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(8)十九 をりふしの移りかはるこそ
語釈
(1) 折節の移り変わるこそ、物ごとに哀れなれ。

(2)「
@物の哀れは秋こそまされ」と、人ごとに言ふめれど、1それもさるものにて、今一きは心も浮きたつ

 

ものは、春の景色1こそあめれ。鳥の聲などもことの外に春めきて、のどやかなる2日かげに、垣根の草萌

 

え出づる頃3より、4やゝ春ふかく霞みわたりて、花もやうやう氣色だつほどこそあれ、折しも雨風うちつゞ

 

きて、心あわたゞしく散りすぎぬ。青葉になり行くまで、5よろづにただ心をのみぞ悩ます。6A花橘は名に

 

こそおへれ、なほ、梅の匂ひ2ぞ、いにしへの事も立ちかへり戀しう思ひ出でらるゝ。7山吹の清げ3に、

 

藤のおぼつかなき樣したる、すべて、思ひすて難きこと多し。

(3)8「B灌佛のころ、C祭のころ、若葉の梢 涼しげに繁りゆくほどこそ、世のあはれも、人の戀しさもま

 

され」と、人の仰せられしこそ、9げにさるものなれ。五月、あやめ葺くころ、早苗とるころ、D水鷄のたゝ

 

くなど、心ぼそからぬかは。六月の頃、あやしき家に夕顔の白く見えて、蚊遣火ふすぶるもあはれなり。E六

 

月祓またをかし。

(4)七夕祭るこそなまめかしけれ。やうやう夜寒になるほど、鴈なきて來る頃、萩の下葉色づくほど、早稻

 

田刈りほすなど、とり集めたることは秋のみぞおほかる。また野分の朝こそをかしけれ。10「言ひつゞくれ

 

ば、みな源氏物語、枕草紙などに事ふり4たれど、同じ事、また、今更にいはじとにもあらず。Fおぼしき

 

事云はぬは腹ふくるゝわざなれば、筆にまかせ11つゝ、あぢきなきすさびにて、かつ破り捨つべきものなれ

 

ば、人の5見るべきにも6あらず。」

(5)さて冬枯の景色こそ、秋にはをさをさ劣るまじけれ。汀(の草に紅葉のちりとゞまりて、霜いと白う置

 

ける朝、遣水より煙のたつこそをかしけれ。年の暮れはてて、人ごとに急ぎあへる頃ぞ、またなくあはれなる。

 

すさまじき物にして見る人もなき月の寒けく澄める、二十日あまりの空こそ、心ぼそきものなれ。G御佛名・

 

H荷前の使ひ立つなどぞ、哀れにやんごとなき、公事ども繁く、春のいそぎにとり重ねて催し行は7るゝ樣ぞ、

 

いみじきや。I追儺よりJ四方拜につゞくこそ、面白ろけれ。晦日の夜、いたう暗きに、松どもともして、よ

 

なかすぐるまで、人の門叩き走りありきて、12何事にかあらん、ことことしくのゝしりて、足を空にまどふ

 

が、曉がたより、さすがに音なくなり8ぬるこそ、年のなごりも心細けれ。亡き人のくる夜とて魂まつるわざ

 

は、このごろ都には9無きを、東の方には、なお10すること11てあり12こそ、あはれなり13しか
(6)かくて明けゆく空の気色、昨日に變りたりとは見えねど、ひきかへ珍しき心地ぞする。大路のさま、松

 

立てわたして、花やかにうれしげなるこそ、また哀れなれ。3

(注)@物の哀れは 『拾遺集』雑下に「春はただ花のひとへに咲くばかりもおのあはれは秋ぞまされる。(よみ人知らず)とある。A花橘は名にこそおへれ 橘の花は昔を思い出す物として有名。B灌佛 灌仏会。四月八日、釈迦お誕生日を祝ってその像に香水を注ぎかける仏事。C祭のころ 京都の上賀茂神社の祭り。牛車・桟敷の簾などに葵を飾るので葵祭りとも言われる。D水鷄のたゝく 水鷄は水辺にすみ、戸をたたくような音を立てて泣く。 E六月祓 六月末日、それまでの半年間の罪や汚れを除き去るために水辺で行う神事。Fおぼしき事云はぬ 『大鏡』に「おぼしきこと言はぬは、げにぞ腹ふくるる心地しける。」とある。 G御佛名 十二月十九日から三日間、清涼殿でおこなわれる仏事。諸仏の名号を意唱え、様々の罪障を懺悔し、その消滅を意折る。仏名会。H荷前の使ひ 十二月中旬に諸国からの貢ぎ物である初穂を十陵八墓に供えるための勅使。I追儺 大晦日の夜、悪鬼を追い払うために行う朝廷の儀式。儺、鬼やらいとも言う。「J四方拜 元旦に、天皇が天地四方を拝し、災厄を払い、五穀豊穣などを祈願する儀式。

 

一 次の語の読みを現代仮名遣いで記せ。

 

 1 垣根 2 花橘 3 灌佛 4 梢 5 早苗 6 水鷄 7 蚊遣火 8 六月祓 9 御佛名

 

 10 公事 11 追儺 12 四方拜 13 暁

 

二 次の語の意味を辞書で調べよ。

 

 1 をりふし

 

 2 さるもの

 

 3 気色

 

 4 日影

 

 5 清げなり

 

 6 おぼつかなし

 

 7 思ひ捨つ

 

 8 心ぼそし

 

 9 蚊遣火

 

 10 ふすぶる

 

 11 あぢきなし

 

 12 すさび

 

 

 

三 傍線部1〜12とAの問いに答えよ。

 

 1 指示内容を記せ。

 

 2 どこにかかるか。

 

 3 相対する表現を抜き出せ。

 

 4 この語とほとんど同じ意味内容を持つ語を一つ抜き出せ。

 

 5 なにがなぜ悩ますのか。

 

 6 どの歌を念頭に置いたものか。

 

 7 「山吹の清げに」と「藤のおぼつかなきさましたる」とは構造上どういう関係にあるか。

 

 8 文構造を説明せよ。

 

 9 誰のどのような気持ちを表したものか。

 

 10 「言ひ続くれば・・・人の見るべきにもあらず。」はどのような気持ちを述べたものか。

 

11 下に適当な語を補え。

 

 12 修辞法はなにか。

 

 A この文章の主題を最もよく示す一文を抜き出せ。

 

四 二重傍線部1〜13の文法問題に答えよ。

 

 1〜4と11の「に」の違いを説明せよ。

 

 

 

 

 

 5、6 9、10  品詞名 基本形 活用形 活用の種類

 

 

 

 

 

 

 

 7、8、12、13 品詞名 基本形 活用形 文法的意味 

 

 

 

 

五 口語訳

(1)

 季節が移り変わってゆくことこそ、何事につけても趣深いものである。

(2)

 「しみじみした情趣は秋が勝っている。」と人ごとに言うようだけれど、それもそのようなもので、もう一層心も浮き立つのは、春の様子であるようだ。鳥の声なども特別に春めいて、のんびりした日の光に、垣根の草が芽を吹くころから、次第に春も深まり霞が一目にかかり、花もだんだん咲き出そうとする、その折も折雨風が続いて心あわただしく散ってしまう。青葉になりゆくまで、万事にただ心をだけ悩ます。花橘は(昔の人を思い出すことで)有名だが、やはり、梅の匂いに昔のことも立ち返り、恋しく思い出される。山吹がさっぱりして美しく、藤の花がぼうっとしている様子、すべて見捨て見放しがたい事が多い。

(3)

 「灌仏のころ、賀茂祭りの頃、若葉の梢が涼しげに茂りゆくころこそ、世の趣も、人の恋しさも優る。」と、(ある)人がおっしゃったのこそ、なるほどそういうものだ。五月、アヤメを屋根にふくころ、早苗を」とるころ、水鶏がたたくようになくなど、物寂しくないか(いや寂しい)。六月の頃、賤しい家に夕顔が白く咲いて、蚊遣火が煙を立てているのも趣深い。六月祓えもまた趣深い。

(4)

 七夕をまつることは上品である。だんだん夜寒い感じがするようになるころ、雁が鳴いて来る頃、萩の下刃が色づくころ、早稲田を」刈って干すなど、取り集めたことは、秋だけが多い。また、台風のあさ、趣深い。言い続けてくると、みな『源氏物語』、『枕草子』などにすでに言われているけらど、おなじことを、またQ、いまさら言うまでもないと言うのでもない。思ったことを言わないのは腹が立つことだから、筆に任せて(かいた)、つまらない手慰みで、一方では,破り捨てるものなので、人が見るべきものでもない。

(5)

 さて、冬枯れの気色こそ、秋には決して劣らないに違いない。水際の草に効用が散りとどまって、霜が大層白く置いた朝、遣りみずから煙が立つのが趣深い。年が暮れ果てて、ヒットごとに急ぎあっているころがこの上なくしみじみと趣深い。面白くないものとして見る人もない月の、寒そうにすんだ二十日ころの空こそ、心細いものはない。御仏名、荷前の使いが立つなど、しみじみと趣深くはなはだ尊い。朝廷の政務や儀式などが数多く、春の準備にとり重ねて催しおこなわれる様子は、すばらしい。追儺から四方拜に続くのは風流である。晦の夜、大層暗いのに、たいまつをともして、夜中過ぎるまで、人が門をたたき走り歩いて、何事があるのだろうか、大げさに大騒ぎして、足も地に着かないように慌てるが、暁方からなんといっても、音がしなくなったのこそ、年の名残も心細いことだ。死んだ人が来る夜といって魂を祭る行事は、このころ都ではないが、東の方ではやはりすることであるのこそ、しみじみと趣き深かった。

(6)

 こうして明けて行く空の様子は、昨日と変わったところは見えないが、すっかりかえって格別である。大路の様子、門松を一面に立て、はなやかに嬉しそうであるのは、またとなく趣深い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

構成

(1)

 

(2)

 

 

 

(3)

 

 

 

 

(4)

 

 

 

 

 

(5)

 

 

 

 

(6)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

冬 

 

 

 

 

正月

季節

推移

 

鳥の声 草 桜(気を揉む) 橘

梅の香(昔を思う) 山吹(すがすがしい)藤(ぼうっと)

◎変化する情趣 秋との対比

 

4月 灌仏会 賀茂の祭り

5月 端午 田植え くいな

6月 夕顔 蚊遣火

◎人事とからみあいあいながら自然が動いていく

 

七夕祭り

夜寒 雁 萩 さなだ刈り

台風の朝

◎時の経過の中での情趣

 執筆放心の一端を開陳・・・古典の通りと感嘆、謙遜

 

冬枯れ 早朝の霜 水蒸気

年末の慌ただしさ

宮中の儀式 民間の歳末風景

◎秋との対比

 

年の移り変わる間際の情趣

様子

感興が深い

 

見過ごしにくい

 

 

 

懐かしさ

もの寂しい

「あはれ」

「をかし」

 

優雅

 

「をかし」

 

 

 

「をかし」

「あはれ」

 

 

 

「あはれ」

感想

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

主題 四季の季節の推移や変化の美

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(8)十九 をりふしの移りかはるこそ  解答

一 1 かきね 2 はなたちばな 3 かんぶつ 4 こずえ 5 さなえ 6 くいな 7 かやりび

  8 みなつきばらえ 9 おぶつみょう 10 くじ 11 ついな  12 しほうはい

13あきあつき
二 1 季節。 2 そのような物。 3 様子。 4 日の光とひざし。 5 さっぱりして美しい。

6 ぼうっとしているさま。 7 見捨て身はなす。 8 ものさびしい。

9 夏、蚊を追い払うためにいぶす火。 10 煙を立てる。 11 つまらない。 

12 慰み半分にすること。 

三 1 「物の哀れは秋こそまされ」 2 もえいづる 3 まで 4 やうやう 5花が咲き散ること。

  6 五月待つ花橘の香をかげば昔の人の袖の香ぞする 7 対等 

  S1         V1        「  」S2   V2 

      並    列                         並       列

8「 灌佛のころ祭のころ、若葉の梢 涼しげに繁りゆくほどこそ」、世のあはれも人の戀しさもまされ  

  9 作者の、ある「人」の言った言葉に同感する気持ち。

 

 10 謙遜 11 かけり 12 挿入句。

 A 折節の移り変わるこそ、物ごとに哀れなれ。

四 1 助動なり用断 2 格助対 3 形動きよげなり用ナリ活 4 助動ぬ用完 11 助動なり用断

  5 動見る止マ上一 6 動あり未ラ変 9 刑なし体ク活 10 動す体サ変 

  7 助動る体受 8 助動ぬ体完 12 助動き体過 13 助動き已体過