(7)道長の剛胆 第五巻太政大臣道長上
語釈
(1)
さるべき人は、とうより御心魂のたけく、@御守りもこはきなめりとおぼえ1はべるは。花山院の御時に、五
月しもつ闇に、五月雨も過ぎて、いとおどろおどろしくかきたれ雨の降る夜、帝、さうざうしとやおぼしめし
けむ、A殿上に出でさせおはしまして、遊びおはしましけるに、1人々物語申しなどしたまうて、昔恐ろしか
りけることどもなどに申しなりたまへるに、「今宵こそいとむつかしげなる夜なめれ。かく人がちなるにだに、
B気色おぼゆ。まして、もの離れたる所など、いかならむ。2さあらむ所に、ひとり往なむや。」と2仰せ3
られけるに、「えまからじ。」とのみ4申し5たまひけるを、入道殿は、「いづくなりとも、まかりなむ。」
と申したまひければ、3さるところおはします帝にて、「いと興あることなり。さらば行け。C道隆はD豊楽
院、道兼はE仁寿殿のF塗籠、道長はG大極殿へ行け。」と仰せられければ、よその君達は、「4便なきこと
をも奏してけるかな。」と思ふ。
(注)@御守り 神仏の御加護。A殿上 清涼殿の殿上殿の間。B気色おぼゆ 不気味な感じがする。C道隆 藤原道驕i953〜995)。D豊楽院、節会・大嘗会などの行われる殿舎。E 仁寿殿 清涼殿が御座所になるまでは、帝の常の御所だった殿舎。F塗籠 周囲の壁を塗り込めた納戸。衣服・調度などを納めるところ。
G大極殿 朝堂院の北部中央にあって、天皇が朝政をとり、即位などの大礼がおこなわれた。
一 次の語の読みを現代仮名遣いで記せ。
1 五月雨 2 殿上 3 豊楽院 4 塗籠 5 大極殿
二 次の語の意味を辞書で調べよ。
1 かきたれ雨
2 さうざうし
3 むつかしげなり
4 便なし
三 登場人物を抜き出せ。また、傍線部1〜4の問いに答えよ。
1 この「人々」はどのような人か。
2 指示内容を記せ。
3 花山天皇のどのゆな性格を言うのか。
4 指示内容を記せ
四 二重傍線部1〜5の敬語について次の表を生めよ。
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注意 |
5 |
4 |
3 |
2 |
1 |
番号 |
たまひ |
申し |
られ |
仰せ |
はべる |
語 |
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主語 |
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種類 |
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地の文 会話文 |
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敬意 誰が |
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誰を |
(2)また、1承ら2せ3たまへる殿ばらは、御気色変はりて、「益なし。」とおぼしたるに、入道殿はつゆ
さる御気色もなくて、「1私の従者をば具しさぶらはじ。この@陣のA吉上まれ、B滝口まれ、一人を『昭慶
門まで送れ。』と仰せごと賜べ。それより内には、一人入りはべらむ。」と申したまへば、「証なきこと。」
と仰せらるるに、「げに。」とて、御手箱に置かせたまへる小刀C申して、立ちたまひぬ。いま2二ところも、
D苦む苦むおのおのおはさうじぬ。「3子四つ。」と奏してかく仰せられ議するほどに、4丑にもなりにけむ。
「道隆は、E右衛門の陣より出でよ。道長は、承明門より出でよ。」と、5それをさへ分かたせたまへば、
しかおはしましあへるに、F中の関白殿、陣まで念じておはしましたるに、宴の松原のほどに、6そのものと
もなき声どもの聞こゆるに、術なくて、帰りたまふ。粟田殿は、G露台の外まで、わななくわななくおはした
るに、仁寿殿の東面のH砌のほどに、軒と等しき人のあるやうに見えたまひければ、7ものもおぼえで、「8
身のさぶらはばこそ、仰せごとも承らめ。」とて、9おのおの立ち帰り参りたまへれば、10御扇をたたきて
笑はせたまふに、入道殿は、いと久しく見え4させ5たまはぬを、「いかが。」とおぼしめすほどにぞ、いと
さりげなく、11ことにもあらずげにて、参らせたまへる。
(注)@陣 宮中の警護の者の詰め所。ここでは、近衛府の役人の詰め所。A吉上まれ 「吉上」は六衛府の下役で、宮中の諸門を守る。B滝口ま 滝口の武士。宮中の警護に当たる。C申して 申し受けて。お借りして。D苦む苦む いやいやながら。E右衛門の陣 右衛門の役人の詰め所。宜秋門の近くにある。F中の関白殿 藤原道隆。父兼家の次、弟道兼の前の関白なのでこう言う。G露台 紫宸殿と仁寿殿との間にある板張りの台。納涼・舞などに使う。 H砌 軒下の石畳。
一 次の語の読みを現代仮名遣いで記せ。
1 従者 2 昭慶門 3 子四つ 4 丑 5 右衛門の陣 6 中の関白殿 7 粟田口
8 露台 9 仁寿殿 10 軒
二 次の語の意味を辞書で調べよ。
1 益なし
2 具す
3 念ず
4 術なし
5 わななく
6 さりげなし
三 登場人物を抜き出せ。また、傍線部1〜11の問いに答えよ。
1 ここにはどのよな配慮が伺われるか。
2、5 それぞれ指示内容を記せ。
3 何時頃か。
4 何時頃か。
6どのような意味か。
7 具体的にどんな気持ちか。
8 (1)この言葉に最も近い意味を表している慣用句を記せ。
(2)この言葉の下にはどんな気持ちが込められているか。
9 道隆、道兼が途中で立ち戻った原因は何か。その原因に当たることを十八字以内でそれぞれ抜き出せ。
10 こらは臆病で小心な 道隆、道兼を帝が笑った叙述である。二人の小心ぶりが表れた行動を十三字以内でそれぞれ抜き出せ。
11 (1)道長のこの態度とほぼ同じ意味を表す形容詞を抜き出せ。
(2)また、道長のこのような態度に対して、 道隆、道兼はどのように叙述されているか。これと対応する二人の対照的叙述をそれぞれ抜き出せ。
四 二重傍線部1〜5の敬語について次の表を埋めよ。
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注意 |
5 |
4 |
3 |
2 |
1 |
番号 |
たまは |
させ |
たまへ |
せ |
承ら |
語 |
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主語 |
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種類 |
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地の文 会話文 |
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敬意 誰が |
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誰を |
(3)「いかに、いかに。」と問はせたまへば、いとのどやかに、御刀に、削られたる物をとり具して1奉ら
2せ3たまふに、「こは何ぞ。」と仰せらるれば、「ただにて帰り参りてはべらむは、証さぶらふまじきによ
り、@高御座の南面の柱のもとを削りてさぶらふなり。」と、つれなく4申し5たまふに、いとあさましくお
ぼしめさる。こと殿たちの御気色は、いかにもなほ直らで、この殿のかくて参りたまへるを、帝よりはじめ感
じののしられたまへど、うらやましきにや、またいかなるにか、ものも言はでぞさぶらひたまひける。なほ疑
はしくおぼしめされければ、つとめて、「蔵人して、削りくづをつがはしてみよ。」と仰せごとありければ、
持て行きて、押しつけて見たうびけるに、つゆ違はざりけり。その削り跡は、いとけざやかにてはべめり。末
の世にも、見る人はなほあさましきことにぞ申ししかし。 (太政大臣道長)
(注)@高御座 ここでは、大極殿の中央に据えられた天皇の御席。
一 次の語の読みを現代仮名遣いで記せ。
1 高御座 2 蔵人 3 削り
二 次の語の意味を辞書で調べよ。
1 つれなし
2 直る
3 つとめて
4 つがはす
5 けざやかり
三 登場人物を抜き出せ。また、「 」1・2・7は誰の言葉か記し、傍線部3・4・5・6の問いに答えよ。
1 2 7
3 帝のどのような気持ちが伺えるか。
4 誰のことか。
5 主語を記せ。
6 誰が何を疑っているのか。
四 二重傍線部1〜5の敬語について次の表を埋めよ。
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注意 |
5 |
4 |
3 |
2 |
1 |
番号 |
たまふ |
申し |
たまふ |
せ |
奉ら |
語 |
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主語 |
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種類 |
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地の文 会話文 |
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敬意 誰が |
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誰を |
五 口語訳
(1) そうなるのが当然であるるような人は、早くから御精神が気丈で、神仏の御加護も強いようだと思われます。花山院の御代に、五月下旬の闇夜に五月雨も過ぎて、非常に恐ろしく激しく雨の降る夜、天皇は何となく物足りないと思ったのだろうか、殿上の間においでになて、管弦の遊びをなさっていたときに、侍臣達が、話などしなさって、昔の恐ろしかったことなどを申したりなさった時に、天皇「今夜は大変気味が悪い夜にょうだ。このように「人が大勢いてさえ不気味な感じがする。まして離れたところろなどどんなだろうか。そういう所に一人で行けるか。」とおっしゃったので、「行くことは出来ない。」とだけ申しなさったのに、入道殿は「どこへでも行ってやろう。」と申しなさったので、そういうところがありなさる天皇なので、「大層いおもしろいことだ。それならば、行け。道驍ヘ豊楽殿、道兼は仁寿殿の塗籠、道長は大極殿へ行け。」とおっしやったので、他の者達は、とんでもないことを申し上げたことだと思う。
(2) また、承りなさった男達は、様子が変わって困ったこととお思いになっていた時に、入道殿は少しもそういう様子もなく、て、「自分の家来を連れて行きません。この近衛の陣の下役人でも、滝口でもいいから一人を『昭慶門まで遅れ。』とおっしゃってください。それより内へは一人で入りましょう。」と申しなさると、『証拠がないこと。』とおっしゃられるので、『なるほど。』といって、小道具など入れる箱にお置きなさっている小刀を借りて立ちなさる。もう二人もいやいやながら、それでもいらっしゃった。「零時三十分ころ」と申して、こうおっしゃり議論している内に二時ころにもなったのだろう。
「道驍ヘ右衛門の詰め所から出ろ、道長は承明門から出ろ。」と道筋さえ分けなさったのでそうしようと思いあわせていると、道驍ェ詰め所まで我慢していらっしゃると、宮の松原あたりに得体の知れないものどもの声が聞こえるので、為すべきほぅほうがなくて帰りなさる。道兼は板張りの台のそとまでふるえながらいらっしゃったが、仁寿門の東面の軒下の石畳のあたりに、軒の高さくらいの人がいるように見えなさったので、生きた心地もせずに「命が生きてこそ仰せごとも承る。」と言って一人帰り申しなさると御扇をたたいて笑いなさるが、道長は大層長く見え申さないのをどうしたのかとお思いなさっているうちに大層なんでもないと言った様子で参上なさる。
(3) 天皇が「どうした、どうした。」とお尋ねになると大層のんびりと御刀で削った物を取りもって差し上げなさると、「これは何だ。」とおっしゃると、「何も持たずに帰り参上しては証拠がないので、高御座の南面の柱の元を削ってきました。」とそっけなく申しなさるとひどく驚きあきれなさる。他の殿方達の様子は、いかにも元の状態に戻らないで、道長のこのように参上なさったのを天皇からはじめ感じ大騒ぎなさったけれど、うらやましいのか、また、どういうことか、物も言わずに伺候していた。
やはり疑わしくお思いなったので、翌朝「蔵人に削りくずを当てはめさせてみろ。」とおっしゃったので、持って行って押しつけてみなさると少しも違わなかった。その削り跡はひどくくっきりしてありました。来世にも見る人は、お驚きあきれることだと申した。
構成
時 984〜986年 五月下旬の闇夜
場所 清涼殿
登場人物 花山天皇 道隆(32、3才) 道兼(24、5才) 道長(19、20才)
主題 道長の剛胆
(1) (2) (3) |
節 |
「気味悪い。」 「行け。」 道筋の指示→ 笑う → あきれる。→ 翌朝 確かめさせる。 |
天皇 |
豊楽院 こま 右衛門の陣 引き返す |
道 |
仁寿院 った。」 引き返す |
道兼 |
「どこへでも行く。」 大極殿 「一人で行く。小刀を貸してくれ。」 承明門 平然と帰る。 柱の削り屑=証拠」 |
道長 |
(7)道長の剛胆 第五巻太政大臣道長上 解答
(1)一1 さみだれ 2 てんじょう 3 ぶらくいん 4 ぬりごめ 5 だいこくでん
二 1 かきたる=激しく降る 2 何となく物足りない 3 気味が悪い 4 とんでもない
三 帝 人々 入道殿 道驕@道兼
1 殿上の間に伺候している侍臣達 2 もの離れたつ所 3 風変わりなことに興味を持つ性格
4 「いづくなりともまかりなむ」と行った言葉
対する |
二方面に |
敬語 |
最高 |
|
注意 |
5 |
4 |
3 |
2 |
1 |
番号 |
たまひ |
申し |
られ |
仰せ |
はべる |
語 |
(申し=人々) |
人々 |
(仰せ=天皇) |
天皇 |
|
主語 |
尊敬 |
謙譲 |
尊敬 |
尊敬 |
丁寧 |
種類 |
地の文 |
地の文 |
地の文 |
地の文 |
地の文 |
地の文 会話文 |
作者 |
作者 |
作者 |
作者 |
作者 |
敬意 誰が |
人々 |
天皇 |
天皇 |
天皇 |
読者 |
誰を |
(2)一 1 ずさ 2 しょうけいもん 3 ねよ 4 うし 5 うえもんのじん
6 なkのかんぱくどの 7 あわたどの 8 ろだい 9 じじゅうでん 10 のき
二 1 困ったこと 2 連れる 3 我慢する 4 為すべき方法がない 5 震え動く
6 なにげない
三 1 私的な従者の力を借りることなく一人で実行する決意を示す 2 道驍ニ道兼
3 零時三十分 4 二時頃 5 道筋 6 得体の知れないいろいろな声
7 生きた心地もっしないで 8 (1)命あっての物種
(2)しかし命がなくては天皇にお仕えすることもできない
9 道驕@「そのももともなき事どもの聞こゆる」 道兼「軒と等しき人のあるやうに見え給ひけれ」
10 「念じておはしましたる」「わななくわななくおはしたる」
11 (1)「つれなく」(2)道驕@「術なくて」 道兼「ものもおぼえで」
敬語 |
最高 |
敬語 |
に対する |
二方面 |
注意 |
5 |
4 |
3 |
2 |
1 |
番号 |
たまは |
させ |
たまへ |
せ |
承ら |
語 |
|
|
(承ら=道體ケ兼) |
(承ら=道體ケ兼) |
道體ケ兼 |
主語 |
尊敬 |
尊敬 |
尊敬 |
尊敬 |
謙譲 |
種類 |
地の文 |
地の文 |
地の文 |
地の文 |
地の文 |
地の文 会話文 |
作者 |
作者 |
作者 |
作者 |
作者 |
敬意 誰が |
道長 |
道長 |
驕@兼 |
驕@兼 |
天皇 |
誰を |
(3) 一 1たかみくら 2 くろうど 3 けずり
二 1 平然としている 2 元の状態に戻る 3 翌朝 4 二つの物を組み合わせる
5 くっきりしている様子
三 天皇 道長
1 天皇 2 道長 7 天皇 3 道長の剛胆さに驚きあきれる様 4 道長 5 二人
6 天皇が道長の持ち帰った切りくずが本物かどうか
四
|
|
敬語 |
に対する |
二方面 |
注意 |
5 |
4 |
3 |
2 |
1 |
番号 |
たまふ |
申し |
たまふ |
せ |
奉ら |
語 |
(申し=道長) |
道長 |
(奉ら=道長) |
(奉ら=道長) |
道長 |
主語 |
尊敬 |
謙譲 |
|
|
謙譲 |
種類 |
地の文 |
地の文 |
地の文 |
地の文 |
地の文 |
地の文 会話文 |
作者 |
作者 |
作者 |
作者 |
作者 |
敬意 誰が |
道長 |
天皇 |
道長 |
道長 |
天皇 |
誰を |