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(5)三 方丈の庵

語釈
(1)

すべて、1@あられぬ世を念じ過ぐしつつ、心を悩ませること、A三十余年なり。その間、折々のたがひめ、

 

おのづから短き運を悟りぬ。2すなはち、五十の春を迎へて、家を出で、世をそむけり。もとより、3妻子

 

けれ1、捨てがたきよすがもなし。身に官禄あらず、何につけて2執をとどめん。むなしくB大原山のC

 

雲に臥して、また五返りの春秋を3なん経にける。

(2)

こゝに、D六十の露消えがたに及びて、更にE末葉のやどりを結べる事あり。いはば旅人4一夜5宿

 

りをつくり、老いたるかいこ6まゆを營むが7ごとし。これをF中ごろのすみかに並ぶれば、また百分が一

 

に及ばず。とかくいふほどに、齡は年々かたぶき、住家は折々にせばし。その家のありさま、世の常にも似ず。

 

廣さは僅にG方丈、高さは七H尺が内なり。處をおもひ定めざるが故に、I地をしめて造らず。土居を組み、

 

うちおほひを葺きて、つぎめごとにかけがねをかけたり。もし、心にかなはぬことあらば、やすく外に移さむ

 

がためなり。その改め造る時、いくばくのわづらひかある。積むところ、わづかに二兩。J車の力をむくゆる

 

外は、更に他の用途いらず。

(3) 

いま、6K日野山の奧に跡をかくして後、東に三尺余りのひさしをさして、芝を折りくぶるよすがとす。南に

 

竹の簀子を敷き、その西にL閼伽棚を作り、北によせて、M障子をへだてて、N阿彌陀の畫像を安置し、そば

 

にO普賢をかけ、前にP法花経を置けり。東のきはに、Q蕨のほどろを敷いて、夜の床とす。西南に、竹の吊

 

り棚をかまへて、Kき皮籠三R合を置けり。すなはち和歌・管絃・S往生要集ごときの21抄物を入れたり。

 

傍に、箏・琵琶、おのおの一22張を立つ。いはゆるをり箏、つぎ琵琶これなり。仮の庵のありやう、かくの

 

ごとし。
(注)@あられぬ世 住みにくいこの世。A三十余年 「ものの心を知れりれりしより」後の年月。B大原山 今の京都市の北部。C雲に臥し 宮に仕えないで無為に生活を送ること。「臥雲」の御から出た言葉。D六十の露消えがた 六十才という人生の終りに近いころ。E末葉のやどり 余生を送る住居。F中ごろのすみか この文章の前に「三十あまりにして、さらに、我が心と、一つの庵w結ぶ。これをありし住まいにならぶるに、十分が一なり。」とある。G方丈 一丈四方。「丈」は長さの単位で、一丈は約三メートル。H尺 長さの単位。一尺はやく三十センチメートル。I地をしめて 土地を自分のものにして。J車の力をむくゆる 車で運ぶ者に代金を払う。K日野山 今の京都市伏見区日野にある山。L閼伽棚 仏に水や花を供えるための器物を載せる棚。M障子 室内のしきりに使う建具の総称。ここは衝立障子を言う。N阿彌陀 一切衆生の往生を願い、極楽浄土を成就した仏。O普賢 普賢菩薩。仏の教化を助ける菩薩。ここは、その絵像。P法花経 釈迦が最後に説いたと言われる『妙法蓮華経』。八巻。Q蕨のほどろ 蕨の補が延び過ぎたもの。R合 ふたのある容器を数える』語。S往生要集 極楽往生関する要文を選集した書。21抄物 抜き書き。22張 弦を張ったものを数える語。

一 次の語の読みを現代仮名遣いで記せ。

 

 1 五十 2 臥して 3 葺きて 4 簀子 5 閼伽棚 6 障子 7 阿彌陀 8 普賢

 

 9 蕨 10 管絃 11 往生要集

 

二 次の語の意味を辞書で調べよ。

 

 1 念ず

 

 2 たがひめ

 

 3 よすが

 

4 かなふ

 

 5 用途

 

 6 柴

 

 7くぶ

 

三 傍線部1〜5と6の問いに答えよ。

 

 1 「あられぬ世」の住みにくさの主なものは何か。

 

 2 「家を出で、世を背く」ことによって失うものは何か。

 

 2、3 「家」と「世」、「妻子」と「官禄」との間にはどのような関係があるか。

 

 4 (1)「六十の露」とあるが、「露」は何をたとえたものか、一語で答えよ。

 

   (2)「露」の縁語を四つ抜き出せ。

 

 5 住む家を粗末な方丈の家にしたのはなぜか。

 

 6 この草庵の様子には、A心は西方浄土を願い念仏往生を望みながらも、B身体は下級貴族の一員として、終世王朝文化生活にあこがれ、これから抜け出せなった作者の矛盾した生活がはっきりしめされている。A・Bを表しているものをそれぞれ文中の言葉で四つ答えよ。

 

四 二重傍線部1〜7の文法問題に答えよ。

 

1 品詞名 意味 2 結びの語 基本形 活用形  

 

3 結びの語 基本形 活用形

 

4、5、6 品詞名 意味 7 品詞名 基本形 活用形 意味

 

 対句を抜き出せ。

 

五 口語訳       

(1)

 すべて、住みにくい世を我慢して過ごすうちに、心を悩ませることが三十余年だ。その間、折々の食い違いで自然短い運を悟った。すなわち、五十の春を迎えた時、家を出て仏門に入った。もともと妻子がいなかったので、捨てることが難しい相手もなかった。身に財産もなく何について執着を残そうか(いや残さない)。空しく大原山で無為の生活を送りまた五回の春秋を過ごした。

(2)

 さて、六十という人生の終りに近いころ、さらに、余生を送る住居を設けた。いわば、旅人が、一夜の宿を作り、老いた蚕が繭を作ろうとしたようだ。これを中ごろ住んだ住居に比べると、百分の一に及ばない。あれこれ言っているうちに、年はどんどん高くなり、住居は日がたつにつれ狭くなる。その家の様子は、世間一般のも野にも似ない。広さは僅かに方丈、高さは七尺だ。どこと決め定めないので、土地を自分の物として作らない。土台を組み簡単な屋根を葺いて、材木と材木との継ぎ目ごとに戸につける金具をつけた。もし心に望み通りにならないことがあれば、簡単に他へ移るためである。その改築にどれほどのやっかいがあろうか(いやない)。(車に)に積むものは僅かに二両、車で運ぶ者に払う代金の他に、全く費用は要らない。

(3)

 いま、日野山の奥に隠れ住んで、東に三尺余りの廂を設けて、柴をおって火に燃す所にする。南、竹の簀子を敷き、その西に閼伽棚を作り、北に寄せて衝立障子を隔てて阿弥陀の絵像を安置し、そばに普賢を置き、前に法華経を置いた。東の端に蕨の穂をしいて、夜の寝床とする。西南に竹の吊り棚を作り、黒い皮籠三つを置いた。そこに、和歌・管弦・往生要集などの抜き物を置いた。側に、琴・琵琶それぞれひとつずつ立てた。いわゆる、折り琴・継ぎ琵琶がこれだ。仮の庵の様子はこのようだ。 

 

 

構成

 

(1)耐えて過ごす   三十年

   出家遁世     五十才

   妻子なし

   大原に住む    五年間

 

(2)庵のありさま

元の家の百分の一 六十才

一丈四方 高さ七尺

移動可能な仮設小屋

 

(3)庵の構造と設備

   炊事場 寝床 仏の像 琴 琵琶

 

主題 出家遁世した経過と方丈の庵のありさま

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(5)三 方丈の庵  解答
一 1 いそじ 2 ふ 3 ふ 4 すのこ 5 あかだな 6 しょうじ 7 あみだ 8 ふげん

  9 わらび 10 かんげん 11 おうじょうようしゅう

二 1 我慢する。 2 くいちがい。 3 頼りとする相手。 4 望み通りになる。 5 費用。

  6 山野に自生する小さな雑木。 7 火に入れて燃やす。

三 1 近所づきあいの気遣いや世間の思惑を気にする心労。 2 妻子の絆。親類との縁。生活の拠り所。

  2,3家を出るにあたって捨てがたいものが妻子。世を背くのにあたりあきらめがたいものが官禄。

  4 (1)命 (2)消え 末葉 宿り 結べ

  5 土地に執着せず、簡単に移動して立て直すことができるから。

  6 A 閼伽棚 阿弥陀の絵像 普賢の絵像 法華経(往生要集の抄物)

    B 和歌の抄物 管弦の抄物 折り琴 継ぎ琵琶

四 1 接助 順接確定 原因理由 2 係助 反語 結びの語ん 3 係助 強調 結びの語ける

  4 格助 主 ガ 5 格助 体修 連体修 ノ 6 格助 主 ガ

  7 助動 ごとし 止 比喩

対句  旅人の一夜の宿を作り  齢は歳歳に高く      広さはわずかに方丈  土居を組み

    老いたる蚕の繭を営む  すみかはおりおりに狭し  高さは七尺がうちなり 打ち覆ひを葺きて