(9)H
葵4葵の上の、物怪と出産と急死と葬送
語釈
光源氏は元服の日、十二歳で葵の上(左大臣の娘)と結婚した。しかし、彼女は光源氏
より年上で、気位の高い女性であったため、あまり夫にうちとけることがなかった。光源
氏が二十二歳の年、葵の上は懐妊した。葵の上は物の怪に悩まされながら、無事、若君(
夕霧)を出産した。
・格対象
(1) 若君のいと1@ゆゆしきまで見え給ふ御ありさまを(夕霧)、A今からいとさまことに、も
てかしづさ1聞こえ2給ふさまおろかならず(光源氏)、Bことあひたる2心地して、C大臣もう
・接逆接
れしういみじと思ひ3聞こえ4給へるに(左大臣)、ただこの御3心地おこたり果て給はぬを(葵
・接逆接
上)心もとなくおぼせど(左大臣)、さばかりDいみじかりし名残にこそはとおぼして、4いか
でかは、さのみは心をも惑はし給はむ(左大臣(左大臣。
(注)@ゆゆしきまで
不吉なほど。あまり美しいので、不安に感じる気持ち。A今から
生まれたばかりの今から。Bことあひたる
望みどおりに事が進んだ。C大臣 葵の上の
父。Dいみじかりし名残 ひどく重体であった名残。物の怪に苦しめられたことをさす。
一 次の語の読みを現代仮名遣いで記せ。
1 葵の上 2 物の怪 3 心地
二 次の1〜3の語の意味を古語辞典で調べよ。
1 ことなり
2 もてかしづく
3 おこたる
三 傍線部1〜4の問いに答えよ。
1 「ゆゆしき」で、非常に美しいことがなぜ不吉だと当時の人は考えたか。
2・3で意味はどう違うか。
4 「いかでかは、さのみは心をも惑はし給はむ」は、具体的にはどんな気持ちをい
うのか。
四 二重線部1〜4の敬語について次の表を埋めよ。
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注意 |
4 |
3 |
2 |
1 |
番号 |
給へ |
聞こえ |
給ふ |
聞こえ |
語 |
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主語 |
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種類 |
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地 会話 |
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敬意誰が |
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誰を |
・格対象
(2若君の御まみのうつくしさなどの、春宮にいみじう似奉り給へる(夕霧)を、見奉り給ひて
係強意 ・接順接
も、1まづ恋しう思ひいでられ1させ2給ふに、忍びがたくて、参り給はむとて、「うちなどに
・接原因理由 ・接逆接
もあらねば、いぶせさに、今日なむ初立ちし侍るを、2少しけ近きほどにて聞こえさせばや。3
・接偶然条件
あまりおぼつかなき御心の隔てかな。」と恨み3聞こえ4給へれば(光源氏)、「げに、ただひ
・接順接 ・接逆接
とへに艶にのみあるべき御仲にもあらぬ(二人)を、いたう衰へ給へりといひながら(葵上)、
・係反語 ・接原因理由物越
しにてなどあべきかは(対面)。」とて、臥し給へる所に(葵上)御座近う参りたれば(女
房たち)、入りて、ものなど聞こえ給ふ(光源氏)。御いらへ、時々聞こえ給ふも、なほいと弱
げなり(葵上)。
(注)@春宮 皇太子。ここは、のちの冷泉帝。源氏の異母弟。実は、藤壺の宮との間に
生まれた源氏の子なので、夕霧と似ている。Aいぶせさに 恋しい思いがつのり、気持ち
がさっぱりしないので。B初立ち ここでは、葵の上の出産後初めて出かける意。C艶に
のみあるべき御仲 上品にばかりしていればよいというご夫婦の仲。D物越し 几帳など
を隔てての対面。他人行儀な対し方をいう。
一 次の語の読みを現代仮名遣いで記せ。
1 春宮 2 奉る 3 初立ち
4 侍り
5 艶なり
6 物越し 7 臥す 8 御座
二 次の1・2の語の意味を古語辞典で調べよ。
1 まみ
2 御座
三 傍線部1・2の問いに答えよ。
1 「まづ恋しう思ひいで」とは、誰が誰を思い出すのか。
2 具体的に述べている個所を抜き出せ。
3 (1)「おぼつかなき」と言ったのはなぜか。
(2)「御心の隔て」とは、具体的にはどのようなことをさして言っているのか
文中の一語で答えよ。
四 二重線部1〜4の敬語について次の表を埋めよ。
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注意 |
4 |
3 |
2 |
1 |
番号 |
給へ |
聞こえ |
給ふ |
させ |
語 |
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主語 |
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種類 |
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地の文 会話文 |
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敬意誰が |
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誰を |
(3)
・接逆接
「@
いさや、聞こえまほしきこといと多かれど(光源氏)、まだいとたゆげにおぼしため
・格対象
こそ(葵の上)。」とて「A御湯参れ。」などさへ、あつかひ1聞こえ2給ふを(光源
・格引用
氏)1いつならひ給ひむ(光源氏)と、B人々あはれがり聞こゆ(女房達)。
2いとをかしげなる人の、いたう弱りそこなはれて、3あるかなきかの気色にて臥し給へるさ
ま、いとらうたげに心苦しげなり(葵の上)。御髪の乱れたる筋もなく、はらはらとかかれる
枕のほど(葵の上)、Cありがたきまで見ゆれば(葵の上)、年ごろ、D何ごとを、あかぬこ
とありて思ひつらむと、あやしきまでうちまもられ給ふ(光源氏)。「E院などに3参りてい
・接逆接
ととうまかでなむ(光源氏)。かやうにて、Fおぼつかなからず見奉らば、うれしかるべきを
(光源氏)、G宮のHつと4おはするに(宮)4I心地なくや、とつつ見て過ぐしつるも苦し
きを(光源氏)、なほやうやう心強くおぼしなして、5J例の御座所にこそ。あまりK若くも
てなし給へば、かたへは、6かくもものし給ふぞ(葵の上)。」など聞こえ置き給ひて、
・格対象
いときよげにうち装束きていで給ふを(光源氏)、7常よりは目とどめて見いだして臥し給へ
り(葵の上)。
小康を得ていた葵の上は、光源氏や左大臣家の人々が参内した留守に、容体が急変して死去する。光源氏は、悲しみの中で鳥部野に葬送し、喪に服した。やがて、光源氏は紫の君と結ばれる。以後、彼女は紫の上と呼ばれて、光源氏の生涯の伴侶となる。
(注)@いさや さあね。A御湯 薬湯。B人々 女房たち。Cありがたきまで この世にめったにない美しさだとまで。D何ごとを、あかぬことありと思ひつらむ
この人のどこをもの足りないと思っていたのだろう。E院 桐壺院(源氏の父)の御所。Fおぼつかなからず (物越しでなく)身近で心おきなく。G宮 葵の上の母。皇族なので「宮」と呼ぶ。Hつとおはする
ぴったりとつき添っておられる。I心地なくや ぶしつけではないか。J例の御座所 (健康なとき)ふだん使っている居間。K若くもてなし給へば
子供のようにお振る舞いだから。Lかたへは ひとつには。それがひとつの理由となって。
一 次の語の読みを現代仮名遣いで記せ。
1 御髪 2 御座所
3 装束く
二 次の1〜7の語の意味を古語辞典で調べよ。
1 たゆげなり
2 そこなふ
3 年ごろ
4 まもる
5 つつむ
6 もてなす
7 装束く
三 傍線部1〜7の問いに答えよ。
1 「いつならひ給ひけむ」と思ったのはなぜか。
2 「いとおかしげなる」様子を描写している箇所を二十五字以内で抜き出せ。
3 「あるかなきかの気色」とはどのような様子か。
4 「心地なくや、とつつみて過ぐし」たというのは、具体的にはどんな態度を取っ たというのか。
5 「例の御座所にこそ。」のしたにはどんな気持ちがこめられているか。
6 「かくものし給ふぞ。」とは、どういう状態をさすか。
7 「常よりは」という言葉から、どういうことがわかるか。
四 二重線部1〜4の敬語について次の表を埋めよ。
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注意 |
4 |
3 |
2 |
1 |
番号 |
おはする |
参り |
給ふ |
聞こえ |
語 |
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主語 |
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種類 |
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地の文 会話文 |
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敬意誰が |
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誰を |
五 口語訳
(1)若君が不吉なほど美しく見えなさる御様子なのを、今から大層特別に大切にし申しなさる様子は、いいかげんではない。望み通りに事が進んだ気分がして、左大臣も嬉しくありがたいと思い申しなさるにも、ただこの病気が少しもよくなりなさらないのを不安にお思いになるが、あれほど重かった名残であろうとお考えになって、どうしてそう心配ばかりするわけもないだろう。
(2)若君の御目もとのかわいらしさなどが東宮に大層似申しなさっても、まず恋しく思いだしなさるので、こらえられなくて参上なさろうと思って、「宮中などにもあまり長いこと参上しませんので恋しい思いが募り、気持ちがさっぱりしないので今日杯めて行きますが、もう少し近いところでお話申しあげたい。あまりはっきりしない距離の置き方だなあ。」と「恨み申しなさると、「ほんとうにただ一途に上品にばかりしていればいいという御仲でもないので、ひどく衰えなさったと言いながら、物越しで対面してよいものか。」と言って、お休みになっていらっしゃるところに、敷物近く用意したので(そこに)入って話し申し上げる。(葵は)返事を時々申しなさるが、やはり大層いたいたしい。
(3)「さあねえ。申し上げたいことは大層多いけれど、大層だるそうにお見えだから。」と言って、「薬湯をめしあがれ。」などと指図し申しなさるのを「いつ覚えなさったのだろう。」と人々はしみじみ思いを添えられる。
まことに美しい人がひどく弱りやつれなさって、生きているのか死んでいるのか分からない様子で、伏せっていらっしゃる様子は、大層可憐で辛く切ない。御髪は一本も乱れることなくはらはらと枕のあたりにかかっている様子は、この世にない美しさと見えるので、長年どこを物足りないと思っていたのだろうと不思議なほどじっと見つめずにいられない。「桐壺院(の御前)に参上して早く退出して来よう。今日のように物越しでなく見申したら嬉しいはずなのに、大宮がぴったり寄り添っていらっしゃるのでぶしつけではないかと遠慮して過ごしたのも辛いことだからやはりすこしずつ心強くお思いになって普段使っている居間にいなさい。あまり若い人のようにおふるまいだからひとつにはこのようにお治りにならないのだ。」など申し翁さって、さっぱりした美し装束を着てお出でになると、いつもと違って目を留めて見出して臥せなさる。
構成
主題 これまでしっくり行かなかった光源氏と葵上が彼女の死を前に、交流を見る。
(1) (2) (3) |
節 |
葵の寝所 |
時 場所 |
12才 元服結婚 22才 東宮に会いたくなる 見舞う 薬湯を進める → 可憐でかわいらしい → この世にない美 見つめる → 「参上し、早く帰る。」 → 出かける |
光源氏 |
年上 気位高い 打ち解けない 懐妊 男子出産 (夕霧)美しい (大臣)嬉しい 病気がよくならない (夕霧)東宮に似る 弱りやつれる 美しい人 弱りやつれ寝ている 髪 ←いつもより目を留める (こののち、六条の御息所の生霊に取りつかれ死ぬ) |
葵 |
*しっくりいかなかった二人は彼女の死を前に、交流する。直接の対面はその結びつきを表す。
(9)H
葵4葵の上の、物怪と出産と急死と葬送 解答
(1)
一 1 あおいのうえ 2 もののけ 3 ここち
二 1 特別に 2 大切にする 3 病気が少しよくなる
三 登場人物 光源氏 夕霧 左大臣
1 まものなどに魂を奪われると考えていたから 2 2 心持 気分
3 気分のわるいこと 病気
4 この症状が生命に危険を及ぼすほどのものではないと楽観している
対する |
二方面に |
対する |
二方面に |
注意 |
4 |
3 |
2 |
1 |
番号 |
給へ |
聞こえ |
給ふ |
聞こえ |
語 |
(思ひ=左大臣) |
(思ひ=左大臣) |
(もてかしづき=光源氏) |
(もてかしづき=光源氏) |
主語 |
尊敬 |
謙譲 |
謙譲 |
謙譲 |
種類 |
地の文 |
地の文 |
地の文 |
地の文 |
地の文 会話文 |
作者 |
作者 |
作者 |
作者 |
敬意誰が |
左大臣 |
光源氏 |
光源氏 |
夕霧 |
誰を |
(2)
一 1 とうぐう 2 たてまつ 3 ういだ 4 はべ 5 えん 6 ものご
7 ふ 8 おまし
二 1 目元 2 敷き物の美称
三 夕霧 光源氏 葵上
1 光源氏が東宮を 2 臥し給へる所
3 (1)様子がわからなくて不安だから (2)物越し
(3)
対する |
二方面に |
敬語 |
最高 |
注意 |
4 |
3 |
2 |
1 |
番号 |
給へ |
聞こえ |
給ふ |
させ |
語 |
(恨み=光源氏) |
(恨み=光源氏) |
(思ひいでられ=光源氏) |
(思ひいでられ=光源氏) |
主語 |
尊敬 |
謙譲 |
尊敬 |
尊敬 |
種類 |
地の文 |
地の文 |
地の文 |
地の文 |
地の文 会話文 |
作者 |
作者 |
作者 |
作者 |
敬意誰が |
光源氏 |
葵の上 |
光源氏 |
光源氏 |
誰を |
一 1 みぐし 2 おましどころ 3 そうぞ
二 1 だるそうなさま 2 やつれさせる 3 長年の間 4 じっとお見つめる
5 遠慮する 6 ふるまう 7 衣服を身につける
三 光る源氏 葵の上
1 平素はこういう細かな心遣いを示すことがなかったから
2 「御髪の乱れたる筋もなくはらはらとかかれる枕のほど
3 生きているのか死んでしまっているのか分からない様子
4 直接葵の上に対して言葉を交わすことを遠慮している
5 起居なさるようになれば嬉しい
6 いつまでも元気が回復なさらない状態が続くこと
7 葵の上も源氏を今までとは違った思いで見ている
|
|
対する |
二方面に |
注意 |
4 |
3 |
2 |
1 |
番号 |
おはする |
参り |
給ふ |
聞こえ |
語 |
大宮 |
光源氏 |
(あつかひ=光源氏) |
(あつかひ=光源氏) |
主語 |
尊敬 |
謙譲 |
尊敬 |
謙譲 |
種類 |
会話文 |
会話文 |
地の文 |
地の文 |
地の文 会話 |
光源氏 |
光源氏 |
作者 |
作者 |
敬意誰が |
大宮 |
桐壺院 |
光源氏 |
葵の上 |
誰を |