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一 いでや、この世に生まれ

語釈

(1)

いでや、この世に生れては、1願はしかるべきことこそ多か1めれ

(2)

 2の御位はいともかしこし。3@竹の園生の4末葉まで、人間の種ならぬぞやんごとなき。A一の人の御

 

有様はさらなり、Bただ人も、C舎人などたまはる際(きわ)は、ゆゆしと見ゆ。5その子・孫までは、2

 

ふれにたれど、なほなまめかし。7それより下3方は、ほどにつけつつ、時に逢ひ、したり顔なるも、みづ

 

からはいみじと思ふらめど、いと8口惜し
(3)
 9法師ばかり羨しからぬものはあらじ。「10人には木の端のやうに思はるるよ」とD清少納言が書けるも、

 

げにさることぞかし。勢ひ猛に、のゝしりたるにつけて、いみじとは見えず。E増賀聖(ぞうがひじり)のい

 

ひけんやうに、名聞くるしく、11佛の御教えに違ふらむとぞ覚ゆる。12ひたふるの世すて人は、なかなか

 

あらまほしき方もありなん。
(4)
 人は、かたち・有樣のすぐれたらんこそ、あらまほしかるべけれ。物うち言ひたる、聞きにくからず、愛敬

 

ありて、言葉多から4こそ、飽かず向はまほしけれ。めでたしと見る人の、心劣りせ5らるゝ本性見えんこ

 

そ、口をしかるべけれ。
(5)
 品・容貌こそ生れつき6たらめ、心は13などか、賢きより賢きにも、移さば移らざらん。かたち・心ざま

 

よき人も、14なくなり7ぬれば、しなくだり、顔憎さげなる人にも立ちまじりて、かけずけおさるゝこそ、

 

本意なきわざなれ。
(6)
 ありたき事は、Fまことしき文の道、G作文・和歌・管絃の道、またH有職にI公事の方、人の鏡ならんこ

 

そいみじかるべけれ。手など拙からず走りかき、聲をかしくて拍子とり、いたましうするものから、下戸なら

 

ぬこそ男はよけれ。

(注)@竹の園生 ここは天皇の御子、親王。『史記』に、梁の考王がその広大な庭園に竹を多く植えたとある故事による。A一の人 宮中で、常に一座の第一に着席する人。普通摂政・関白。Bただ人 ここは普通の貴族。C舎人 近衛府の下級官吏。ここは、高位の貴族の身辺警護のために、朝廷からつけられた者。いわゆる隋人のこと。D清少納言が書ける 『枕草子』の第五段(「思はむ子を法師になしたらむこそ」)に「(法師を)ただ木の端などのように思ひたるこそ、いといとほしけれ。」とある。E増賀聖 917〜1003年。天台宗の僧。名利を嫌って、大和の多武峰に隠遁した。Fまことしき文 本格的な学問。G作文 漢詩を作ること。H有職 朝廷の官職・制度などに関する知識。I公事 朝廷の儀式。

 

一 次の語の読みを現代仮名遣いで記せ。

 

 1 竹の園生 2 舎人 3 羨し 4 増賀聖 5 名聞  6 有職

 

二 次の語の意味を辞書で調べよ。

 

 1 いでや

 

 2 かしこし

 

 3 ゆゆし

 

 4 なかなか

 

5 容貌

 

 6 ありさま

 

 7 かけず

 

 8 本意なし

 

三 傍線部1〜14の問いに答えよ。

 

 1 誰の願望か。また、「願はしきこと」の場合は誰の願望か。

 

 2、3,4 それぞれここでは何を意味するか。

 

 3 「竹の園生」を@「末葉まで」に続けた場合とA「種ならぬ」に続けた場合との違いを記せ。

 

 5、6 それぞれ指示内容を記せ。

 

 7 誰のことか。

 

 8 意味を記せ。また、誰が何故そう思うのか。

 

 9 「・・・ぬ・・・じ」と二重否定になっているが、結局法師は「うらやましい」存在なのか、「うらやましくない」存在なのか。また、この文を分かりやすく説明せよ。

 

 10 『枕草子』に、「思はむ子を法師になしたらんこそ心苦しけれ。ただ、木の端のやうに思ひたるこそいといとほしけれ。精進物のいとあしきをうちくひ、寝ぬるをも、若きはものもゆかしからむ。女などのあるところをも、などか忌みたるやうにさしのぞかずもあらむ。それをも安からず言ふ。」とあり、これを兼好が「人には木の端のやうに思はるるよ。」と、ここに引用しているなだが、清少納言と兼好法師との「法師」に対する気持には、多少の相違があるようだが、その点を説明せよ。

 

11 何の、どう言う点が、なぜ「仏の御教へにたがふ」と言うのか。

 

12 ここではどういう内容を持っているか。

 

13 どの文節に続くか。

 

14 例えば、どんなものをさすか。

 

四 二重傍線部1〜7の文法問題に答えよ。

 

 1、4、5、6、7 品詞名 基本形 活用形 文法的意味

 

 2 品詞分解 口語訳

 

 3 文法的に説明せよ。

 

五 口語訳

(1)

 いやもう、この世に生まれてきたからには、願わしいことは多いようだ。

(2)

 帝の御位は大層恐れ多い。御子・親王まで人間の種でないことは重大である。摂政・関白の御様子はいうまでもない、普通の貴族も、舎人などを頂く身分は、恐れ多いと見える。その子、孫まではすっかり落ちぶれてしまっていても、やはり優美である。それより下のほうの人は、程度につけて時流に乗り、得意顔であるのも、自分では素晴らしいと思うだろうが、大層残念だ。

(3)

 法師ほどうらやましくないものはない。「人には木の端にょうに思われるよ。」と清少納言が書いたのも、なるほどもっともなことだ。勢いが盛んで大騒ぎしていることも立派とは見えない。増賀聖が言ったように、評判が見苦しく仏の御教えに反していると思われる。ひたすらな世捨て人は、かえって望ましい点もあるだろう。

(4)

 ひとは、容貌・風采が優れているのが望ましいだろう。ものをちょっと言ったのが聞きにくくなく、可愛らしさがあって、言葉が多くない人こそ、飽きることもなく向かい合っていたい。立派だと見える人ががっかりさせられる本性が見えたりするのは残念だ。

(5)

 身分や要望は生まれつきだが、心はどうして賢い所からより賢い所に移そうと思えば写せない子尾があろうか。容貌や気立てのよい人でも、才能がなくなれば、低い人の仲間に入り、顔がみっともない人に交じり、簡単に圧倒されることは本心ではないことだ。

(6)

 ありたいことは、本格的な学問の道、漢詩、和歌、管弦の道。また、有職・公事で人の鏡になるようなのは、すばらしい。筆跡など下手でなく走り書き、声を趣き深く拍子を取り、つらそうに見えるが、下戸でないのが男はよい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

構成

主題 身分・容貌(世俗的願望を一応認めている) 世間一般の願望

(1)

 

(2)

 

 

 

 

(3)

 

 

(4)

 

 

(5)

 

 

(6)

願望が多い。

 

身分  皇位・皇族

摂政・関白

隋人つきの普通の貴族

それ低下

 

法師

徹底した世捨て人

 

容貌風采が優れいる

物言いが上品 愛敬 口数少ない

 

身分・容貌

学問・素養

 

学問 漢詩 和歌 管弦

有職などの手本

字 歌 酒

人の願望

 

 

 

別格

いつまでもない

恐れ多い

感心しない

 

うらやましくない

望ましい

 

望ましい

望ましい

 

生まれつき

必要

 

望ましい

すばらしい

よい

批評

   学問・芸術に優れていることが必要     筆者の願望

 

 

 

 

(1)一 いでや、この世に生まれては  解答

一 1 たけのそのふ 2 とねり 3 うらやま 4 そうがひじり 5 みょうもん 6 ゆうそく

二 1 いやもう。 2 恐れ多い。 3 恐れ多い。 4 返って。 5 容貌。 6 様子。

 7 簡単に 8 本心でない。

三 1 一般の人。筆者。 2 天皇。3 皇子 親王 4 子孫。5 舎人など賜る方。

  6 舎人など賜る方。 7 「時にあひ、したり顔なる」当人。

 8 厭なものだ。 筆者にとって俗世間的な地位など極めて無価値に思われるので。

 9 「うらやましくない存在」 法師ほどうらやましくないものは他にはない。

 10 清少納言 人から「木の端」のような俗人らしい感情を持たない者のおうに思われ、欲望を強いておさえている法師に対する同情が表れている。

筆者 「木の端」のように無価値なもの、うらやましくないものと言った軽蔑にも似た気持ちが表れている。

11 (法師の)『勢い猛にののしりたる』点や「名聞くるしい」点が。名誉・評判などを超越する事こそ仏教の本旨にかぬものだから。 12 俗世間を離れて一途に仏道に専念する人。

13 「移らざらん」 14 詩歌・音楽

四1 助動めり已推  4 助動ず体打 5 助動らる体自 6 助動たり未完 7 助動ぬ已完

 2 はふれ動はふる用ラ下二 に助動ぬ用完 たれ助動たり已存 ど 接助 逆接確定 すっかり落ちぶれてしまっていても 3 上代の助詞体修 ノ