1雲林院の菩提講 第一巻序
語釈
(1)
さいつごろ、@雲林院のA菩提講に1詣でて2侍りしかば、例の人よりはこよなう年老い、うたてげなる翁二
人、嫗といき合ひて、同じ所に居ぬめり。あはれに、同じやうなるもののさまかなと見侍りに、1これらうち
笑ひ、見かわして言ふやう、2「3年ごろ、昔の人に対面して、4いかで世の中の見聞くことをも、聞こえ合
はせむ、このただ今のB入道殿下の御有様も、3申し合わせばやと思ふに、あはれに嬉しくも会ひ申したるか
な。今ぞ心やすくC黄泉路も4まかるべき。Dおぼしきこと言はぬは、げにぞ腹ふくるる心地しける。5かか
ればこそ、むかしのひとはもお言はまほしくなれば、穴を掘りては言ひ侍りけめと、おぼえ侍り。返す返すう
れしく対面したるかな。さても、いくつにかなり5給ひぬる。」と言えば、
(注)@雲林院 今の京都市北区紫野にあった寺院。A菩提講 極楽往生おために『法華経』を説教する法会。
B入道殿下 藤原道長(966〜1027年)。1019年に出家したので、「入道」といい、摂政であったので、「殿下」という。C黄泉路 冥土へ行く道。「黄泉」は支社の国を言う。Dおぼしきこと言はぬは 心居思っていることを言わずにいるのは。
一 次の語の読みを現代仮名遣いで記せ。
1 雲林院の菩提講 2 詣で 3 翁 4 嫗 5 黄泉
二 次の語の意味を辞書で調べよ。
1 うたてげなり
2 翁
3 嫗
4 としごろ
三 登場人物を抜き出せ。また、次の1〜5のうち、「 」は誰の言葉かと、傍線部の問いに答えよ。
1 指示内湯を記せ。
2 「 」誰の言葉か。
3 どこにかかるか。
4 (1)どういう場合に用いる副詞か。
(2)どこにかかるか。
5 (1)「かかれ」は当時のことわざをさしている。文中の言葉を用いて、二十字以内で記せ。
(1) 類似の話しを記せ。
四 二重傍線部1〜5の敬語について、次の表の空欄を埋めよ。
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注意 |
5 |
4 |
3 |
2 |
1 |
番号 |
給ひ |
まかる |
申し |
侍り |
詣で |
語 |
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主語 |
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種類 |
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地の文 会話文 |
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敬意 誰が |
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誰を |
(2)
いま一人の翁、「いくつといふこと、さらに覚え侍らず、ただし、おのれは、故太政大臣@貞信公の、蔵人の小
将と申ししをりの小舎人童、大犬丸ぞかし。ぬしは、その御時のB母后の宮の御方の召使ひ、高名のC大宅世
継とぞいひ侍りしかな。されば、ぬしの御年は、おのれにはこよなくまさり給へらむかし。みづからが小童に
てありしとき、ぬしは、二十五、六ばかりの男にてこそはいませしか。」と言ふみれば、世継「しかしか、さ侍
りしことなり。さても、ぬしの御名はいかにぞや。」と言ふめれば、1「太政大臣殿にて元服すかまつりしとき、
『Dきむぢが姓は何ぞ。』と1仰せ2られしかば、『夏山となむ申す。』と申ししを、やがて、E繁樹となむ」繁
樹となむつけ3させ4給へりし。」など言ふに2いとあさましうなりぬ。」たれもすこしよろしき者どもは、見
おこせ、居よりなどした。
「まめやかに世継が申さむと思うことは、3Fことごとかは。4ただ今の入道殿下の御ありさまの、世にす
ぐれておはしますことを、G道俗男女の御前にて申さむと思ふが、いとHこと多くなりて、あまたの帝、后、
また、大臣・I公卿の御上を続くべきなり。その中に、幸ひ人に5おはします、5この御ありさま申さむと思
ふほどに、世の中のことの隠れなくあらはるべきなり。
(注)@貞信公 藤原忠平(880〜949年)。936年から死ぬまで太政大臣であった。「貞信公」はおくり名。忠平が「蔵人の少将」(近衛少将で蔵人を兼ねた人)であったのは895年ごろ。B母后の宮 母である后の意で、皇太后をさす。光孝天皇の皇后で宇多天皇の母であった班子女王(833〜900年。)C大宅世継『大鏡』の中心の語り手。公の代代の歴史を語るものとう意味を込めた架空の人物。Dきむぢ おまえ。E繁樹 夏山繁樹。世継の話し相手をして、時折自分の見聞や意見を語る。Fことごとかは ほかのことではない。
G道俗 出家と在家の人。Hこと多くなりて 話すべきことがたくさんになって。I公卿 「大臣・公卿」は上流貴族を言うときの慣用句。
一 次の語の読みを現代仮名遣いで記せ。
1 蔵人 2 小舎人童 3 大宅世継 4 元服 5 公卿
二 次の語の意味を辞書で調べよ。
1 ぬし
2 高名
3 やがて
4 あさまし
5 見おこす
6 まめやかなり
三 登場人物を抜き出せ。また、次の1〜5のうち、「 」は誰の言葉かと、傍線部の問いに答えよ。
1 「 」誰の言葉か。
2 誰の名にいついての感想を述べたものか。
3 では何を「申さむと思ふ」のか。
4 ほぼ同じ内容の表現を抜き出せ。
5 誰のありさまか。
四 二重傍線部1〜5の敬語について、次の表の空欄を埋めよ。
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注意 |
5 |
4 |
3 |
2 |
1 |
番号 |
おはします |
給へ |
させ |
られ |
仰せ |
語 |
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主語 |
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種類 |
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地の文 会話文 |
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敬意 誰が |
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誰を |
(1) (2) |
節 |
1025年 雲林院の菩提講 |
時 場所 |
出会 「昔。25才か6.」 |
大宅世継(190歳} |
い 話 「道長について語る。」 |
夏山繁樹(180才) |
(2) ()
構成
主題 話の語られた場、語り手、話しの目的
六 口語訳
(1)
先頃、雲林院の菩提講に参詣しましたが、普通の人よりは、大層年老いて異様な官位の翁二人が嫗と出会って、同じ所に座ったようだ。本当に同じような様子をしていると見ましたところ、ふたりは笑って見交わしていうことに、(世継ぎ)「昔の人にあって、世間の見たり聞いたりしたことを話し合おう、この今の入道殿ご様子も話し合おうと長年思っていたのに、なんと嬉しいことに会い申したことだ。もう安心して冥土へも参れるだろう。思うことを言わないのは本当に腹が立つ気持ちがする。だから、昔の人は、言いたくなると穴を掘って言いたいことを言って入れたと思って居ます。返す返す対面できて嬉しいなあ。さて、いくつになりなさった。」と言うと、
(2)もう一人の翁が(繁樹)「いくつということは全く覚えておりません。ただし、自分は太政大臣偵信公が蔵少将と申していた時の小舎人童で大犬丸だ。あなたはそのときの母后の宮の御方の召使いで、有名な大宅世継と言いました方。そうすると、あなたは御年は自分より大層まさりなさっているらしい。自分が小童だったとき、25、6才くらいの男でいらっっしゃった。」と言うようなので、世継は、「そうそう。そういうことでした。さて、あなたのなまえは。」と言うようなので、「太政大臣で元服いたしました時、『おまえの姓は何だ。』とおっしゃったので、「夏山ともうす。」と申したのを、そのまま繁樹とつけなさった。」などと言うので、大層驚きあきれるばかりだ。誰でも少しもよくない人々はこちらを見、にじり寄ってくる。
(世継)「まじめに世継が妄想と思うことは、他のことではない。ただ今の入道殿下のご様子の優れていらっしゃることを、出家在家の男女の前で申そうと思うが、大層多くなって、大勢の帝、后、また、大臣、公卿のことを述べるのだ。その中に、幸運な人で、いらっしゃるこの御様子を申そうと思う内に、世間のことが明らかになるはずだ。
文学史
成立 物語 作者未祥 11世紀後半から12世紀前半
内容 850〜1025年の十四代 百七十六年 紀伝体 戯曲的問答形式
藤原道長の時代を冷静な批判の目で描く。
(1) 雲林院の菩提講 第一巻序 解答
(1)
一 1 うりんいんのぼだいこう 2 もう 3 おきな 4 おうな 5 よみじ
二 1 異様な感じである。 2 老人。 3 老女。 4 長年。
三 翁 嫗 入道殿
1 老人達。 2 世継 3 思ふ
4 (1)手段・方法を求める場合。 (2)聞こへ合はせむ
5 (1)「おぼしきこと言はぬはげにぞ腹ふくるる心地す」
(2)ギリシャ神話 「王様の耳はロバの耳」
オビヂウス 「メタモルフォセ」 朝鮮 「三国遺事」巻二景文大王伝
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注意 |
5 |
4 |
3 |
2 |
1 |
番号 |
給ひ |
まかる |
申し |
侍り |
詣で |
語 |
(なり=繁樹) |
世継 |
世継 |
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作者 |
主語 |
尊敬 |
謙譲 |
謙譲 |
丁寧 |
謙譲 |
種類 |
会話文 |
会話文 |
会話文 |
地の文 |
地の文 |
地の文 会話文 |
世継 |
世継 |
世継 |
作者 |
作者 |
敬意 誰が |
繁樹 |
黄泉 |
繁樹 |
読者 |
雲林院 |
誰を |
(2)
一 1 くろうど 2 こどねりわらわ 3 おおやけのよつぎ 4 げんぷく
5 くぎょう
二 1 あなた 2 名高いこと 3 そのまま 4 驚きあきれるばかりだ
5 こちらを見る 6 まじめな様子
三 大宅世継 夏山繁樹
1 夏山繁樹 2 作者の、話しの内容が遠い昔のことなのに対する驚き
3「ただ今の入道殿下の御ありさまの、世にすぐれておはしますこと」
4 「このただ今の入道殿下の御ありさまも、申し合わせばやと思ふ」
5 道長
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敬語 |
最高 |
敬語 |
最高 |
注意 |
5 |
4 |
3 |
2 |
1 |
番号 |
おはします |
給へ |
させ |
られ |
仰せ |
語 |
道長 |
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(つけ=太政大臣) |
(仰せ=太政大臣) |
太政大臣 |
主語 |
尊敬 |
尊敬 |
尊敬 |
尊敬 |
尊敬 |
種類 |
会話文 |
会話文 |
会話文 |
会話文 |
会話文 |
地の文 会話文 |
世継 |
繁樹 |
繁樹 |
繁樹 |
繁樹 |
敬意 誰が |
道長 |
太政大臣 |
太政大臣 |
太政大臣 |
太政大臣 |
誰を |
四