(5)十 家居のつきづきしく
語釈
(1)家居のつきづきしく、あらまほしき1こそ、1假の宿りとは思へど、興あるものなれ。
(2) よき人の、のどやかに住みなしたる所は、さし入りたる月の色も、一際しみじみと見ゆるぞかし。2
今めかしくきらゝかならねど、木立ちものふりて、わざとならぬ庭の草も心ある樣に、簀子・透垣のたよりを
かしく、うちある調度も昔覚えてやすらかなる3こそ、2心にくしと見ゆれ。
(3) 多くの工の心を盡して磨きたて、3唐の、4大和の、珍しく、えならぬ調度ども並べおき、前栽の草
木まで、5心のまゝならず作りなせるは、見る目も苦しく、6いとわびし。さても4やは、ながらへ住むべき、
また、時の間のけむりともなりなんと5ぞ、うち見るよりも思はるゝ。大かたは、家居に6こそ事ざまはおし
はからるれ。
(4)7@後徳大寺の大臣の寢殿に、鳶ゐさせじとて、縄を張られたりけるを、A西行が見て、「鳶の居たらん
は、何7かは苦しかるべき。この殿の御心、さばかりにこそ」とて、その後は8參らざりけると9聞き侍るに、
B綾小路宮のおはしますC小坂殿の棟に、いつぞや繩を引かれたりしかば、10かのためし11思ひ出でられ
侍りしに、誠や、「烏のむれゐて池の蛙をとりければ、12御覧じ悲しませ給ひてなん」と人の13語りし8こ
そ、14さてはいみじくこそと覚えしか。15徳大寺にも、いかなる故9か侍りけん。
(注)@後徳大寺の大臣 左大臣藤原実定。1139〜1191年。A西行 俗名は佐藤義清。1118〜1190年。歌人。藤原実定の祖父、徳大寺左大臣藤原実能に使えたことがある。この話は『古今著文集』巻十五にもある。 B綾小路宮 亀山天皇の皇子性恵法親王。京都綾小路にあった妙法院に住んだ。C小坂殿 天台宗の寺、妙法院の別称。
一 次の語の読みを現代仮名遣いで記せ。
1 家居 2 簀子 3 透垣 4 調度 5 工 6 前栽 7 寢殿 8 鳶
9 綾小路宮 10 小坂殿 11 棟
二 次の語の意味を辞書で調べよ。
1 家居
2 つきづきし
3 あらまほし
4 今めかし
5 木立
6 ものふる
7 たより
8 をかし
9 調度
10 心にくし
11 前栽
12 わびし
13 おほかた
14 おはします
三 傍線部1〜15とA〜Dの問いに答えよ。
1 (1)修辞法を記せ。
(2)どのような考え方が表れているか。
(2)のA「今めかしく」・B「わざとならず」・C「やすらかなる」・D「心んくし」と内容上対立する言葉をそれぞれ七字以内で抜き出せ。
2 何がそう見えるのか四つ上げよ。
3 、4どこにかかるか。
5 何の「心」か。
6 何が「わびし」いのか、その内容を三つ挙げよ。
7 どの語句にかかるか。
8 誰がどこへなのか。
9、11、12、13 それぞれ主語を記せ。
10 どこからどこまでを指すか。
14 誰が誰のことについてどう思ったのか説明せよ。
15 筆者のどのような気持ちを表しているか。
四 二重傍線部1〜9の文法問題に答えよ。
1、3〜9 それぞれ結びの語、基本形、活用形を記せ。
2 文構造を説明せよ。
五 口語訳
(1) 住居が調和がとれていて好ましいのは、仮のものとは思っても趣あるものだ。
(2) 教養のある人が、のどかに住んでいるところは、さし入る月の光の色も、一段としみじみと見える。当世風でなく、きらびやかでないけれど、木立が古びていて、故意でない庭の草も趣ある様子で、簀子・透垣の配置は趣があり、中にある道具類も古風な感じがして、落ち着いているのは奥ゆかしく見える。
(3) 大勢の大工が心を尽くして磨き立て、中国風の、日本風のと珍しくいいようもない道具類を並べ置き、庭の植え込みの草木まで自然のようでなく作っているのは、見苦しく大層つらい。そのようにしてもいつまで長く住むことができようか。また、一瞬に焼けて煙となってしまうのは、ちょっと見てすぐに思われる。大体、住居に事の様子はおしはかることができる。
(4) 後徳大寺大臣が、寝殿い鳶を居させまいとして、縄を張られたのを、西行が見て、「鳶がいるのはなにがさしつかえがあるか。。」と言ってその後は参らなかったと聞きましたが、綾小路宮がいらっしゃる小坂殿の棟に、いつだったか縄をひかれたので、あの例が思い出されましたときに、本当か、「烏が群れていて、池の蛙を取ったので、御覧になりお悲しみになって。」と人が語ったのはそれではすばらしいいと思った。徳大寺にもどういう理由がございましたのでしょ。
構成
(1) 住居=調和・理想的 興趣深い
(2) 教養ある人の住居 奥ゆかしい
1 現代風× きらびやか×
2 木立 古びた庭の草も自然
3 簀子・透垣の配置
4 道具類も古風で落ち着く
(3) 凝った建物 やりきれない
1 多くの大工
2 外国製・日本製の道具類
3 庭の草木が不自然
住居→人柄
(4)(例) 後徳大寺大臣 鳶を追う縄張り
綾小路の宮 池の蛙を烏から守る縄張り
主題 調和のある、理想的な住居はその人柄を表す。
(5)十 家居のつきづきしく 解答
一 1 いえい 2 すのこ 3 すいがい 4 ちょうど 5 たくみ 6 せんざい 7 しんでん
8 とび 9 あやのこうじ 10 こsかどの 11 むね
二 1 すまい。 2 調和している。 3 そうありたい。 4 現代風である。
5 木の広がり立ったもの。 6 なんとなく古くなる。 7 具合 配置。 8 趣がある。
9 日常使う道具。 10 奥ゆかしい。 11 庭先に植える草木。 12 つらい。
13 大体。 14 いらっしゃる。
三 1(1)挿入句。(2)仏教的無常感。現世は仮のもので、住まいは仮に身を寄せるためのもの。
A 木立ものふりて B 心のままならず C 見る目も苦しく D いとわびし
2 1 現代風や派手な造りでないこと 2 木立が古めかしく自然のままであること
3 簀子や透垣の具合が趣ある 4 調度類が古風で落ち着いていること
4 調度ども 5 自然の心。 6 1 多くの大工が心を打ちこんで磨きたてること。
2 中国製、日本製の珍しい道具類が並べてああること 3 庭の草木が不自然に人手を加えられていること。
7 寝殿に 8 西行が後徳大寺大臣の所へ。 9 筆者 11 筆者 12 綾小路宮 13 人
14 筆者が綾小路宮について大層立派であると
15 表面に現れた現象だけを単純に受け取ってしまいなぜそうなのかを探らずに」結論を下すことは避けるべきだ。
四 1 なれなり已断 3 見ゆれみゆ已ヤ下二 4 べきべし体可 5 るるる体自 6 るれる已自
7 べきべし体推 8 しかき已過 9 けんけむ体過推
2 対偶否定法 今めかしからね、きららかんらね