(1) 此木戸や
語釈
(1)
此木戸や錠のさされて冬の月 @其 角
A「猿蓑」撰の時、この句を1書き送り、下を「冬の月」「霜の月」、置き煩ひ1はべるよし2聞こゆ。し
かるに、初めは3文字つまりて、「柴戸」と読め3たり。
4先師いはく、「5角が、冬・霜に煩ふべき句にもあらず。」とて、冬の月と6入集せり。
(2)
その後、B大津より先師の文に、「7『柴戸』にあらず、『此木戸』なり。かかる秀逸は一句も大切なれば、
たとへC出板に及ぶとも、いそぎ改む4べし。」となり。
(3)
D凡兆いはく、「柴戸・此木戸、8させる勝劣なし。」
去来いはく、「この月を柴の戸に寄せて見れば、尋常の気色なり。9これを城門にうつして見5はべれば、
その風情あはれにものすごく、言ふばかりなし。角が、冬・霜に煩ひけるもことわりなり。」
(注)@其角 榎本氏。のち、室井氏とも。江戸の人。蕉門の俳人。『虚栗』などの編著がある。(1661〜1707年)A「猿蓑」 俳諧七部集の一つ。向井去来・野沢凡兆により、元禄四年(1691年)、芭蕉および蕉門の俳諧を編集したもの。B大津 今の滋賀県大津市。芭蕉は『猿蓑』刊の前後、大津に滞在していた。C出板 出版に同じ。当時、本は版木による板木による板本が行われていた。なお『猿蓑』板本では、この個所に埋め木をして「こ乃木戸」と直した跡がうかがえる。D凡兆 野沢氏。金沢の人。蕉門の俳人。(?〜1714)。
一 次の語の読みを現代仮名遣いで記せ。
1 猿蓑 2 煩ひ 3 此木戸 4 柴戸 5 先師 6 秀逸 7 尋常 8 城門 9 風情
二 次の語の意味を辞書で調べよ。
1 木戸
2 よし
3 芝戸
4 先師
5 ことわり
三 傍線部1〜9の問いに答えよ。
1、2 主語を記せ。
3 どういうことか。
4 誰のことか。
5 この語の意味を記せ。また、「冬の月」のよさを記せ。
6 どういうことか。
7 なぜ「秀逸」の句と評したか。
8 凡兆の鑑賞眼はどうか。
9 指示ない湯を記せ。
A 季語 季節 やの修辞法
四 二重傍線部1〜5の文法問題に答えよ。
1、2、5の敬語について次の表を埋めよ。
3、4 品詞名 基本形 活用形 文法的意味
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注意 |
5 |
2 |
1 |
番号 |
はべれ |
聞こゆ |
はべる |
語 |
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主語 |
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種類 |
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地の文 会話文 |
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敬意 誰が |
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誰を |
五 口語訳
(1)
此木戸や錠のさされて冬の月 @其 角
『猿蓑』編集の時、この句を書き送ってきて、「結句を冬の月、霜の月どちらにしたらよいか迷っています。」と申した。が、初めは文字が詰まって、柴戸と呼んだ。先師は「其角ほどの人が、冬の月、霜の月に迷うほどの句でみない。」と言って冬の月戸決まって入集した。
(2)
その後、大津からの先師の手紙に「あれは柴戸ではない、此木戸だ。こういう格段に優れている句は一句でも大切だから、たとえ出版されるようになっていても、急いで訂正すべきだ。」とあった。
(3)
凡兆が言うことには、「柴戸、此木戸たいして優劣はない。」
去来が言うことに、「この月を柴の戸に配してみると尋常の様子になる。この句を城門に配してみると其の風情はしみじみ趣深くいいようもなくいい。冬、霜に迷ったのも道理だ。
構成
主題 句の推敲
(1) (2) (3) |
節 |
其角 芭蕉@ 芭蕉A 凡兆 去来 |
人物 |
木戸(柴戸) 此木戸 柴戸―粗末 「此木戸だ」―厳か 柴戸・此木戸の違いが分からない 柴戸 此木戸 |
戸 |
R冬の月―さびしく冷たく光る O霜の月―白く光る月 ○冬の月―荒涼感 霜の月―感覚的過ぎ 冬の月 秀逸 冬の月―平凡 冬の月―もの寂しくいいようがない 基角の迷いも当然 |
月 |
(1) 此木戸や 解答
一1 さるみの 2 わずら 3 このきど 4 しばのと 5 せんし 6しゅういつ
7 じんじょう 8 じょうもん 9 ふぜい
二 1 @城門。A通路の出入り口にもうけた簡単な門。B江戸時代、警戒のために市内の要所に設けられた門。C劇場に設けた見物人の出入り口。2 趣旨。 3 柴で作った戸、門。4 文学・音楽などで他に比べて格段に優れているもの。5 道理。
三 1 其角 2 其角 3 「此」と「木」との二つの文字の書き方が詰まって「柴」に見えたこと。
4 芭蕉。 5 意味 「柴の戸」と読んでいたので、「冬」か「霜」か迷うほどの句ではない。
「冬の月」 ごく自然な感じがする。「霜の月」 感覚的すぎる。
6 『猿蓑』に選びいれた。7 「此木戸」だと幻想的な荒涼感を感じる。
8 「柴の戸「と「此木戸」の違いが分からない。 9 この月(冬の月)
A 冬の月 冬 や 切れ字
四
3 助動たり止完 4 助動べし止当
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注意 |
5 |
2 |
1 |
番号 |
はべれ |
聞こゆ |
はべる |
語 |
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其角 |
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主語 |
丁寧 |
謙譲 |
丁寧 |
種類 |
会話文 |
地の文 |
会話文 |
地の文 会話文 |
去来 |
去来 |
其角 |
敬意 誰が |
凡兆 |
芭蕉 |
芭蕉 |
誰を |
文学史 俳論書 四巻 向井去来
成立 1702〜1704年に成立
内容 「先師評」「同門評」「故事」「修行」の四部構成 句に対する芭蕉の批評、根本理念を述べてい
る。
作者 向井去来 1651~1704年 俳人 京に落柿舎を作り、芭蕉を招く。 長崎生まれ