(3)(七)忠度の都落ち1183年忠度歌集を俊成に託す
語釈
1
忠度の都落ち
(1)@ 1
薩摩守忠度は、Aいづくよりや帰られたりけん、侍五騎、童一人、1わが身ともに七騎1取つ
て返
し、B五条三位俊成卿の宿所におはして見給へば、2門戸を閉ぢて開かず。「忠度。」と 名のり
給へば、3「落人帰り来たり。」とて、その内騒ぎ合へり。薩摩守、馬より下り、みづから高らか
にのたまひけるは、4「別の子細候はず。三位殿に申すべきこと2あつて、忠度
が帰り参つて候ふ。
門を開かれずとも、このきはまで立ち寄らせ給へ。」とのたまへば、俊成卿、5「さることあるら
ん。その人ならばC苦しかるまじ。入れ申せ。」とて、門を開けて対面あり。6ことの体、3何と
なうあはれなり。
(注)@薩摩守忠度 平忠度(一一四四−一一八四)。清盛の末弟。Aいづくよりや帰られたりけん どこから都に引き返されたのだろうか。一一八三年(寿永二)七月、木曽義仲が都へせめのぼるといううわさに、平家一門は邸に火をかけ、都落ちした。B五条三位
俊成卿 藤原俊成(一一一四−一二0四)。五条京極に住み、正三位であったのでこう呼ぶ。C苦しかるまじ さしつかえあるまい。
一 次の語の読みを現代仮名遣いで記せ。
1 薩摩守忠度 2 童
3 五条三位俊成卿 4 落人 5藤原俊成
二 次の語の意味を辞書で調べよ。
1 都落ち
2 落人
3 子細
4 きは
三 登場人物を抜き出せ。また、傍線部1〜6の問いに答えよ。
1〜7について、傍線部は問いに答え、「 」は誰の言葉か記せ。
1 誰がどこへなぜ「取つて返し」たのか。
2 なぜか。
3、4 それぞれ誰の言葉か。
5 指示内容。
6 どのような意味か。
四 二重線部1〜3の音便の種類と元の形を記せ。
1
2
3
(2)
薩摩守のたまひけるは、1「年ごろ@申し承つてのち2おろかならぬ御ことに思ひ参らせ候へど
も、3この二、三年は、京都の騒ぎ、国々の乱れ、Aしかしながら4当家の身の上の事に候間B疎
略を存ぜずといへども、常に参り寄ることも候はず。C君すでに都をいでさせ給ひぬ。一門の運命
はや尽き候ひぬ。D撰集のあるべきよし承り候ひしかば、生涯の面目に、一首なりとも5御恩をか
うぶらうど存じて候ひしに、やがて世の乱れいできて、その沙汰なく候ふ条、ただ一身の嘆きと存
じ候ふ。世静まり候ひなば、勅撰の御沙汰候はんずらん。これに候巻物のうちに6さりぬべきもの
候はば、一首なりとも御恩をかうぶりて草の陰にてもうれしと存じ候はば、E遠き御守りでこそ候
はんずれ。」とて、日ごろよみ置かれたる歌どもの中に、秀歌とおぼしきを百余首書き集められた
る巻き物を、7今はとてうつ立たれけるとき、8これを2取つて持たれたりしが、F鎧の引き合は
せより取りいでて、俊成 に奉る。
(注)@申し承つてのち 和歌の教えをいただいて以来。Aしかしながら ことごとくす
べて。B疎略を存ぜず おろそかには思っていない。C君 ここでは、安徳天皇(一一七
八−一一八五、在位一一八0−一一八五)のこと。D撰集のあるべきよし 勅撰集が編ま
れるはずだとのこと。一一八三(寿永二)二月、後白河院から俊成に院宣が下された。E
御恩をかうぶらうど 俊成の御恩情によって、勅撰集への入集をかなえてもらおうと。「
かうぶらうど」は「かうぶらんと」の転。F遠き御守り 遠いあの世からお守りするもの
G鎧の引き合はせ 鎧の前と後を右わきで引き合わせ、紐で結んで引き締めた部分。ここ
から懐中のものを出入れする。
一 次の語の読みを現代仮名遣いで記せ。
1 承る 2 撰集 3 面目 4 沙汰 5 勅撰
6 鎧
二 次の語の意味を辞書で調べよ。
1 年ごろ
2 草の陰
3 日ごろ
4 おぼしき
三 登場人物を抜き出せ。また、1〜8について、傍線部は問いに答え「 」は誰の言葉か記せ。
1 「 」誰の言葉か。
2 具体的に何を指すか。その指示内容を四字以内で答えよ。
3 どの文節または連文節にかかるか。
4 何家か。
5 どういうことか。
6 どのような物を指すか。十五字以内で具体的に答えよ。
7 「今はとて・・・もたれたりしが」 修辞法を記せ。
8 指示内容を記せ。
四 二重線部1〜2の音便の種類と元の形を記せ。
(3)
三位、これを開けて見て、1「2かかる忘れ形見を給はり置き候ひぬるうへは、3ゆめゆめ疎略を
存ずまじう候ふ。御疑ひあるべからず。4さてもただ今の御渡りこそ、情けもすぐれて深う、あは
れもことに思ひ知られて、感涙おさへがたう候へ。」とのたまへば、薩摩守喜びて、5「今は西海
の波の底に1沈まば沈め、山野にかばねを2さらさばさらせ、浮き世に思ひ置くこと候はず。さら
ばいとま申して。」とて、馬にうち乗り甲の緒を締め、西を3さいてぞ歩ませ給ふ。三位、後ろを
はるかに4見送つて立たれたれば、忠度の声とおぼしくて6@前途ほど遠し、思ひを雁山の夕べの
雲に馳す。」と、高らかに口ずさみ給へば、俊成卿7いとど名残5惜しうおぼえて、涙をおさへて
ぞ入り給ふ。
(注)@前途ほど遠し、思ひを雁山の夕べの雲に馳す 行く先はるかに遠い。わが思いは
これから越える雁山の夕方の雲にとんでいる。『和漢朗詠集』に「前途程遠、馳思於雁山
之暮雲。後会期遥、霑纓於鴻臚之暁涙。」(巻下・餞別 大江朝綱)とある。「雁山」は
中国山西省にある雁門山。(口語訳 行く先ははるかに遠い。わが思いはこれからこえて
いく雁山の夕方の雲にとんでいる。一度別れた後また会うことは、はるかに遠い、別れの
悲しみのために冠のひもが鴻臚館の暁のときに涙でぬれることです。)
一 次の語の読みを現代仮名遣いで記せ。
1 感涙 2 西海 3 甲の緒
4 馳す
二 次の語の意味を辞書で調べよ。
1 かばね 2 いとま
三 登場人物を抜き出せ。また、1〜7について、「 」は会話の主を記し傍線部の問いに答えよ。
1 5 誰の言葉か。
2 指示内容を記せ。
3 具体的にはどうすることか。
4 (1)「情け」とはどのような意味か。
(2)「あはれもことに思い知られて」とあるが、「あはれ」の内容はどのよう
なものか。
6(1)この詩全体の中から、忠度の真意を表している一句を抜き出せ。
(2)また、吟詠する忠度の心境は、どのようなものと思われるか。
7 前のどこをふまえて「いとど」を用いたのか。該当する箇所から、俊成の名残惜 しい気持ちをよく表している一語を抜き出せ。
四 二重線部1〜5について答えよ。
1 2 品詞分解、口語訳
3 音便の種類 もとの形
4 音便の種類 もとの形
5 音便の種類 もとの形
(4)
そののち、世1静まつて、@千載集を撰ぜられけるに、忠度のありしありさま、言ひ置きし言の
葉、今さら思ひいでてあはれなりければ、かの巻き物のうちに、さりぬべき歌、いくらもありけれ
ども、勅勘の人なれば、名字をばあらはされず、故郷の花といふ題にてよまれたりける歌一首ぞ、
「よみ人知らず」と入れられける。
さざなみやA志賀の都は荒れにしを昔1ながらの山桜かな
その身、朝敵となりにしうへは、B子細に及ばずといひ2ながら、3うらめしかりしことどもな
り。
(注)@千載集 勅撰和歌集。一一八七年(文治三)成立。A志賀の都 天智天皇の都近
江大津宮があった地。今の大津市内。B子細に及ばず あれこれ言ってもしかたがない。
一 次の語の読みを現代仮名遣いで記せ。
1 千載集 2 勅勘
3 子細
二 次の語の意味を辞書で調べよ。
1 勅勘
2 故郷
3 朝敵
三 登場人物を抜き出せ。また、傍線部1〜3の問いに答えよ。
1 2の「ながら」の違いを説明せよ。
3 誰の誰に対するどんな気持ちを表しているか。
四 二重傍線部1の音便について種類と元の形を記せ。
五 口語訳
(1)
薩摩の守忠度は、どこから帰られたのだろうか、侍五騎童一人に自分を入れて七着騎で引き返し、五条の三位俊成の卿の邸にいらっしゃってご覧になると、門を閉じて開かない。「忠度だ。」と名乗りなさると、「落人がかえてきた。」と言って、門の中は騒ぎあった。薩摩の守は馬から降りて、自ら高らかにおっしゃったことは、「特別な理由ではない。三位殿にもうすべきことがあって、忠度が帰り参ったのです。門を御開けなさらなくてもこのほとりまで、お立ち寄りください。」とおっしゃると、俊成の卿、「そうしたことはあるだろう。その人なら苦しくないだろう。お入れなさい。」と言って門を開けて対面した。その場の様子は、なんとなくしみじみと情趣深い。
(2)
薩摩の守がおっしゃることには、「何年もお教えいただいて後、おろそかでない御事と存じ上げてございますが、このに三年は京都の騒ぎすべて当家の身の上のことですので、(歌の道を)おろそかとはおもっておりませんが、いつも参上することができません。安徳天皇は、すでに都を出なさった。一門の運命はや尽きました。勅撰集の選集があるはずだと承りましたので、一生の顔向けに、一首でも、御恩を受けようと存じていました時に、すぐに世の乱れが出てきて、その命令がございませんことはただ一身の嘆きと存じています。世がしずまりましたんらば、勅撰の勅撰の御命令はございますでしょう。ここにある巻物のうちに価値のある歌がありましたら、一首でも御恩をいただいて、草葉の陰からも嬉しいと存じますならば、遠いあの世からあなたをお守りいたしましょう。」と言って、普段読み置かれた歌などの中に、秀歌と思われる歌を百余首かき集められた巻物を、今はこれまでと立って来るときこれを取って持っていたが、それを鎧の引き合わせから取り出して、俊成の卿に差し上げる。
(3)
俊成はこれを開いてみて、、「こういう忘れ形見をいただき置きます上は決して粗略に扱いません。疑う名。それにしても、この来訪は、風流を解する心が、特別に深く、しみじみとした趣も思い知られて感嘆抑えがたくございます。」とおっしゃると、忠度はよろこんで、「もう西海の波の底に沈むなら沈め、山野に死体をさらすならさらせ、浮世に思い残すことはございません。それではおわかれをして。」と言って馬に乗り、甲の緒を締めに死をさして歩ませなさる。俊成は、後姿をはるかに見おくって立っていたので、忠度の声と思われる声で「これからの旅路は遠い、おもいを雁山の夕べの雲に馳せよ。」と高らかに口ずさみなさると、俊成の卿は、いっそう名残惜しく思われて涙を押さえて家におはいりになった。
(4)
そののち、世が静まって『千載集』を選ばれるときに、忠度の生前の様子、言い置いた言葉が今更ながら思い出されて心を打たれたので、あの巻物の中に秀歌はいくつもあったが、勅勘人なので、名字を表すことはできず、故郷の花という題で、詠まれた歌一首が、よみ人知らずとして入れられた。
志賀野都は荒れてしまったのに、昔ながら、ながら山に山桜が咲いているなあ。
その身が朝敵となってしまった上は、あれこれ言っても仕方がないが、恨めしいことだった。
構成
主題 文武両道にたけた忠度の和歌への執心
(1) (2) (3) (4) |
節 |
1183年 都落ち 京 俊成の邸 1187年 |
時 場所 |
七騎 「忠度だ。」 「勅撰集に入れてほしい。」 巻物(百余首のうた) 「思い残すことはない。」 西へ去る。 1184年死去 1185年平家滅亡 一首のみ入集 |
平忠度 |
閉門 開門 「承知した。」 邸へ入る。 『千載集』撰進 |
藤原俊成 |
(3)(七)忠度の都落ち1183年忠度歌集を俊成に託す
解答
(1)
一 1 さつまのかみ2 わらわ 3 ごじょうさんみすんぜいきょう
4 おちうど 5 ふじわらしゅんぜい
二 1 戦いに敗れなどして都から地方へ落ちのびること。2 戦いで敗れて逃げ返るもの。
3 詳しい事情。 4 ほとり。
三 1 忠度が都の俊成の邸へ、一首でも勅撰集に入集してもらうため。
2 警戒して。3 俊成の家の者。 4 忠度。 5忠度が俊成の邸を尋ねること。
6 その場の様子はなんとなく感慨深いものがある。
四 1 促音便 取りて 2 促音便 ありて 3 ウ音便 何なく
(2)
一 1 うけたまわ 2 せんじゅう 3めんぼく(もく)4 さた 5 ちょくせん
6 よろい
二 1 何年も 2 墓所。あの世。3 普段。 4 おもわれる。
三 1 忠度 2 和歌の道。 3 「参り寄ることもはず」
4 平家。5 歌を勅撰集に載せてほしい。
6 勅撰集に入れてよさそうな歌。7 巻き物
四 1 促音便 取りて
(3)
一 1 かんるい 2 さいかい 3 かぶとの 4 は
二 1 死体。 2 分かれて去ること。いとまごい。
三 1 俊成 2 忠度 歌を勅撰集に載せること。 3 (1)風流。
(2)忠度の歌道への執心に対する感動。6 (1)「後会期遥」
(2 晴れ晴れとした心境。7 「はるかに」
四 1 沈まば沈め 沈ま動沈む未マ四 ば接助仮定条件 沈め動マ四沈む命
沈むなら沈んでしまえ
2 さらさ動さらす未サ四 ば接助仮定条件 さらせ動さらすサ四命
さらすならさらせ 3 イ音便 さいて 4 促音便 見送りて
5 ウ音便 惜しく
(4)
一 1 せんざいしゅう 2 ちょっかん 3 しさい
二 1 天皇のおとがめ。 2 昔の都。 3 朝廷に反抗する賊徒。
三 1 接助 同時進行。 2 接助 逆接確定。 3 作者の忠度に対する同情。
四 1 促音便 静まりて