(29)百五十 能をつかんとする人
(1)
1能をつかんとする人、「よくせざら1んほどは、なまじひに人に2知られじ。3うちうち
よく習ひ得てさしいでたらんこそ、いと心にくから2め。」と常に言ふめれど、4かく言ふ人、一
芸も習ひ得ることなし。
(2)
いまだ堅固かたほなるより、上手の中に交じりて、そしり笑は3るるにも恥ぢず、つれなく過ぎ
てたしなむ人、天性その骨4なけれども、道になづまず、みだりにせずして年を送れば、5堪能の
たしなまざるよりは、つひに上手の位に至り、徳たけ、@人に許されて、ならびなき名を得ること
なり。
(3)
天下のものの上手といへども、初めは不堪の聞こえもあり、むげの瑕瑾もありき。されども、6そ
の人、道のおきて正しく、7これを重くして放埒せざれば、8世の博士6にて、万人の師となるこ
と、諸道変はる7べからず。
(注)@人に許されて
世間からも名人と認められて
一 次の語の読みを現代仮名遣いで記せ。
1 一芸 2
堅固 3 上手 4 堪能 5 不堪 6 瑕瑾
7 放埓
二 次の1〜20の語の意味を辞書で調べよ。
1 能
2 なまじひなり
3 かたほなり
4 骨
5 堪能
6 不堪
7 瑕瑾
8 放埒
三
傍線部1〜7とAの問いに答えよ。
1 「能をつかんとする人」の態度として大切な心構えを三つ指摘せよ。
2 何をか。
3 「うちうち」、「さしいで」はそれぞれどういうことか、具体的に説明せよ。
4 「かくいふ人」の弱点を述べよ。
5 「堪能のたしなまざる」人と対照的な「人」を文中の語句を用いて記せ。
6 誰のことか。
7 (1)「これ」指示内容。
(2)「放埒せ」と同じ意味を表す言葉を文中から抜き出せ。
8 ここでの意味を記せ。
A (2)は一文で書かれているが、一文の主部と述部を抜き出せ。
四 二重線部1〜7の文法問題に答えよ。
1〜3、5〜7 品詞名 基本形 活用形 文法的意味
4 品詞名 基本形 活用形 活用の種類
五 口語訳
芸能を身に付けようとする人は、「まだ良くできないような間は、なまじっか他人に知られまい。内々で充分に修得して、人前に出たようなのこそたいへん奥ゆかしいだろう。」といつも言うようであるが、このようなことを言う人は、一芸も修得することができないものである。(これにはんして)まだぎこちなく不器用で未熟なうちから、芸能の上手な人の中に混じり合って、悪口を言われたり、笑われたりするのにも恥恐れず、気にとめないでおしとおって、好んで熱心に励む人は、生来天分が無くても芸の道において停滞することなく、自分勝手なことをしないで、年月を過ごしていくと、器用者で不熱心な人よりはしまいには名人の地位に達し、貫禄が付き、名望が高まり、世間の人から認められて、天下無双の名声を得ることとなるのである。
天下に聞こえた芸道の達人と言っても、最初は不器用者だという評判もあり、ひどい欠点もあったのだ。そうではあるけれどもその人は、その道の規則を正しく守り、
その掟を重んじて勝手気ままなことをしないので、世間に認められる大家となり、多くの人の師となる、こういう事はどの道においても変わるはずがないのである。
構成
(1)芸を習う人の間違った態度
こっそり練習…習得できない。
(2)芸を習う人の正しい態度
恥じずに努力・・・上手になる。
堪能で修業しない。
≧
不堪でも修行する。
(3)天下の名人
始めは下手 欠点
↓
規則を守る=大家
主題 其の道の根本原理を修行すれば万物の師となることができる。
(29)百五十 能をつかんとする人 解答
一 1 いちげい 2 けんご 3 じょうず 4 かんのう 5 ふかん
6 かきん 7 ほうらつ
二 1 芸能。技芸 2 なまじっかなさま。 3 出来上がっていないさま。
4 芸道の奥義。 5 達人。 6 わざ、芸の下手なさま。
7 欠点。 8 身持ちの正しくないさま。
三 1 上手な人の中にまじる。 才能がなくてもこつこつ努力する。
道の規則を守る。 2 習っている芸。
3 「うちうち」人に見られないように内緒で。「さしいで」人前に出て芸能を披露する。4 芸に習熟する厳しさにたえられない。
5 天性その芸なけれども道をたしなむ人 不堪野たしなむ人
6 「天下のものの上手」7(1)「道のおきて」 (2)「みだりにせ」
8 手本 A 主部「たしなむ人」述部「名を得ることなり」
四 1 助動む体仮 2 助動む已推 3 助動る体受 4 形なし已ク活
5 助動なり用断 6 動なる体ラ四 7 助動ばし未当然