(2)兼好法師が詞のあげつらひ 『玉勝間』四の巻 七七
語釈
A B
兼好法師が徒然草に、「花は盛りに、月はくまなきをのみ見るものかは。」とか言へるは、1いか
C
にぞや。2いにしへの歌どもに、花は盛りなる、月はくまなきを見たるよりも、花のもとには風を
かこち、月の夜は雲をいとひ、あるは待ち惜しむ@心づくしをよめるぞ多くて、A心深きも、こと
D
に3さる歌に多かるは、みな花は盛りをのどかに見1まほしく、月はくまなから2んことを思ふ心
E
のせちなる3からこそ、4さもえあらぬを4嘆きたるなれ。いづこの歌に
かは、花に風を待ち、月
F
に雲を願ひたるはあらん。さるを、5かの法師が言へる5ごとくなるは、6人の心にさかひたる、
G
のちの世のさかしら心の、Bつくりみやびにして、まことのみやび心にはあらず。かの法師が言へ
H I
ることども、7このたぐひ多し。みな同じことなり。すべてなべての人の願ふ心にたがへるをみや
J K
びとするはつくりこと6ぞ多かりける。恋に、あへるを喜ぶ歌は8心深からで、あはぬを嘆く歌の
L M
み多くして、9心深きも、あひ見んことを願ふ7からなり。人の心は、うれしきことは、さしも深
N
くはおぼえぬものにて、ただ心にかなはぬことぞ、深く身にしみてはおぼゆるわざなれ8ば、すべ
て、うれしきをよめる歌には、心深きは少なくて、心にかなはぬすぢを悲しみ憂へたるに、あはれ
O P
なるは多きぞかし。10さりとて、わびしく悲しきを、みやびたりとて願はんは、人のまことの情
ならめや。
(注)@心づくし やるせない気持ち。A心深きも 趣が深い歌も。Bつくりみやび わ
ざと構えた風情。
一 次の語の読みを現代仮名遣いで記せ。
1 徒然草 2 兼好法師 3 嘆く 4 憂へ
二 1〜4の語の意味を古語辞典で調べよ。
1 かこつ
2 せちなり
3 さかしら心
4 まことの心
三 傍線部1〜10の問いに答えよ。
1 宣長は兼好法師の言葉にどのような態度でいるか。
2 「いにしへの歌どもに・・・嘆きたるなれ。」の一文の文構造を説明せよ。
3 指示内容を記せ。
4 嘆いている内容を記せ。
5 誰のことか。
6 どのような心か抜き出せ。
7 どういうものか抜き出せ。
8、9 次の文ではそれぞれどう言っているか、抜き出せ。
10 何を受けているか。
四 二重線部1〜8の文法問題に答えよ。
1 品詞名 基本形 活用形 文法的意味
2 品詞名 基本形 活用形 文法的意味
3、7 文法的に説明せよ。
4 品詞分解 口語訳
5 品詞名 基本形 活用形 文法的意味
6 結びの語を抜き出し説明せよ。
8 文法的に説明せよ。
五 口語訳
兼好法師の『徒然草』に、「(桜の)花は盛りの状態だけを、月は影がない状態だけを見るものか(いやそうではない)。」とか言っているのは、どんなものだあろうか。昔の歌歌には、(桜の)花は満開なのを、月は影がない状態だけを見たのよりも、花の下では風に不平を言い、月の夜は雲を嫌い、あるいは(花が咲き、月が出るのを)待ち、(花が散り月がかげるのを)惜しむさまざまな物思いをすることを詠んでいる。(歌が)多くて、奥深い趣があることも、特にそういう歌に多いのは、(人)皆花は盛りの状態をのんびり見たく、月はかげがない状態を思う心が通説であるからこそ、そうもありえない事を嘆いたのだ。(いったい)どこの歌に(桜の)花に風(が吹くのを)待ち、月に雲(がかかるの)を願ったものがあろうか(いやない)。そうであるのに、あの法師が言っているようであるのは、人の心情に背いている。後世n利口ぶった心の、その様を装った風情であって本当の風情を解する心ではない。あの法師が言っている言葉は、この種類のものが多い。皆同じことだ。総じて、すべての人の願う心と違っているのを、風情があるとするのは、作り話が多いのである。恋に、(恋人と)契りを結んだのを喜ぶ歌は、奥深い趣がなくて、契りを結ばないことを嘆く歌ばかり多くて、奥深い趣があるのも、男女が会い関係を結ぶことを願うからである。人の心は嬉しいことは、それほど深くは感じなものだ。ただ心に思い通りにならないことが深く身にしみて感じられるものことを悲しみ嘆いた歌にしみじみと趣深いものが多いのだ。だからと言って辛く悲しいのを風情があると言って願ったりするのは人の本心であろうか(いや本心ではない)。
構成
A 満開の桜・満月だけではない E 花に風を待つ 月に雲を願う G 言った言葉 I 人の願いと違うところに風情がある O 辛く悲しいことに風情がある |
兼好法師の詞 |
←B 批判 どんなものか C (例)昔の歌 満開の桜・満月 ≧ 多い 花の下 風に不平 月の夜 雲を嫌う 花・月を待ち惜しむ D その理由◎「から」による提示 満開の桜・満月を望む ←F 批判 満開の桜・満月を思う心情に背く 利口ぶった装った風情 本当の風情を解する心ではない ←H この種のものが多い 同じことだ ←J 批判 作り話 K (例)恋の歌 結ばれる恋 ≧ 多い 結ばれない恋を嘆く L その理由◎「から」による提示 結ばれることを願う M (例)人の心 嬉しい事を深く感じられない 思い通りにならない事は身にしみ る その理由◎「ば」による提示 N 嬉しい事を詠んだ歌に深い趣はな い 思い通りにならない事を悲しみ嘆く歌に深い趣がある ←P 批判 人の本心ではない |
本居宣長の批判 |
主題 兼好法師の作為を批判して人の本心を述べる。
比較 兼好法師と本居宣長
まとめ 兼好法師は、まず満開の桜、満月、結ばれる恋をそれぞれ趣深いという。次に、そうでな い散ったさくら、雨の満月、結ばれない恋にそれ以上の情趣があると言う。 これに対して本居宣長は、花の下で風に不平を言い、月の夜に雲を嫌い、結ばれない恋を 嘆くのは、満開の桜、満月、結ばない恋を望むからだと批判する。 が、これは兼好法師の独自のものの見方の理由を説明することになっている。宣長の批判 は、兼好の主張を補強することになっている。 |
満開の桜・満月 ◎反語「かは」による提示 雨に月 部屋にいて春 見る価値が多い 咲きそうな梢 散った花 (例)詞書 花が散った 花の情趣 花見に行けない ≦ 花を見る ◎反語「かは」による提示 結ばれる恋 ◎反語「かは」による提示 結ばれないで終わった恋 無駄に終わった約束 独り寝 恋の情趣 遠くにいる恋人 恋人の昔の家 満月 ◎反語「かは」による提示 木の間の月 村雲隠れの月 月の情趣 濡れた葉の月 心眼で見る ◎反語「かは」による提示 春 ←家にいて思う 心でとらえる 月よ←寝室にいて思う 教養ある人=ほどほどに間接的にみる |
兼好法師の見方 |
←B 批判 どんなものか C (例)昔の歌 満開の桜・満月 ≧ 多い 花の下 風に不平 月の夜 雲を嫌う 花・月を待ち惜しむ D その理由◎「から」による提示 満開の桜・満月を望む ←F 批判 満開の桜・満月を思う心情に背く 利口ぶった装った風情 本当の風情を解する心ではない ←H この種のものが多い 同じことだ ←J 批判 作り話 K (例)恋の歌 結ばれる恋 ≧ 多い 結ばれない恋を嘆く L その理由◎「から」による提示 結ばれることを願う M (例)人の心 嬉しい事を深く感じられない 思い通りにならない事は身にしみ る その理由◎「ば」による提示 N 嬉しい事を詠んだ歌に深い趣はな い 思い通りにならない事を悲しみ嘆く歌に深い趣がある ←P 批判 人の本心ではない |
本居宣長の批判 |
(2)兼好法師が詞のあげつらひ 『玉勝間』四の巻 解答
一 1 こ 2 ゆくえ 3 ことばがき 4 した
二 1 論ずること。 2 さまざまな物思いをすること。 3 奥深い趣がある。
4 利口ぶった心。
三 1 批判的。
花は盛りなる
2 いにしへの歌どもに を見たるよりも
月はくまなき
花のもとには風をかこち 待ち
あるは 心づくしをよめるぞ多くて、心深きもこと
月の夜は雲をいとひ 惜しむ
花は盛りをのどかに見まほしく
にさる歌に多かるは、みな 思ふ心のせちなるからこそさも
月はくまなからんことを
えあらぬを嘆きたるなり。
3 花のもとには風をかこち月の夜は雲をいとひ、あるは待ち惜しむ心づくしをよめる
4 満開の桜やかげりのない月を望むがそれができないこと
5 兼好法師 6 花は盛りをのどかに見まほしく、月はくまなからんことを思ふ心
7 人の心にさかひたる、のちの世のさかしら心の、つくりみやび
8 8 さしも深くはおぼえぬものにて 9 深く身にしみてはおぼゆるわざなれば
10 すべて、うれしきをよめる歌には、心深きは少なくて、心にかなはぬすぢを悲しみ憂へたるに、あはれなるは多き
四 1 助動まほし用願望 2 助動む体婉 3、7 格原因理由ノデ
4 さ副 も係助 え 副 あら動あり未ラ変 ず助動ず体打 え+打ち消し=不可能
デキナイ そうもありえない
5 助動ごとくなり体比況 6 ける 助動 過 けり 体
8 接助ば順接確定条件 原因理由 カラ
*本稿は、全国高等学校国語教育研究連合会第40回研究大会栃木大会において発表した
ものである。『徒然草』第百三十七段「花は盛りに(前半)」と相俟っている。表記上一部
改変がある。