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(2)九 うへに侍ふ御猫は
語釈


(1) @うへに侍ふ御猫は、Aかうふり給はりて、B命婦のおとととて、いとをかしければ、Cかしづかせ

 

給ふが、端に出でたるを、D乳母の馬の命婦「あなEまさなや、入り給へ」とよぶに、聞かで、日のさしあた

 

りたるにうち眠りて1たるを、おどすとて、「F翁丸いづら、1命婦のおもと食へ」といふに、2まことかと

 

、3しれもの走りかかりたれば、おびえ惑ひて、御簾の内に入り2

 

G朝餉の間にHうへはおはします。御覽じて、いみじう3驚かせ給ふ。猫は御懷に入れさせ給ひて、I男ど

 

も召せば、藏人J忠隆まゐりたるに、4「この翁丸K打ち調じて、L犬島につかはせ。只今」と仰せらるれば、

 

集りて5狩りさわぐ。馬の命婦もさいなみて、「乳母かへてん、いとうしろめたし」と仰せらるれば、かしこま

 

りて、御前にも6出でず。犬は狩り出でて、M瀧口などして7追ひつかはしつ

(注)@うへ 清涼殿。ここは一条院の今内裏。1000年、一条天皇が前年内裏焼亡のため一条院の今内裏に移っていた。定子は、二月皇后に成るが、十二月には二十五才でなくなる。Aかうふり 叙爵で五位に叙せられる。B命婦のおとと 猫の名。「命婦」は五位以上の女官の総称。「おとど」は夫人の敬称。Cかしづか 大切に養う。D乳母の馬の命婦 ここでは猫の世話係。Eまさな 行儀が悪い。F翁丸 犬の名。G朝餉の間 清涼殿の一室。天皇が朝夕食事を取る所。Hうへ 一条天皇。二十一才。I男ども 殿上の男子。蔵人など。J忠隆 「なりなか」は氏姓不詳。K打ち調じて うちこらしめて。L犬島につかはせ。 人間の場合に準じて島流しにする。M瀧口 宮中警護の武士。

 

一 次の語の読みを現代仮名遣いで記せ。

  1 命婦 2 乳母 3 翁丸 4 御簾 5 朝餉 6 蔵人

 

二 次の語の意味を辞書で調べよ。

 

  1 をかし

 

  2 かしづく

 

  3 しれもの  

 

  4 蔵人

 

  5 うしろめたし

 

三 登場人物を抜き出せ。また、「  」は誰の言葉か記し、傍線部1〜7の問いに答えよ。

 

    *内容の上で三つに分類されるうちのどれか。

 

   ア 類聚的章段  イ 日記回想的章段  ウ 随想的章段

 

 1 どんな気持ちでの発言か。

 

 2 主語に当たるものは何か。

 

 3 誰がどんあ気持ちを込めて、翁丸を「しれもの」と評しているのか。

 

 4 誰の言葉か。

 

 5 どういうことか。

 

 6 主語を記せ。

 

 7 何を。

 

四 二重傍線部1〜3の文法問題に答えよ。

 

 1 品詞名 基本形 活用形 活用の種類 活用形

 

 2 品詞名 基本形 活用形 活用の種類 意味

 

 3 品詞分解 口語訳

 

 

(2) 「あはれ、@いみじくゆるぎ歩きつるものを。三月三日に、A頭の辨B柳のかづらをせさせ、桃の花

 

Cかざしにささせ、櫻腰にささせなどして、ありかせ給ひしをり、1かかる目見んとは思ひかけけんや」とあ

 

はれがる。「D御膳のをりは、必むかひさぶらふに、2さうざうしくこそあれ」などいひて、三四日になりぬ。

 

ひるつかた、犬の1いみじう泣く聲のすれば、なにぞの犬の、かく久しくなくにかあらんと聞くに、3よろづ

 

の犬ども走り騒ぎとぶらひに行く

 E御厠人なるもの走り來て、4「あないみじ、犬を藏人二人して打ちたまひ、2死ぬべし。5流させ給ひけ

 

るFが歸りまゐりたるとて、調じ給ふ」といふ。心うのことや。6翁丸なり。「忠隆G實房なん打つ」といへば、

 

制しに遣るほどに、辛うじてなき止みぬ。「死にければH陣の外にひき棄てつ」といへば、あはれがりなどする

 

夕つかた、いみじげに腫れ、7Iあさましげなる犬のわびしげなるが、わななきありけば、「翁丸か、Jこのご

 

ろかかる犬やは歩く。」などいふに、翁丸と呼べど耳にも8聞き入れず

 それぞといひ、あらずといひ、口々申せば、「K右近ぞ見知りたる、呼べ」とて、下なるを「まづとみのこと」

 

とて召せば9參りたり。10「これは翁丸か」と見せ給ふに、「似て侍れども、これはLゆゆしげに3こそ侍る

 

めれ。また翁丸と呼べば、悦びてまうで來るものを、呼べど寄り4ず、あらぬなめり。それは打ち殺して、

 

棄て侍りぬとこそ申しつれ。さるものどもの二人して打た5には、M侍りなんや」と申せば、11心うがら

 

せ給ふ。

 

 

(注)@いみじくゆるぎ歩きつるものを 偉そうに体をゆすって歩き回っていたのに。A頭の辨 蔵人頭で弁官を兼ねる者。B柳のかづら 柳の枝をたわめて作った髪飾り。Cかざし 上に指す飾り。D御膳 帝や記事の食事。E御厠人 宮中の便器の掃除などを役戸する女官。Fが 格助詞 主格。G實房 藤原實房。六位の蔵人。H陣 近衛の陣屋。Iあさましげなる 意外さに驚き呆れかえる気持ち。Jかかる犬やはありく 翁丸意外にこんな大きな犬が歩き回るものか。K右近 右近内視侍。Lゆゆしげにこそ侍るめれ M侍りなんや」

 

一 次の語の読みを現代仮名遣いで記せ。

 

 1 三月 2 御膳 3 御厠人 4 腫れ 5 右近 6 心憂

 

二 次の語の意味を辞書で調べよ。

 

 1 からうじて

 

 2 わななく

 

三 登場人物を抜き出せ。また、「  」は誰の言葉か記し、傍線部1〜11の問いに答えよ。

 

 1 具体的に内容を記せ。

 

 2 どんな気持ちか。

 

 3 このあたりの描写では、犬をどのようなものとしてとらえているか。

 

 4 誰の言葉か。

 

 5 どうすることか。

 

 6 「翁丸なんなり」との表現効果の違いを述べよ。

 

 7 対照的な個所を抜き出せ。

 

 8 主語を記せ。

 

 9 主語を記せ。

 

 10 誰の言葉か。

 

 11 誰か。

 

四 二重傍線部1〜5の文法問題に答えよ。

 

 1 音便の種類 もとの形

 

2 品詞分解 口語訳

 

3 結びの語 基本形 活用形

 

 4 品詞名 基本形 活用形 活用の種類 活用形

 

 5 品詞名 基本形 活用形 活用の種類 意味

 

(3) 暗うなりて、物くはせたれど食はねば、@あらぬものにいひなして止みぬる。つとめて、A御梳櫛に

 

まゐり、御手水まゐりて、B御鏡もたせて1御覽ずれば、侍ふに、犬の柱のもとについ居たるを、2「あはれ

 

昨日、翁丸をいみじう打ちしかな。死に1けんこそ悲しけれ。何の身にかこのたびはなりぬ2らん。いかにわ

 

びしき心地し3けん」とうちいふほどに、この寢たる犬ふるひわななきて、3涙をただ落しにおとす。いとあ

 

さまし。さはこれ翁丸にこそありけれ。よべは隱れ忍びてあるなりけりと、あはれにて、をかしきことかぎり

 

なし

御鏡をもうちおきて、4「さは翁丸」といふに、5ひれ伏していみじくなく。C御前にもうち笑はせ給ふ。

人々まゐり集りて、右近内侍召して、6「かくなど」仰せらるれば、7笑ひののしるを、うへにも聞し召して、

 

渡らせおはしまして、「あさましう犬なども8かかる心あるものなりけり」と笑はせ給ふ。9うへの女房たちな

 

ども來りまゐり集りて呼ぶにも、10今ぞ立ちうごく。なほ顏など腫れためり。「物調ぜさせばや」といへば、

 

「終にいひあらはしつる」など笑はせ給ふに、忠隆聞きて、臺盤所のかたより、「まことにや侍らん、かれ見侍

 

らん」といひたれば、「11あなゆゆし、さる者なし」といはすれば、「さりとも終に見つくる折もはべらん、

 

さのみもえかくさせ給はじ」といふなり。

 

さて後畏勘事許されて、もとのやうになりにき。猶あはれがられて、ふるひなき出でたりし程こそ、世に知

 

らずをかしくあはれなりしか。12人などこそ人にいはれて泣きなどはすれ。

(注@)あらぬもの 翁丸ではないものと。A御梳櫛にまゐり、御手水まゐりて 皇后が調髪や洗面などなさて。B御鏡もたせて お鏡を私に持たせて。C御前 貴人の尊称。ここは定子。

 

一 次の語の読みを現代仮名遣いで記せ。

 

 1 手水 2 昨夜 3 御前 4 内侍 5 腫れ 6 臺盤所

 

二 次の語の意味を辞書で調べよ。

 

 1 あさまし

 

 2 いひあらわす

 

 3 ゆゆし

 

 4 さらに

 5 よに

 

三 登場人物を抜き出せ。また、「  」は誰の言葉か記し、傍線部1〜12の問いに答えよ。

 

 1 主語を記せ。

 

 2 誰の言葉か。

 

 3 5とあわせてこれはどういう表現か。

 

 4 誰の言葉か。

 

 6 後に省略されている語を記せ。

 

 7 主語を記せ。

 

 8 どんな心か。 

 

 9 どういう人のことか。

 

 10 主語を記せ。

 

 11 どんな気持からの発言か。

 

 12 ここでこの一文を添えたことの表現効果を記せ。

 

四 二重傍線部1〜3の文法問題に答えよ。

 

 1 品詞名 基本形 活用形 活用の種類 意味

 

 2 品詞名 基本形 活用形 活用の種類 意味   

 

3 品詞名 基本形 活用形 活用の種類 意味

 

五 口語訳

(1)

二条院の今内裏に伺候している御猫は五位で命婦のおとどという名で、大層可愛かったので、大切に可愛がりなさったが、端に出て、寝ていたときに、乳母の馬の命婦が「ああ行儀が悪い。おはいりなさい。」 

と言ったのに、眠っていたのを驚かそうと、「翁丸どこ。命婦のおとどを食え。」と言うと、本当にかと思って、馬鹿者は走りかかったので、こわがってうろたえて、御簾の中へ入った。

 食堂の間に天皇がいらっしゃったときに、ご覧になって、大層驚きなさる。猫を御懐に入れなさって、蔵人を呼ぶと、蔵人忠隆、なりたかが参ったので、「この翁丸を打って、犬島へ島流しにしろ。すぐ。」とおっしゃったので、集まり犬狩りをするというので大騒ぎする。馬命婦を叱りとがめて「乳母を変える。大層不安だ。」とおっしゃるので御前にもお出にならない。犬は狩り出して、滝口などに追い立たせる。

(2)

 「ああ大層に歩き回っていたのに。三月三日藤原行成が柳の枝の髪飾りを付け、桃の花をかざしにささせ、桜を腰にさしなどして歩き回りなさった折り、こういう目を見るとは思わなかった。」など気の毒がる。「御前の折りは、必ず向かい伺候していたのにさびしくて。」などと言って、3,4日たった昼頃、犬が大層鳴く声がするので見に行く。

 御厠人である者が走ってきて、「ああひどい。犬を蔵人が打ちなさる。死んでしまうだろう。犬を流刑になさいましたが。帰り参ったと言ってこらしめた。」と言うので、とめにやるうちにやっとのことで泣きやみ、「死んだので陣の外へ引き捨てた。」と言うと、「翁丸。」と言うが、聞き入れない。「それ。」ともいい、「そうでない。」と口々に申すと、「右近が見知っている。」ということで、召すと参上した。「それは翁丸か?」と見せなさる。右近は、「似ているが、これはひどい。また、『翁丸か。』と言うと喜んで参るものを、呼んでも来ない。そうではにようだ。それは『打ち殺してすてました。』と申した。二人して打つとしたらいきておりましょうか。」など申すので、悲しくお思いになる。

(3)

 暗くなって物を食わせたが、食わないので、翁丸ではないものときめてけりをつけた。翌朝、調髪や洗面などなさって御鏡を持たせなさってご覧になると、お供していたが、犬が柱のもとに座っているのに目を向けて、「ああ、昨日翁丸を大層打ったものだ。死んでしまったならかわいそうだ。何の身に今度はなったのだろうか。どんない情けないきもちがしたろうか?」と言うと、この座っていた犬がふるえわなないて、涙をひたすら落としたので、ひどく驚きあきれた。それでは翁丸である。昨夜は隠れ忍んでいたのだなあと心打たれ面白いこと限りない。

 御鏡をおいて、「それでは翁丸か。」と言うと、ひれ伏してひどく鳴く。定子もひどくお笑いに成る。右近の内侍を呼んで、「こうだ。」とおっしゃると、笑って大騒ぎするのを、帝もお聞きになっていらしゃった。「驚いたことには犬でもこういう心があるものだなあ。」と御笑いになる。帝はその女房なども聞いて参上し集まって呼ぶのにも今は立ち動く。「やはりこの顔などが腫れている。手当してやりたい。」と言うと、「ついのこれを白状したこと。」など笑うに、忠隆が聞いて、女房の詰所の方から、「本当ですか。兄でhないか。」と言ったので、「ああ不吉だ。決してそういうものはいない」といわせたので、「そうは言っても見つける折りもありましょう。そのようにだけ、隠させなさることはできない。」と言う。

 さて、謹慎して許され、もとのようになった。やはり同情されてふるえ鳴き出したのは決して知らず、面白く心打たれた。人などこそ人に言われて鳴泣きなどしよう。

構成

 

(1)

 

 

 

 

 

(2)

 

 

 

 

 

(3)

 

 

 

 

 

 

 

 

999年内裏焼亡

1000年今内裏

3月 定子皇后

12月定子死亡

25才

 

3月3日

3,4日

昼ごろ

夕方

 

 

暗くなる

翌朝

 

 

 

 

 

 

時 場所

 

(猫)「命婦のおとど 臥す

  ↑

走りかかる 追放される

 

 

 

花を飾って歩いた。

鳴く

震える

寄ってこない。

 

 

食わない。

柱の本にいる。

震える。 涙。

ひれふす。

鳴く。

許される。

 

 

翁丸

 

 

 

←(馬の命婦)「食らえ」

 (帝21才)「翁丸を討て。」 

 

 

 

 (御厠人)「犬を打っている。」

 「翁丸か?」

 (右近)「?」

  「翁丸」

 

「情ない。」

 「気力。」

 「翁丸か。」

 (女房)「本音を吐いた。」 

 

 

 

 

 

主題 翁丸の行動

 

解答

 

(2)九 うへに侍ふ御猫は  解答

(1)

一 1 みょうぶ 2 めのと 3 おきなまる 4 みす 5 あさがれい 6 くろうど

二 1 かわいらしい。 2 大切にする。 3 馬鹿者。 

4 天皇の側近くに仕え、宮中の諸事を司るひと。 5 叱りとがめる。 

三 命婦のおとど 乳母の馬命婦 翁丸 上 忠隆 

  1 五位の貴婦人が、はしたない格好で縁先に寝そべっている。それをたしなめようとして。

  2 馬鹿正直に猫に飛びかかった翁丸のこと。 3 清少納言が、馬命婦の気持ちをくんで翁丸を評している。 4 一条天皇 5 大騒ぎして犬がりをする。 6 翁丸 7 翁丸

四 1 動 ゐるワ上一用 2 助動 ぬ止完 3 驚か動カ四驚く未 せ助動す用尊 

たまふ補動たまふ止尊 驚きなさる。

 

(2)

一 1 やよい 2 おもの 3 みかわやうど 4 は 5 うこん 6 こころう

二1 やっとのことで。 2 ふるえる。

三 1 打ち懲らしめて追放されたこと。

2 さうざうし(さびしくて物足りない)翁丸がいなくてさびしい。

3 犬にも人と同じ心があることを認める。 4 御厠人 5 犬を犬島へ流す。

6 なんなり なん助動断なり体なる撥音便なん なり推定なり止=推定 

  なり助動断なり止= 緊迫感 反射的感情

7 いみじくゆるぎ歩きつるものを。三月三日に、頭の辨柳のかづらをせさせ、桃の花かざしにささせ、櫻腰にささせなどして、ありかせ給ひし 8 翁丸 9 右近 10 定子 11 定子

四 1 ウ音便 いみじく 2 死ぬ 動ナ変死ぬ止 べし 助動べし推量止 死ぬだろう。

3 めれ めり 已 4 動カ変来未 5 助動む体仮婉

 

(3

一 1 ちょうず 2 よべ 3 おまえ 4 ないし 5 は 6 だいばんどこころ

二 1 ひどい。2 白状する。3 不吉だ。 4 決して。 5 決して。

三 1 定子 2 清少納言 3 翁丸を人に見立てて慎んでいるありさまとして描写している。

4 清少納言 6 「はべる」「ある」 7 人々。 

8 身の難を感じて自己を明かさない才覚と同情の言葉に感泣する。9 天皇つきの女房。

10 翁丸。 11 忠隆が雰囲気を壊して不吉なものを持ちこんできそうに予感したので。

12 犬の方が仕打ちをした人間に比べ、ずっと人間的である。

四 1 助動 けむ止過推 2 助動 らむ止現推助動  3 けむ止過推