(28)二二六 賀茂へ参る道に
語釈
1@賀茂へ参る道に、田植うとて、女の、あたらしき折敷のやうなるものを笠に着て、
いと多う立ちて歌を歌ふ、A折れ伏すやうに、また、何事するとも見えで後ろざまにゆ
く、いかなるに1かあらむ。をかしと見ゆるほどに、ほととぎすをいと2Bなめう歌ふ、
聞くに3ぞ心憂き「ほととぎす、Cおれ、かやつよ。Dおれ鳴きて4こそ、我は田植う
れ。」と歌ふを聞くも、いかなる人か、2E「いたくな鳴きそ。」とは言ひけむ。3F
仲忠が童生ひ言ひ落とす人と、ほとす、鶯に劣ると言ふ人5こそ、いと6つらう、にく
けれ。
(注)@賀茂 上賀茂神社。A折れ伏すやうに、また、何事するとも見えで後さまにゆく横一列に並んだ早乙女が、苗を挿しては後退して植えてゆく様子。Bなめう ばかにしてCおれ、かやつよ
おのれ、あいつめ。Dおれ鳴きてこそ、我は田植うれ ほとぎすが鳴く季節が田植えどきなので、ほととぎすは、農作業を督励する「賤の田長」(農夫頭)を呼ぶ鳥だとも、「賤の田長」そのものだとも考えられていた。Eいたくな鳴きそ
あまり鳴くな。『万葉集』に「ほとぎすいたくな鳴きそひとりゐて寝の寝らえぬに聞けば苦しも」(巻八 大伴坂上郎女)とある。F仲忠が童生ひ 「仲忠」は『宇津保物語』の主人公母と山中の木の空洞に住んで苦労した幼児をさして「童生ひ」と言っている。
一 次の語の読みを現代仮名遣いで記せ。
1 参る 2 折敷
3 折れ伏す
4 心憂し
5 仲忠
二 1〜3の語の意味を古語辞典で調べよ。
1 折敷
2 をかし
3 心憂し
三 A・Bの問いに答えよ。また、傍線部1〜3の問いに答えよ。
B 次の「八月つごもり」の段とは、対応しているところが多い。表にまとめよ。
A a類集的章段、b日記的章段、c随想的章段のうちどれに分類されるか。
1 作者は牛車に乗って参詣していると思われる。その中から見ていると思われる
叙述を抜き出せ。
2 どのような気持ちから『万葉集』の歌を引用しているか。
3 (1)「言ひ落とす」とあるが、どういう意味か。
(2)「仲忠が童生ひ」のどのような点を「言ひ落とす」のか。十字以内で簡
に答えよ。
四 二重線部1〜6の文法事項に答えよ。
1、3、4、5 結びの語 基本形 活用形
2、6 音便の種類
もとの形
五 口語訳
上賀茂神社へ参る道で、田植えをすると言って、女が新しい折敷のようなものを笠にかぶり大層多く立って歌を歌う。体が折れ曲がり亦何をするかもわからない格好で後ろ向きに進む。どうなっているのだろう。おもしろいと見ているうちにほととぎすをたいそう馬鹿にして歌う。聞くとつらい。「ほととぎす、おのれあいつめ。己が鳴くので私は田植えをしなくてはならない。」と歌うのを聞くのもどういう人か、ひどく鳴くな。」とはいっただろう。仲忠が幼児を
けなす人と、ほととぎすが鶯に劣ると言う人はひどくつらく憎らしい。
構成 (29)二二七とまとめる。
(28)二二六 賀茂へ参る道に 解答
一 1 まい 2 おしき 3 おれふす 4 こころうし 5 なかただ
二 1 片木を折りめぐらしてふちとし、食器をのせるために用いる盆。
2 おもしろい。3 つらい。
三 随想的章段 1 「何事とするともみえじ」
2 風流を解しない者たちに声を聞かせるのはもったいない当言う気持ち。
3 (1)いってけなす。 (2)いやしく貧しい点
四 1 む む 体 3 心憂き 心憂し 体 4 植うれ 植う 已
5 にくけれ にくし 已
2 ウ音便 なめく 用 6 ウ音便 つらし 用