(34)三一九 この草紙は、目に見え、心に思ふ事を
語釈
(1)
この草紙は、1目に見え、心に思ふ事を、人1やは見んずると思ひて、徒然なる里居のほどに、2書き集めたるを、3あいなく、人のため便なきいひ過しなどしつべき所々もあれば、ようかくしたおきたりと思ひしを、4@心よりほかにこそ盛り出でにけり。
(2)
A宮の御前に、B内大臣の5奉り給へりけるを、「これに何を書かまし。Cうへの御前には、D史記といふE文を書かせ給へる」など6のたまはせしを、「F枕にこそはし侍らめ」と7申ししかば、「2さば得てよ」とて賜はせたりしを、8あやしきを、Gこよや何やと、つきせずおほかる紙の數を、書きつくさんとせしに、いと物おぼえぬことぞおほかるや。
(注)@心よりほかに 本意に反して。心ならずも。A宮の御前 中宮定子。B内大臣 藤原伊周。974年〜1010年。関白藤原道隆の子。定子の兄。994年内大臣となった。Cうへの御前 一条天皇。D史記 中国前漢時代の司馬遷が著した歴史書。中国最初の正史。E文 ここでは漢籍を指す。F枕 日常使いなれた言葉を書きとめる座右帳または雑記帳。Gこよや何やと なにやかやとの意か。
一 次の語の読みを現代仮名遣いで記せ。
1 草紙 2 里居 3 内大臣 4 奉り 5 賜はせ
二 次の語の意味を辞書で調べよ。
1 里居
2 便なし
三 登場人物を抜き出せ。三つに分類されるうちのどれか、また、傍線部1〜8の問いに答えよ。
1 どの文節にかかるか。
2 どの文節にかかるか。
3 どの文節にかかるか。
4 漏れ出てしまったことに対する作者の気持ちをよく示している一語を抜き出せ。
5 何をか。
6 主語を記せ。
7 主語を記せ。
8 どの個所にどのような関係で続くか。
四 二重傍線部1〜2の文法問題に答えよ。
1 文法的に説明せよ。
2 品詞分解 口語訳
(3)
大かたこれは世の中にをかしき事を、人のめでたしなど思ふべき事、1なほ選り出でて、歌などをも、木、
草、鳥、蟲をもいひ出したらばこそ、思ふほどよりはわろし、@心見え1なりともそしられめ。ただ心ひとつ
に、おのづから思ふことを、たはぶれに書きつけたれば、物に立ちまじり、A人なみなみ2なるべき耳をも聞
くべきものかはと思ひしに、2はづかしきなども、見る人はの給ふ3なれば、いと3あやしくぞあるや。實に
4そもことわり、人の憎むをもよしといひ、譽むるをもあしといふは、5心の程こそおしはからるれ。ただ人
に見えけんぞねたきや。
(4)
B左中将、まだ伊勢の守と聞こえしとき、6里におはしたりしに、端の方なりしC畳をさしいでしものは、
この草紙のりていでにけり。惑ひとり入れしかど、やがて持ておはして、いと久しくありてぞ返りたりし。7
それよりありきそめたるなめり、8Dとぞ本に。
4
(注)@心見えなり (作者の)心のほどが見え透いている。A人なみなみなるべき耳 世間並み程度の評判。B左中将 源経房。969〜1023年。「左中将」と呼ばれるのは、998〜1001年の間である。C畳 敷物の総称。主として薄べりの類をさした。Dとぞ本に と、本の本に書いてある。ここは書写者の注記か。
一 次の語の読みを現代仮名遣いで記せ。
1 戯れ 2 悪し 3 伊勢の守 4 載りて 5 惑ひ
二 次の語の意味を辞書で調べよ。
1 そしる
2 ねたし
3 やがて
三 登場人物を抜き出せ。また、傍線部1〜7の問いに答えよ。
1 何をか。
2 ここではどんな気持を表す言葉として用いられているか。
3 何故こう思ったのか。
4 指示内容を記せ。
5 世人の心と見る場合と、作者の心と見る場合とでこの部分の解釈が違ってくる。それぞれ記せ。
6 誰が誰の里に「おはした」のか。
7 どういうことか。
8 他に「とぞ」とある。違いを説明せよ。
9 この草紙に対する評価して書かれている言葉で、高く評価した言葉と低く評価した言葉をそれぞれ一つ
ずつ抜き出せ。また、作者自身はどう評価しているか。その個所を抜き出し、最初と最後の五字を記せ。
四 二重傍線部1〜4の文法問題に答えよ。
1〜4の違いを文法的にそれぞれ説明せよ。
五 口語訳
(1)
この草紙は目に見え心に思うことを、人は見るだろうか(いや見ない)と思って、所在ない里居の頃にかき集めたものをいわれもない、人のために不都合なことも言い過ごしたところところもあるので、しっかり隠し置いたと思ったが、心ならずも世間に洩れ出てしまった。
(2)
定子のお前に伊周が差し上げなさったのを、「これになにを書こうかしら、一条天皇は史記という漢籍をお書きなさった。」などとおっしゃったのに「枕です。」と申したら、「それでは取れ。」と言って下さったのを、変なことをなにやかやと尽きない多くの紙を、書き尽くそうとしたが、大層訳の分からないことが多かった。
(3)
大体これは世の中の趣深いこと人の目出たいことなどをおもうべきこととやはりえらびだして(歌などをも、き、くさ、とり、むしも)言い出したら「思うほどよりは、悪い心のほどが心ひとつに自ら思うことをふざけて書きつけたので、人の作品の列に加わって世間並み程度の評判をも聞けるはずであるか(いやそうではない)とおもったのに、「立派だ。」などとも見る人は、批評されるようなので、大層不思議だ。なrほどそれも道理で、人が嫌うのを良いと言い褒めるのを悪いという人は、心のほどは推察される。ただ人い見られるのは残念だ。
(4)
経房がまだ伊勢の守と申していた時、里にいらっしやった際、端の方にあった畳をさし出したとこr、この草紙が載って出てきた。慌てて取り入れたけれどそのまま持っていらっしゃって後になって返ってきた。それから流布し始めたらしい。と本に書いてあった。
構成
(1)この草紙
目に見え心に感じたこと 対象
人は見るまいと思って 態度 書いた=随筆文学の自覚
退屈に任せて 動き
(2)契機
伊周が大量の紙を定子に
定子「何を書く?」 「では上げる。」
清少納言「枕です。」
(3)内容
思うことを書きつけた。ほめられると御世辞としか思えない。
(4)流布した理由
左中将が持って行って広まった。
主題 枕草子のいわれ
(34)三一九 この草紙は、目に見え、心に思ふ事を 解答
(1)
一 1 そうし 2 さとい 3 うちのおとど 4 たてまつり 5 たまわせ
二 1 宮仕えの人などが自分の家に帰っていること。 2 不都合だ。
三 定子 伊周 一条天皇 清少納言 随想的章段
1 書き集めたる 2 もりいでにけれ 3 あれば 4 「ねたき」 5 草紙 6 定子
7 清少納言 8 書きつくさむとせしに 連用修飾の関係
四 1 係反 2 さ 副 は 係 得 動得用ア下二 てよ 助動つ命完 それでは取れ
(2)
一 1 たわむれ 2 あし 3 いせのかみ 4 のりて 5 まどい
二 1 非難する。 2 残念だ。 3 そのまま。
三 左中将 清少納言
1 「世の中にをかしき事を、人のめでたしなど思ふべき」 2 立派だ。
3 他の作品同様世間並みの評価を受けるようなものでなく、つまらないとおもっていたのにほめられたので。
4 誰にも相手にされないだろうと思われるこの作品を読んで気後れがするほどだという人がいること。
5 世人 本心は口で言うこととは裏裏腹であることが推察できる。
作者 自分の深底が見透かされるというものだ。
6 左中将が清少納言の里に。 7 左中将が持って行ってから、この本が流布し始めたという作者の推定を表す。 8 とぞ とぞ(思ふ) 作者が枕草子流布の時期について推定した事を述べた。
とぞ本に 「・・・と、本の本に書いてある。」 書写者が注として加筆したもの。
9 高く評価 はづかしさ 低く評価 心見えなり 作者 人のにくむ〜はからるれ
四 1 助動なり止断 2 形動並みなり用ナリ活 3 助動なり已なれ伝 4 助動なり止撥音なん無