天使で悪魔




レックスの始末




  ヒエロニムス・レックス。
  盗賊ギルドの総帥であるグレイフォックスの逮捕に心血を注ぐ人物。
  熱血?
  我侭?
  少なくとも、義務感に溢れた人物ではある。
  ……自分勝手ではあるものの。
  ただ、賞賛には値する。
  盗賊ギルドは存在しない、それが帝都軍上層部や元老院の見解だが……盗賊ギルド参謀のアーマンドやスクリーヴァの
  言葉を借りるなら『賄賂をばら撒いて存在を否定するように仕向けている』らしい。
  要は上層部は盗賊ギルドに言動を操作されているわけだ。
  レックスはそれを否定する。
  グレイフォックスを逮捕する、それが治安の為に最善だと信じて疑わない。
  グレイフォックスもそれを評価した。
  だから、始末するのだ。
  だから……。





  「レックスを始末する?」
  「その通り」
  ブラヴィルに住む、盗賊ギルドの参謀のスクリーヴァは肯定した。
  グレイフォックスの片腕である参謀は二人。
  帝都に住むアーマンドと、彼女だが……アーマンドの言動から察するに彼女の方が立場が上らしい。
  さて。
  「これはグレイフォックスの勅命。……拒否は許されない。貴女を個人的に彼が推薦したの」
  「……グレイフォックスが?」
  「そう」
  「光栄ですわね」
  グレイフォックスの生き様は貴族に似ている。
  貧民の保護は権力者の負うべき責任であり義務。昨今の政治家や貴族はそれを拒否し、堕落して惰眠を貪っている。
  だからこそグレイフォックスは偉大なのだ。

  しかし始末?
  ……盗賊ギルドは殺しはご法度なはず……。

  察したのか、スクリーヴァが首を振る。
  「始末、とは暗殺ではないですよ。暗殺は闇の一党ダークブラザーフッドの領分です。我々は殺し屋ではありません」
  「……?」
  殺しではない?

  意味が分からない。だとすると……何?
  「実はアンヴィルの伯爵夫人が新しい衛兵隊長を探している。帝都軍に人材を求めている旨を伝えたら、帝都軍は人材
  のリストを既に送ったわ。ただまだ決めかねている。……後は分かるでしょう?」
  「左遷させるわけ?」
  帝都軍から都市軍に。
  ……別に劣るとは言わないけど、都市軍は領主の私兵とも言える。
  いやまあ、そういう考え方すると帝都軍も皇帝&元老院の私兵になるけど……それに各都市も帝都軍の傘下だから厳密
  に言えば同じ帝都軍に位置するわけだけど。

  さて。
  「アンヴィルなら邪魔は出来ない、それがグレイフォックスの判断」
  「ふーん」
  「まだ執事は伯爵夫人にリストは見せていないそうです」
  「どうしてですの?」
  「さあ。……ただアンヴィルに潜入している同胞の話では執事の執務室から出ていないわ。偽造して、レックスをもっとも
  強く推薦すると偽造して。偽造のプロがアンヴィルにいるけど……そこは鍛冶屋のオリンに相談を」
  「鍛冶屋? オリン?」
  「城に入っている、我々の同志です」
  「……それはいいんですけど、アンヴィルに左遷させて大丈夫?」
  「そのあたりの理屈は私にも分かりませんけどね、グレイフォックスはどういうわけかアンヴィル領主を保護してきた。我々
  はあの近辺では仕事は行わないよう、命令されています。……では文書偽造、楽しんで来て」
  「……ふぅ。まっ、善処しますわ」






  港湾都市アンヴィル。
  様々な物品が海路によって運ばれる都市であり、その物資は陸路クヴァッチやスキングラードに。
  この都市に留まる事はない。
  ここは船荷を降ろし、保管し、他の都市に運ぶだけ。
  その際に生じる利益がこの街を潤すのだ。
  朝日が顔を出しつつある。潮風が心地良い。港町の朝の風景は、とても美しい。
  「久し振りですわねぇ」
  「ですねぇ」
  「御意」
  居場所は常に、二人の従者に伝えてある。
  ジョニーとグレイズと合流し、わたくし達はアンヴィルに。思えばここでフリーの盗賊してた。
  それに、馴染みの深い場所でもある。
  わたくしは貴族。
  ……正確には没落貴族ではあるものの、名門シャイア家の正当なる後継者。
  今現在土の中で腐ってるろくでもない親父は意外に顔が広かったので、その関係ではわたくしは各都市の領主や
  帝都軍上層部、元老院議員とも知り合いが多い。
  ……没落した途端に疎遠になったけれども。
  ……疎遠になっても別に問題はないけども。
  そんな中でも今も懇意にしているのが、コロール伯爵夫人とアンヴィル伯爵夫人。
  「しかしお嬢様、始末が左遷とは……」
  「考えようによっては栄転かもしれませんわね」
  「しかしお嬢様、どう考えたって……」
  「考えない事ですわ」
  暗殺。
  暗殺の方が早いけど……左遷の方が嬉しいし助かる。
  レックスが知り合いだから、というのもあるけどわたくしは殺しは基本的に否定する。
  基本的に、というのも正当防衛は正当な行為……と認識しているからだ。
  人の命を奪う事が正しい。
  さすがにそこまで思い上がってはいない。
  「お嬢。出来れば宿にでも……」
  オークのグレイズが催促する。
  怠慢、ではない。
  グレイズは白いオーク。そういう種類のオーク、ではなく色素がない。太陽の光を跳ね返せないのだ。
  太陽の光が皮膚を焼く。
  傍から見ると吸血鬼、だと思われるものの違う。
  彼はアルビノ。
  「そうですわね、グレイズは宿にでも行っていて。……あれ……?」
  ふと思う。
  そういえば幽霊屋敷、買いましたわね。
  「……わたくし、家持ですわよね?」
  『……あっ……』
  ベニラス邸。
  格安価格で買い取ったのを忘れていた。最近盗賊ギルドの仕事で忙しいからなぁ。
  「ジョニー」
  「はい?」
  「始末」
  「な、なんでですかーっ!」
  「貴方の間抜けな顔がわたくしの思考を停止させた。……グレイズ、片しちゃって」
  「御意」
  「い、言いがかりだーっ!」


  グレイズを自宅に戻し、ジョニーを引き連れてアンヴィル城に向う。
  「……」
  向う途中、考える。
  目的はレックスを左遷させる事。
  ……しかし考えようによっては、文書を偽造して『レックスが適任です』にしてなくても伯爵夫人と懇意、という人間関係を
  使えばそれなりに、あまり手間を掛けずに簡単に事は運ぶだろう。
  どんな方法を選ぶかはわたくし次第だけど。
  ただ聞き入れられない時が面倒。
  伯爵夫人にレックスを衛兵隊長に勧めた→断られた→レックスを推薦するように文書偽造……これだと、わたくしが偽造
  した事を容易に想像出来るだろう。伯爵夫人はまだ書類に眼を通していないものの執事は中身を知っている。
  何故執事が文書を渡さずに留めているかは不明だけど。
  ……。
  文書偽造でいくとしよう。
  これが失敗した時、その時は直接伯爵夫人に勧めよう。
  「お嬢様、それでどのような手で?」
  「とりあえずスクリーヴァの正攻法でいくとしますわ。鍛冶屋の……オリン? ともかく、城に潜入している盗賊ギルドの
  メンバーから情報を入手、文書盗んで偽造のプロとやらと接触し、偽造した文書を伯爵夫人に届ける」
  「正攻法ですね」
  「一番リスクがないですわね、確かに」
  アンヴィル城は風光明媚。
  ある意味で観光スポットでもある。
  城は城壁の外にある。海に囲まれた小島にそびえ立ち、優雅な石造りの橋が大陸との唯一の接点。
  「彼女に会うのも久し振りですわねぇ」
  麗しい、年上の伯爵夫人に思いを馳せる。元気だろうか?
  コロール伯爵夫人は夫に先立たれ、妻である伯爵夫人が執政を。その娘はレヤウィンの伯爵(深緑旅団の関係で現在は
  離婚している。詳しくは夢の終焉を参照)に嫁いでいる。
  名族の家系なのだ。
  ただアンヴィルは少々毛色が違う。
  アンヴィル伯爵夫人は……アンブラノクス伯爵夫人は、あくまで代行なのだ。
  伯爵は現在行方不明。
  謎の失踪を遂げてもう11年にもなる。
  わたくしは23歳。
  だから幼い時に伯爵に会った事はあるけれども……不思議な事に顔が思い出せない。
  何故だろう?
  「ジョニー、先に打ち合わせしておきましょうか」
  「はい」
  「貴方、始末」
  「な、何でですかーっ!」
  「ああ、ごめんなさい。口癖ですわ、特に意味はないです」
  「……すげぇ口癖ですね……」
  「何か言いまして?」
  「い、いいえ」
  「わたくしが伯爵夫人と話をしている間に、文書を盗むのですよ。よろしいわね?」
  「了解っす。あっしにお任せを」
  「では、始めますわ」
  アンヴィル城が視界に入る。
  さあ、始めよう。




  「久し振りね、アルラ」
  「お久しゅうございます、伯爵夫人様」
  恭しく一礼。
  いくら元貴族とはいえ、立場が違う。例えシャイア家が健在でも、向こうの方が家格が上。
  頭を下げる事は、屈辱とは考えない。
  当然の理なのだ。
  「アルラ、今日はどうしました? 何か私に頼み事ですか?」
  「頼み、とは?」
  「そなたの噂は聞いています。……スキングラード領主であるハシルドア伯爵にとりなしましょうか?」
  「もったいなきお言葉」
  さらに一礼。
  上から目線は貴族としては、仕方がない。わたくしもそれほど人の事は言えないし。
  ……。
  わたくしの役目は時間稼ぎ。
  城に入り込んでいる、鍛冶屋のオリンは盗賊ギルドのメンバー。城鍛冶として働きながら、盗賊ギルドが派遣した
  目付役。何の為に情報収集の役目を与えられているかは不明。
  オリンは、グレイフォックスに命じられて城に派遣され、伯爵夫人の日常を報告するように命じられているらしいけど……
  グレイフォックス、もしかして危ないストーカーの類か何か?

  ともかく。
  「伯爵夫人、衛兵隊長をお探しとか」
  「おおアルラ、耳が早いですね。以前の隊長が定年退職しましたのでね、有能な衛兵隊長を新しく抜擢しようとしているの
  ですよ。帝都軍に推薦してくれるように頼みましたが、まだ書状は来ていませんね」

  「へぇ」
  ……オリンの言うとおり、ですわね。
  既に書状は届いているけれども、女執事がそれを隠しているらしい。よく分からないけど、オリンの手引きで今ジョニーが書状
  を盗み出しているはず。レックスが最優先であると書き換え、伯爵夫人に手渡す。

  それがグレイフォックスの意思。
  邪魔だから殺せ、はご法度らしい。盗賊は盗むだけ、殺しは範囲外。
  それが盗賊ギルドの方針。
  ……。
  高潔ですわね。
  暗殺は闇の一党ダークブラザーフットの領分、というのがギルドの思想であり鉄則なのだ。
  それはそれでいいと思う。
  あくまで盗賊ギルドは、弱者を護り、殺しを否定する、義賊なのだ。
  さて。
  「そろそろお暇しますわ。伯爵夫人、御機嫌よう」





  無事、新任衛兵隊長の推薦リストをジョニーはゲットした。
  影座の生まれで、透明化の能力を有するトカゲ。こういう時はさすがに役に立つ。
  聞くところによればアルゴニアンの生まれ故郷であるブラックマーシュでは影座の生まれは、アルゴニアン王国によって
  暗殺者シャドウスケイルとして育て上げられるらしい。

  また一説では、闇の一党に暗殺者として教育してもらうよう、影座生まれの子供を譲り渡すそうだ。
  ……。
  ジョニー・ライデン。
  生まれはシロディールだけど……少し間違えば暗殺者だったわけだ。
  世の中、不可思議で読み辛い。

  「順位、低いですわね」
  自宅であるベニラス邸で、ジョニーの入れてくれた紅茶を飲みながら書状を読む。
  ヒエロニムス・レックスは、推薦順位は最悪。最低ランク。

  『ヒエロニムス・レックス。
  自己中心的で命令無視は頻繁。狂信的であり無能。個人的に推薦はしない』


  額に皺を寄せる。
  正直、面白くない。ジョニーは怪訝そうに言う。
  「何をそんなにお怒りなので?」
  「面白くありませんわ」
  「はっ?」
  「面白くありません」
  レックスは確かに命令無視は多い。
  グレイフォックスに固執するあまり、常識では考えられないような事も平気で行う。
  ……一応、権限の範囲内ではあるものの、普通はしないような事もする。スラム街貧民に対する課金、魔術師ギルドの
  バトルマージ徴発、二度に渡るスラム街に対する物量作戦と封鎖作戦。
  職務熱心。
  もちろん、横暴とは紙一重だろうけど……無能はないでしょう、無能は。
  土の中で腐ってる最低の親父が目を掛けていた、優秀な仕官。それがレックスだ。あの親父にしてはなかなか見る眼が
  あったと思ってる。レックスは優れた人物だ。だからこそ、敬意を表してグレイフォックスは彼を左遷させるのだ。
  帝都における、最大の障壁だから。
  なのに……。
  「狂信的で無能……面白くありませんわ」
  「お嬢。上層部としてはレックスを手放したくないのでは?」
  「ふむ」
  グレイズの言い分は正しいかもしれない。
  手元から有能な人材を、地方の、それも帝都から離れ過ぎているアンヴィルに移籍させたくないのかもしれない。
  だとしたら……この推薦状、優先順位が逆?
  上位にいるのが無能。
  下位にいるのが有能。
  なるほど、だとしたら説明はつく。帝都軍は無能な人物を推薦し、アンヴィルに押し付けたいわけか。
  なるほどなぁ。
  「お嬢様、鍛冶屋のオリンの話では……」
  「分かってますわ。市内に偽造のプロがいるんでしょう? ……ティータイムが終わったら、会いに行きますわ」
  「いえ、それもありますけど」
  「……?」
  「実はリストの上位で、最優先の人物はこのリストを隠していた執事の従兄弟らしいんですよ。何でも帝都軍にかなりの
  賄賂を贈って、最優先に推挙するように仕向けたらしいんです」
  「何故隠してたのかしら?」
  さっさと伯爵夫人に提出すればいいのに。
  「実はこのリストは昨日届いたものらしいんです。……自分の従兄弟を衛兵隊長に栄転させたいらしく、一番最初に
  送ってきたリストは破棄した模様です。提出しないのではなく、出来なかったわけですね」
  「ふぅん」
  おそらく、最初のリストでは従兄弟殿はあまり熱心に推挙されてなかったのだろう。
  そこで握り潰し、帝都軍に多額の賄賂。
  帝都軍としてもその従兄弟殿はあまり惜しくなかったのだろう。喜んでその策に乗った。
  今までリストを渡さなかったのは、その為か。
  「ならは急がなくてはなりませんわね、偽造屋に会いに行きますわ」




  アンヴィル。
  この街の住人の大半は、何らかの形で港湾関係に従事しているらしい。
  港町だからか。
  潮風に浸食されるのか街並みはかなり汚れている。

  その中でもとりわけ汚れ、オンボロの小屋に偽造屋がいるらしい。盗賊ギルドのオリンの推薦ではあるものの、
  偽造屋が盗賊ギルドのメンバーなのかどうかは聞いていない。
  まあ、綺麗な仕事ではないのは同じかな。
  ジョニーは連れていない。
  街中だし、偽造屋はサシでの話し合いを好むとオリンに聞いているからだ。
  さて。
  「わたくしはアルラ=ギア=シャイア。初めまして」
  「……」
  「……?」
  「わざわざ名乗らなければ駄目か? ……名前など意味はない。いずれにしても君に私の名前を覚えられると思わんしな。
  それでも会えて私を認識する単語が欲しいなら、見知らぬ者、そう呼べばいい」

  「……」
  倣岸なまでの口調でありながら、どこか醒めている。
  ぶっきらぼうと言うべきか。
  みすぼらしい、まるで物乞いのような格好をしているもののどことなく顔は物乞いのそれとは違う。
  何者なのだろう?
  少し、好奇心が湧いた。
  「貴方も盗賊ギルドの人間なのかしら?」
  「俺がグレイフォックスの従者……はっ、下らん話だな」

  「……?」
  「盗賊ギルドだけではなく世間も騒ぐ、グレイフォックスの正体はオブリビオンの悪魔だとか300年ギルドを支配した吸血鬼だ
  とかな。奴はただの人間だ、ノクターナルの仮面を被っているだけの、ただの人間だよ」

  「ノ、ノクターナル?」
  オブリビオンの16体の魔王の1人の名前だ。
  盗賊達が信奉する魔王であり神。
  影を盗む、という本があるけど……内容的に考えるとノクターナルの持ち物を盗もうとする者は容赦なく呪われる。
  ……。
  反面、呪う為にわざと盗ませているという節もあるけどね。

  「伝説の類はどうでもいい。それで何か用か?」
  「このリストを偽造して欲しいの。ヒエロニムス・レックス隊長を最優先に、推薦するとね」
  「いいだろう。ただし報酬はもらうぞ」
  「分かりましたわ。御機嫌よう」
  見知らぬ者はわたくしの顔をじっと見つめている。どこか憂いを秘めたようなその瞳に宿る感情の意味を、わたくしはまだ
  知る由もなかった。

  「……」
  「何か、問題がありますの?」
  「……気付かんか、アルラ」
  「……?」
  「まあ、いい。……明日、また来い。特別サービスで帝都軍の正式書状の証明である印はこちら盗んで押しておく」






  『ヒエロニムス・レックス。
  抜きん出た才能と能力。とりわけ実務能力に秀でており、ご希望の衛兵隊長としての能力は帝都軍が保証します。
  上官として、個人的に強く推薦します』






  翌日。
  偽造された書状を持って、アンヴィル城に。
  謁見の間でアンブラノクス伯爵夫人に書状を手渡す。彼女の横には空白の玉座。
  失踪中の伯爵の椅子だ。
  ……。
  やはり顔が思い出せない。
  何故?
  まあ、幼かったけど……おぼろにも覚えていないのは、何故なのだろう?
  「衛兵隊長の書状でございます」
  「アルラ、貴女が運んできたのですか? ……わざわざすいませんね、ありがとう。本来なら彼女に……」
  ちらりと脇に控える女執事を見る伯爵夫人。
  女執事は何故書状が、という顔をしていた。既に賄賂を贈って書き換えた書状が消えたのは気付いているのだろうけど、隠し
  ていた事がばれるのを避ける為にあえて何も言わない。

  「本来なら彼女が眼を通すのですが……たまには自分で吟味するのもいいでしょう」
  「そうですわね、ご自分の衛兵隊長なのですから」
  「……ふぅむ。レックス隊長が、よろしいようですね。本来なら彼女の従兄弟を推す気でいましたが、帝都軍からここまで
  大絶賛され推薦されている以上、彼に任命するのが礼儀でしょう。ご苦労でしたね、アルラ」

  「もったいなきお言葉」
  「ついで、と言ってはなんですが帝都に飛んでもらえますか? レックス隊長への正式の辞令を預けますから」
  「御意にございます」






  帝都。
  旅を楽しまずに、各地を飛び回るのはあまり好きではないけど……伯爵夫人の要請を受けて、帝都に。
  巡察中のレックス隊長に会う。
  「隊長、御機嫌よう」
  「これはレディ。ご機嫌麗しく」
  ……悪い人物ではないのよ、彼は。
  熱血漢過ぎるのと、熱血すると周囲が眼に入らない……確かに、融通は効かない人物ではある。
  しかし反面、優秀なのも確かだ。
  ともかく、権威の上にふんぞり返って何もしないタイプではなく、彼は自らの足で治安を護って歩くタイプの実直な仕官。
  そこは敬意を表するし、尊敬できる。
  「実はわたくし、アンヴィルから来たのですが、これをアンブラノクス伯爵夫人から言付かってきましたわ」
  「それはご苦労様です」
  手渡した書簡を開く、レックス隊長。
  それは正式な辞令。彼はアンヴィル伯爵夫人の名の元に、アンヴィルに移籍する事になる。
  「……くくく、はっははははははははっ!」
  怒り出すか、と思ったものの彼は笑った。
  愉快そうに。
  「ははは。これはグレイフォックスの裏工作には違いないが……結局、私は奴に勝てなかった。私の負けというわけか」
  神妙な顔で、納得している。
  ……敬意ですわね、やはり。彼は取り乱すタイプではなかった。
  ……そこは敬意ですわ。
  「私は帝都軍に忠誠を誓い、市民に対しての義務を負ってきたが……グレイフォックスめ、最後の最後まで私を出し抜くか。
  このまま奴の勝ち逃げで終わるのは癪だが、アンヴィルでの職務に忠実に生きるとしよう」

  「……」
  「それにもしかしたら、また機会があるかもしれないし……その可能性は、あるでしょう?」
  「……」
  「レディ?」
  「……素敵ですわ、レックス」
  彼の頬に口づけを。
  こういうやり方はあまり好きではなかったものの、グレイフォックスは彼なりの敬意なのだろうと思った。
  少なくとも失脚はさせなかった。
  アンヴィルに飛ばす真意が計りかねるけど、これはこれで栄転とも呼べるのかもしれない。
  「レ、レディっ!」
  「アンヴィルには家がありますから、是非お茶でもご一緒しましょう。……レックスさえよろしければ」

  「よ、よろこんでっ!」
  「ではまた。御機嫌よう、レックス」