(21)七十三 世に語り伝ふること
語釈
(1)1 世に語り伝ふること、まことはあいなきにや、多くは皆虚言なり。
(2) あるにも過ぎて人はものを言ひなすに、2まして年月過ぎ、@境も隔たりぬれば、言ひたきままに
語りなして、筆にも書きとどめぬれば、やがてまた定まりぬ。道々の物の上手のいみじきことなど、かたくな
なる人1のその道知らぬは、Bそぞろに神のごとくに言へども、道知れる人は、2さらに信も起こさず。音に
聞くと見るときとは、何事も変はるものなり。
(3 )
3かつ4あらはるるをもかへりみず、口に任せていい散らすは、やがて浮きたることと聞こゆ。また、我も
まことしからずは思ひながら、5人の言ひしままに、6鼻のほどおごめきて言ふは、その7人3の虚言にはあ
らず。8げにげにしく、ところどころCうちおぼめき、よく知らぬよしして、さりながら、つまつま合わせて
語る虚言は、9恐ろしきことなり。10我がため面目あるように言はれぬr虚言は、11人4いたくあらがは
ず。みな人5の興ずる虚言は、ひとり、「さもなかりしものを。」といはんもせんなくて、聞きゐたるほどに1
2、証人にさへなされて、いとど定まりぬべし。
(4)
とにもかくにも、虚言多き世なり。ただ、常にある珍しからぬことのままに心得たらん、よろづたがふから
ず。13下さまの人の物語は、耳おどることのみあり。D良き人は怪しき事を語らず。
(5 )
かくは言えど、E仏神の奇特、権者の伝記、、さのみ信ぜざるべきにもあらず。14これは、世俗の虚言を、
ねんごろに信じたるもをこがましく、「6よもあらじ。」など言ふもせんなければ、おほかたはまことしくあひ
しらひて、ひとへに信ぜず、また、疑ひあざkるべからず。
(注)@境も隔たりぬれば 場所も遠く離れてしまうと。Aかたくななる人 ものの分からない、愚かな人。教養にない人。 Bそぞろに むやみやたらに。「すずろに」に同じ。Cうちおぼめき 少し不審がって。D良き人は 『論語』述而編に「子不語怪刀乱神」とある。E仏神の奇特 仏や神の不思議な霊験。F権者の伝記 仏や神が、衆生を救うために、仮に人間の姿となって現れたものの意から、転じて、ここでは、非凡の修行者、高僧などをさす。「権」は「仮」の意。
一 次の語の読みを現代仮名遣いで記せ。
1 虚言 2 心得たらん 3 怪しき 4 奇特 5 権者 6 世俗
二 次の語の意味を辞書で調べよ。
1 虚言
2 かたくななり
3 げにげにし
4 あらがふ
5 ねんごろなり
6 をこがまし
三 傍線部1〜14の問いに答えよ。
1 (1)「にや」の下に略されている語を補え。
(2)「世に語りつたふること」の述語を記せ。
(3)「まことはあいなきにや」の修辞法を記せ。
2 何に対してなのか。
3 具体的な意味を記せ。
4 主語を記せ。
5 どんな人か。
7 どんな人か。
11 どんな人か。
6 どのような表情を言っているか。
8 どの文節を修飾しているか。また、同じ意味の語を抜き出せ。
9 その理由は何か。
10 どういう立場の人をさすか。
12 なぜ証人にされるのか。
13 反対の意味の語を抜き出せ。
14 指示内容を記せ。
四 二重傍線部1〜6の文法問題に答えよ。
1 文法的に説明せよ。
2 文法的に説明せよ。
3 文法的に説明せよ。
4 文法的に説明せよ。
5 文法的に説明せよ。
6 文法的に説明せよ。
五 口語訳
(1)
世間に語り伝えていることは、本当のことはおもしろくないのか、多くはみな嘘である。
(2)
ある以上に人は物をことさらに言うので、 まして、時間が過ぎ、場所も遠く離れてしまうと、言いたいように反して、筆にも書きとどめてしまうと、そのまままた定まってしまう。道々の上手な人の素晴らしいことなど無教養な人で、その道の事を知らない人は、むやみやたらに神のように言うけれども、教養のある人は、全く信じもしない。噂に聞く事と見る時とは何事も変わるものだ。
(3)
話す一方で嘘が露見するのも構わず、口に任せて言いちらすのは、そのまま浮いたことと聞こえる。また、自分でも本当ではないと思いながら、人が言うままに鼻のあたりを動かして言うのは、その人の嘘でhない。もっともらしく、ところどころ少し不審がってyよ知らないふりをして、そうでありながらはしばしを合わせて語る嘘は、恐ろしいことだ。自分のために、面目あるように言われる嘘は、人はたいして否定しない。みな人が面白がる嘘は、一人、「そうでもなかったのに。」と言うとしたらそれもつまらなくて、聞いて座っているうちに、証人にさえされて、ますます定まってしまうだろう。
(4)
とにもかくにも、嘘が多い世だ。ただ、普通にある珍しくないことのままに受け止めたら万事まちがいない。無教養な人の話は、みみをおどろかすことばかだ。教養のある人は、不思議なことは話さない。
(5)
こうは言っても、仏や神の不思議な霊験、非凡の修行者・高僧の伝記をそうばかり信じないとうのでもない。これは、世俗の嘘を心をこめて信じるのもばからしく、「まさかそなことはない。」などと言うのもしょうがないから、大体は本当らしくあしらって一途に信じないで、また、疑いあざけるべきでもない。
構成
(1) 語り伝えている話=嘘の事が多い。
(2)嘘の話=定着
事情 大げさに言う。時・場所が隔たり書きとめられる。
名人の優れたことなど
無教養な人=言い立てる。
道に通じている人=信じない。
(3)嘘の成立・様相
ばれる嘘・・・・・・・・・・・・無邪気
受け売りの嘘・・・・・・・・・・無邪気
つじつまをあわせる嘘・・・・・・だまされるので恐ろしい。
名誉になるように言われた嘘・・・本人は否定しない。
皆面白がる嘘・・・・・・・・・・証人にされ決まってしまう。
(4)嘘に対する態度
普通ある珍しくない事と受け取る。
下賎の人の話・………びっくりすることが多い。
身分教養ある人・・・不思議なことを話さない。
(5) (4)の例外 仏・神の奇跡、高僧などの伝記に対しては信じ込まず、疑ったり嘲笑ったりしない。
主題 嘘について
(21)七十三 世に語り伝ふること 解答
一 1 そらごと 2 こころえ 3 あや 4 きとく 5 ごんじゃ 6 せぞく
二 1 嘘。 2 教養がない。 3 もっともらしい。 4 抗弁し否定する。 5 心の籠っているさま。
6 ばからしい。
三 (1) 「あらむ」 (2)「虚言なり」 (3)挿入句
2 時間も場所もあまり遠くない場合でも人は物を言いなすのだからそれにもまして。
3 話す一方で。4 虚言 5 他人。 7 嘘をついた当人。 11 嘘を言われた人。
6 得意な表情。 8 文節 語る 意味の語 まことしく。
9 いかにも本当らしく人が信じやすいから。 10 嘘を聞いている立場の人。
12 黙って聞いていたから。 13 「よき人」 14 仏・神の奇特 権者の伝記
四 1 格同デ 2 副 助動ず止打 決して〜ない。 3 格体修ノ
4 副 助動ず止打 たいして〜ない。 5 格主ガ 6 副 助動じ止打推 まさか〜あるまい。