天使で悪魔




父の罪



  罪。
  人は罪を犯す。
  大小あれど、法律の範囲内外もあるものの、必ず人は罪を犯すもの。
  文明社会を穏便に生きる為の約束事。
  罪を犯してはならない。誰しもがそう言われて生きていく。

  犯した罪は、受け継がれるべきなのか?
  周囲は言うだろう。
  「あの人の父親は犯罪者なんですよ」と。あたかもその子供にも、罪が伝染したかのように。
  受け継ぐべきか。
  断ち切るべきか。

  ただ言える事。
  罪は、引き継ぐべきじゃあない。
  何故なら、その子供は待った区別の人間。面白おかしく、周囲が騒ぎ煽り笑うべきではない。
  それでも、世界は残酷で。
  ……罪を犯す者より、傍観する者の方が娯楽にして生きている……。






  「というわけで、あっしは忙しいでござんすっ!」
  「……」
  生意気にも、わたくしに意見をして走り去る深紅のアルゴニアン。
  従者であるジョニー・ライデン。自称『深紅の稲妻』。
  いつになく焦燥し、強気で、語気の荒いトカゲの内心は何となく分かるものの、正直面白くない。
  最近生意気ですわね。
  「まったく。言い方というものがあるでしょうに」
  ……後で始末ですわね。
  ここはコロール。
  帝都のスラム街にいたわたくしが、今ここにいる理由は盗賊ギルドの任務……ではない。
  最近コロールに行きっ放しのジョニーを回収……おっほん、迎えに行く為だ。
  何度も『黒の乗り手』に頼んで書状を送ったものの、いつまで経っても帰ってこないのでわざわざ出向いたわけだ。
  ……。
  まあ、暇だったし。
  グレイフォックスからの任務は、一時的に停滞している。
  どうも最終調整に手間取っているらしい。
  それも仕方ないですわね。
  何しろグレイフォックスの狙っている場所は難攻不落と言われた王宮。
  先の暗殺で皇帝が崩御し、後継者候補の三皇子も全員死亡。既に主亡き王宮ではあるものの王宮に配置されている近衛兵
  は健在であり、警備は万全。
  それを破る為の下準備にグレイフォックスは手間取っているらしい。
  彼の要望で揃えたのは三つ。
  サヴィラの石。
  解放の矢。
  スプリングヒールの靴。
  いずれも高価な代物ばかりだ。
  パズルのピースはあの灰色狐に渡した。どう組み込み、パズルを完成させるかはあの男次第だ。
  だから、それまで暇。
  この大仕事にはわたくしも組み込まれているらしく、それまでは仕事がない。
  ……暇ですわ。
  「ふぁぁぁぁぁ」
  欠伸を噛み殺す事もせず、とりあえず歩き出す。
  ジョニーが荒れてる理由は分かってる。
  恋。
  何でもこの街の雑貨屋を営んでいるアルゴニアンの母親の娘に恋をしているらしい。
  この街のアイドルだそうな。
  衛兵同士の噂話をこの街に来た時に聞いたけど、ダル=マとかいうトカゲらしい。
  それも最近行方不明となり、戦士ギルドの働きにより無事発見されたものの今もまだ寝込んでいるとかいないとか。
  ……。
  別に人の恋路をどうこう言う気はない。
  ただ、トカゲの美の基準がよく分からない。
  「ふぁぁぁぁぁ」
  今回はグレイズも連れていない。遠出する時はいつも同行させるけど、敢えて声を掛けなかった。
  季節は移ろう。
  留まる事は決してない。
  例えるなら川の流れ。
  川の流れの如くに絶えず流れ、変遷していく。
  人間関係もまた然り。
  ジョニーとグレイズとの関係もまた、変わっていく。仲違いはしていないものの、別の関係へと変わるだろう。
  わたくしの目的も変わった。
  既にローズソーン邸を買い戻すという目的は、今はなく。
  「岐路ですわね、ここが」
  独語し、わたくしは一軒の宿の前で止まった。
  オーク・アンド・ロジャー亭。




  「もう一杯頂けるかしら」
  飲み干したスリリー産ワインのお代わりを、女将に要求する。
  カウンターに座り私は昼酒の最中。
  元々ローズソーン邸を買い戻す為に盗賊になった。フリーの盗賊時代はあまり儲からなかったものの、盗賊ギルドに所属して
  からは結構儲かった。
  屋敷を買うほどの金額は持ち合わせていないものの、働かなくても当分は死ぬ事はない。
  昼酒大いに結構。
  「はい。どうぞ」
  「ありがとう」
  空になった金属のコップに注いでもらう。
  ワインにはチーズ、そう決めているのでチーズも当然注文済み。
  ワインを口に含み、味を楽しみ、喉を流し込む。
  芳醇な味。
  好んで飲むのはスリリー産のワイン。
  スリリー産ワインは、わたくしの生まれ故郷であるスキングラードの名産。
  スキングラードは気候的にブドウやトマトがよく育ち、それらはいずれも美味。他にはチーズが有名。
  シロディール地方において最も栄えているのが帝都ではあるものの、スキングラードの方が住み易い。帝都のように人ごみが
  ないからだ。それに気候が過ごし易く、自給自足率が極めて高い都市。
  「ふぅ」
  昼酒は大いに結構なんだけど……1人で飲むとペースが速くなり、酔いも速くなる。
  ジョニーは惚れた女性のお見舞い。
  グレイズは帝都闘技場で鍛錬の日々。
  ……わたくしは……?
  「どうしますかねぇ」
  盗賊でいる事には、別に不満はない。
  灰色狐の思想は、ある意味で貴族だからだ。貧民の救済は、貴族の義務。それを放棄した帝国に代わり、灰色狐はスラム街の
  貧民達の生活を保護している。
  それが例え身の保身の為の、つまり組織の隠れ蓑の為にスラム街の住人を手懐ける行為だとしても保護している事には変わり
  がない。パフォーマンスでもいいのだ。
  大義名分や正当だけを語り何もせぬ者より、灰色狐のようにまず動く者の方を民衆は歓迎する。
  だから。
  だからこそ、わたくしは盗賊ギルドにいる事に不満はない。
  義賊。賊ではあるものの、義がある。
  貴族では救えぬ、出来ぬ事を義賊グレイフォックスは容易くやり遂げる。
  そこが心地良い。
  わたくしは、没落したとはいえ名門シャイア家の当主。
  貴族としての再起が叶わぬのであれば、義賊として貧民を救うのは義務であり使命だ。
  貴族。
  義賊。
  ……。
  まあ、語呂が似ているからこの際どっちでも良いですわね。
  「ふぅ」
  ごくごく。ぷはぁー♪
  生き返りますわぁー。
  考えてみればここ最近、しんどい事ばかりだった。
  特に思い出しても腹が立つのは、マラーダでのあのブレトン女だ。
  魔法。
  剣術。
  機転。
  このわたくしとほぼ互角に渡り合えるなんて……何者だろう?
  あんなに面倒で、疲れる戦いは初めて。
  戦いは圧倒的が好ましい。もちろん、わたくしが圧倒的に強いという立場が好ましい。互角は疲れる。
  再戦したら?
  負ける、とは言わないけど勝てるとも言えませんわね。
  あの後、帝都タロス広場地区で妙な暗殺者相手に共闘したものの、会いたい相手ではない。
  ……二度と会いたくないですわ。
  「失礼」
  声を掛けられる。
  振り返ると、クワガタの髪型(?)をした蒼い肌……んー、大分黒が混ざってますわね。
  ダンマーだ。
  見た事がない。誰だろう?
  「ふむふむ」
  「……?」
  わたくしの風貌をじっくりと嘗め回すように見つめている。
  ……正直、不快。
  マナー違反ですわ。
  女の顔をそうんな風に見るものではない。
  まあ、ここはコロールでは一番の宿ではあるものの、ハイソサエティの帝都社交界に属していたわたくしの眼から見れば
  三流だ。マナーなど持ち込むのが、お門違いかしらね。
  ほほほー♪
  「それであなた、誰ですの?」
  「失礼。えっと確か貴女の名は……」
  「アルラ=ギア=シャイアですわ。御機嫌よう」

  「ああ、そうそう。アルラ嬢ですな。私はファシス・ウレス。帝都に居を構える、盗品商ですよ。貴女の噂は聞いています。我ら
  共通の主であるグレイフォックスの寵愛を受けた若き天才盗賊だとね」
  「ああ、そうですの」
  素っ気なく応対。
  別に仲間意識は持たない。同じ組織だからといって、いきなり馴れ馴れしくも出来ない。
  相手は出鼻を挫かれたように、押し黙る。わたくしの素っ気ない対応がお気に召さないらしい。
  それにしても盗品商、ね。
  盗賊ギルドが盗んだ物を、裏ルートに売買する。もちろん盗賊としてのスキルもあるものの、どちらかというと商人としての側面
  のほうが強い。
  盗品のロンダリングなどの役割も担っており、盗賊ギルド内での地位は高い。
  何故ならどんなに腕の良い盗賊でのその販売ルートがなければ意味がないからだ。盗賊商は独自に確立した売買ルートを
  持っており、盗賊よりも一等上として存在している。
  さて。
  「お隣、よろしいですか?」
  「どうぞ」
  「では失礼を」
  「……」
  妙に礼儀正しいのが、逆に癪に障る。
  あまり好きではないタイプだ。
  「ここは私が奢りましょう」
  「……その見返りに何をすればいいんですの?」
  「おや、何の話ですか?」
  「……」
  ゴン。
  カウンターを、拳で軽く叩く。
  センチメンタルに呑んでるのに、いちいち面倒を掛けて来るのは気に食わない。
  仕事なら仕事でいい。
  とっとと話してもらいたいものだ。
  相手のこちらの感情を察したのか、目的を切り出す。
  ……とっとと話せこのボケ。

  「この街に、ジェメインという兄弟がいます。つい先頃、戦士ギルドの働きにより再会を果たした生き別れの兄弟でしてね」
  「ふぅん」
  チーズをつまんで、口に運ぶ。
  まあ、これはこれで美味ですわね。
  「あの兄弟は戦士ギルドの手助けで故郷ウェザーレアを取り戻しました。まことに喜ばしい限りですな」
  「そう」
  軽食でも頼もうか。
  サンドイッチを注文。オーソドックスにハムと卵のサンドイッチ。……あっ、ハムは生ハムにしてもらおうかしら。
  「兄弟が再会し、家を取り戻したのはまことに喜ばしい。……しかしあの家に眠る秘宝は、それよりもさらに価値があるのです」
  「秘宝?」
  思わず聞き返す。
  ……。
  しまった。反応してしまいましたわ。
  ダンマーは少しにやりと笑った。
  「あの兄弟……いえいえ、兄弟の父親には隠された秘密があるのです。お聞きになりますか?」
  「……」
  「聞く=私の依頼を受諾する、という事です。よろしいですかな?」
  「ええ、よろしくてよ」
  気になる。
  聞く=仕事を受けるという方程式であっても、秘宝と聞いたら黙ってられない。
  儲け話は大切。
  儲けれる時に儲けるのが、鉄則だ。没落したわたくしの、人生訓。
  「素晴しい。好奇心とは、抑えられるものではないですからな」
  「それで?」
  話を急かす。
  確かに、好奇心は抑えられないものらしい。
  「彼ら兄弟の父親アルバート・ジェメインは我々と同じ主を仰ぐ身でした」
  知らない名だ。
  まあ、知るわけもないけれども。
  「彼は人が手放したくないものを奪う事に長けていた。……つまり、完全なるプロの盗賊でしたよ」
  でしたよ?
  ……過去形か。
  ジェメイン兄弟の父親はどうやらもう既に他界しているらしい。
  「彼と私は良好な間柄でした。彼が盗んで、私が売買する。お互いにかなり稼ぎましたよ」
  「……」
  「しかしその関係は終わりを告げました。彼が盗んだものをそのまま隠匿し、姿を消したからです。実に嘆かわしい限り」
  「よくある話ですわね」
  そう呟き、軽く切り捨てる。
  どっちもどっちだ。
  どちらも脛に傷はお互い様の家業。
  それに売買ルートを持っているのは盗品商。
  どんなに腕の良い盗賊でも、彼らを通さなければ現金は拝めない。盗品商が足元を見て安く買い取り、高く売る。
  よくある話。
  「彼は盗賊ギルドから逃れる為、コロールを脱出しました。安住の地に定めたのがウェザーレア。それを突き止め、急行した
  もののオーガに家は占領され、家族は姿を消してしまいました。そこで秘宝の手掛かりは消えたはずだった」
  「……」
  だった?
  また過去形。
  「しかし事実は逆でした。ジェメインの名を継ぐ遺児がいつの間にかコロールに舞い戻っていた事。そしてその兄を名乗る者が
  現れた事。そして我々は調べあげ、確信しました。ウェザーレアには秘宝が手付かずで眠っているとね」
  「ふぅん」
  わたくしを利用するか、こいつ。
  わざわざ自分ではなくわたくしを使う。……何か問題ありか。
  騙されるほどわたくしはお人好しではない。
  「この際兄弟はどうでもいいのです。兄弟は盗賊ではない。……ただ秘宝の存在を知っていたら話は別です。もちろん盗賊ギルド
  は殺生には関与してはならない。貴女はプロの盗賊だ、アルラ。何とか入手してきてはくれませんか?」
  「納得できませんわ」
  「なんですと?」
  「どうしてわたくしに頼むのです? 腕の良い盗賊なら、いくらでもいるでしょうに」
  「じ、実は貴女が戦闘に特化しているからですよ」
  「ふぅん?」
  「レッドガード渓谷がウェザーレアの付近にありますが、そこのオーガ達がウェザーレアを襲撃しましてね。ジェメイン家離散の
  元凶になった連中です。まだ徘徊している可能性もあるので、戦闘能力の高い貴女に頼むわけですよ」
  「ふぅん」
  「それにたまたま、この街にいましたしね」
  提示された成功報酬は、それなりに魅力的だった。
  ローズソーン邸を買い戻せない。だから以前ほどお金に執着はしていないものの、生きるにはお金が必要なのも確かだ。
  それに約束した。
  癪だけどこいつと約束した。
  話だけ聞いて、『はい、さよなら。御機嫌よう』ではわたくしのプライドが許さない。
  「分かりましたわ、その仕事、受けましょう」
  盗品商の個人的な依頼、かしらね。
  いずれにしてもグレイフォックスは関わってないだろう。
  何故って?
  あくまで、盗品商が儲かるか儲からないかの問題だからね。
  それに秘宝とやらにも興味がある。
  お目に掛かる為にも、労働は仕方ないですわね。





  「ここがウェザーレアですの?」
  「……地図ではそうなってるでござんす……」
  先程の不敬罪でボコったジョニーを引き連れ、わたくしはコロールの南にあるウェザーレアにやって来た。
  農場かと思えば、ただの家だ。
  それもオンボロ。
  帝都スラム街に所有する、わたくしのボロ小屋よりもさらにボロボロ。
  それにこの臭い。
  「臭いますわね」
  「あれじゃないっすか、お嬢様」
  「なるほど」
  死体が無数に折り重なって捨ててある。
  オーガの死体だ。
  ファシカ・ウレスの台詞から察するに、ここを奪還した戦士ギルドの仕業だろう。
  実に結構。
  無駄な労力使わずに済みましたわ。
  「それでどうするんで?」
  「ふぅむ。まずは、始末ですわね」
  「ジェメイン兄弟を?」
  「ううん。ジョニーを♪」
  「な、なんでっすかっ!」
  「何となく♪」
  「何となくで始末されるあっしって一体……」
  ぼやくジョニーを無視して、とりあえず建物に入る。扉はない。誰かが扉の部分に大穴を開けていた。
  おそらくオーガでしょうね。
  あの盗賊商が言うには、既にここにはジェメイン兄弟が住んでいるらしい。
  さてさて。どうしましょうかね。
  「君、そこで何をしているんです?」
  「あら失礼。廃屋かと思いまして」
  不法侵入を咎めるように、二階からブレトンの男性が降りてくる。兄弟の片割れだ。
  兄か弟か、そこまでは知らない。
  「廃屋か。確かに」
  苦笑する。
  しかし苦笑しつつも、その瞳には自信というか誇りが宿っていた。
  この場所は生家。
  ふぅん。
  ここはこの男性にとって誇りある場所であり、護るべき場所らしい。実に素晴しい。価値観としては、嫌いじゃない。
  「不法侵入になるわけですね。ごめんなさい」
  「いや、気にしないでください。……私はギルバート・ジェメイン。一応は、家長です。弟は私にまかせっきりなのでね」
  「何かありましたの?」
  「何か、とは?」
  「いえ、だって……」
  ぐるりとわたくしは周囲を見渡す。
  ボロボロ。
  室内も、基本的に何もない。ただ荷造りしたものがチラホラ受けられるだけ。
  「ああ。部屋の有様ですか。実は私達兄弟はここに越して来たんですよ。そこらにある荷物はコロールから持ち込んだものです」
  「ここに住むんですの? ここって危険じゃ……」
  「ええ。オーガが徘徊してますね。以前の品物もオーガに奪われたらしいですね。……まあ、10年以上前の話ですけど」
  「ふぅん」
  オーガは人食い。
  しかしもう一つ、有名なオーガの性質がある。
  それは光る物を貯め込む習性。
  ……。
  ファシス・ウレスめぇーっ!
  あらかじめ秘宝が何か言っておかないから、判別できないじゃないのーっ!
  秘宝ってそもそも何?
  光物かしら?
  だとしたらオーガの巣に持ち込まれた可能性が高い。
  「でもわたくし、廃屋かと思いましたわ。それで少し休憩をと」
  「ははは。貴女には廃屋でしょうけど、私達兄弟には誇りある、家族の生家なんですよ。まだボロボロですけど必ず再建して
  見せます。まあ、再建というより建設ですかね」
  「あらお上手」
  「ははは」
  「ふふふ」
  ここにはおそらく、ないだろう。
  ファシス・ウレスは秘宝の正体を言わなかった。
  つまり見れば分かる、他のものとは一線を画するものなのだろう。
  それにここは戦士ギルドが奪還するまで、オーガの巣窟&無人だった。とても手付かずでここにあるとは思えない。
  ……だとすると……。
  「外にあった、オーガの死体はなんですの?」
  「ああ、あれか。戦士ギルドのエージェントの働きの賜物さ。……昔、ここを襲ったオーガどもだ。そのままここに住んでたらしい。
  詳しい事は知らないがどうもレッドガード渓谷からやってきた連中らしい」
  「ふぅん」
  そこまで言ってから、ギルバートは眉を潜めた。
  「君もここは危険だ。いつまた渓谷からやって来るか分からない。出来れば早々に立ち去るべきだ」
  「あら優しいのね。では、御機嫌よう」
  
  



  レッドガード渓谷。
  渓谷とは名ばかりの、洞穴だ。
  この辺りではここはオーガの巣窟だと有名で、名のある戦士でも敬遠する物騒な場所。
  ウェザーレアから東に位置する。
  「お嬢様、どうして言わなかったんで?」
  「何を?」
  「いえ、ですからあの野郎に父親が盗賊だって……」
  「まあ、言えば手っ取り早かったですわね。秘宝の事で何か知ってたら情報が零れ落ちたかもしれませんわ」
  「なら……」
  「親の罪は、子の罪ではありませんわ」
  ピシャリと言い切る。
  父の罪を、子が引き継ぐ必要はない。
  それに知らないのであれば……おそらく父親は盗賊という事を隠していたのだろうけど……わざわざ知らせる必要性は何処
  にはない。それにそこまで立ち入った間柄でもない。
  なら、わざわざ教え必要ないでしょう?
  父の罪は、父の罪。
  ……。
  ふぅ。
  名家であるシャイア家を潰したのは、わたくしのクソ親父。
  わたくしも、引き継ぐのはやめですわ。
  シャイア家である事には誇りに思っているものの、これからはあまり気にしないようにしようと思う。
  さて。
  「潜りますわよ」
  「……あっしも、ですかですよね……?」
  「当然」
  「……あの、保健室で休んで来ていいっすか? ほら、あっし体弱いし……」
  「却下」



  「鎮魂炎っ!」
  グァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァっ!
  オーガは苦悶と悲痛の絶叫を上げて、その場に地響きを立てて崩れ落ちた。
  一流の戦士達でさえ敬遠する場所。
  でも、わたくしは魔道の使い手。
  魔法は全てを超越する。
  まあ、わたくしクラスだからこそそこまで豪語出来るのですけど、魔法を有効に使えば大抵の危機も引っくり返せる。
  オーガといえど物の数ではない。
  「さ、さすがはお嬢様」
  「ありがとう」
  松明を掲げながら、震えるジョニー。
  透明化できる能力を先天的に持ち、盗賊技能も高いものの戦闘技能は皆無のジョニー・ライデン。
  まあ、いいですけど。
  イタズラっぽく私は笑う。
  「そんなんじゃ愛しの彼女に嫌われますわよ?」
  「……っ!」
  「な、なんですの、その落ち込みようは?」
  「や、やっぱり強い男じゃないとダルちゃんのハートはゲットできませんかね?」
  「……あのね、真剣に恋愛話を相談されても困りますわ」
  「……」
  本気の恋愛、なのかしら?
  押し黙ったままだ。
  「ほら、行きますわよ」
  「……えっ? あっ、はい」
  ジョニーを引き連れ、奥へと進む。
  しかしどうも明かりが弱い。
  オーガの性質は知らないものの、この暗闇の中でも正確にわたくしを狙ってきている。
  暗視能力?
  ……あー、匂いで位置を確認しているのかも。
  なら、明かりを強くしましょうか。
  「ジョニー」
  「はい?」
  「貴方油でも被ってみません?」
  「松明持って油被って引火したら盛大なキャンドルサービスになるじゃないっすかっ!」
  「あらわたくしには向かうの?」
  「いや、それは……」
  「……わたくし、期待を裏切られるの好きじゃないの……」
  「ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!」
  まっ、冗談はさておき。
  戦力的にわたくし1人なのも辛いところ。ならばっ!
  「炎の精霊っ!」
  ゴゥッ。
  闇の中に舞い踊る、炎の精霊。
  一見すると女性の姿。
  しかしその抱擁は相手を容赦なく焼き尽くす。しかしそれ以上に、周囲の闇を削ってくれるのが助かる。
  「進みますわよ」
  「了解っす」



  「冷たき墓標っ!」
  冷気の魔法がオーガの命の鼓動を止める。
  闇を舞う炎の精霊は、炎と死の洗礼をオーガ達に与える。焼き尽され、燃える死体がさらに闇を消した。
  問題は肉の燃える臭いだけ。
  「ジョニー、無事ですの?」
  「は、はいーっ!」
  オーガ達を蹴散らしながらの快進撃。
  結果として、ジェメイン兄弟の引っ越し祝いになりますわね。
  十中八九、ウェザーレアを襲撃したのはここのオーガだろう。根こそぎ始末すれば今後は襲われない。
  分かりやすいですわね。
  ドシ、ドシ、ドシ。
  「お、お嬢様なんですかこの足音はーっ!」
  「オーガでしょう?」
  「な、なんでこんなに大きな足音で?」
  「あなた、男……うひゃっ!」
  
グオオオオオオオオオオオオオオオオオっ!
  雄叫びが洞穴に響いた。
  そして巨体が奥から這い出してくる。
  一回り大きいサイズの、ジャイアントなオーガだっ!
  憤怒の声を上げながら腕を振るう。その一撃は炎の精霊を完膚なきまでに破壊した。
  パワフルですわね。
  しかし、甘いですわーっ!
  「霊峰の指っ!」
  バチバチバチィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィィっ!
  アイレイドの電撃魔法がジャイアントなオーガに直撃。
  結果?
  「パワフルなだけではわたくしには勝てませんわ」
  どんなに肉体を鍛えても、魔法は防げない。
  精々耐久力を上げる程度。つまり、一度や二度多く耐えれるようになるだけだ。
  魔法を防ぎたいなら魔法耐性を上げるしかない。
  パワフルなだけでは、勝てませんわ。
  「行きますわよ」
  「は、はい」
  ここから先には、オーガはいなかった。
  おそらく今のがボスなのだろう。
  歩く事数分。
  終点に辿り着いた。
  「……わお……」
  「……すごいっす……」
  金銀財宝の山だ。
  多様な宝石がある。パール、トパーズ、ルビー、ダイヤモンドにアメジスト。
  オーガが光物好きだとは知ってたけど、ここまで貯め込むとは。
  「ジョニー」
  「はい?」
  「後でこの宝物、アンヴィルの方の自宅に運んで置きなさい」
  「あっし1人でですか?」
  「何なら書状を帝都のグレイズに送って、手伝ってもらいなさい。……終わったら、好きな宝石あげますわ」
  「宝石?」
  「好きな人に渡せば、喜ばれるんじゃなくて?」
  「マジっすかっ! ダルちゃん、待っててねーっ!」
  よく働いてくれているから、たまにはボーナスでも振舞わなきゃね。
  ファシス・ウレスには渡さないのかって?
  全部が全部、アルバート・ジェメインが盗んだものじゃないはず。秘宝はこの中の、どれだろう?
  「おや?」
  ふと、気になるモノが宝の山にあった。
  一振りの剣だ。
  宝飾がされている鞘。
  成金趣味ではなく、華麗に美麗。
  「……これは……」
  手にした剣の柄には、コロール伯爵家の紋章が刻まれている。
  伯爵家の紋章、ね。
  つまりはこれは伯爵家が、おそらくは伯爵が帯剣していた宝剣だ。なかなか物騒な品物を盗んだものだ。
  アルバート・ジェメインが盗んだのが伯爵家の剣か。
  こんなもの、盗品商が手にしたら?
  ……。
  普通に売れれば問題ない。
  しかし万が一、事が発覚したら盗賊ギルドはコロール伯爵家を敵に回す事になる。
  伯爵が帯剣した剣なら、伯爵家にとっては名誉そのもの。それを売り物にされれば名誉を傷付けられたのと同義。
  発覚しなければいい。
  でも、リスクが高過ぎる。
  「んー。どうしますかねぇ」
  ジェメイン兄弟は問題ない。知らないはずだから、そのまま事実を闇に葬る。
  ファシス・ウレスは?
  ……。
  あいつは、儲かるわね。
  コロール伯爵家に発覚しても、あいつは逃げるだけ。裏ルートに剣を販売したお金を持ってね。
  灰色狐に迷惑は掛けれない。
  さて、どうしたものか。
  「んー」





  「おやアルラ、久し振りですね」
  「伯爵夫人様、ご機嫌麗しゅうございます」
  恭しく一礼。
  コロール伯爵夫人で、実質的にコロールの統治の権を執っているアリアナ・ヴァルガ伯爵夫人。
  元々の貴人が彼女で、今は亡き夫は入り婿。
  わたくしは入手した剣を手に、コロールに舞い戻った。
  オーク・アンド・ロジャー亭で首を長くしているファシス・ウレスは無視。あいつは自分の懐を温めたいだけ。
  灰色狐の事は一応、尊敬している。だから迷惑は掛けずに置こう。
  剣があるから面倒が起こる。
  本来の持ち主に返すべきと、わたくしは判断した。
  返却には、都合が良い。
  わたくしは没落したとはいえ名門シャイア家当主。
  今でもアンヴィル伯爵家、コロール伯爵家とは懇意にしている。アリアナ・ヴァルガ伯爵夫人とも極めて親しい。
  年齢も上。
  爵位も上。
  立場としては向こうが上位ではあるものの、まるで娘に接するように彼女はわたくしを扱ってくれる。
  さて。
  「以前、剣が盗まれませんでしたか?」
  「確かに夫が存命中に、夫が大切にしていた剣が盗まれました。……しかし何故、貴女が知っているのです?」
  剣を恭しく捧げた。
  おそらくレッドガード渓谷に何十年も放置されていたのに、鞘に刻まれた宝飾は色褪せない。
  「どうぞこれを」
  「……っ!」
  一瞬、顔色を変える伯爵夫人。
  震える手で剣を手に取った。
  この城に長く仕える衛兵達も、明らかに動揺していた。伯爵の持ち物だと知っているのだろう。
  「……ああ、あなた……」
  伯爵夫人はかすれる声で呟いた。
  夫を持たぬ身では分からない、感情だろう。
  ……。
  分かるのはいつ頃になるのかしらね?
  それは、さすがのわたくしでも察しが付かない。感傷を払いのけ、伯爵夫人は凛とした口調でわたくしに言う。
  「コロールの統治者として、コロールの誉れである剣を取り戻してくれた事に感謝します」
  「いえ」
  「何処で見つけたかは、聞かぬ事にしましょう。聞けば捜査の手を広げなければなりませんからね」
  「はい」
  わたくしを疑ってる、わけではない。
  伯爵夫人はこれでこの一件を終わらせようとしているのだろう。
  捜査を始めれば盗んだ相手やそれに関連する組織の内偵など、色々と厄介になる。皇帝が暗殺され世情不安なのに私情で
  さらにコロールの内政を引っ掻き回したくないのだろう。
  英断ですわね。
  わたくしにしても、助かりますわ。一応盗賊ギルドメンバーですし。
  咳払いし、伯爵夫人は楽しげにわたくしを見る。
  「何か?」
  「探偵としての能力があるですね、アルラ」
  「いえ、偶然です」
  「謙遜しなくてもよろしい。……実はその腕を見込んで頼みがあるのですよ、優秀な探偵さん」
  「はい?」
  「私の夫の肖像画を探して欲しいのです」