  ののその残忍さも変わっておらず部下達は誰もが一様に怯えていた。
  「まあいい」
  「はっ?」
  「大事の前の小事だ。お前を始末したところで波風も立つまいが……まあ、殺すのはやめておく」
  「……」
  運が良かったと部下は思った。
  こんな事は滅多にない。
  倉庫の中には2人だけ。ボスとその部下だけだ。他に存在するのは倉庫に山積みにされた木箱の山だけだ。
  ブラックウッド団残党が港湾貿易化連盟に頼んできた商品だ。
  木箱の中身はシロディールの者が魔法の粉と称するモノ。
  それは……。
  「だけどボス。あの連中、どうしてこんなに大量の火薬なんて頼んだんでしょうねぇ。魔法全盛の時代に旧時代の遺物なんて」
  「高く売れればそれでいい。商売ってのはそういうものだ」
  火薬。
  古代アイレイド時代に魔法の使えなかった人間がアイレイドエルフから独立する際に使った爆発性のある代物。
  今の時代必要とされていない。
  にも拘らず金貨100万枚も支払うという。
  酔狂か?
  それとも……。
  「それよりも誰かを呼べ。掃除させろ」
  「掃除?」
  「そうだ」
  「それでしたら自分が……」
  「そいつは無理だ」
  「何故でしょうか?」
  「片付けるのはお前の死体だからだ」
  「はっ?」
  ボキ。
  部下の首をへし折る。
  「人斬り屋に対するお前のありえない対処の代償だ。殺すつもりはなかったが……ふぅむ、デスクワークが長過ぎると気が荒くなって仕方ない」






  その頃。
  アンヴィル港湾地区にある倉庫の前。
  物陰などに無数に人が潜んでいる。誰もが気配を最大限に消し、存在を消している。
  卓越した集団。
  元老院直轄の諜報機関であるアートルムの諜報員達だ。
  今、この倉庫の中でルドラン交易の社長が部下を殺しているのを彼ら彼女らは把握している。ルドラン交易が実は海賊の集団であり港湾貿易連盟に所属
  している事も把握しているしその社長自身も海賊であり、そしてアレン・ドレスの相談役なのも知っている。
  どんなに残忍な海賊が前身でも諜報に長けた者達とはそもそもの格は比べ物にならない。
  腕っ節が強かろうとアートルムのメンバーには勝てない。
  事実、ルドラン交易のボスは見張られている事にすら気付いていなかった。
  倉庫の向いの建物の屋根に2人いた。
  倉庫を見据えている。
  インペリアルとボズマーだ。
  インペリアルが口を開く。
  「君が来てくれてよかったよユニオ」
  「長官からの命令とあれば飛んでくるさ。……君が今回の指揮を?」
  「そうだ」
  「ではよろしく頼む主任」
  「ああ」
  現在、アンヴィルには諜報員が60名いる。
  今回動く金額を考慮しての動員だ。
  当初派遣されていた人数では足りないと主任は判断し、動かせれる諜報員を全て動員したのだ。
  確かに。
  確かに金貨100万枚は大き過ぎる金額だ。
  それを動かすのがブラックウッド団残党というのが今回の大規模な諜報員動員に繋がっている。ブラックウッド団はブラックマーシュのアルゴニアン王国
  の先発部隊としての側面が強かった。つまり戦争行為的な組織だった。
  既に謎の壊滅をしているとはいえ。
  既にアルゴニアン王国の内部を戦争反対論者である穏健派が握っているとはいえ。
  ブラックウッド残党が大きな金額を動かす以上、ピリピリとするのは当然の事だろう。そしてこの動員も大袈裟ではあるとはいえ無駄とは断言できない。
  ボズマーの凄腕捜査官ユニオが訊ねる。
  「それでどうする? 一気に踏み込むか? 今なら品物を押収できる」
  「ユニオ、そいつは徒労だ」
  「何故?」
  「俺達にとって港湾貿易連盟なんかクズ同然だ」
  「分かってる」
  ユニオは頷いた。
  どんなに強力で強大な犯罪結社の連合体とはいえ国家規模の事象を担当する捜査官達にしてみれば小事に過ぎない。
  事実叩き潰そうとすれば簡単に潰せる。
  ……。
  ……もっとも道理の上では、の話だが。
  官僚や仕官、元老院議員の中にはそういう連中から献金を受けている者もいるので即座には動けないという側面もある。アートルムの大元である元老院
  議員から「待った」が掛けられるからだ。そういう意味では弊害がある。
  まだ皇帝の指示のみで動くブレイズの方が身軽だ。
  さて。
  「ブラックウッドが動くまで待つ。一網打尽にしてやるさ」
  「それは分かる。だが危険……」
  「危険でない任務などあるか。ユニオ、あんたは確かに俺の先輩だが今回は俺が指揮を任されてる。余計な口は開かずに指示に従ってくれ」
  「了解」



  取引、近付く。