(6)兼通と兼家の不和 第三巻太政大臣兼通
語釈
(1)
(世継)「@堀河殿、はてはわれ失せ給はむとては、関白をば、御いとこのA頼忠の大臣にぞ譲り給ひしこそ、
世の人いみじき僻事と1謗りまうししか」。
この向ひ居るB侍のいふやう、
(侍)「C東三条殿のD官など取り奉らせ給ひしほどのことは、ことわりとこそ承りしか。おのれがE祖父親は、
かの殿の年頃の者にて侍りしかば、こまかに承りしは。この殿たちの兄弟の御中、年頃の官位のF劣り優りの
ほどに、御中あしくて過ぎさせ給ひし間に、堀河殿御病重くならせ給ひて、今はかぎりにて御座しまししほど
に、東の方に、先追ふ音のすれば、御前に候ふ人たち、『誰ぞ』などいふほどに、『東三条殿のG大将殿参らせ
給ふ』と人の申しければ、殿聞かせ給ひて、年頃なからひよからずして過ぎつるに、今はかぎりになりたると
聞きて、とぶらひに御座するにこそはとて、御前なるH苦しき物取り遣り、大殿籠りたる所ひきつくろひなど
して、入れ奉らむとて、待ち給ふに、『早く過ぎて、内へ参らせ給ひぬ』と人の申すに、いとあさましく心憂く
て、御前に候ふ人々も、をこがましく思ふらむ。
(注)@堀河殿 藤原兼通。この部分は世継の発言。A頼忠 藤原頼忠 (924〜989年)。実頼の子。977年4月に左大臣、十月兼通の死後に関白。B侍 世継の物語の聞き手の若侍。C東三条殿 藤原兼家。D官など取り これより前の、「東三条殿を、ゆゑなきことにより、御官位を取り奉り給へりし、いかに悪事なりしかは。」という世継ぎの発言を受ける。E祖父親 祖父。F劣り優り 兼通が参議になった969年、兼家はすでに中納言であった。しかし、972年伊まさが死んで兼通は兼家を超えて内大臣となった。G大将殿 このとき、兼家は右近衛大将。H苦しき物 見苦しい物。
一 次の語の読みを現代仮名遣いで記せ。
1 堀河殿 2 僻事 3 謗り 4 内裏 5 大殿籠り
二 次の語の意味を辞書で調べよ。
1 僻事
2 先追ふ
3 とぶらふ
4 大殿籠る
5 をこがまし
三 登場人物を抜き出せ。また、傍線部1〜10の問いに答えよ。
1 誰に譲れば世の人は納得したのか。
2 誰を指すか。
3 どのような者か。
4 どこを指すか。
5 誰を指すか。
6 同じ内容の書かれて射る箇所を浮き出せ。
7 どのような状態か。
8 誰をどこに「入れ」るのか。
9 「早く」の意味は何か。
10 どのような心情か。
四 二重傍線部1〜5の敬語について次の表を生めよ。
|
|
|
|
|
注意 |
5 |
4 |
3 |
2 |
1 |
番号 |
給ひ |
させ |
給ひ |
せ |
奉ら |
語 |
|
|
|
|
|
主語 |
|
|
|
|
|
種類 |
|
|
|
|
|
地の文 会話文 |
|
|
|
|
|
敬意 誰が |
|
|
|
|
|
誰を |
(2)『1おはしたらば、関白など譲ることなど申さむとこそ思ひつるに。かかればこそ、年頃なからひよから
で過ぎつれ。あさましくやすからぬことなり』とて、かぎりのさまにて臥し給へる人の、『1かき起せ』と宣へ
ば、人々、あやしと思ふほどに、『2車に@装束せよ。A御前もよほせ』と仰せらるれば、B物のつかせ給へる
か、現心もなくて2仰せ3らるるかと、あやしく見奉るほどに、御冠召し寄せて、装束などせさせ給ひて、内
へ参らせ給ひて、C陣のうちは君達にかかりて、D滝口の陣の方より、御前へ参らせ給ひて、E昆明池の障子
のもとにさし出でさせ給へるに、F昼の御座に、東三条の大将、御前に4候ひ5給ふほどなりけり。
(注)@装束せよ 支度をせよ。A御前もよほせ 御前駆の者どもをそろえよ。B物 物の怪。人にとりつく死霊や生霊の類。C陣 宮中の警護の者の詰め所。ここでは、内裏の外まわりの諸門のあたりのこと。D滝口の陣 清涼殿の北東端にある警護の詰め所。E昆明池の障子 清涼殿の孫廂にある障子。漢の武帝が長安上の南西に掘らせた昆明池の図が描かれている。F昼の御座 清涼殿中央にある天皇の御座所。
一 次の語の読みを現代仮名遣いで記せ。
1 装束 2 現心 3 君達 4 昆明池の障子 5 昼の御座
二 次の語の意味を辞書で調べよ。
1 あさまし
2 やすし
3 現心
三 登場人物を抜き出せ。また、傍線部1・2の問いに答えよ。
1・2と 次の(3)の4「最後の除目行ひに参り給ふるなり」とは、表現上でどのような違いがあるか。
四 二重傍線部1〜4の文法問題に答えよ。
|
|
|
|
|
注意 |
5 |
4 |
3 |
2 |
1 |
番号 |
給ふ |
候ひ |
らるる |
仰せ |
おはし |
語 |
|
|
|
|
|
主語 |
|
|
|
|
|
種類 |
|
|
|
|
|
地の文 会話文 |
|
|
|
|
|
敬意 誰が |
|
|
|
|
|
誰を |
(3)この大将殿は、堀河殿すでに失せ1させ2給ひぬと聞かせ給ひて、@内に関白のこと申さむと思ひ給ひ
て、1この殿の門を通りて、参りて申し奉るほどに、堀河殿の2A目をつづらかにさし出で給へるに、帝も大
将も、3いとあさましく思し召す。大将はうち見るままに、立ちてB鬼の間の方に御座しましぬ。関白殿御前
につい居3給ひて、御けしきいとあしくて、『4最後のC除目行ひに参り給ふるなり』とて、蔵人頭召して、関
白には頼忠の大臣、東三条殿の大将を取りて、小一条のD済時の中納言を大将になしきこゆる宣旨下して、東
三条殿をばE治部卿になしきこえて、出でさせ給ひて、ほどなく失せ給ひしぞかし。心意地にて御座せし殿に
て、さばかりかぎりに御座せしに、ねたさに内に参りて申させ給ひしほど、こと人すべうもなかりことぞかし。
されば、東三条殿官取り給ふことも、ひたぶるに堀河殿の非常の御心にも侍らず。ことのゆゑは、かくなり。
『関白はF次第のままに』といふ御文G思し召しより、H御妹の宮に申して取り給へるも、最後に思すことど
もして、失せ給へるほども、思ひ4侍るに、心つよくかしこく5おはしましける殿なり」。
(注)@内 円融天皇。A目をつづらかに 目をかっと見開いて。B鬼の間 清涼殿の南側の部屋。板壁に鬼を切る図が描いてある。C除目 ここでは、臨時の官吏の任免の儀式。D済時 藤原済時(941〜995年)。師まさの子。E治部卿 治部省の長官。近衛大将より格の低い官職。F次第のままに 兄弟の順序に。G思し召しより お思いつきになり。H御妹の宮 村上天皇中宮安子。兼通の妹、円融天皇の母。兼通は安子の文書を手に入れて大切にしていた。
一 次の語の読みを現代仮名遣いで記せ。
1 除目 2 蔵人 3 宣旨 4 治部卿 5 御心
二 次の語の意味を辞書で調べよ。
1 宣旨
2 意地
3 ひたぶるなり
三 登場人物を抜き出せ。また、傍線部1〜14の問いに答えよ。
1 誰の邸を指すか。
2 堀川殿のどのような心情を表したものか。
3 こう思ったのはなぜか、その理由となる箇所を二十字以内で抜き出せ。
四 二重傍線部1〜4の文法問題に答えよ。
|
|
|
|
|
注意 |
5 |
4 |
3 |
2 |
1 |
番号 |
おはします |
侍る |
給ひ |
給ひ |
させ |
語 |
|
|
|
|
|
主語 |
|
|
|
|
|
種類 |
|
|
|
|
|
地の文 会話文 |
|
|
|
|
|
敬意 誰が |
|
|
|
|
|
誰を |
五 口語訳
(1)(世継)「堀河殿は、(兼家を憎んで)しまいには、自分がお亡くなりになろうという際には、関白職をいとこの頼忠の左大臣にお譲りになった。そのことを世間の人は大変まちがったことだと言って、非難申し上げたことです。」
この対座している若侍が次のように述べる。
「東三条殿の官職をおとりあげ申しなさった当時の事情は、道理の通った処置だと承りました。私の祖父は、あの殿の長年にわたる家来でありましたから詳しく承った。こお兼通・兼家ご兄弟の御仲は年来の官位の証紙の間に御仲不和の状態で、お過ごしないなったうちに、堀河殿がご病気が重くおなりになってもはや危篤でいらっしゃったときに、邸の東の方に前駆の先払いの声がするので、ご病床におつき申している人たちが、『誰の』などといううちに、『東三条殿の右大将殿が参上なさいます。』と誰かが報告申し上げたので、殿はおききになって『長年兄弟不和のままで過ごしてきたが私が奇特に陥っていると聞いてきっと見舞いにこられるのだろう
。』と思って御病床近くにある見苦しいものを取り片付けて、お休みになっている寝床をきちんと治したりして、お招き入れ申しあげようと準備してお待ちになっている。すると、『もはや邸の前を通過して、内裏へ参上なさいました。』と誰かが報告申しあげるので、すっかりあきれはて不愉快にお思いでお側につきそっている人々もばからしいと思っていただろう。
(2)『見舞いにいらっしゃったら関白職などを譲ることなど相談使用と思っていたのに。こんな性格の男だからこそ、年来不仲で通してきたのだ。意外で心が安らかでないことだ。』と言って今にも行きが堪えそうな有様で御病床にふしていらっしゃったお方が『抱き起こせ。』とお命じになるので、お側の人々も一体どうしたことかと不審に思っていると、『車の支度せよ。ご前駆の者どもをそろえろ。』とおっしゃるので、物の怪がおとり付きになったか、正気ではなく仰せになるのかと怪訝に思ってご様子を拝見しているうちに、ご冠をお召しよせになって参内遊ばされて、内裏の門の警護の詰め所からうちは御子息達の肩によりかかって滝口の陣の方から天皇のご前へ参上しようとして、清涼殿の孫廂にある昆明池の障子の所へお姿をお現しになると、帝の昼の御座所には、ちょうど東三条殿が天皇の前で拝謁なさているところであった。
(3)この大将殿は堀河殿がすでにお亡くなりになったとお聞きになって、次の関白職に私をとお願い申し上げようとお思いになって、邸の門前を素通りして参内して、奏上申し上げなさるところに、堀河殿が、目をかっと見開いてじゅっとお現れになったので、天皇も大将もびっくりなさる。大将は、ちらりと見て、そのままたって鬼の間の方へ言って渡島になる。関白殿は、天皇のご前にひざまづきなさってひどく不機嫌な御様子で『最後の官吏任免を行いに参内させていただいたのです。』と言って、蔵人を召して、関白には頼忠の左大臣を、 東三条殿の大将職を取り上げて小一条の済時中納言を大将に任じ申すとの宣旨を下して、東三条殿を治部卿
に申し上げてご退出なさってまもなくおなくなりになった。意見を通す気性でいらした方で、あれほど危篤の状態でいらっしゃるのに憎しみのあまり参内して除目のことを奏上なさった、あのなさりようは他の人はとてもまねできないことでした。
こういういきさつですから、東三条殿の、官をお取り上げになるなされようも、ただただ堀河殿の異常なお心からでもありません。事の真相は、こういうことなのです。『関白は兄弟の順序どおりに』というお墨付きの
御文書を、お思いつきになり、御妹の皇后宮にお願い申し上げて書いてもらってご所持になっていたのも、また臨終の際にご自分のご遂行になりたいことを果たして、お亡くなりになったところもつらつら思いますに、意志強固で、賢明でいらっしゃったお方です。」
構成
(1) (2) (3) |
節 |
969年 972年 堀河殿 清涼殿 天皇の御座所 |
時 場所 |
関白を頼忠に譲る。 参議 (下) 内大臣(上) 危篤 「見舞いか?」 「来たら関白を譲ろう。」 怒って参内 参内 目を見開いて現れる。 「最後の除目だ。 関白=頼忠 大将=済時 治部卿=兼家(大将より低い)」 まもなく死ぬ。 意志強固 |
兼通(堀河殿) |
中納言(上) 中納言(下) 先払いの音 参内 通り過ぎる。 天皇の御座所にいる。 死んだと聞いて関白職を願いに来る。 ←天皇・兼家=驚く。 鬼の間に去る。 |
兼家(東三条殿殿 大将) |
主題 兄弟の政権争い。
(6)兼通と兼家の不和 第三巻太政大臣兼通 解答
(1 )一 1 かんぱく 2 ひがごと 3 そしり 4 だいり 5 おおとのごもる
二 1 間違った行為。2 貴人が外出するとき道の前方にいる通行人を追い払う。3 見舞う。
4 おやすみなる 5 ばからしい。
三 堀河殿 東三条殿
1 兼家 2 兼通 3 長年奉公していた者。 4 兼通のご前 5 兼通
6 「年ごろの宮仕えし給ひし」 7 危篤の状態 8 兼家を兼通の寝ている部屋へ
9 とっくに 10 非常に心外で苦々しく思う情け
四
|
|
敬語表現 |
に対する |
二方面 |
注意 |
5 |
4 |
3 |
2 |
1 |
番号 |
給ひ |
させ |
給ひ |
せ |
奉ら |
語 |
(過ぎ=兼家) |
(過ぎ=兼家) |
(取り=兼通) |
(取り=兼通) |
(取り=兼通) |
主語 |
尊敬 |
尊敬 |
尊敬 |
尊敬 |
謙譲 |
種類 |
会話文 |
会話文 |
会話文 |
会話文 |
会話文 |
地の文 会話文 |
侍 |
侍 |
侍 |
侍 |
侍 |
敬意 誰が |
兼家 |
兼家 |
兼通 |
兼通 |
兼家 |
誰を |
(2)一 1 しょうぞく 2 うつしごころ 3 きんだち 4 こんめいちのしょうじ
5 ひのござ
二 1 意外だ。 2 心が安らかだ。 3 正気
三 堀河殿 東三条殿
1・2 命令調。激しい怒り。4 参り 謙譲 天皇を敬う 給ふる 謙譲 天皇を敬う
重体でありながら礼を尽くす。
対する |
二方面に |
敬語 |
最高 |
|
注意 |
5 |
4 |
3 |
2 |
1 |
番号 |
給ふ |
候ひ |
らるる |
仰せ |
おはし |
語 |
(候ひ=兼家) |
兼家 |
(仰せ=兼通) |
兼通 |
兼家 |
主語 |
尊敬 |
謙譲 |
尊敬 |
尊敬 |
尊敬 |
種類 |
会話文 |
会話文 |
会話文 |
会話文 |
会話文 |
地の文 会話文 |
侍 |
侍 |
侍 |
侍 |
兼通 |
敬意 誰が |
兼家 |
天皇 |
兼通 |
兼通 |
兼家 |
誰を |
(3)一 1 じもく 2 くろうど 3 せんじ 4 じぶきょう 5 みこころ
二 1 天皇の命令をのべつたえる。 2 自分の主張・意見を強引に押し通そうとする性質。
3 一途にする様子。
三 堀河殿 東三条殿 天皇
1 兼通 2 怒り(激怒 憤慨)
3 「堀河殿すでに失せ給ひぬと聞かせ給ひて」
四
|
|
|
敬語 |
最高 |
注意 |
5 |
4 |
3 |
2 |
1 |
番号 |
おはします |
侍る |
給ひ |
給ひ |
させ |
語 |
兼通 |
|
(ゐ=兼通) |
(失せ=兼通) |
(失せ=兼通) |
主語 |
尊敬 |
丁寧 |
尊敬 |
尊敬 |
尊敬 |
種類 |
会話文 |
会話文 |
会話文 |
会話文 |
会話文 |
地の文 会話文 |
侍 |
侍 |
侍 |
侍 |
侍 |
敬意 誰が |
兼通 |
世継 |
兼通 |
兼通 |
兼通 |
誰を |