(2)花山院の出家 六十五代花山院
語釈
(1)次の帝、@花山院の天皇と1申しき。A冷泉院の第一の皇子なり。御母、贈皇后宮B懐子と申す。C
永観二年甲申八月二十八日、位につかせたまふ、御年十七。D寛和二年丙戌六月二十二日の夜、あさましく候
ひしことは、人にも知らせ給はで、みそかにE花山寺に2おはしまして、御出家入道せ3させ4給へりしこそ、
御年十九。世をたもたせ給ふこと二年。そののち、二十二年おはしましき。
あはれなることは、1おりおはしましける夜は、F藤壺の上の御局の小戸より出でさせたまひけるに、有明
の月のいみじく明かかりければ、「2顕証にこそありけれ。いかがすべからむ。」と仰せられけるを、「さり
とて、とまらせたまふべきやうはべらず。3G神璽・宝剣わたりたまひぬるには。」と、H粟田殿の4さわが
し申したまひけるは、まだ帝出でさせおはしまさざりけるさきに、手づから取りて、I春宮の御方にわたした
てまつりたまひてければ、帰り入らせたまはむことはあるまじく5おぼして、5しか申させたまひけるとぞ。
@花山院の天皇 968〜1008年。在位984〜986年。A冷泉院 950〜1011年。在位967〜969年。村上天皇皇子。母は、藤原師輔の娘安子。B懐子 藤原懐子(945〜975年)。冷泉天皇の女御。伊正の娘。984年(永観二)、皇太后宮を追贈された。C永観二年 984年「甲申」は、この年の干支。D寛和二年 986年。E花山寺 今の京都市山科区北花山にあった元慶寺をいう。F藤壺の上の御局 清涼殿の北側にある部屋。G神璽・宝剣 三種の神器の中の、こう玉と天そう雲剣。皇位継承のしるしの品。H粟田殿 藤原道兼(961〜995年)。太政大臣兼家の子。
I春宮 円融天皇の皇子懐仁親王(980〜1011年)。のちの一条天皇。母は兼家の娘詮子。
一 次の語の読みを現代仮名遣いで記せ。
1 冷泉院 2 丙戌 3 神璽 4 粟田殿 5 東宮
二 次の語の意味を辞書で調べよ。
1 あさまし
2 みそかなり
3 顕証
4 さわがす
三 登場人物を抜き出せ。また、傍線部1〜5の問いに答えよ。
1 「おり」とは、ここではどういうことか。
2 何故こういったか。
3 「三種の神器」のうちの残る一つはなにか。
4 ここには「粟田殿」のどういう心情がうかがえるか。
5 指示内容を記せ。
四 二重傍線部1〜5の語の敬語表現について、次の表の空欄を埋めよ。
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注意 |
5 |
4 |
3 |
2 |
1 |
番号 |
おぼし |
給へ |
させ |
おはしまし |
申し |
語 |
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主語 |
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種類 |
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地の文 会話文 |
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敬意 誰が |
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誰を |
(2)さやけき影を、1まばゆくおぼしめしつるほどに、月の顔にむら雲のかかりて、少しくらがりゆきけれ
ば、「わが出家は成就するなりけり。」と1仰せ2られて、歩み出でさせたまふほどに、@弘徽殿の女御の御
文の、日ごろ破り残して御身も放たず御覧じけるをおぼしめし出でて、「2しばし。」とて、取りに入りおは
しましけるほどぞかし、粟田殿の、「いかに3かくはおぼしめしならせおはしましぬるぞ。ただ今過ぎば、お
のづから障りも出でまうで来なむ。」と、4そら泣きしたまひけるは。
花山寺におはしまし着きて、5御髪おろさせたまひて後にぞ、粟田殿は、「3まかり出でて、A大臣にも、
6変はらぬ姿、いま一度見え、7かくと案内申して、8必ず参りはべらむ。」と申したまひければ、「朕をば
謀るなりけり。」とてこそ泣かせたまひけれ。あはれにかなしきことなりな。日ごろ、よく、「9御弟子にて
候はむ。」と契りて、すかし4申し5たまひけむがおそろしさよ。B東三条殿は、「もし10さることやした
まふ。」とあやふさに、さるべくおとなしき人々、なにがしかがしといふいみじき源氏の武者たちをこそ、御
送りに添へられたりけれ。京のほどはかくれて、堤の辺りよりぞうち出で参りける。寺などにては、「もし、
おして人などやなしたてまつる。」とて、一尺ばかりの刀どもを抜きかけてぞ守り申しける。
(注)@弘徽殿の女御 花山天皇の女御、藤原為光の娘。(969〜985年)。A大臣 ここでは藤原兼家(929〜990)。B東三条殿 藤原兼家。
一 次の語の読みを現代仮名遣いで記せ。
1 成就 2 弘徽殿の女御 3 御髪 4 大臣 5 案内
二 次の語の意味を辞書で調べよ。
1 さやけし
2 むら雲
3 日ごろ
4 さはり
5 はかる
6 契る
7 すかす
三 登場人物を抜き出せ。また、傍線部1〜8の問いに答えよ。
1 「まばゆくおぼしめ」す天皇の気持ちは、天皇の言葉になんと表現してあったか。
2 下にどんな言葉を補えばよいか。
3 (1)「かく」の指示内容を記せ。
(2)「かく」の内容に該当するのはどのような態度か。
4 「そら泣き」したのはなぜか。
5 帝が出家してから初めて、粟田殿が「まかり出でて・・・」以下の事を言い出したのはどのような意図によるものか。
6 誰のどういう姿か。
7 どんなことを報告するというのか。
8 どこへ「参る」のか。
9 どういう関係か、具体的に説明せよ。
10 (1)具体的に説明せよ。
(2)このことを避けるために兼家はどういう手段を講じたか。
四 二重傍線部1〜5の語の敬語表現について、次の表の空欄を埋めよ。
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注意 |
5 |
4 |
3 |
2 |
1 |
番号 |
たまひ |
申し |
まかり |
られ |
仰せ |
語 |
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主語 |
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種類 |
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地の文 会話文 |
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敬意 誰が |
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誰を |
五 口語訳
(1) 次の帝は、花山院の天皇と申した。冷泉院の第一の皇子だ。御母、贈皇后宮懐子と申す。
永観二年甲申八月二十八、位におつきになる、御年十七。寛和二年丙戌六月二十二日の夜、おどろきあきれましたことは、人にも知らせなさらないで、こっそり花山寺にいらっしゃって、御出家入道されたこと、御十九。世を治めなさること二年。あそののち、二十二年らっしゃった。
ものあわれなことは、退位なさった夜は、藤壷の上の御局の小戸から出なさった時、有明の月が大層明るかったので、「あまり明るすぎる。どうしたらいいだろう。」とおっしゃったのに、「そうかと言って中止なさるべではありません。勾玉・剣が春宮の所にわたりなさった上は。」と、粟田殿がせきたて申しなさったのは、まだ帝がおいでになさらなかった先に、みずから持って春宮の方にわたし申しなさったので、(天皇が)御帰りなさることはあるはずがないこととお思いになって、そのように申しなさったということです。
(2)澄み渡った月の光をまばゆく気になさっていたときに、月の面に群がっている雲がかかって、少し蔵がって行ったので、「私の出家は成就するのだった。」とおっしゃって、歩き出しなさるときに、弘徽殿の女御のお手紙で、平生破り残して御身を放さずご覧になっていたのをお思い出して、「しばらく。」といって、取りに入りにいらっしゃた時だ、粟田殿が、「どうしてそのような御考えになったのでしょうか。居間を過ぎたなら、自然邪魔も出てくるだろう。」と、そら泣きしなさったのは。
花山寺にお着きなさって、御髪下ろしなさって後に、粟田殿は、「退出して、大臣にも、このままの姿を
もう一度見せ、こうでしたと説明申して、必ず参上しましょう。」と申しなさったので、「私をだましたのだな。」と言って泣かれなさった。哀れに悲しいことだ。平生、(天皇が出家した時は私も出家し)よい弟子としてお仕えしましょうと約束して、、だましなさったことのおそろしさよ。東三条殿は、「ひょっとして出家してしまうこともあるかもしれない。」という不安から、しかるべきかしらだった人で何の誰という名ある源氏の武士たちを護衛につけられた。京のうちは隠れていて、加茂川の堤のあたりになってから、表しておともをした。寺についてから、「誰かが無理強いに僧におさせもうしはしないか。」と用心のため、一尺ほどの刀を抜いて、守り申したと。
構成
(1) (2) |
節 |
984年 986年 退位の夜 小戸 有明の月 大層明るい 退位前 明るい月 暗くなる。 花山寺 普段 |
時 場所 |
立位 17才 出家入道 19才 出る 「明るすぎて人に見られる」→ 「まぶしい。」 「出家はかなう。」 女御の手紙をとりにいこう。 悌髪 「騙した。」 → 泣く 出家 師 |
花山天皇 |
←「やめられない。勾玉・剣は東宮の所にある。」 せかす。 ←神器を東宮に渡す。 ←「これを逃せば出家できない。」 そら泣き。 ←「父ともう一度会って帰って来る。」 出家 弟子 ←騙す。 (兼家)道兼の出家を心配して、源氏の武者をつける。 |
藤原道兼(25才) |
主題 道兼に騙され出家し、位を失う花山天皇
(2)花山院の出家 六十五代花山院 解答
(1)
一 1 れいぜいいん 2 ひのえいぬ 3 しんじ 4 あわたどの 5 とうぐう
二 1 驚きあきれるばかりだ。 2 こっそりするさま。 3 はっきりしている。 4 動揺させる。
三 花山天皇 粟田殿
1 退位すること。 2 月が明るくて人目につきやすいから。 3 鏡 4 あわてている。
5 さりとて、とまらせたまふべきやうはべらず。神璽・宝剣わたりたまひぬるには。
四
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敬語 |
最高 |
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注意 |
5 |
4 |
3 |
2 |
1 |
番号 |
おぼし |
給へ |
させ |
おはしまし |
申し |
語 |
粟田殿 |
(せ=天皇) |
(せ=天皇) |
天皇 |
人 |
主語 |
尊敬 |
尊敬 |
尊敬 |
尊敬 |
謙譲 |
種類 |
地の文 |
地の文 |
地の文 |
地の文 |
地の文 |
地の文 会話文 |
作者 |
作者 |
作者 |
作者 |
作者 |
敬意 誰が |
粟田殿 |
天皇 |
天皇 |
天皇 |
天皇 |
誰を |
(2)
一 1 じょうじゅ 2 こきでんのにょうご 3 みぐし 4 おとど 5 あない
二1 はっきり澄むわたっている。 2 群がっている雲。 3 平生 4 邪魔。
5 だます。 6 約束する。 7 だます。
三 花山天皇 粟田殿 東三条殿 源氏の武者
1 「顕証にこそありけれ」 2 待て。 3 (1)手紙を取りに行くこと。 (2)未練
4 退位を促すため。 5 嘘を見抜かれると困るので。 6 道兼の出家前の姿。
7 花山天皇が出家したこと。 8 花山寺。
9 天皇が出家した時、自分も出家して弟子として仕える。
10 (1)道兼が出家すること。 (2)道兼が出家することをおそれ、源氏の武者にそうさせないよう
に見張らせた。
四
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敬語 |
最高 |
注意 |
5 |
4 |
3 |
2 |
1 |
番号 |
たまひ |
申し |
まかり |
られ |
仰せ |
語 |
(すかし=粟田殿) |
(すかし=粟田殿) |
粟田殿 |
(仰せ=天皇) |
天皇 |
主語 |
尊敬 |
謙譲 |
謙譲 |
尊敬 |
尊敬 |
種類 |
地の文 |
地の文 |
会話文 |
地の文 |
地の文 |
地の文 会話文 |
作者 |
作者 |
粟田殿 |
作者 |
作者 |
敬意 誰が |
粟田殿 |
天皇 |
天皇 |
天皇 |
天皇 |
誰を |