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(3)二 養和の飢饉
語釈

(1)
 又、@養和の頃とか、久しく1なりて覺えず。二年が間、世の中A飢渇して、あさましきこと侍りき。1

 

るは春・夏 日でり、あるは秋・冬 大風・洪水など、2よからぬ事どもうち續きて、五穀悉く實らず。空しく

 

B春耕し夏3植うる營みのみありて、秋刈り、冬收むるCぞめきはなし。

 これによりて2國々の民、あるは地を捨てて、3を出で、あるは、家をわすれて、山に住む。さまざまの

 

御祈り始まりて、Dなべてならぬ法ども行はるれど、4さらに其のしるしなし。E京の習ひ、何わざにつけ

 

ても、みなもとは、5田舍をこそ頼めるに、絶えて6上るものなければ、Fさのみやは操も作りあへむ。

G念じわびつゝ、樣々の寶物、かたはしより捨つるが如くすれども、5更にH目みたつる人もなし。たまたま

 

易(か)ふる者は、7金を輕くし、I粟を重くす。乞食、道の邊べに多く、愁へ悲しぶ聲耳に滿てり。

 

(注)@養和 1181年7月から翌年5月までの年号。A飢渇 食糧がヶt簿sすること。B春耕し 春に耕し。Cぞめき にぎやかな騒ぎ。Dなべてならぬ法 波一通りではない特別の祈祷。E京の習ひ 京都のならわしとして。Fさのみやは操も作りあへむ そういつまでも体裁を取り繕っていられようか。G念じわびつゝ 我慢しきれなくなっては。H目みたつる人 目を留める人。I粟 ここでは穀物の意。

 

一 次の語の読みを現代仮名遣いで記せ。

 

 1 飢渇 2 洪水 3 五穀 4 田舎 5 乞食

 

二 次の語の意味を辞書で調べよ。

 

 1 あさまし

 

 2 五穀

 

 3 操

 

三 傍線部1〜7の問いに答えよ。

 

 1 修辞法を記せ。

 

 2 どう言うところを指すか。

 

 3 どこの境界か。

 

 4 指示内容を記せ。

 

 5 どういうことか。

 

 6 何が。

 

7 修辞法を記せ。

 

四 二重傍線部1〜5の文法問題に答えよ。

 

 1、3 品詞名 基本形 活用形 活用の種類

 

 2 品詞分解 口語訳

 

 4、5 文法的に説明せよ。 

 

 

(2)
 前の年、かくの如く、辛くして暮れ1ぬ。明くる年は、立ちなほるべきかと思ふに、あまりさへ、@疫病う

 

ちそひて、Aまさざまにに跡方なし。世の人、皆 病み死にければ、日を經つゝ、きはまり行くさま、B少水の

 

魚のたとへに叶へり。はてには、笠うちき、足ひきつゝみ、よろしき姿したるもの、ひたすらに、家ごとに乞

 

ひありく。かくCわびしれたるものども、歩くかと見れば、即ち倒れ伏し2ぬ。C築地のつら、路のほとりに

 

飢ゑ死ぬる類、數も知らず。取り捨つるわざもなければ、臭き香、世界にみち満ちて、1變り行くかたちあ

 

りさま、目もあてられ4こと多かり。況んや、2河原などには、馬・車の行き交う道だになし。 あやしき

 

しづ・山がつも、力盡きて、3薪さへ乏しくなりゆけば、頼む方なき人は、自ら家をこぼちて、市に出でて之

 

を賣る。一人が持ち出でたる價、なほ4一日が命を支ふるにだに及ばずとぞ。怪しき事は、かゝる薪の中に、

 

丹つき、箔など所々に見ゆる木、相交れり。これを尋ぬれば、5すべき方なき者、古寺にいたりて、佛を盜み、

 

堂の物の具を破り取りて、わりくだけるなりけり。D濁惡の世にしも生れ逢ひて、かゝる心憂きわざをなむ見

 

侍りし。

(注)@疫病 流行病。Aまさざまにに跡方なし 惨状はまさっていくばかりで、立ち直った形跡は少しも見えない。B少水の魚 今にも干上がりそうな水中の魚。Cわびしれたるもの 困り果てて気が抜けたようになっている者。C築地のつら 土塀のほとり。D濁惡の世 釈迦の教えから遠く離れた末法の世。人々の心も濁ってさまざまな罪悪がはびこり、飢饉・疫病・戦乱などが起こると考えられていた。

 

一 次の語の読みを現代仮名遣いで記せ。

 

 1 疫病 2 乞ひ 3 築地 4 丹 5 箔 6 濁惡の世

 

二 次の語の意味を辞書で調べよ。

 

 1 あまりさへ

 

 2 あとかたなし

 

 3 乞ふ

 

4 世界

 

 5 いはんや

 

 6 しづ

 

 7 山がつ

 

 8 こぼつ

 

 9 心うし

 

三 傍線部1〜5の問いに答えよ。

 

 1 具体的にどう言うことか。

 

 2 なぜこうなのか。

 

 3 (1)「さへ」の説明をせよ。

   

   (2)飢饉の1年目と2年目の困窮の変化wを明せよ。

 

   (3)この状況は都の人にどんな影響をもたらしたか。

 

 4 「だに」の説明をせよ。

 

 5 どう言う人か。

 

四 二重傍線部1〜4の文法問題に答えよ。

 

 1、2、4 品詞名 基本形 活用形

 

 3 品詞分解 口語訳 

 

 

(3)
 又、いとあはれなること侍り1。@さりがたき女・男持ちたるものは、その思ひまさりて2深きもの、必

 

ず先だちて死しぬ。1その故は、我が身をば次にして、2をいたはしく思ふ間に、たまたま得たる食い物を

 

も、3にまづ讓るによりてなり。4されば、A親子あるものは、定まれる事にて、親ぞ先だちける。また、

 

母の命つきたるをも知らずして、いとけなき子の、5なお乳を吸ひつゝ臥せるなどもありけり。

 

(注)@さりがたき 離れられない。A親子あるもの 親と子が一緒にいる者。

 

 

一 次の語の読みを現代仮名遣いで記せ。

 

 1 譲る  2 臥せる

 

二 次の語の意味を辞書で調べよ。

 

 1 いたはし

 

 2 いとけなし

 

三 傍線部1〜5の問いに答えよ。

 

 1 何の理由か。

 

 2 誰のことか。

 

 3 指示内容を記せ。

 

 4 どういうことが分かるか。

 

 5 どんな気持か。

 

四 二重傍線部1、2の文法問題に答えよ。

 

 1 品詞名 基本形 活用形 文法的意味

 

 2 品詞名 基本形 活用形  活用の種類

 


(4)
 1@仁和寺に、慈尊院にA隆曉法印といふ人、2かくしつゝ數知らず、死ぬることを悲しみて、3そのこう

 

べの1見ゆるごとに、額にB阿字を書きて、C縁を2結ばしむるわざを3なむせられける。4人數を知らむと

 

て、四・五兩月が程數へたりければ、京のうち、D一條より南、九條より北、京極より西、朱雀より東、道の

 

ほとりにある頭、すべて四萬二千三百餘り4なむありける。

況んや、その前後に死ぬるもの多く、河原・E白河・F西の京・もろもろのG邊地などを加へていはば、際

 

限もあるべからず。6いかにいはんや、H七道諸國をや。I崇徳院の御位のとき、J長承のころとか、かゝる

 

例はありけりと聞けど、その世のありさまは知らず。まのあたり、めづらかなりしことなり。

 

(注)@仁和寺 京都市右京区御室にある寺。真言宗御室派の総本山。A隆曉法印 源俊隆の子。「法院」は僧侶の最高位。B阿字 阿という字。「阿」は梵語の字音表の第一字を漢字で表したもの。仏教では万物の不生不滅の原理を表現するとして、特に尊重する。C縁を結ばしむるわざ 仏法との関係をもたせるしわざ。ここでは、阿字を書いてその力で成仏を願うこと。D一條より 当時の左京をさす。E白河 京都の北部、賀茂川と東山との間の地域。F西の京 朱雀大路より西方の京。右京。G邊地 都から遠く離れた土地。H七道諸國 畿内以外の日本全国。「七道」は、東海・東北・東山・北陸・山陰・山陽・南海・西海の諸道をさす。I崇徳院

1119〜1164年。第七十五代天皇(在位1123〜1141年)。J長承 1132年八月から1135年四月までの年号。

 

一 次の語の読みを現代仮名遣いで記せ。

 

 1 仁和寺 2 隆曉法印 3 阿字 4 朱雀 5 白河 6 辺地  7 崇徳院

 

二 次の語の意味を辞書で調べよ。

 

 1 かうべ

 

 2 際限

 

三 傍線部1〜14の問いに答えよ。

 

 1 直後にどんな語が略されているか。

 

 2 具体的にどういうことか。

 

 3 指示内容を記せ。

 

 4 何の数か。

 

 5、6は文脈上どんな働きをするか。

 

四 二重傍線部1〜4の文法問題に答えよ。

 

 1 品詞名 基本形 活用形 活用の種類

 

 2 品詞分解 口語訳

 

 3、4 結びの語 基本形 活用形 

 

五 口語訳

(1)

また、養和のころであったか、長くなるので覚えていない。二年の間、世の中食糧が欠乏して、あきれるhどひどいことがありました。あるいは、春・夏に日照りがあり、秋に大風・洪水など不幸なことが続いて、五穀がことごとく実らない。空しく春に耕し、夏に植える骨折りがあって、秋に刈り取り冬に倉に納めるんぎやかな騒ぎはない。こういうことで、地方地方の民衆はあるいは土地を捨て国境を出、あるいは家を捨てて山にすむ。様々なお祈りが始まって、普通ではない特別の祈祷も行われるが、全くその効験はない。京のことは何をするにも、田舎を頼りにしているので、それが絶えて上る物がなければ、そういつまでも体裁を繕えない。我慢しきれなくて様々の財物を片端から捨てるようにするけれど、全く目を立てる人もいない。たまたま帰る人も金を軽くし、穀物を重くする。乞食が道のかたわらに多く、憂え悲しむ声が耳に満ちている。

(2)

 前年はこのようにようやく暮れた。明ける年は立ち直るかと思っているうちに、その上におまけに流行病が加わって、あとかたなく世の人が、みな飢えれば日がたつにつれひどくなっていく様子、少水の魚のたとえに丁度かんっている。ついには、傘をかぶり足を包みかなりの身分の者が、一途に家ごとに物を求め歩く。このように困り果てて、気が抜けたような者どもが歩き回るかと見ていると、たちまち倒れ伏した築地道端に植えて死ぬ者が数知れずあった。とり捨てることもできないので、臭い臭いがそこらじゅうに落ちて、腐乱していく様子は目も当てられないことが多い。まして、河原などには馬・車が行きかう道さえない。賤しい身分の低い、木こりなども力が尽きて薪さえ乏しくなっていくので、生計の方法がない人は、自分の家を壊して、市に売りに行く。一人が持って行くだけの価は一日の命を保つにも足りない。不思議なことは、薪の中に赤い丹がつき、箔などがところどころに見える木が混じっているのを調べてみると、生きる手立てのないものが、古寺に行って仏像を盗み、堂の調度・仏具を破り取って、割って砕いたのだった。末法の世に生まれあたって

こういう辛い目を見ました。

(3)

 大層心を打たれることもありました。離れられない妻・夫をもった者は、愛情の深いほうが先に死ぬ。その理由は、自分の身を後にして、人を大切にしたいと思うので、ごくまれに得た食物も愛手に譲るからだ。だkら親子が一緒にいる者は、きまっていることに親が先に死ぬ。母の命が尽きたのを知らないで、幼い子がそれでもやはり乳を吸いつつ臥せっているのもある。

(4)

 仁和寺に隆暁方院と言う人が、このようにして数も知らず死んでいくことを悲しんで、死者の顔の見えるごとに、額に阿字を書いて仏を願うことをなさった。死者の数を知ろうとして、四五月を数えたところ、京の中、一条より南、九条より北、京極よりは西、朱雀よりは東の、道のほとりにある頭は、すべて四万二千三百あまりあった。まして、その前後に死んだものは多く、また、河原・白河・西の京、もrもろの遠い土地などを加えて言ったら、際限もあるはずがない。さらに言うことには、畿内以外の日本全土では。崇徳院の御位の時、長永のころとかいうが、こういう例があったあったと聞くが、その世の様子は師らに。目のあたりに見る惨状は、比類ないものだ。

 

構成

 

飢饉の深刻化

 

(1)  1年目 @ひでり 大風 洪水 A放浪 山に住む Bお祈り C上納物が絶え生活窮乏

    D家財を売る E乞食

 

(2)2年目  F流行病 G身分ある者が乞食 H餓死者 I家を薪にする J仏像・仏具を薪にする

 

(3)     K夫婦・親子の死

 

(4)     L隆暁法院 死者の結縁 M二か月 左京 死者四万二千三百余人

主題 飢饉の悲惨さ    

特色 体験を通して記述している。記録性が高い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(3)二 養和の飢饉  解答

(1)

一 1 けかつ 2 こうずい 3 ごこく 4 いなか 5 こじき

二 1 あきれるほどひどい。 2 米・麦・粟・稗・豆の五種の穀物。 3 節操をつくる。

三 1 対句 2 諸国。3 自分の住んでいる区域。 4 特別の祈祷。

 5 京都の貴族にとって、生活は諸国からの上納物で成り立っている。 6 都に上納されるもの。

 7 対句。

四 1 動なる用ラ四 2 よから 形よし未ク活 ぬ助僧ず体打 こと名 不幸なことが 

3 動植う体ワ下二 4、5 さらに 副 ず打ず 決して・・・ない
(2)

一 1 えきびょう 2 こ 3 ついじ 4 に 5 はく 6 じょくあく

二 1 その上に。 2 形跡もない。 3 人に物を求める。 4 そこらじゅう。 5 まして。

  6 身分の低い人。 7 きこりなど山里に住む身分の低い人。 8 こわす。 9 つらい。

三 1 腐乱していく。 2 賀茂川原に死骸がたくさん捨てられているので。 

3(1)副助 添加 マデモ (2)1年目 主として食糧欠乏。 2年目 薪もなくなった。

 (3)頼む方なき人たちの生活をほんの少し生きながらえさせた。

4 「だに」副助 軽いものをあげて思い物を類推させる。 サエ 一日の命をつなぐ穀物の代金にさえ及ばないということだ。 5 生きる手立てのない人

四 1 助動ぬ止完 2 助動ぬ止完  3 飢ゑ動飢う用ワ下二 死ぬる動死ぬ体ナ変 

4 助動ず体打 

(3)

一 1 ゆず 2 ふせ 3 

二 1 気の毒である。 2 幼い。

三 1 愛情の深い方が先に死ぬ。 2 相手。 3 人。 4 人間の根源的な愛の姿。 

5 痛ましい気持。

四 1 助動き止過  2 形深し体ク活

(4)

一 1 にんなじ 2 りゅうぎょうほういん 3 あじ 4 すざく 5 しらかわ 6 へんち 

7 すとくいん

二 1 かお。 2 かぎり。

三 1 ありし をりし 2 飢饉によって人々が死んでいったこと。 3 死者。 4 死んだ人の数。

  5、6 都の中の死者 まして その前後・郊外の死者  まして全国の死者 天災による惨禍を強調する。

四 1 動見ゆ体ヤ下二 2 結ば動バ四未 しむる助動しむ体使 3,4 ける けり体過