(1)祇園精舎 巻一
平家物語(巻一
語釈
(1)@祇園精舎の鐘の声A、諸行無常の響きあり。B娑羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらは
す。おごれる人も久しからず、ただ春の夜の夢のごとし。たけき者もつひには滅びぬ、ひとへに風
の前の塵に同じ。
(2)遠く異朝をとぶらへばC、秦の趙高、D漢の王A、E梁の朱B、F唐の禄山、1これらは皆、
旧主先皇の政にも従はず、楽しみをきはめ、いさめをも思ひ入れず、天下の乱れんことを悟らずし
て、民間の憂ふるところを1知らざつしかば、久しからずして、亡じにし者どもなり。近く本朝を
うかがふに、承平のG将門、天慶のH純友、康和のI義親、平治の信頼、これらはおごれる心もた
けきことも、皆とりどりに2こそありしかども、まぢかくはK六波羅の入道前太政大臣13平朝臣
清盛公と申しし人のありさま、伝へ承るこそ、心も言葉も及ばれね。
(3)2その先祖を尋ぬれば、桓武天皇第五の皇子、M一品式部卿葛原親王九代の後胤、讃岐守正
盛が孫、刑部卿忠盛朝臣の嫡男なり。かの親王の御子、高視の王、無官無位にして失せたまひぬ。
その御子、高望の王の時、初めて平の姓を3賜つて、上総介になりたまひしより、たちまちに王氏
をいでて人臣に連なる。その子鎮守府の将軍義茂、のちには国香と改む。国香より正盛に至るまで
六代は、諸国の4受領たりしかども、殿上のN仙籍をばいまだ許されず。
(注)@祇園精舎 須達長者が釈迦のために建てた寺。 A諸行無常 万物は流転して常住しないこと。祇園精舎の無常堂の鐘は、病者の臨終の際に「諸行無常」と聞こえるように響いたという。 B娑羅双樹 「娑羅」は木の名。釈迦入滅のとき、その床の四方にあったそれぞれ一双(二本)の娑羅が合して床を覆い、白色になったという。 C秦の趙高 ?|前二0七。始皇帝に重用されたが、二世皇帝を殺害。 D漢の王
前四五|二三。前漢の平帝に仕えたが、これを殺害。 E梁の朱 四八三|五四九。梁の武帝に仕え、政治をほしいままにした。 F唐の禄山 ?|七五七。唐の玄宗皇帝に仕えたが、乱を起こし、討たれた。 G将門 平将門(?|九四0)。九三五年(承平五)に関東で乱を起こしたが、五年後に敗死。 H純友 藤原純友(?|九四一)九三五年(天慶二)に伊予(今の愛媛県)で乱を起こしたが、二年後に降伏。 I義親 源
義親(?|一一0八)。九州で悪行を重ね、一一0一年(康和三)に追討の宣旨が出され、七年後に誅せられた。 J信頼 藤原信頼(一一三三|一一五九)。一一五九年(平治元)に源義朝と乱を起こしたが、平清盛らに敗れた。 K六波羅
今の京都市東山区六波羅蜜寺の付近。清盛が出家後、邸宅を構えた所。 L平朝臣清盛公 平清盛(一一一八|一一八一)。一一六七年(仁安二)に太政大臣になるが、翌年出家。 M一品 親王の最高位。 N仙籍 殿上人の出勤簿にあたる名札。「仙籍を許さる」は、昇殿を許可されること。
一 次の語の読みを現代仮名遣いで記せ。
1 祇園精舎 2 諸行無常 3 娑羅双樹 4 盛者必衰 5 理
6 塵
7 異朝
8 趙高 9 王
10 朱
11 禄山 12 先皇
13 政 14 愁ふる 15 本朝
16 六波羅 17 後胤 18 嫡男
19 御子
20 賜つて
21 上総介 22 受領 23 鎮守
24 殿上
25 仙籍
二 1〜11の語の意味を辞書で調べよ。
1 理(1)
2 おごる(2)
3 たけし(2)
4 ひとへに(2)
5 異朝(4)
6 いさめ(5)
7 憂ふ(6)
8 本朝(7)
9 嫡男(11)
10 人臣(13)
11 受領(14)
三 傍線部1・2の問いに答えよ。
1 2 それぞれ指示内容を記せ。
四 二重線部1〜4の 文法事項に答えよ。
1 3 音便の種類ともとの形を記せ。
2 4 品詞分解し、口語訳せよ。
(表現上の特色)
(1)祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。娑羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす。おごれる人も久しからず、ただ春の夜の夢のごとし。たけき者もつひには滅びぬ、ひとへに風の前の塵に同じ。
1 対句を抜き出せ。
2 比喩を抜き出せ。
3 用語の特色を説明せよ。
4 リズムは( )調である。
(2)遠く異朝をとぶらへば、秦の趙高、漢の王A、梁の朱B、唐の禄山、これらは皆、旧主先皇の政にも従はず、楽しみをきはめ、いさめをも思ひ入れず、天下の乱れんことを悟らずして、民間の愁ふるところを知らざつしかば、久しからずして、亡じにし者どもなり。
近く本朝をうかがふに、承平の将門、天慶の純友、康和の義親、平治の信頼、これらはおごれる心もたけきことも、皆とりどりにこそありしかども、まぢかくは六波羅の入道前太政大臣平朝臣清盛公と申しし人のありさま、伝へ承るこそ、心も言葉も及ばれね。
1 漸層法(語句を重ねて次第にその表現や内容を強めて行って最大に効果をねらう方法)
遠く → (
) →
(
)
異朝 → (
)→
(
)
2 並列を抜き出せ。
3 対句を抜き出せ。
(3)その先祖を尋ぬれば、桓武天皇第五の皇子、一品式部卿葛原親王九代の後胤、讃岐守正盛が孫、刑部卿忠盛朝臣の嫡男なり。かの親王の御子、高視の王、無官無位にして失せたまひぬ。その御子、高望の王の時、初めて平の姓を賜つて、上総介になりたまひしより、たちまちに王氏をいでて人臣に連なる。その子鎮守府の将軍義茂、のちには国香と改む。
国香より正盛に至るまで六代は、諸国の受領たりしかども、殿上の仙籍をばいまだ許されず。
五 口語訳
(1)祇園精舎の鐘の声には諸行無常の響きがある。娑羅双樹の花の色は、盛者必衰の道理を表している。勢いに任せておもうままにふるまう人も永くはない。ただ、春の夜の故のようにはかない。勇ましく強い人も結局ほろび、全く、風の前の地理と同じだ。
(2)遠く外国を調べると、秦の趙高、漢の王A、梁の朱B、唐の禄山これらは皆、元の主君先帝の政治従わず、楽しみを尽くし、忠告も考えに入れず、天下が乱れることも知らないで、人民が嘆き訴えている事を知らなかったので、長くなくてほろんだ者たちだ。近く日本を調べてみると、昇平の将門、天慶の純友、康和の義地親、平治の時頼これらは勢いに任せて思いのままふるまう心もい勇ましく強いことも皆それぞれであったけれども、ごく近くには六波羅の入道前の太政大臣清盛公と申した人の様子は、伝え承ること心も言葉も及ばない。
(3)その先祖を調べると、桓武天皇第五皇子一品式部卿葛腹親王九代の子孫、讃岐の守正盛の孫、刑部卿忠盛朝臣の嫡男である。あの親子の御子、高視の王は無位無官でなくなった。その御子高望の王のとき初めて平の姓をいただいて、上総の介になりなさった時から急に皇族を出て、臣下に連なった。その子、鎮守府の将軍義茂、後に国香と改めた。国香から正盛に至るまで六代は諸国の受領だったけれども、殿上の間に昇殿をまだ許されない。
構成
(1) (2) (3) |
節 |
中国 日本 近く |
時 場所 |
諸行無常 秦の趙高等 横暴を極め、ほろんだ。 将門等 おごりたかぶった。 平清盛 言い尽くせないおごり。 平氏の先祖 桓武天皇第五皇子 高視の王 無官無位 高望の王 「平」 上総の介 国香〜正盛 受領 |
事件 |
主題 主人公平清盛の紹介
文学史
成立 1200年ごろ 軍記物語
)。
信濃の前司行長が作り、盲目の法師の生仏に語らせたという(『徒然草』第二二六段)。
内容 平家一門の台頭から繁栄、やがて没落してゆく有様を「諸行無常、
盛者必衰」の無常
観によって書き尽くすこの物語は中世文学の傑作である。
平曲として琵琶法師が琵琶に合わせて語り始めた。その語る文章は、漢語、仏教語、 雅語、俗語に擬声語や擬態語を交えた和漢混交文で七語調対句の修辞法も用いている。
『今昔物語集』の漢字仮名交じり文を完成させた。
(1)祇園精舎 巻一 解答
一 1 ぎおんしょうじゃ 2 しょぎょうむじょう 3 しゃらそうじゅ
4 じょうしゃひっすい 5 ことわり 6 ちり 7 いちょう 8 ちょうこう
9 おうもう 10 しゅうい 11 ろくさん 12 せんこう 13 まつりごと
14 うれ 15 ほんちょう 16 ろくはら 17 こういん 18 ちゃくなん
19 おんこ 20 たてまつ 21 かずさのすけ 22 じゅりょう 23 ちんじゅ
24 てんじょう 25 せんせき
二 1 道理 2 勢いに任せて思うままにふるまう。 3 勇ましく強い。4 全く
5 異国 外国 6 忠告 意見 7 嘆き訴える。8 日本 9 正妻の子のうちの長男。
10 臣下 家来。 11 任国に赴任して政務をとる国司の最上のもの。
三 1 秦の趙高、漢の王、梁の朱、唐の禄山
2 平清盛
四 1 促音便 知らざり 3 促音便 賜りて
2 こそ 係 あり動ラ変あり用 しか助同過去き已 ども接逆
正しくは「こそありしか。されども。」 ここでは消滅している。
あったけれども
4 受領 名 たり助動断たり用 しか助動き已 ども接逆
受領だったけれども
(表現上の特色)
(1)1
@ 祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。
A 娑羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす。
B おごれる人も久しからず、ただ春の夜の夢のごとし。
C たけき者もつひには滅びぬ、ひとへに風の前の塵に同じ。
@ とAが対句 BとCが対句
A @の実証がB Aの実証がC
@ Aの実証がBC
@ A普遍的理法 BC権勢者の否定。
2
春の夜のゆめ 風邪の前の塵
3
和語 鐘 響き 花 理
漢語 祇園精舎 諸行無常 娑羅双樹 盛者必衰
4
七五
(2)
1 漸層法 遠く→近く→まぢかく
異朝→本朝→平清盛
2 おごれる心もたけきことも 心も言葉も
3 @楽しみをきはめ
A いさめをも思ひ入れず
B 天下の乱れんことを悟らずして
C 民間の愁ふるとkろを知らざっしかば
@Aが対句 BCが対句