黔之驢
語釈
ニ シ リ
@ 黔 無 A驢。有 B好 事 者、
レ ニ 一
ニ セテ テ ル レバ チ ク キ フ
船 載 以 入。 至 則 無 可 用、
レ レ
ツ ヲ ニ ルニ ヲ ニシテ ナル
放 之 山 下。虎 見 之C尨 然 大 物 也。
ニ 一 レ
テ シ ト レテ ニ ふ ヲ
1以 爲 神。蔽 林 間 窺 之。
ニ イチ レ
ク デテ ヅクニ ニ トシテ シ ル
稍 出 近 之、D憖 憖 然 2莫 相 知。
レ ニ 一
タビ ク イニ キ ク レ
他 日 驢 一 鳴。虎 大 駭 遠 遁、
テ シ ニ マント ヲ ダ ル
以 爲 1且 噬 已 也、甚 恐。
レ レ
ルト
レドモ シテ ルニ ヲ ユ キ ニ
然 往 來 視 之 3覺 無F異 能 者。
レ シタ ニ 一 上
レ ノ ニ ヅキテ ヅレドモ ニ ニ ヘテ タ
益 習 其 聲、又 近 出 前 後、終 42不 敢 搏
ニ 一 ニ 一 ニ 一
ク ヅキ レ シ ス
稍 近 益 狎 G蕩 倚 衝 冒。
ヘ リニ ル ヲ リテ ビ リテ ヲ ク
驢 不 勝 怒 蹄 之。虎 因 5喜 計 之 曰、
レ レ レ
ダ レ ト
「 技 止 此 3耳。」
リテ シテ イニ ヒ チ ノ ヲ クシテ ノ ヲ チ ル
因 H跳 踉 大 闞 斷 其 喉 6盡 其 肉 乃 去
ニ 一 ニ 一
ナル シ ルニ ナル
4噫、形 之 尨 也、7類 有 コ、聲 之 I宏 也、
レ レ
ス ルニ ニ レバ ダサ ノ ヲ モ ナリト ヒ レ
類 有 能。8向 不 出 其 技、虎 雖 猛 疑 畏
レ レ レ ニ 一 レ
ニ ラン ヘテ ラ シ クノ シイ
卒 不 敢 取。今 9若 是5焉。悲 夫。
ニ 一 レ
柳宋元(773〜819年)
(注)@黔 黔州。今の四川省彭水苗族土家自治県。A驢 驢馬。B好事者 物好きな人。C尨然 おおきいさま。D憖憖然 悲しく慎み深いさま。E異能 特異な能力。G蕩倚衝冒 体をすりよせたり、ぶっつけたりする。H跳踉 とぼかかる。I宏 大きい。
一 書き下せ。
二 口語訳。
黔州には驢馬がいなかった。物好きな人がいて、船に乗せて連れて来た。連れては来たが、使い道がないので、山のふもとに放した。虎が驢馬を見ると、それは大変大きかった。神かと思い、林の中に隠れて様子をうかがっていた。そのうちに少しずつ近づいて、用心深く見たが相手のことがよくわからない。ある日、驢馬が一声鳴いた。虎は大変驚き、遠くに逃げた。自分に匏みつこうとしているのだと思って、ひどく恐れたのだ。しかし、近づいたり離れたりしながら観察してみると、特異な能力はなさそうに思える。その鳴き声にもますます慣れて、前
や後ろに近づいてみたが、つかみかかることはしなかった。だんだん近づいて、ますます慣れてくると、体をこすりつけるようになった。驢馬は我慢できず、虎を蹴飛ばした。すると、虎は喜んで、「技はこれだけだな。」と考えて、跳びかかり、大声でほえて、驢馬の喉を食いちぎり、肉を食い尽くして去った。
ああ、形の大きなものは徳があるように見え、声の大きなものは能力があるように見えるものだなあ。あのとき、技を出さなかったら、虎が獰猛だといっても、最後まで疑いおそれて襲いかかることはなかったであろう。今このようになってしまった。悲しいことだなあ。
三 次の語の読みを現代仮名遣いで記せ。
1 尨然 2 窺 3 憖憖然 4 跳踉 5 及 6 雖 7 卒
四 次の語の意味を辞書で調べよ。
1 他日
2 往来
五 二重線部1〜5の文法問題に答えよ。
1 且 且に〜んとす これから(今にも)〜しようとする
2 不 敢 強い否定 敢えて〜ず 決して〜ない
3 限定 のみ だけだ
4 噫 感嘆 ああ ああ
5 焉 断定
六 傍線部1〜9の問いに答えよ。
1 読みと意味を記せ。
2 どういう意味か。
3 どういう意味か。
4 意味を記せ。
5 なぜか。
6 どういう意味か。
7 驢と虎の話の中のどういう表現に相当するか。
8 「其技」を明確にして口語訳せよ。
9 どのようなことか。
構成
神と思う→ 林に隠れる
分からない→ 後日 驚く → かまれると思う 能力なし →
声に馴れる 近づく 接触する → 他の技はない 食う → 徳があると見える → 能力があると見える → これだけだ |
虎 |
大きい 恭しい 鳴く ←つかみかからない ←蹴る 大きいからだ 大きい声 技 |
驢 |
主題 強い相手に腹を立て自分の技(正体)を見せてはいけないという教訓
解答
一 黔に驢無し。好事者有り、船に載せて以つて入る。至れば則ち用ゐるべき無く、之を山下に放つ。虎 之を見るに、尨然として大なる物なり。以つて神と為し、林間に呷れて之を窺ふ。稍く出でて之に近づくに、憖憖然として相知る莫し。他日、驢 一たび鳴く。虎 大いに駭き、遠く哺がれ、以つて且に己を噬まんとすると為し、甚だ恐る。然れども往来して之を視るに、異能無き者に覚ゆ。益其の声に習れ、又近づきて前後に出づれども、終に敢へて搏たず。稍く近づきて益狎れ、蕩倚し衝冒す。驢 怒りに勝へず、之を蹄る。虎 因りて喜び、之を計りて曰はく、「技 止だ此れのみ。」と。因りて跳踉して大いに匯え、其の喉を断ち、其の肉を尽くして、乃ち去る。
噫、形の尨なるや、徳有るに類し、声の宏なるや、能有るに類す。向に其の技を出ださざれば、虎猛なりと雖も、疑ひ畏れ、卒に敢へて取らざらん。今 是くのごとし。悲しいかな。
三 1 ぼうぜん 2 うかが 3 ぎんぎんぜん 4 ちょうりょう 5 すなわ
6 いえど 7つい
四 1 後日。 2 行き来する。
五
1 且 且に〜んとす これから(今にも)〜しようとする
2 不 敢 強い否定 敢えて〜ず 決して〜ない
3 限定 のみ だけだ 4 噫 感嘆 ああ ああ 5 焉 断定
六
1 以 為 以て〜と為す と思う =以為ヘラク 2
2 相手の事が分からない。
3 特異な能力はないと思う。
4 虎は結局驢馬につかみかかるだけの勇気はなかった。
5 驢馬の技が蹴ることだけだと分かり、勝てると思ったから。
6その肉を全て食べる。
7 「以為神」
8 あの時もしも蹴ると言う技を出していなければ。
9 驢が」思っている自分の特技を見せたために食い殺されたこと。