(5)后のねたみ 第三巻右大臣師輔
語釈
(1) @藤壺・弘徽殿との上の御局は、ほどもなく近きに、藤壺の方にはA小一条の女御、弘徽殿にはBこ
の后の、上りておはしまし合へるを、1いとやすからず、えやしづめがたくおはしましけむ、中隔ての壁に穴を開けて、のぞかせ給ひけるに、女御の御かたち、いとうつくしくめでたくおはしましければ、「Cむべ、時めくにこそありけれ。」と御覧ずるに、いとど心やましくならせ給ひて、穴より通るばかりのかはらけの割れして、2打たせ給へりければ、D帝のおはしますほどにて、こればかりには1え堪へさせ給はず、むつかりおはしまして、「かうやうのことは、2女房はえせじ。E伊尹・兼通・兼家などが、3言ひもよほして、せさするならむ。」と仰せられて、みなF殿上に候はせ給ふほどなりければ、4三所ながらGかしこませ給へりしかば、その折に、いとど大きに腹立たせ給ひて、5「渡らせ給へ。」と3申させ給へば、6「思ふにこのことならむ」とおぼしめして、渡らせ給はぬを、たびたび、「なほなほ。」と御消息ありければ、渡らずはいとどこそむつからめと、恐ろしくいとほしくおぼしめして、おはしましけるに、7「いかでかかることはせさせ給ふぞ。いみじからむH逆さまの罪ありとも、この人をば8おぼし許すべきなり。いはむや、Iまろが方ざまにてかくせさせ給ふは、いとあさましう心憂きことなり。ただ今J召し返せ。」と4申させ給ひければ、「いかでかただ今は許さむ。音聞き見苦しきことなり。」と聞こえさせ給ひけるを、5「さらにあるべきことならず。」と責め申させ給ひければ、9「さらば。」とて、帰り渡らせ給ふを、10「おはしましなば、ただ今しも許させ給はじ。ただ11こなたにてKを召せ。」とて、御衣をとらへ奉りて、立て奉らせ給はざりければ、いかがはせむとおぼしめしてこの御方へL職事召してぞ、奉るべきよしのM宣旨下せ給ひける。これのみにもあらず、
かやうなることども多く聞こえ侍りしかば。
(注)@藤壺・弘徽殿との上の御局 弘徽殿との上の御局(との間)は、「藤壷」「弘徽殿」は後宮の殿舎の名。上の御局は、后・女御たちが清涼殿に参上した時に用いる控えの部屋。現在想定される清涼殿平面図では、両局の間に萩戸という部屋がある。A小一条の女御 藤原師尹の娘芳子(?〜967年)。村上天皇の女御。
Bこの后 藤原師輔の娘安子(927〜964年)。村上天皇の中宮。Cむべ、時めく なるほど(この美しさゆえに)ご寵愛が厚いのだなあ。D帝 村上天応(在位946〜967年)。 E伊尹・兼通・兼家 三人とも安子の兄弟。F殿上 清涼殿の殿上の間。殿上人の伺候する部屋。Gかしこませ給へりしかば 勅勘を受けて謹慎の身になられたので。H逆さまの罪 悪逆の罪。主君や親などを殺す罪。Iまろが方ざまにて 私のことに関して。J召し返せ 謹慎を解いて、宮中に呼び戻してください。Kを 強意の間投助詞。L職事 蔵人。天皇の側近に仕え、御衣・御食事・のことや伝宣・進奏・諸儀式など、宮中の種々の用をつとめた。M宣旨 天皇の命令の趣旨を述べること。
一 次の語の読みを現代仮名遣いで記せ。
1 藤壺 2 弘徽殿 3 女御 4 御衣 5 職事
二 次の語の意味を辞書で調べよ。
1 うべ
2 時めく
3 消息
4 むつかる
5 召す
三 登場人物を抜き出せ。また、1〜12の「 」が誰の言葉か、傍線部の問いに答えよ。
1 誰の心情か。
2 主語を記せ。
3 わかりやすく説明せよ。
4 誰のことか。
5・6・7・9・10
8 どういうことか説明せよ。
11 どこか。
12 安子ののぞき見した女御の様子を二カ所抜き出せ。
四 二重傍線部1〜5を品詞分解し、口語訳せよ。
1
2
3
4
5
(2) おほかた(2)おほかたの御心はいと広く、人のためなどにも思ひやりおはしまし、@あたりあたりに、あるべきほどほど過ぐさせ給はず、御かへりみあり。かたへの女御たちの御ためも、かつは情けあり、A御みやびを交はさせ給ふに、心よりほかに余らせ給ひぬるときの御ものねたみの方にや、いかがおぼしめしけむ。この小一条の女御は、いとかく御かたちのめでたく1おはすればにや、B御許されに過ぎたる折々の出で来るにより、かかることもあるにこそ。Cその道は、1心ばへにもよらぬ2ことにやな。
かうやうのことまでは申さじ、いとかたじけなし
(注)@あたりあたりに 身辺に奉仕する者たちにも、適宜壬生に応じてお見過ごしなさることなく。A御みやび 風流。和歌や音楽のことを言う。B御許され (后にとって)大目に見ることの出来ないような場合。
Cその道 男女の愛情の問題。
一 次の語の読みを現代仮名遣いで記せ。
1 御許され 2 折々 3 出で来る
二 次の語の意味を辞書で調べよ。
1 かたへ
三 登場人物を抜き出せ。また、傍線部1の問いに答えよ。
1 安子の心ばえはどうだったか、抜き出せ。
四 二重傍線部1〜2を品詞分解し、口語訳せよ。
五 口語訳
(1) 世継「藤壺と弘徽殿との清涼殿における部屋は、ごく接近していたが、藤壺に小
一条の女御(芳子)、弘徽殿にはこの后(安子)が上っていらしゃたが、大層おもしろくなく、気持ちをしずめ難くいらっしゃったが、萩の戸と藤壺の御局との間の壁に穴を開けて、お覗きになると、女御の御容貌が大層愛くるしくいらっしゃったので、もっともだ寵愛が厚いはずだとご覧になると、ひどくいらだたしくなられて、穴から通るくらいの土器の破片を、女房に打たせなさったところ、村上天皇がいらっしゃったところで、これにはさすがに我慢おできにならず、不機嫌になられて、『こにょうなことは女房はすることができないだろう。伊尹・兼通・兼家などが安子に話を持ちかけてそそのかしてさせたのだろう。』とおっしゃって、みな殿上の間に伺候なさっていた時なので、三人とも謹慎の身になさったので、そのときに、后は大いに立腹なさって、『おいでになりませんか。』と申しなさると、『おそらくこのことだろう。』とお思いになって、お出でになりませんので、度々『ぜひぜひ。』とお手紙があったので、『行かなければひどく不機嫌になるだろう。』と恐ろしく大層かわいそうに、お思いになって、いらっしゃると、『どうしてこういうことをなさったのだ。ひどい。主君や親などを殺す重罪があったとしてもこの人々を私に免じて許すべきだ。まして、私のことに関して、このように処分なさるとは大層心外なことだ。今すぐ呼び戻せ。』と申しなさったので、『全くあるはずのないことだ。』と責め申しなさるので、『それなら。』と言って、帰りなさるのを、『お帰りになってしまえば、今すぐお許しになるまい。直接ここで呼び戻せ。』と言って御衣をとらえ申して、お立ち申さなかったので、『どうしようか(いやどうにもなるまい)。』とお思いになって后のご方へ蔵人をお呼びして、三人が参上する勅命を下しなさった。これだけではない。こういうことどもがどれほど多く聞こえますことか。
(2)
本来のお気立ては、大変広く、人のためなどにも思いやりがおありになり、身辺に奉仕する者達へも適宜身分に応じてお思い過ごしなさることなく、御返しがある。同僚の女房達のためにも、一方では温情があり、和歌や音楽の交際をなさって、胸の内に収めかねられない時の嫉妬の方面だけどういらっしゃるでしょ。こお小一条の女御は、大層このようにご容貌が愛らしくいらっしゃるから、こういうことも出てくるのだ。男女の愛情の問題は、性質にはよらないものだろうか。こういうことまでは申すまい。まことに恐れ多いことだ。
構成
(1) (2) |
節 |
954年 清涼殿 藤壺 萩の戸 弘徽殿 世継「男女間の問題は特別だ。」 |
時 場所 |
芳子に嫉妬し土器の破片を穴から打ち込む。 → 処分に怒る。 → 「来い。」 → 「是非来い。」 → 「今すぐ許せ。」 → 「ここへ呼べ。」 → 人のために尽くす。 強い嫉妬心 |
安子(34才) 伊尹(37才)兼通(36才)兼家(32才) |
芳子=愛らしい ←村上天皇 腹が立つ。「女房はしない。 伊尹・兼通・兼家がした。」 三人を謹慎にする。 「このことだ。」 行かない。 怖くて行く。 帰ろうとする。 許す。 |
村上天皇 芳子 |
主題 安子の嫉妬
(5)后のねたみ 第三巻右大臣師輔 解答
(1)一 1 ふじつぼ 2 こきでん 3 にょうご 4 みぞ 5 しきじ
二 1 いかにも。 2 寵愛を受けて栄える。 3 てがみ。
4 機嫌を悪くする。 5 お呼びになる。
三 村上天皇 芳子 安子 伊尹 兼通 兼家
1 安子 2 安子 3 安史に話を持ちかけてそそのかしたこと。 4 伊尹 兼通 兼家
5 安子 6 村上天皇 7 安子 9 村上天皇 10 安子
8 私に免じて許せ。11 殿上の間
12 女御の容貌の、いと美しくめでたくおはしまし 御容貌のめでたうおはすれ
四 1 え副 堪へ動ハ下二堪ふ用 させ助動さす尊用 給は補動ハ四給ふ未 ず助動ず打用
我慢なさることが出来ない
2 女房名 は助詞係 え副 せ動サ変す未 じ助動打推 女房はすることは出来ないだろう。
3 申さ動サ四申す未 せ助動使す用 給ひ補動ハ四給ふ尊用 けれ助動過去けり已 ば接原因理由
申しなさると
4 申さ動申す未 せ助動す未尊 給ひ補動ハ四給ふ尊用 けれ助動けり過已 ば接原因理由
申しなさったので
5 さらに副 ある動ラ変あ体 べき助動べし体当 こと名 なら助動断なり未 ず助動打ず止
全くあるはずのないことだ。
(2) 一 1 おゆる 2 おりおり 3 いでくる
二 1 そばにいる人。仲間。同僚。
三 芳子 安子 1 いと広く、人の御ためなどにも思ひやりおはしまし
四 1 おはすれ動ラ下二おはす已 ば接原因理由 に助動断なり用 や係疑問
いらっしゃるからこういうことも出てくるのだ。
2 こと名 に助動断なり用 や係疑問 な終助詠嘆
よらないものだろうか