(3)七 あだし野の露消ゆるときなく
語釈
(1)
@あだし野の1露消ゆる時なく、A鳥部山の2煙立ちさらで1のみ3住み果つる習ひならば、いかに、物の哀れもなからん。4世は定めなきこそいみじけれ。
(2)
命あるものを見るに、人ばかり久しきはなし。5Bかげろふの夕を待ち、夏の蝉の春秋を知らぬもある2ぞかし。6つくづくと一年を暮らす程3だにも、こよなうのどけしや。7飽かず、惜しと思はば、千年を過すとも、一夜の夢の心地こそせ4め。住みはてぬ世に、醜きすがたを待ちえて、何かはせん。C命長ければはじ多し。長くとも四十に足らぬほどにて死なんこそ、目安かるべけれ。
(3)
8そのほど過ぎぬれば、かたちを恥づる心もなく、人に出でまじらは5ん事を思ひ、9D夕の日に子孫を愛して、さかゆく末を見6んまでの命をEあらまし、ひたすら10世を貪る心のみ深く、11物のあはれも知らずなり行くなん、浅ましき。
(注)
@あだし野 京都市右京区嵯峨の奥、愛宕山のふもとにあった墓地。A鳥部山 京都市東山区の清水寺の南あった火葬場。鳥辺野供言う。Bかげろふの 「淮南子」説林訓に「鶴寿千載以極其遊蝣朝生而暮死而尽其楽」とある。また、「荘子」逍遥遊編に「けいこ不知春秋。」とある。C命長ければ 「荘子」天地編に「富即多事寿即多辱。」とある。D夕(ゆふべ)の日に子孫を愛して 「白氏文集」巻二に「朝露貪名利、夕陽憂子孫」また、「観心略要集」に「朝露之底貪名利、夕陽之前愛子孫。」とある。 Eあらまし 期待し。予期し。
一 次の語の読みを現代仮名遣いで記せ。
1 鳥部山 2 蝉 3 四十 4 千年 5 貪る 6 一年 7 心地
二 次の語の意味を辞書で調べよ。
1 もののあはれ
2 いみじ
3 こよなし
4 心地6
5 めやすし
6 かたち
7 あさまし
三 傍線部1〜12の問いとA〜Cの問に答えよ。
1、2は何をたとえているか。
3 (1)「果つる」の意味に注意する。
(2)対照的な表現を抜き出せ。
4 何を言っているのか。
5 文構造を説明せよ。
6 どこにかかるか。
7 何に「飽かず」か、何が「惜し」いのか。
8 指示内容を記せ。
9 どういうことをたとえているか。
10 (1)どこにかかるか。
(2)具体的にどういうことか。
11 どこにかかるか。
A 本文はどの思想の影響を最も強く受けているか。
B 筆者が最も軽蔑している生き方を示す部分を抜き出せ。
C この文章の主題を示す文を抜き出せ。
四 二重傍線部1〜6の文法問題に答えよ。
1 文法的に説明せよ。
2 文法的に説明せよ。
3 文法的に説明せよ。
4 品詞名 基本形 活用形 文法的意味
5 品詞名 基本形 活用形 文法的意味
6 品詞名 基本形 活用形 文法的意味
五 口語訳
(1)
あだし野の露は消える時がなく、鳥辺山の煙はいつまでも消えずに生き通すのがこの世の習いせあったなら、どんあにか、ものの情趣がないことだろう。人の世は無常であるところが、よいのだ。
(2)
命のあるものを見ると、人間ほど命の長いものはない。蜻蛉のように朝生まれて夕方を待たずに死に、夏の蝉のように春も秋もしらないで死ぬ物もあるのだ。 じっくりと一年を暮らす間だけでも、この上なく(人生は)十分でなく、(命は)惜しいと思ったら、のどかな感じがするでHないか。千年を生きても一夜の夢のようにあっけなく感じるだろう。いつまでも住みおおせることの出来ないこの世に、老残の姿をさらしたところでなんになろう。長生きをするだけでも恥をかくことが多い。長生きしても、四十にならないくらいで死ぬのが見苦しくないだろう。
(3)
四十をすぎてしまうと、醜い容貌を恥ずかしいと思う心もなく、人中に出しゃばり、交際したいということを思い、夕日のように命いくばくもないのに、子や孫をかわいがり、栄えていく将来を見届けるまでの命を期待し、むやみに世間の名誉や利益をほしがるこころばかり深くなり、ものの情趣も理解できなくなっていくのは、まったく情けないものだ。
(1) (2) (3) |
節 |
露 消えない 煙 立ち去らない 常住 ものの趣がない 人=長命 醜い姿 恥 四十才過ぎー見苦しい (理由)無恥 交際を望む 子孫の将来 名誉欲 利益欲 物の情趣もわからない |
常住 |
無常 よい 蜻蛉・蝉=短命 四十才の死―感じがいい |
無常 |
構成
主題 無常の賛美
(3)七 あだし野の露消ゆるときなく 解答
一 1 とりべやま 2 せみ 3 よそじ 4 ちとせ 5 むさぼる 6 ひととせ 7 ここち
二 1 しみじみとした情趣。 2 すばらしい。 3 格別である。 4 心持ち。 5 見苦しくない。
6 容貌。 7 情けない。
三 1、2 命。 3 (1)し終わる。 (2)住み果てぬ世に。 4 世は無常がよい。
5 待遇否定法 かげろふの夕を待たず(死に)ち、
夏の蝉の春秋を知らぬ(死に)
6 くらす 7 何に 人生 何が 命 8 四十。 9 余命のいくらもない身。
10 (1)なりゆく (2)名誉や利益をむやみにほしがる。 11 なりゆく
A 仏教。 B かたちを恥づる心もなく、人に出でまじらはん事を思ひ、夕の日に子孫を愛して、さかゆく末を見んまでの命をあらまし、ひたすら世を貪る心のみ深く、物のあはれも知らずなりゆく
C 世は定めなきこそいみじけれ
四1 副助限定 2 ぞ係強意 かし終助念を押す 3 副助最小限の限定 4 助動む已推
5 助動む意体 6 助動む意体