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(26) 一八八   ふと心劣りとかするものは

語釈

 

1 1ふと心劣りとかするもは、男も女も、@ことばの文字いやしうつかひたる1こそ

 

よろづのことよりまさりてわろけれ。ただ文字一つに、2あやしう、あてにもいやしう

 

もなるものは、いかかなるにかあらむ。さるは、3かう思ふ4、ことに5すぐれて

 

あらじかし。Aいづれをよしあしと知るにかは。6されど、7B人をば知らじ、ただこ

 

こちにさおぼゆるなり。

 

2 8いやしきことも、わろきことも、さと知りながらことさらに言ひたるは、あしう

 

もあらず。9Cわがもてつけたるをつつみなく言ひたるは、あさましきわざなり。また、

 

さもあるまじき老いたる人、男などの、わざとつくろひたるは10にくし。Dまさな

 

きことも、あやしきことも、おとななるはEまのもなく言ひたるを、若き人はいみじう

 

かたはらいたきことに聞き入りたる3こそ、さるべきことなり。

 

3 何事を言ひても、「そのことFさせむとす。」「言はむとす。」「Gなにとせむと

 

す。」と言ふ「と」文字を失ひて、ただ「言はむずる。」「里へいでむずる。」など言

 

へば、やがていとわろし。まいて文に書いてはいふべきにもあらず。物語など4こそ

 

あやしう書きなしつれば、いふかひなく、11作り人さへいとほしけれ。「Hひてつ車

 

に。」と言ひし人もありき。「もとむ」といふことを、「みとむ」なんどは、みな言ふ

 

めり。

 

 

(注)@ことばの文字 ここでは、言葉の意。Aいづれをよしあしと知るにかは 何を基準にして(言葉遣いが)良い悪いと判断できるのであろうかいやできるものではなかろう。B人をば知らじ 他人はともかくとして。Cわがもてつけたるを 自分が身に着けた言葉を、使い慣れて身についてしまった悪い言葉を指す。Dまさなきこと 不都合なこと。Eまのもなく 遠慮なく。Fさせむとす そうしようと思う。Gなにとせむとす なになにというふうにしよう。Hひてつ車に 同じ車に乗ること。「ひとつ車」の訛り。

 

  次の語の読みを現代仮名遣いで記せ。

 

  1 心劣り   2 老いたる

 

二 次の語の意味を辞書で調べよ。

 

  1 心劣る

 

  2 さるは

 

  3 あさまし

 

  4 かたはらいたし

 

  5 やがて

 

  6 いとほし

 

  Aと傍線部1〜11の問いに答えよ。

 

      a類集的章段、b日記的章段、c随想的章段のうちどれに分類されるか。

  1 「心劣り」だけするのか、ほかにまだ何かあるのか。

  2 どこにかかるか。

 

  3 指示内容を記せ。

 

  4 誰のことか。

 

  5 何か。

 

  6 どこにかかるか。

 

7 修辞法を記せ。

 

  8 どうして「あしうもあらず」と言えるのか。

 

  9 どうして「あさましきわざなり」なのか。

 

  10 どうしてか。

 

  11 どうしてか。

 

四 二重線部1〜4の文法問題に答えよ。

 

  1、3、4 結びの語と活用形・基本形を記せ。

 

  2 品詞分解せよ。

 

五 口語訳

1 ふと思ったより劣って感じられることは、男も女も言葉を下品に使ったことが何事にもまして、悪い。ただ一つの言葉によって不思議にも上品にも下品にもなるのはどういうわけだろう。とはいうもののこう思う人がことに言葉使いに優れているわけでもない。何を基準に良い悪いと判断できようか)(いやできない)。しかし、他人はともかくとして、ただ自分なりにそう思われるのだ。

 

2 下品な言葉でも悪い言葉でもそうと知りながらことさらに言ったのは悪くもない。自分が身に付けた言葉をはばかることなく言ったのは驚きあきれるばかりだ。またそういう言葉を使うはずのない老人や男などがわざと作った田舎めいたのはいやだ。見苦しいことも不都合なことも年とった人は遠慮なく言ったのを湧き人は大層苦々しいことと聞きいれたのこそ当然だ。

 

3 どんなことを言っても「そのことをそうしようと思う。」「言おうと思う。」「何何というふうにしよう。」など言うとそのまま大層悪い。まして手紙に書いては言うべきでない。物語などは悪く書いてしまうとつまらなく書いた人さえ気の毒だ。「ひてつ車に」と言った人もあった。

 「もとむ」と言うことを「みとむ」などとは皆言うようだ。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

構成

  1 言葉を下品に使う   悪い

 

    言葉一つ       上品にも下品にもなる どうしてか?

 

    何を基準にして良い悪いが決まるか?

 

  2 下品な言葉 悪い言葉

 

    知っていて言うー悪くない

 

    身につけた言葉―あきれる

 

    使うはずがない老人や男がわざと田舎めいていうーいやだ

 

    年取った人―遠慮なくいう

            ⇒

    若い人  ―苦々しく思う 

 

  3 「と」の約音―よくない

 

    物語の悪い言葉―つまらない 作者が気の毒だ

 

    「ひてつ車に」―だめだ

 

       「もとむ」を「みとむ」と言うー皆言う

 

主題 言語論

  

 

(26) 一八八   ふと心劣りとかするものは  解答

 

一 1 こころおとり  2 おいたる

 

二 1 思ったより劣って感じられること。 2 とはいうものの。

  3 驚きあきれるばかりだ。 

4 そばで聞いたり見たりしているのもにがにがしい。 5 そのまま。

6 気の毒だ。

 

三 1 それ以外にも何か感じているようだが、はっきりしない。

  2「あてにもいやしうも」

  3 「ふと心劣りとかするもは、男も女も、ことばの文字いやしうつかひたるこそ、よろづのことよりまさりてわろけれ。ただ文字一つに2あやしう、あてにもいやしうもなるものは、いかかなるにかあらむ。」

  4 作者。5 言葉遣い。6「ただここちにさおぼゆるなり」 7 挿入句。

  8 一般の人が正しい言葉を知らないと思われる場合、相手に通じなくては仕方がないし、額のあるところをひけらかす必要もないから。

  9 言語文化に無感覚無神経であるから。

  10 言語の乱れに迎合して乱れを助長することはないから。

  11 言語感覚の鈍さを暴露しているから。

四 1 わろけれ 已然形 わろし  3 なれ 已然形 なり  

4 いとほしけれ 已然形 いとほし

2 さ 副 も 係 ある ラ変動「あり」体 まじき 助動「まじ」体

  老い ヤ上二動「老ゆ」用 たる 助動完「たり」体 人 名