久我山昔話






     

久我山の土器
たぶち通り〔5丁目〕や、馬車みち〔3丁目〕の畑から土器のかけ らや矢じりが見つかったんだ。
矢じりは黒色の三角形の石で、数が少なかったので、見つけると大 騒ぎをしたもんだ。高井戸第二小学校に届けたが、今でも保存して いるのかなァ---。(平成30 年2月 108)


ひとっぱり
昔、旅の僧が久我山で一夜の宿を求めた。僧は、礼に膏薬(こうやく)の秘伝を残して去った。
小作家は、何代も「ひとっぱり」の膏薬を製造・販売してた。遠 方から「ひとっぱり」を求めに来たもんだ。今でも、古老は小作 の家を「ひとっぱり」と呼んでいる。今、秘伝は、絶えてる。
(平成25 年12 月 58)


稗蔵
明暦(1655~)の頃から明治まで、久我山稲荷神社の東隣に、土で塗 り固めた稗蔵(ひえくら)があったんだ。
上の口から、かまわず投げ込み、下に一ヶ所取り出す口が有って、 飢饉の時に村人が食べたんだ。稗は、何年たっても味が変わらない ので、非常食にしたぁんだ。 (秦録蔵さんの資料より)(平成26年 5月 63)










 

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