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(23)八十九 奥山に、猫またといふものありて

語釈

(1)

1「奥山に、猫またといふものありて、人を食らふ1なる。」と、人の言ひけるに、2「山2ならねども、これ

 

らにも、猫の@経あがりて、猫またに3なりて、人取ることはあ4なるものを。」と言ふ者1ありけるを 2A

 

阿弥陀仏とかや、B連歌しける法師5、C行願寺のほとりにありける、が3聞きて、一人ありかん身は、4

 

心すべきことにこそと思ひけるころ6しも、ある所にて夜ふくるまで連歌して、ただ一人帰りけるに、D小川

 

のはたにて、音に聞きし猫また、5あやまたず足もとヘふと寄り来て、やがてかきつくままに、6のほどを

 

食はんとす。肝心も失せて、防がんとするに、力もなく足も立たず、小川ヘ転び入りて、3「助けよや、猫ま

 

たよや、猫またよや。」と叫べば、家々より松どもともして走り寄りて見れば、このわたりに見知れる僧7なり

 

4「7こはいかに。」とて、川の中より8抱き起こしたれば、連歌の賭け物取りて、扇・小箱など懐に持ちたり

 

けるも、水に入りぬ。希有にして助かりたるさまにて、はふはふ家に入りにけり。

(2)

 

 飼ひける犬8、暗けれど9を知りて、10飛びつきたりけるとぞ。(第八十九段)

 

(注)@経あがりて 年の功を充分積んで A阿弥陀仏 鎌倉時代以後、浄土宗・時宗の僧や、それらの僧について出家した在家の称の称号。「何」はぼかした表現。B連歌しける法師 連歌にも半職業的に携わっていた法師。C行願寺 一条の北、油小路の東にあった行円(革聖)開基の寺。革堂と呼ばれ、今の京都市中京区にある。D小川 行願寺のあたりを流れていた川の名。

一 次の語の読みを現代仮名遣いで記せ。

 

  1 経あがりて 2 何阿弥陀仏  3 連歌   4 法師  5 行願寺

 

  6 肝心    7 失せて    8 賭け物 9 懐 10 希有

 

二 つぎの1〜7の語の意味を調べよ。

 

  1 猫また

 

  2 音

 

  3 やがて

 

  4 かきつく

 

  5 松

 

  6 賭け物

 

7 希有なり

 

三 登場人物を抜き出せ。また、傍線部1〜10とA〜Dの問に答えよ。

 

  1 どこにかかるか。これを受ける文節を抜きだせ。

 

  2 後に省略されている語を補え。

 

  3 誰が何を聞いたのか。

 

  4 後に省略されている語を抜き出せ。

  

5 @ねらいをはずさずに、Aうわさの通りにはたして、の二様に解することができる。@とAとでは、どのように解釈が違ってくるだろうか。

 

  6 誰の首か。

 

  7 後に省略されている語を補え。

 

  8 誰が誰を抱き起こしたのか。

 

  9 誰のことか。

 

  10  後に省略されている語を補え。

  

  A  1〜4の会話の主を記せ。

 

  B 1の言葉の後に2の言葉を付け加えた構成の巧みさについて答えよ。

 

  C この文章の主題をよく表している諺として適当なものを記せ。

 

四 二重線部1〜8の文法問題に答えよ。

 

  1〜4、7の異同を説明せよ。

 

  5、8 文法的に説明せよ。

 

  6 文法的に説明せよ。

 

五 口語訳 

(1)

奥山に猫またというものがいて、人を食うそうだ。」と、人が言っていたときに、「山でなくても、このあたりでも猫が年の功を充分積んで、猫またになって、人を食うことはあるというのに。」と言う者があったのを、何阿弥陀仏とか言った法師で、行願寺のあたりに住んでいた法師が、聞いて、一人で歩くような身には注意すべきことだと思っていた丁度その頃、あるところで夜が更けるまで連歌して、ただ一人で帰ったところ、小川の端で、噂に聞いていた猫またが、正確に足もとへつっと寄ってきてそのまま爪でかくようにして飛びつくままに、首の辺りにかみつこうとする。肝をつぶして防ごうとするが力もなく、小川へ転がり込んで「助けてくれ、猫まただ、猫まただ。」と叫べば、家々から、松明をともして走り寄って見れば、このあたりに見知っている僧だった。「これはどうしたことだ。」といって、河の中から抱き起こしたところ、連歌の賭け物でとって扇、小箱などを懐に持っていたのも、水に入った。やっとのことで助かった様子ではうようにして家に入った。

(2)

   飼っていた犬が、暗かったけれど主人を知っていて、とびついたということだ。

 

五 構成

 

主題 人の心に忍び入る化け物

(1)

 

 

 

 

(2)

 節

 

1 奥山に猫また

2 この辺でも

 

何かが飛びつく

 

 

 

 

 

「気をつけよう。」 夜更け 一人 小川の側 

「猫まただ。」おびえて川に落ちる。

 

飼い犬

連歌法師

 

 

 

 

 

 

(23)八十九 奥山に、猫またといふものありて  解答

一 1 へ 2 なにあみだぶつ 3 れんか 4 ほうし 5 ぎょうがんじ 6 きもここころ

  7 う 8 かけもの 9 ふところ 10 けう

二 1 年取った猫で尾が二ついわかれ、化けて災いをするという想像上の化け物。例 八岐大蛇。九尾の狐。

  2 噂。 3 そのまま。 4 爪でかくよういして飛びつく。 5 たいまつ。 6 歌、連歌その他の勝負事、遊戯などに賭ける物。 7 珍しい様。

三 猫また 連歌法師 人 1 「聞きて」 2 「言いて」 3 連歌法師が猫またなおうわさを

  4 「あれ」 5 @猫またの不気味さが強調される。 A猫またのうわさにおびえる連歌法師の心の動きが鮮やかに浮かび上がる。 6 連歌法師 7 「しつる。」 8 近所の人が連歌法師を

  9 連歌法師 10 「言ふ」(聞く)

  A1 世間の人 2 世間の人 3 連歌法師 4 近所の人 

  B 1 日常とは縁の薄い山奥の話。好奇心の対象にすぎない。 2 一挙に身近な場所になる。

  C 幽霊に正体みたり枯れ尾花

四 1 助動なり体伝聞 2 助動なり未断 3 動なる用ラ四 4 助動なり体伝聞 7 助動なり止断

  5 格同格デ 8 格主 6 し副助し強意 も係助も強意