(16)五十三 これも仁和寺の法師
語釈
(1) 1これも仁和寺の法師、@童の法師に1ならんとするAなごりとて、おのおのあそぶことありけるに、
酔ひてB興に入るあまり、傍らなるC足鼎を取りて、頭にかづきたれば、つまるやうにすを、鼻をおし平めて、
顔をさし入れて2舞ひ出でたるに、満座興に入ること限りなし。
(2) しばしかなでてのち、3抜かんとするに、大方抜かれ2ず。酒宴ことさめて、いかがはせ3んと惑
ひけり。とかくすれば、首のまはりかけて血垂り、ただ腫れに腫れみちて、息もつまりければ、打ち割らんと
すれど、たやすく割れず。4響きてたへがたかりければ、Fかなはで、すべきやうなくて、三足なる角の上に
帷子をうちかけて、5手を引き杖をつかせて、京なるH医師4のがり、率て行きける道すがら、人のあやしみ
見ること限りなし。 医師のもとにさし入りて、向かひ5ゐたりけんありさま、Iさこそ異様なり6けめ。も
のを6言ふも、くぐもり声に響きて7聞こえず。 1「8かかることはJ文にも見えず、伝へたる教へもなし。」
と言へば、また仁和寺へ帰りて、親しき者、老いたる母など、枕上に寄りゐて泣き悲しめども、
9聞くらんとも覚えず。
(3) かかるほどに、ある者の言ふやう、2「たとひ耳・鼻こそ切れ失すとも、命ばかりはなどか生きざん。
ただ力を立てて引きたまへ。」とて、K藁のしべをまはりにさし入れて、Lかねを隔てて、首もちぎばかりに引
きたるに、耳・鼻Mかけうげながら抜けにけり。Nからき命まうけて、久しく病みゐたりけり。
(注)@童 寺院で召し使う少年。 Aなごりとて お別れだといって。 B興にいるあまり 夢中になるあまり。 C足鼎 三本足のついた金属製の器。 D満座 その場にいる人皆。 Eかんでて 舞を舞って。 Fかなはで 打ち割ることもできなくて。 G帷子 裏地を付けない、単の着物。H医師のがり 医者の元へ。 Iさこそ異様なりけめ さぞかし異様であったであろう。J文 書物。ここでは医書。K藁のしべ 稲の穂のしん。Lかねを隔てて 鐘を首から離れさせて。Mかけうげながら とれて穴があいたまま。 Nからき命まうけて 危うい命を拾って。
一 次の1〜10語の読みを現代仮名遣いで記せ。
1 童 2 酔ひて 3 足鐘 4 酒宴 5 腫れ
6 帷子 7 医師 8 異様 9 失す 10 藁
二 次の1〜5語の意味を古語辞典で調べよ。
1 あそぶ(1)
2 かづく(2)
3 大方(4)
4 惑ふ(5)
5 異様なり(9)
三 傍線部1〜9の問いに答え、1、2の「 」は誰の言葉か記せ。
1・2の「 」は誰の言葉か。
1 指示内容を記せ。
2 主語を記せ。
3 何を「抜かん」とするのか。
4 誰が。
5 主語を記せ。
6 主語を記せ。
7 誰にか。
8 指示内容を記せ。
9 誰がか。
四 二重線部1〜6の文法問題に答えよ。
1 品詞分解 口語訳
2 品詞名 基本形 活用形 文法的意味
3 品詞名 基本形 活用形 文法的意味
4 文法的に説明せよ。
5 品詞名 基本形 活用形 活用の種類
6 品詞名 基本形 活用形 文法的意味
五 口語訳
(1) これも仁和寺の法師の話で、稚児が法師になろうとするお別れだといってめいめい酒宴
の席で楽しむことがあったときに、酔って夢中になるあまり側にあった足鼎を取って、頭にかぶ
ったところ、つかえるようになったのを鼻をおさえて平らにして、顔を中に入れて舞って出たの
で、その場にいるみんなこの上なく面白がる。
(2) しばらく舞を舞った後、抜こうとするが全然抜くことができない。酒宴は興が醒めてど
うしようと途方に暮れた。あれこれするうちに、首の周りが一部分無くなって血が流れ、むやみ
に腫れ上がって、息も詰まってきたので、割ろうとするが簡単には割れない。響いて我慢できな
かったので、打ち割ることもできなくて、手の施しようが無くて、三本足の角の上に単の着物を
かけて、手を引き杖をつかせて、京にいる医師の所へ連れていったその途中も人が不思議がって
見ることはこの上ない。医師の家に入って、向かって座っていた有様は、さぞかし異様であった
ろう。物を言っても、内にこもってはっきりしない声で聞こえない。「こういうことは医書にも見
えない、言い伝えている師の教えにもない。と言うので、また仁和寺へ帰って、親しい者や老い
た母などが、枕元近く寄って座って悲しむが聞いているだろうとも思われない。
(3) こうしているうちに、ある者が言うことには、「たとえ耳鼻が切れて無くなるとしても、命だけはどうして助からないことがあろうか(いやない)。ただ力をいれて引きなさい。」といって、藁の芯を首の回りに差し込んで、鼎を首から離れさせて、首もちぎれるほ引いたところ、耳鼻が取れて穴が開いたまま抜けた。危うい命を拾って、長いこと病んでいたということだ。
構成
1 2 3 |
段 |
鼎をかぶって舞う 鼎が抜けない 傷つく 息が詰まる 耳鼻を失う。抜ける。 病になる。 |
鼎をかぶった僧 |
稚児(無分別)が法師(分別)になる別れ ←一同=面白がる。異様さに気づかない 滑稽 ←一同=興ざめ ←仲間=京の医師の所へ連れて行く ←無関係な第三者=奇異に思う ←医師=「医書にもなく、師の教えもない。」 匙を投げる。医師が見放す。 ←ある者「引き抜け。」 |
他の者 |
主題 展望を欠いた判断に基づく行動に対する批判
例 魚の骨がのどに仕える。子供が異物を飲み込む。指輪が抜けなくなる。
(16)五十三 これも仁和寺の法師 解答
一 1 わらわ 2 え 3 あしがなえ 4 しゅえん 5 は 6 かたびら 7 くすし
8 ことよう 9 う 10 わら
二 1 遊山・行楽などをして楽しむ。 2 かぶる。 3 全然・・・ない。 4 興ざめする。
5 途方に暮れる。 6 普通とは異なっている様子。
三 1 医師 2 仁和寺のある法師 1 以下のこの段の話。 2 足鼎をかぶった法師。
3 鼎 4 足鼎をかぶった法師 5 仲間 6 足鼎をかぶった法師。 7 周囲にいる者。
8 頭に足鼎をかぶって抜けなくなった事例。 9 足鼎をかぶった法師。
四 1 なら動なるラ四未 ん助動む止意 と格助 する動す体サ変 なろうとする
2 助動る未可 3 ん助動む止推 4 の格 がり接尾(その人の)所へ 5 動ゐる用ワ下二
6 助動けむ已過去推
、