(4)二十五 すさまじきもの
語釈
(1) すさまじきもの、昼ほゆる犬。春の網代。三、四月の紅梅の衣。牛死にたる牛飼ひ。乳児亡
くなりたる産屋。
(2)除目に司得ぬ人の家。今年は1必ずと聞きて、はやうありし者どもの、ほかほかなりつる
田舎だちたる所に住む者どもなど、みな集まり来て、いで入る車の轅もひまなく見え、2もの詣で
する供に、我も我もと参りつかうまつり、もの食ひ、酒飲み、ののしり合へるに3果つる暁まで門
たたく音もせず、あやしうなど、耳立てて聞けば、前駆追ふ声々などして、4上達部など、みない
で給ひぬ。もの聞きに、宵より寒がりわななきをりける下衆男、いともの憂げに歩み来るを、見る
者どもは、1え問ひにだにも問はず。ほかより来たる者などぞ、「殿は、何にかならせ給ひたる。」
など問ふに、いらへには、5「何の前司にこそは
。」などぞ、必ずいらふる。まことに頼みける者
は、いと嘆かしと思へり。つとめてになりて、ひまなくをりつる者ども、一人、二人、すべりいで
て往ぬ。古き者どもの、6さも2え行き離るまじきは来年の国々、手を折りてうち数へなどして、
揺るぎありきたるも、いとほしう、すさまじげなり。
(3)よろしうよみたると思ふ歌を、人のもとにやりたるに、返しせぬ。懸想人はいかがせむ7そ
れだに、をりをかしうなどある返り事せぬは、心劣りす。また、さわがしう時めきたる所に、うち
ふるめきたる人の、おのがつれづれといとま多かるならひに、昔おぼえて、ことなることなき歌、
よみておこせたる。もののをりの扇、いみじと思ひて、8心ありと知りたる人に取らせたるに、そ
の日になりて、思はずなる絵などかきて得たる。
(注)@網代 冬に氷魚を捕るため川に設ける網。A除目 官吏の人事異動の行事。ここは春の除目で、地方官の任免。Bはやうありし者ども ずっと以前に仕えていた人々。C門たたく音 任官を知らせる使いが門をたたく音。D前駆追ふ 貴人の通行の際の先払いをする。E上達部 大臣・大納言・中納言・参議および三位以上の人。Fもの聞きに 情報を聞きに。G前司 前の国司。H来年の国々 来年国司が任命されるはずの国々。I手を折りて
指折り数えて。J揺るぎありき 体をゆさぶって勇んで歩くさま。K懸想人 女性に思いをかけている男性。Lをりをかしうなどある 折節にあった趣ある歌にの意M昔おぼえて 昔のよしみを思い出して。Nもののをりの扇 晴れの儀式用の扇O思はずなる 思いがけない(あてなずれの)。
一 次の語の読みを現代仮名遣いで記せ。
1 網代 2 氷魚 3 乳児 4 産屋 5 除目 6 轅
7 詣づ 8 前駆 9 上達部 10 下衆 11 往ぬ 12 懸想人
二 次の語の意味を辞書で調べよ。
1 すさまじ
2 牛飼ひ
3 産屋
4 ののしる
5 いらへ
6 いとほし
7 心劣り
三 *と傍線部1〜9の問に答えよ。
*内容の上で三つに分類されるうちのどれか。
ア 類聚的章段 イ 日記回想的章段 ウ 随想的章段
*いくつの「すさまじきもの」の具体例があげられているか。
1 何が「必ず」どうなることか。
2 何のためか。
3 何が「果つる」か、文中の語で答えよ。
4 「上達部」たちは、今までどこで何をしていたか。
5 どのような気持ちからこう答えたか。
6 指示内容を記せ。
7 指示内容を記せ。
8 どういうことか。
四 二重線部1〜2の文法問題に答えよ。
1 品詞分解 口語訳
2 品詞分解 口語訳
五 口語訳
(1)興ざめなもの。昼吠える犬。春の網代。三四月の紅梅の衣。牛が死んだ牛飼い。
乳児が亡くなったお産をする部屋。
(2)地方官の任免で、官職を得られない人の家。今年は必ず任官すると聞いてずっと以前に使えていた者どもで他へ言っていた者、田舎に引っ込んでいた者などがみな集まってきて出たり入ったりする車の輈も暇がないほど立て込め、祈願で参詣する子供に我も我もと参り申し、物食い酒飲み騒ぎ立てるのに除目が終わる暁まで使いの門をたたく音もしない。おかしいと耳を立て聞くと先払いする声などがして上達部などみな出なさった。様子を聞きに、夜から寒がって震え泣いていた身分の低い男が、ひどく憂鬱そうに歩いてくるのを、見る者達は、問うことさえできない。心から来た者などは、「殿は何におなりになったのか。」などと聞くと、返事には、「何何の前の国司だ。」などと必ず答える。任官を頼みにしていた者はひどく嘆かわしいと思う。翌朝になって隙間もないほどいた者達も一人一人そっと退出していく。長く使えていた者は、そうも離れることができずに来年国司が任命される国々を指折り数えて体を揺すって歩く様もかわいそうで興ざめだ。
(3)まずまず詠んだと思う歌を、人の所にやったのに返歌をしない。女性を思っている男性はどうしようか。それでさえ、折節にあった趣ある歌に返歌
しないのはおとって感じられる。また、騒々しい、時流に乗った所に世間から忘れられた人が、自分の所在なく暇が多い習慣で昔のよしみを思い出してなんということもない歌を詠んでよこしたこと。晴れの儀式用の扇、すばらしいと思って絵を描くのが上手と知っている人に預けておいたのにその日になって思いがけない絵などを書いて手にしたこと。
構成
主題 おもしろくないもの |
(1) 1 昼吠える犬
犬は夜鳴く 2 春の網代 時節外れ 3 3・4月の紅梅の花 時節外れ 4 牛が死んだ牛飼い 期待はずれ 5 乳児が死んだ産屋 期待はずれ (2) 6 除目に任官できない人の家 期待はずれ 期待して集まった人の賑わい 期待はずれの落胆 (3) 7 歌に返歌がない 期待はずれ 8 権勢のある家に老人が歌をやった 期待はずれ 9 扇に当て外れの変な絵を書かれた 期待はずれ |
節 すさまじきもの どう感じているか |
(3)二十五 すさまじきもの 解答
一 1 あじろ 2 ひお 3 ちご 4 うぶや 5 じもく 6 ながえ 7 もう 8 さき 9 かんだちめ 10 げす 11 い
12 けそうびと
二 1 おもしろくない。 2 うしつかい 3 お産をする部屋。
4 騒ぎ立てる。5 返事。 6 かわいそうだ。
7 期待以下であること。
三 ア 9 1 任官すること。 2 任官されるように祈願するため。
3 除目 4 宮中で国司選任の会議をしていた。
5 殿に同情を寄せ、その場を繕おうとする気持ち
6 すべりいでて往ぬ 7 恋人からの返歌。
8 絵を書くのが上手なこと。
四 1 え 副
問ひ 動ハ四問ふ用
に 格目的
だに 副助程度の軽いもの
も 係
問は 動ハ四問ふ未
ず 助動打ず止
問う事さえ出来ない え+打消=不可能
2 え 副
行き離る 動ラ四行き離る止
まじき 助動打推まじ体
行き離れる事が出来ないだろう え+打消=不可能