(4)  (九)木曾の最期 11184年義仲粟津で敗死

 

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語釈

                         

(1)

@   

木曾A左馬頭、その日の装束には、赤地の錦のB直垂にC唐綾縅の鎧着て、鍬形1打つたる甲の

 

緒締め、いか物Dづくりの大太刀はき、E石打の矢の、その日のいくさに射て少々2残つたる

 

F頭高に負ひなし、G滋籐の弓持つて、聞こゆる木曾のH鬼葦毛といふ馬の、きはめて3太う

 

たくましいに、I黄覆輪の鞍置いてぞ5乗つたりける。鐙6ふんばり立ち上がり、大音声をあげ

 

て名のりけるは「昔は聞き7けんものを、木曾のJ冠者、今は見る8らん、左馬頭兼K伊予守、

 

 朝日の将軍源義仲ぞや。K甲斐の一条次郎とこそ聞け。互ひに9よいかたきぞ。義仲10討つ

 

1M兵衛佐に見せよや。」とて、11をめいて駆く。一条次郎、「ただいま名のるは2大将軍

 

ぞ。3あますな者ども、もらすな若党、討てや。」とて、大勢の中に取りこめて、われ12討つ

 

取らん進みける。木曾三百余騎、六千余騎が中をM縦様・横様・蜘蛛手・十文字に13

 

け割つてうしろへ14つつといでたれば、五十騎ばかりになりにけり。

 

(注)@木曽  源義仲(一一五四−一一八四)。義賢の子。頼朝の従兄弟にあたる。「木曽」は信濃(今の長野県)の地名。    A左馬頭  左馬寮の長官。    B直垂 ここでは「鎧直垂」の意。鎧の下に着るもの。    C唐綾縅の鎧  中国渡来の綾織りの絹を畳み重ねて綴った鎧。Dいか物作り  いかめしい作り。    E石打の矢  わしの尾の両端の羽をつけた矢。    F頭高に    に差した矢の先端が頭上高く突き出るようにするさま。G滋藤の弓  黒塗りの上へ藤を巻きつけた弓。H鬼葦毛  「葦毛」は白に黒または濃褐色の混じった馬の毛。「鬼」は強いの意。    I黄覆輪の鞍  周りを金色の金具で縁取った鞍。J冠者  元服をして冠を着けた若者。K甲斐の一条次郎  源忠頼。甲斐(今の山梨県)の源氏の一族。    L兵衛佐  兵衛府の二等官。ここでは源頼朝をさす。

M縦様・横様・蜘蛛手・十文字に  少数の者が大勢の中で奮戦する様子。

 

一 次の語の読みを現代仮名遣いで記せ。

 

    1 木曾左馬頭      2 装束  3 直垂  4 鎧  5 大太刀

 

    6 黄覆輪の鞍      7 大音声 8 冠者  9 蜘蛛手

 

二 次の語意味を辞書で調べよ。

 

    1 緒

 

    2 をめく

 

    3 具す

 

三 登場人物を抜き出せ。また、傍線部1〜4の問いに答えよ。

 

   1 どういう気持ちで頼朝をこう呼んだか。

 

   2 誰のことか。

 

   3 何について言っているか。

 

   4 主語を記せ。

 

四 二重線部1〜14の文法事項に答えよ。

 

    1、3、4、5、6、9、10、11、12、13 音便の種類ともとの形を記せ。

 

    7、2、8 基本形、文法的意味、活用形を記せ。

 

    14      こういう語を何というか。

 

五 表現上の特徴を説明せよ。

 

 1 その日の装束には

 

 2 「昔は聞きけんものを、木曾の冠者、今は見るらん、左馬頭兼伊予守、兵衛佐に見せよや。」

 

 3 縦様・横様・蜘蛛手・十文字に駆け割って

(2)

 

そこを1破つて行くほどに、@土肥次郎実平二千余騎でささへたり。それをも破つて2行くほど

 

、あそこでは四、五百騎、ここでは二、三百騎、百四、五十騎、百騎ばかりが中を駆け割り駆け

 

割り3行くほどに、主従4五騎にぞなり2ける。五騎がうちまでA巴は討た3ざりけり。木曾

 

殿、「5おのれは6とうとう、女なれば、7いづちへも行け。われは討ち死にせ4と思ふなり。

 

もし人手にかからば自害をせ5んずれば、木曾殿の最後のいくさに、女を具せられたりけりなんど

 

言はれんこともしかるべからず。」とのたまひけれども、なほ落ちも行かざりけるが、あまりに言

 

はれたてまつりて、「あつぱれ、よからうかたきがな。最後のいくさして9見せたてまつらん。

 

とて、控へたるところに、武蔵の国に聞こえたる大力、C御田八郎師重、三十騎ばかりで6いで来

 

たり。巴、その中へ駆け入り、御田八郎に押し並べ、7むずと取つて10引き落とし、わが9

 

つたる鞍のD前輪に押しつけて、10ちつとも働かさず、首11ねぢ切つてE捨ててんげり。その

 

のち、F物具脱ぎ捨て、東国の方へ落ち行く。G手塚太郎討ち死にす。H手塚別当落ちにけり。

 

 

(注)@土肥次郎実平  相模の国(今の神奈川県の一部)に勢力を持つ平氏の一族。    A巴  生没年未詳。源義仲と行動をともにした、武勇にすぐれた美しい女性。B控へたるところに 馬を留めて待機しているところに。C御田八郎師重 伝未生。D前輪 鞍の前部の、山形に高くなっている部分。E捨ててんげり 「捨ててけり」の転。F物具 鎧や甲。    P人手にかからば  他人に討たれるようなことになったら。    Qよかろうかたきがな。  戦うにふさわしい敵がい

るといいなあ。R控えたるところに  馬を引きとめて待機しているところに。S御田八郎師重  伝未詳。21前輪  鞍の前部の、山形に高くなっている部分。22捨ててんげり  「捨ててけり」の転。G手塚太郎  義仲の部下。H手塚別当 義仲の部下。

 

  次の語の読みを現代仮名遣いで記せ。

 

    1 主従 2        自害        具せ  5 武蔵    前輪      物具 

 

  8 討ち死に 9 人手 10 控え

 

                          

  1〜4の語の意味を辞書で調べよ。

 

      のたまふ

 

      物具

  

  討ち死に

 

  4 人手にかかる

 

  傍線部1〜10の問いに答えよ。

 

    1〜3  この繰り返しはどのような表現効果をあげているか。

 

      誰を指すか、人名を記せ。            

 

  誰のことか。

 

      どこにかかるか。

 

      理由として武人の面目を盾にとっている。該当箇所を抜き出せ。

 

      巴に戦場離脱を命ずるもう一つの理由は何か。

 

    9 誰が誰へか。         

 

10  主語。              11  主語。

   

 

        1〜6の文法事項に答えよ。

 

    1 、8、9、11   音便の種類ともとの形を記せ。

 

    2、3、4、、5 基本形 文法的意味 活用形

  

6 基本形 活用の種類 活用形         

 

  7、10 こういう語を何というか。

 

(3) 1今井四郎、木曾殿、ただ主従二騎になつて、2のたまひけるは、「3日ごろはなにともお

 

ぼえぬ鎧が、けふは重うなつたるぞや。」今井郎申しけるは、「4御身もいまだ疲れさせたまはず、

 

御馬も弱り候はず。なにに1よつてか、@一領の御A着背長を2重うはおぼしめし候ふべき。5

 

は、御方に御勢が候は3ば、臆病でこそさはおぼしめし候へ。兼平一人候ふとも、余の武者千

 

騎とおぼしめせ。矢七つ八つ候へば、しばらく防き矢つかまつらん。あれに見え候ふ、B粟津の松

 

原と申す、あの松の中で御自害候へ。」とて4打つて行くほどに、6また新手の武者、五十騎ばか

 

いで来たり。7「君はあの松原へ入ら5たまへ。兼平はこのかたき防き候はん。」と申しけれ

 

ば、木曾殿のたまひけるは、「義仲、都にてCいかにもなるべかりつるが、これまで逃れくるは、

 

Dなんぢと一所で死なんと思ふため5なり。ところどころで討たれんよりも、ひとところでこそ討

 

ち死にをも6め。」とて、馬の鼻を並べて7駆けんと したままへば、今井四郎、馬より飛び下り、

 

主の馬の口に8取りついて申しけるは、「弓矢取りは、年ごろ日ごろいかなる高名候へども、最期

 

のとき不覚しつれば、E長き疵にて候ふなり。8御身は疲れさせたまひて候ふ。続く勢は候はず。

 

かたきに押し隔てられ、9いふかひなき人の郎等に組み落とされさせたまひて、討たれさせたまひ

 

なば、10『さばかり日本国に聞こえさせたまひつる木曾殿をば、Fそれがしが郎等の討ちGたて

 

まつたる。』なんど申さんことこそ11口惜しう候へ。ただあの松原へ入らせたまへ。」と申しけ

 

れば、木曾、「さらば。」とて、粟津の松原へ駆けたまふ。

 

(注)@一領  「領」は鎧などを数えるときの単位。

A着背長  大将が着用する鎧の別称。   B粟津  今の滋賀県大津市粟津町付近。

Cいかにもなる ここでは最期を遂げるの意。Dなんぢと一所で 義仲は都で戦いに敗れた後、

今井四郎の安否を気づかって、勢田(今の大津市瀬田)へおもむく途中、打出浜(琵琶湖西岸)で今井とめぐりあった。E 長き疵  末代までの不名誉。Fそれがし 名前を具体的に出さない言い方。ここでは自称の代名詞ではない。G たてまつたる  「たてまつりたる」のつまった形。

 

  次の語の読みを現代仮名遣いで記せ。

 

      着背長      臆病    3  粟津の松原  4 新手    5 駆けんと                                                                                 

    6 弓矢取り 7 疵        郎党      隔てられ    10     11 入らせ                                                                                           

二 1〜6の語の意味を辞書で調べよ。

 

      防き矢

 

      自害

 

      かたき

 

      弓矢取り

 

      高名

           

      不覚

 

  7 それがし

 

  登場人物を抜き出せ。また、1〜11の「  」が誰の言葉か、傍線部の問いに答えよ。は誰の

 

      この二人は単なる主従関係ではない。そのことを示す語は何か。

 

    2 主語。

 

      どういう気持ちから出た言葉か。

 

 

     どんな気持ちからの発言か。

 

      指示内容。

 

      どちらの軍勢か。

 

  7、10の「  」は誰の言葉か。 

 

      なぜ前とは逆のことを言ったのか。

 

      どの語にかかるか。

 

    11  その理由にあたる武人の心構えについて兼平が述べた一文を抜き出せ。

 

        1〜9の文法事項に答えよ。

 

 

 1、2 、4、7、8   音便の種類ともとの形を記せ。

 

   3、5         基本形、活用形、文法的意味を記せ。

 

    6                基本形、活用の種類、活用形  

 

 

 

(4)  今井四郎ただ一騎、五十騎ばかりが中へ駆け入り、鐙ふんばり立ち上がり、大音声あげて

 

名のり1けるは、「1日ごろは音にも聞きつらん、今は目にも見たまへ。木曾殿の@御乳母子、今

 

井四郎兼平、生年三十三にまかりなる。2さる者ありとは、A鎌倉殿までも知ろしめされたるらん

 

ぞ。兼平討つて3見参にいれよ。」とて、射残したる八筋の矢を、Cさしつめ引きつめさんざんに

 

射る。死生は知らず、やにはにかたき八騎射落とす。そののち打ち物2抜いて、あれに馳せ合ひ、

 

これに馳せ合ひ、3切つてまはるに、4面を合はする者ぞなき。Eぶんどりあまた4たりけり。

 

ただ6「射とれや。」とて、中に取りこめ、雨の降るやうに射けれども、鎧5よければF裏かか

 

ず、あきまを射ねば手も負はず。

 

 

(注)@御乳母子 「乳母子」とは、ここでは後見役の子。兼平の父兼遠は義仲の(お守り役)であった。A鎌倉殿  源頼朝をさす。B見参に入れよ ご覧にいれよ。Cさしつめ引きつめ  やつぎばやに射るさま。  D面を合わする  正面から挑戦する。Eぶんどり  敵の首を取ること。F裏かかず  矢が鎧の裏まで通らない。Gあきま  鎧のすきま。

 

  次の語の読みを現代仮名遣いで記せ。

 

    1 鐙    2大音声     3 乳母子    4 鎌倉殿     5 見参   

 

  打ち物    7 馳せ合ひ   8 面    9 手を負はず    10 鎧

 

 

二 1〜3の語の意味を辞書で調べよ。

 

      乳母子

 

  2 やにはに

 

      打ち物

 

     

 

  登場人物を記せ。また、1〜7について、「  」は誰の言葉か記し、傍線部は問いに答えよ。  

 

      今井の「名のり」と前の義仲の「名のり」の類似点は何か。

 

      誰のことか。

 

    3 何を誰の「見参に入れよ」か。

 

      なぜか。

 

      相手方のどういう気持ちがこもっているか。

 

  6 「   」誰の言葉か。

 

 

        1〜6の文法事項に答えよ。

 

    1、   基本形、文法的意味。活用形を記せ。

 

4、5  基本形、活用の種類、活用形を記せ。

 

    2 、3    音便の種類ともとの形を記せ。

 

                                                            

(5)
木曾殿はただ一騎、粟津の松原へ駆けたまふが、正月二十一日、入相ばかりのことなる、

 

に薄氷は1張つたりけり、2深田ありとも知らずして、馬を2ざつと打ち入れたれば、馬のかしら

 

も3見えざりけり。@あふれどもあふれども、打てども打てども働かず。今井がゆくへの3おぼつ

 

かなさに、ふりあふぎたまへ4内甲を、A三浦の石田次郎為久、追つかかつて、よつぴいて、5

 

ひやうふつと射る。痛手なれば、真向を馬のかしらにあててうつぶしたまへるところに、4石田が

 

郎等二人落ち合うて、つひに木曾殿の首をば取つてんげり。太刀の先に貫き、高くさし上げ、大音

 

声をあげて、「この日ごろ日本国に聞こえ6させたまひつる木曾殿を、三浦の石田次郎為久が討ち

 

たてまつりたるぞや。」と名のりければ、今井四郎いくさしけるが、これを聞き、「5今は、たれ

 

をかばはんとてかいくさをばすべき。これを見たまへ、東国の殿ばら、日本一の剛の者の自害する

 

手本。」とて、太刀の先を口に含み、馬よりさかさまに飛び落ち、貫かつてぞ失せ7ける。さ

 

てこそ粟津のいくさはなかりけれ。

 

(注)@あふれどもあふれども  どんなに馬の腹を鐙でけって進めようとしても。

A三浦の石田次郎為久  三浦為継の子孫。「石田」は今の神奈川県伊勢原市の地名。

B貫かつて  突き通って。「貫かりて」の音便。

 

  次の語の読みを現代仮名遣いで記せ。

 

      粟津      正月      入会      薄氷      深田  

 

   内甲   7 痛手   8 郎等  9 剛の者 10 貫かって

 

  次の語の意味を辞書で調べよ。

 

    入相                         

 

  2 深田                    

 

  3 内甲                           

 

  痛手

 

  真向

 

 

  剛の者

 

 

                                     

  登場人物を記せ。また傍線部1〜5の問いに答えよ。  

 

 

      以下の義仲の行動の中で、情味あふれる姿を描いているのはどこか。一文を抜き出せ。

 

      (1)「深田」と気付かなかったのはなぜか。

 

        (2)その深さを具体的に表している箇所を抜き出せ。

 

      義仲のどういう心が表されているか。

 

    4 今井四郎が恐れていた言葉の通りになってしまったことを記述している。このことにつ    いて今井は前に何と言っているあk。

 

      今井四郎の奮戦の目的は何か。

 

        1〜7の文法事項に答えよ。

 

   1、      音便の種類ともとの形を記せ。

 

3      基本形、活用の種類、活用形を記せ。

 

    4、6、7    基本形、活用の種類、文法的意味を記せ。

 

    2、5       こういう語を何というか。

 

 

五 口語訳

 

@  木曾左馬頭は、その日の装束としては、赤地の錦の直垂に唐綾脅しの鎧着て、鍬形を打ち付けた甲のひもを締め、いかめしい大太刀の腰にし、石打ちの矢で、その日の戦いに射て少々残っているのを、先端が頭上高く出るように背負い、滋藤の弓をもって、評判の高い木曾の鬼葦毛という馬で、きわめて太くたくましいのに、黄覆輪の鞍を置いて、乗っていた。鐙を踏ん張って立ち上がり、大声を上げて名乗ったのは、以前には聞いていたであろうが、木曾の冠者を、今はみているだろう、左馬頭兼伊予の守、朝日の将軍源義仲だぞ。甲斐の一条次郎と聞く。互いに不足ない敵ぞ。義仲を討って頼朝に見せよ。といって大声を上げて馬を走らせる。一条次郎は、「ただ今名乗るは大将軍義仲ぞ。のがすな、者どもよ。うちもらすな若党よ。打て。」といって大勢の中に(義仲を)取り入れ、自分が討ち取ろうとすすんだ。木曾の三百余騎は、六千騎の中を、縦横蜘蛛手十文字いろいろな仕方で自由自在にかけ通り背後につっと出てみると、五十騎になっていた。

 

A  そこを破って行くうちに、土肥次郎実平が二千余騎で防いで持ちこたえている。      それをも破っていくうちに、あそこでは四五百騎、ここでは二三百騎、百四五十騎、百期ほどの中を駆け抜け駆け抜け行くうちに、主従五騎になっていた。五騎の中まで巴は打たれなかった。木曾殿は、「そなたは、はやくはやく、女だから、どちらへでも行け。私は討ち死にしようと思うのだ。もし他人に打たれるようなことになったら、自害しようと思うので、木曾殿は最後の戦に女をお連れになったよなどといわれるとしたら、適当ではない。」とおっしゃったけれども、なお離れていかなかったが、余り繰り返しいわれ申して、「ああたたくにふさわしい敵がいるといいなあ、最後の戦いをして、(殿に)見せ申そう。」といって、馬を引き留めて待機しているところに、武蔵の国に知られた大力の御田八郎諸重が、三十騎ほどで出てきた。巴はその中へ分け入り、御田八郎二に無理に並べ、むずと組み付いて引き落とし、自分の乗っている馬の鞍の前輪に(八郎を)押しつけて少しも身動きさせず、首をひねり切っって捨ててしまった。その後に、武具を脱ぎ捨て、東国の方へ逃げて行った。手塚太郎は討ち死にする。手塚別当は逃げていった。

 

B  今井四郎と木曾殿はただ主従二騎となって、(木曾殿の)おっしゃることには、」日ごろは何とも思われない鎧が、今日は重くなったよ。」今井四郎の申したのは、「御身体はまだお疲れではありません。御馬も弱っていません。なぜ、一両の御切背長を重くお思いになるのでしょう。(それは)御方に軍勢がつき従わぬので、気後れでそうお思いになるのです。兼平ただ一人お仕えしているといっても、他の武者千騎と同じとお思い下さい。矢が七八本ありますから、しばらく防ぎ矢をいたしましょう。あれに見えます、粟津の松原と申す、あの末の中で御自害下さい。」と言って鞭を打って行くうちに、新しい武士が五十騎ほど出てきた。(今井が)「主君はあの松原へおはいりなさい。兼平はこの敵を防ぎましょう。」と申すので、木曾殿がおっしゃるには、「義仲は都で死ぬはずのところを、ここまで逃げてきたのは、お前と一つところで死のうとおもうためなのだ。別々のところで打たれるよりも、同じところで討ち死にをしようぞ。」と言って、馬の鼻を並べて駆けようとなさるので、今井四郎は馬から飛び降り、主君の馬の口にとりついて申したのは、「武士は行く年月の間どのような武功がございましても、最後の時に失敗すると末代までの不名誉です。御身体はお疲れになっています。後に続く軍営はありません。(二人の間を)敵に隔てられ、取るに足りない人の家来に(馬より)くみおとされなさって、お打たれになりましたら、『あれほど日本国中に知られなさった木曾殿を、誰それの家来がうち申した。』などと申すようなことこそ残念です。ただあの松原へお入りなっさい。」と申したので、木曾殿は、「そういうことなら。」と言って、粟津の松原へ駆けなさる。 

 

C  今井四郎はただ一騎で(敵)五十騎ほどの中へ駆け入り、鐙を踏ん張り立ち上がり、大声を上げて名乗ったのは、「日ごろは、評判にもきっと聞いていよう、今は目で見なさい。(私は)木曾殿の御乳母子、今井委四郎兼平、三十三歳になり申す。そういう者がいるとは頼朝殿までもご存じだろうぞ。兼平を討ってご覧に入れよ。」と言って、射残していた八本の矢を、矢継ぎ早にどしどし射る。死んでいるか、生きているかわからない。即座に敵八騎を射落とす。その後は刀を抜いて、あちらこちらと馬をかって切って回るので、正面から挑戦する者はいない。敵の首を大勢取った。ただ、「射落とせ。」と言って、中に取り込み、雨の降るように射るけれども、(今井は)鎧がいいので裏まで通らない。鎧の隙間を射ないので負傷もしない。

 

D  木曾殿はただ一騎で粟津の松原へ駆けなさったが、正月の二十一日、夕暮れ時のことなので、薄氷は張ってはいるし、泥の深い他があるとも知らないで、馬をざっと入れたところ、馬の頭も見えない(ほど埋まった)。どんなにところに馬の腹を鐙で蹴ってすすめようとしても(鞭で)いくら討っても動かない。今井がどうなったか気がかりで、ふとふり仰ぎなさった甲の内側を三浦の石田次郎為久が追いついて、ぐっとひきしぼってひょうふっと射る。深い傷なので甲の正面を馬の頭にあててうつぶしなさったところに、石田の家来二人がかけつけて、とうとう木曾殿の首を取ってしまった。(首を)太刀の先に貫き、高く差し上げて、大声を上げて、「この日ごろ日本国に知られなさった木曾殿を、三浦の石田次郎為久が討ち申したぞ。」と名乗ったところ、今井四郎は戦っていたが、これを聞き、いまとなっては誰をかばおうとして戦う必要があろうか、(いやない)。これをご覧なさい。投獄の殿方よ、日本一の優れて強い者が自害する手本を。」と言って、太刀の先を口に含み、馬から逆さまに飛び落ち、突き通って死んでしまった。こうして粟津の戦いは終わったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

構成

 

主題 源義仲の最期

 

(1)

 

 

 

 

 

 

(2)

 

 

 

 

 

 

(3)

 

 

 

 

 

(4)

 

 

 

 

(5)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

粟津の松原

時 場所

装束の説明

名乗り

 

木曾軍 三百余騎

      ↓

    五十騎位

      ↓

     五騎

義仲「逃げろ。」

 

巴 八郎を殺して逃げる。

手塚太郎 討ち死に

手塚別当 逃げる。

 

義仲「鎧が重い。」

今井「粟津の松原で自害しろ。」

今井「防ぐから松原へ行け。」

義仲「一緒に死にたい。」

今井「武士は最後が大切。」

 

今井 名乗り

   射落とす。

   刀剣で戦う。

   鎧がいいので通らない。

 

1月21日 夕暮れ 薄氷

義仲 深田にのめりこむ。

今井 自害

木曾軍(源義仲)

 

 

 

←一条次郎「討て。」

 六千余騎

 

 

 

土肥次郎 二千余騎 四五百騎

     二三百騎 百四五十騎

     百騎

御田八郎 三十騎

 

 

 

 

新手 五十騎

 

 

 

 

五十騎

 

 

←取り囲み射る。

 

 

石田次郎 義仲を打つ。

範頼軍(源範頼 源義経)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(4)木曾の最期 11184年義仲粟津で敗死   解答                        

(1)

一 1 きそさまのかみ 2 しょうぞく 3 ひたたれ 4 よろい 5 おおだち

6 きんぷくりんおくら 7 だいおんじょう 8 かんじゃ 9 くもで

二 1 糸 紐。 2 大声を出す。 3 一緒に行く。

三 木曾義仲 一条次郎 兵衛佐

 

三 1 自分を誇らしく将軍と言い、相手を低くして気を引き立てる。

2 義仲 3 義仲の三百余騎 4 木曾三百余

四 1 促音便 打ちたる 2 促音便 残りたる 3 ウ音便 太く 4 イ音便 たくましき

5 促音便 乗りたり 6 撥音便 ふみはり 9 イ音便 よき 10 促音便 討ちて

11 イ音便 をめきて 12 促音便 討ち取らん 13 促音便 駆け割りて

7 助動 過推けむ体 8 助動 現止推けむ体

五 1 改まった語り口調で最後の晴れ舞台を語る。 2 名乗り 3 戦いの描写の決まり文句

 

(2)一 1 しゅじゅう 2 ともえ 3 じがい 4 ぐ 5 むさし 6 まえわ

7 もののぐ 8 うちじに 9 ひかえ

二 1 「言ふ」の尊敬語。おっしゃる。 2 武具。おもに鎧・甲 3 戦場で死ぬこと。

三 木曾義仲 土肥次郎実平 御田八郎 手塚太郎 手塚別当

1 はげしい攻勢。4 源義仲 手塚太郎 手塚別当 今井四郎 5 巴 6 「いづちへも行け。」7 「木曾殿の最後の・・・しかるべからす。」 

8 戦に女を連れていると武士に面目が立たないから。最愛の人を生かそうと思っているから。 

9 巴が義仲へ。10 巴

四 1 促音便 破り手 8 促音便 取りて 9 促音便 乗りたる 

11 促音便 ねぢ切りて

2 助動完ぬ用 3 助動受る未 4 助動意む止 5 助動むず意已 6 動カ変出で来用

7、10 擬態語

 

(3)

一 1 きせなが 2 おくびょう 3 あわづ 4 あらて 5 か 6 ゆみや

  7 きず 8 ろうどう 9 へだ 10 い

二 1 敵の進撃を防ぐために射る矢。2自殺。自刃。 3 敵 4 弓矢を用いること。武士。

5 手柄をたてること 6 油断して失敗するさま。7 だれそれ。 

三 木曾義仲 今井四郎

1 御乳母子 2 義仲 3 幼友達と二人きりになり弱音を吐いた。

4 弱気になった義仲を励まそうとした。 5 鎧を重く感じること。 6 範頼 義経側

7 今井四郎 8 事実を認識させ、名誉ある死を選ばせようとした。 9 郎党 

10 それがしが郎党 11 「弓矢取りは・・・疵にて候ふなり。」 

四 1 促音便 よりてか 2 ウ音便 重く 4 促音便 打ちて 7 撥音便 駆けむ

8 イ音便 取りつき手

3 助動ず已打 5 助動す用尊 6 動サ変す未

 

 

(4)

一 1 あぶみ 2 だいおんじょう 3 めのとご 4 かまくらどの 5 げんざん

6 うちもの 7 はせあい 8 おもて 9 てをおわず 10 よろい

二 1 乳母の子。乳兄弟。 2 いきなり。 

3 打ってきたえた金属の道具や武器。 4 手傷。負傷。 

三 今井四郎 範頼軍

1 名乗りに型があること。 2 今井 3 今井の首源頼朝に見せる。

4 今井を恐て。 5 正面から立ち向かえるものもなく、遠巻きにして何とか射取るとしている。

6 範頼軍

四 1 助動けり過体 2 イ音便 抜きて 3 促音便 切りて 4 動サ変す用

5 形ク活よし已

 

()一 1 あわづ 2 むつき 3 いりあい 4 うすごおり 5 ふかだ

6 うちかぶと 7 いたで 8 ろうどう 9 こうのもの 10 つらぬかって

二 1 夕暮れ時 2 泥のふかい田。沼田 対浅田 

3 甲の内側で額に当たる所。4 戦いで負った深い傷。 5 兜の鉢の真正面。

6 すぐれて強いもの。

三 木曾義仲 今井次郎 石田次郎 

1 「今井が行方の・・・ひゃうふっと射る。」 

2(1)「入相ばかりのことなる」「薄氷は張つたりけり」

(2)「馬の頭もみえざりけり」

3 自害するというその場になっても今井に心ひかれる情けの深さ。

4 「言ふかひなき人の郎等に・・・くちをしう候へ。」

5 立派な最期を遂げさせようとして、敵を義仲に近づけさせまいとした。

四 1 促音便 張りたり 2 擬態語 5 擬音語 3 動ヤ下二見ゆ未 4 助動完り体  

6 助動尊さす用 7 助動完ぬ用