一 ゆく河の流れ
語釈「
ゆく河の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず。よどみに浮かぶ1@うたかたは、Aかつ消え、か
つ結びて、久しくとどまりたる例なし。世の中にある2人とすみかと、また3かくのごとし。
(2) C 4 D
Bたましきの都のうちに、棟を並べC、甍を争へる、4高き、いやしき人の住まひは、D世々を1経て尽き
せ2ぬものなれど、5これをまことかと尋ぬれば、昔ありし家はまれなり。あるいは去年焼けて、今年作れ3
り。あるいは大家滅びて小家となる。住む人も6これに同じ。所も変はらず、人も多かれど、いにしへ見し人
は、二、三十人が中に、わづかに一人二人なり。朝に死に、夕べに生まるるならひ、ただ水の泡にぞ4似たり
ける。
(3)
知らず、生まれ5死ぬる人、いづかたより来たりて、いづかたへか去る。また知らず、E仮の宿り、たがた
めにか心を悩まし、何によりてか目を喜ば6しむる。
(4) F G
その主とすみかと、F無常を争ふさま、いはばG朝顔の露に異ならず。あるいは露落ちて花残れり。残ると
いへども、朝日に枯れぬ。あるいは花しぼみて露なほ消えず。消えずといへども7夕べを待つことなし。
(注)@うたかた 水の泡。Aかつ消え、かつむすびて 一方では消え他方では新しくできて。Bたまし
きの 玉を敷き詰めたように美しく立派な。C甍を争へる 屋根の高さを争うかのように立ち並んでいる。
D世々を経て 長年にわたって。E仮の宿り 仮住まいに過ぎない住居。F無常を争ふさま 先を争うか
のように滅び去っていく様子。G朝顔の露に異ならず 朝顔の花とその上に置く露との関係と変わらない。
一 次の語の読みを現代仮名遣いで記せ。
1 方丈記 2 鴨長明 3 棟 4 甍 5 去年
6 無常 7 露
二 次の語の意味を辞書で調べよ。
1 よどみ
2 かつ
3 甍
4 いやし
5 無常
三 傍線部1〜7の問に答えよ。
1 同じ意味の語句を抜き出せ。
2 「人」と「すみか」をそれぞれ三つのものでたとえている。抜き出せ。
3 指示内容を記せ。
4 何が高くいやしいのか。
5 指示内容を記せ。
6 指示内容を記せ。
7 主語を記せ。
四 二重線部1〜6の文法問題に答えよ。また、修辞法の問題に答えよ。
1、4、5 品詞名 基本形 活用形 活用の種類
2、3、6 品詞名 基本形 活用形 文法的意味
修辞法の問題
1 文節相互の関係を説明せよ。
@ 朝に死に、夕べに生まるる
A生まれ死ぬる人、いづかたより来たりて、いづかたへか去る
2 次の修辞法は何か。
@ 夕べを待つことなし
A知らず、生まれ死ぬる人、いづかたより来たりて、いづかたへか去る。
Bまた知らず、仮の宿り、たがためにか心を悩まし、何によりてか目を喜ばしむる。
C人とすみかとまたかくのごとし
Dただ水の泡にぞにたり蹴る
Eいはば朝顔の露に異ならず
3 対句を抜き出せ。
五 口語訳
(1)川の流れは絶えることはなく、しかも、同じ水ではない。よどみに浮かぶ水の泡は、一方では消え一方ではできてしばらくもとどまっていることはない。世の中にすんでいる人と住居とは、同じようである。
(2)玉を敷き詰めたように美しい都の中に、棟を並べ屋根の高さを争うかのように立ち並んでいる高い人や低い人の住居は、長年にわたってなくならないものであるが、それを本当かとしらべてみると、むかしあった家はまれである。あるものは去年焼けて、今年立てている。あるいは大きな家が滅んで小さな家になっている。住んでいる人もこれと同じだ。所も同じで、人も大勢いるけれど、昔見た人は二三十人の中に、僅かに一人二人だ。朝に死に生まれ、夕方に死に生まれて来るという習わしは、まさに水の泡そっくりだ。
(3)知らない、生まれたり死んだりする人が、どこから来てどこへ行くのか。また知らない、仮の住まいを誰のために心を砕いたり、何によって目を楽しませようとするのか。
(4)その主人と住居とが、先を争うかのように滅び去っていく様子は、たとえていうと朝顔の花とその上に置く露との関係と変わらない。あるいは露が落ちて花が残っている。残ると言っても朝日に枯れてしまう。あるいは花がしぼんで露が消えずに残っている。消えないで居るといっても、夕方まで残っていることはない。
構成
(1)比喩の提示 川の流れ=家 うたかた=人
(2)比喩の説明 家―変化 人―変化
(3)比喩の説明 人―どこからどこへ 家―はかない営み
(4)比喩の提示 朝顔=家 露=人 はかない比喩の説明
主題 無常の世における人と住みかのはかなさ
文学史 随筆 一巻 鴨長明
成立 1212年
内容 前半は、五大災厄(大火・大風・飢饉・地震・福原遷都)を無常感で描く。後半は、自己を懐古
し、方丈の庵を結ぶ事情を述べる。
作者 1153〜1216年 歌人 随筆家 加茂の社の禰宜の家に生まれた。
祖父 季継 父 長継 後鳥羽上皇に召され和歌どころの寄人になる。
禰宜になろうとしたがはたさず。出家し日野山の奥に方丈庵を結んだ。
他に『発心集』『無明抄』
(1)一 ゆく河の流れ 解答
一 1 ほうじょうき 2 かもおちょうめい 3 むね 4 いらか 5 こぞ 6 むじょう 7 つゆ
二1 流水がよどむこと。 また、よどんだところ。 2 一方で。 3 屋根瓦。 4 地位・身分が低い。
5 世の中にあるすべてのものは変化し続けて永久不変ではないこと。
三 1 「水の泡」 2 「人」水 うたかた 露 「すみか」ゆく河 よどみ 朝顔
3 ゆく河の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず。よどみに浮かぶ@うたかたは、かつ消え、かつ結びて、久しくとどまりたる例なし 4 身分。 5 「世々を経て尽きせぬもの」
6 たましきの都のうちに、棟を並べ、甍を争へる、高き、いやしき人の住まひは、世々を経て尽きせぬものなれど、これをまことかと尋ぬれば、昔ありし家はまれなり。あるいは去年焼けて、今年作れり。あるいは大家滅びて小家となる 7 露
四 1 動経用ハ下二 4 動似る用ナ行上二 5 動死ぬ体ナ変
2 助動ず体打 3 助動り止完 6 助動しむ体使
修辞法の問題
1 文節相互の関係を説明せよ。
@ 朝に死に、夕べに生まるる 朝に死に生まるる、夕べに死に生まるる
A 生まれ死ぬる人、いづかたより来たりて、いづ方へか去る
生まれ(るる人)いづかたより来たりて 死ぬる人いづ方へか去る
2 次の修辞法は何か。
@ 夕べを待つことなし 擬人法
A知らず、生まれ死ぬる人、いづかたより来たりて、いづかたへか去る。 倒置法
Bまた知らず、仮の宿り、たがためにか心を悩まし、何によりてか目を喜ばしむる。 倒置法
C人とすみかとまたかくのごとし 比喩
Dただ水の泡にぞにたり蹴る 比喩
Eいはば朝顔の露に異ならず 比喩
3 対句を抜き出せ。
)
ゆく河の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず
かつ消え
よどみに浮かぶうたかたは て、久しくとどまりたるためしなし
かつ結びて
人と
世の中にある またかくのごとし
すみかと
棟を並べ
たましきの都のうちに 人の住まひは
甍を争へる
去年焼けて
あるいは
今年作れり
大家滅びて
あるいは
小家となる
所も変わらず
住む人もこれに同じ いにしへ見し人は
人も多かれど
朝に死に
ならひ
夕べにうまるる
生まれ いづ方より来りて たがためにか心をなやまし
知らず 人 仮の宿り
死ぬる いづ方へか去る 何に寄りてか目を喜ばしむる
主と あるいは露落ちて花のこれり。残るといへども朝日に枯れぬ
その 無常を争ふ
すみかと あるいははなしぼみて露なほ消えず。消えずといへども夕べを待つことなし。