うつほの母と子
語釈
琴の名手@俊蔭の娘は、両親ん死後、幼少の息子仲忠が山から求めてくる山菜や木の実で養われていた。
(1) かくはるかなるほどを、1しありくも2苦しうおぼえて、「いかで、この山にAさるべき所
がな。近くて養はむ。」と思ひて、山深く入りて見れば、いみじういかめしき杉の木の、四つ、ものを合はせたるやうにて立てるが、大きなる屋のほどに空きあひてあるを見て3この子の思ふやう、「4ここにわが親をすゑ1奉りて、拾ひいでむ木の実をも、まづ2参らせば
や。」と思ひて、寄りて見るに、いかめしき牝熊・牡熊、子生み連れて住むうつほなりけ り。いで走りて、この子を5食まむとするときに、この子のいはく、「しばし待ち3給へ。ま
ろが命、絶ち給ふな。まろは孝の子なり。6親はらからもなく、使ふ人もなくて、荒れたる家にただ一人住みて、まろが参るものにかかり給へる母、持ち4奉れり。7里にはすべき方も なければ、かかる山の木の実・かづらの根を取
りて、親に5参るなり。
(注)@俊蔭 清原俊蔭。物語の発端部分の主人公。十六才のときに、遣唐使船の遭難で波斯国に漂着、その地で琴の奏法の秘伝を習得する。三十九才のとき、すぐれた琴十二を持って帰国、娘に琴を伝授する。Aさるべき所 住むのによさそうな場所。Bかかり給へる
すがて頼りにしていらっしゃる。
一 次の語の読みを現代仮名遣いで記せ。
1 俊蔭 2 仲忠 3 牝熊
4 牡熊 5 食む
二 次の1〜3の語の意味を辞書で調べよ。
1 いかめし
2 すう
3 うつほ
三 登場人物を抜き出せ。また、傍線部1〜7の問いに答えよ。
1 「しありく」とはどうすることか。
2 仲忠は何を「苦しう」思っているのか。
3 「この子」の何才のころの話か。
4 (1)「ここに」とはどのような所か。
(2)その場所に親を住まわせようとした理由の一つは「里にはすべき方もなけ
れば」であるが、ほかに理由が二つある。それを記せ。
5 主語を記せ。
6 文構造を説明せよ。
7 (1)何に対して「里」といっているか。
(2)「すべき方」とはどういう意味か。
四 二重線部1〜5の敬語について、次の表を埋めよ。
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注意 |
5 |
4 |
3 |
2 |
1 |
番号 |
参る |
奉れ |
給へ |
参らせ |
奉り |
語 |
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主語 |
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種類 |
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地の文 会話文 |
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敬意 誰が |
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誰を |
(2)高き山・深き谷を降り上り1まかりありきて、朝に2まかりいでて、暗うまかり帰るほどだに、1うしろめたう、かなしく侍れば、かかる山の王住み給ふとも知らで、この木のうつほに母をすゑ3奉りて、いも一筋を掘りいでても、まづ参らむ、また、遠き道をも、親のためにとまかりありけば、苦しうもおぼえねど、つれづれと2待ち給ふらむもかなしう3侍れば、3近くと思ひ給へて、見侍りつるなり。されど、かく@領じ4給ひける所なれば、まかり去りぬ。4むなしくなりなば、親もいたづらになり5給ひなむ。おのが身のうちに、親を養はむに用なきところあらば、施し奉るべし。足なくは、いづくにてかありかむ。手なくは、何にてか木の実・かづらの根をも掘らむ。口なくては、いづこよりかB魂通はむ。腹・胸なくは、いづくにか心のあらむ。この中にいたづらなるところは、耳のはた・鼻のみねなりけり。これを山の王に施し奉る。」と涙を流して言ふときに、5牝熊・牡熊、荒き心を失ひて、涙を落として、6親子のかなしさを知りて、7二人の熊、子どもを引き連れて、この木のうつほを8この子に譲りて、異峰に移りぬ。
(注)@領じ給ひける所 あなたが住まいとしていらっしゃる所。Aまかり去りぬ 退去します。B魂 あとの「心」と対になって精神活動をさす。
一 次の語の読みを現代仮名遣いで記せ。
1 侍る 2 領ず 3 異峰
二 次の語の意味を辞書で調べよ。
1 うつほ
2 施す
三 登場人物を抜き出せ。また、傍線部1〜7の問いに答えよ。
1 1は何をそう思うのか。
2 主語はだれか。
3 主語はだれか。
4 主語はだれか。
5 熊が感動したのはなぜか。
6 具体的にはどういうことか。
7 「二人」としたのはなぜか。
8 指示内容を記せ。
四 1〜3の敬語について答えよ。
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注意 |
5 |
4 |
3 |
2 |
1 |
番号 |
給ひ |
給ひ |
奉り |
まかりいでて |
まかりありき |
語 |
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主語 |
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種類 |
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地の文 会話文 |
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敬意 誰が |
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誰を |
(3) 「1今はいとまあめるを、2おのが親の、かしこきことに思ひて教へ1給ひし琴、習はし2聞こえむ。弾きみ3給へ。」と言ひて、竜角風をばこの子の琴にし、細緒をば3我弾きて、習はすに、さとくかしこく弾くこと限りなし。
人けもせず、獣、熊、狼ならぬは見えこぬ山にて、かうめでたきわざをするに、たまたま聞きつくる獣、ただこのあたりに集まりて、あはれびの心をなして、草木もなびく中に
、尾一つを越えて、4いかめしき牝猿、子ども多く引き連れて聞く。大きなるうつほを、また領じて年を経て、山にいでくるもの取り集めて、住みける猿なりけり。このものの音にめでて、時々の木の実を、子どもも我も引き連れて持てく。
かくしつつ、この琴弾くを聞くほどに、5この子、七つになりぬ。かの祖父が弾きし七人の師の手、さながら弾き取り果てつれば、夜昼と弾きあはせて、春はおもしろき草々の花、夏は清く涼しき陰にながめて、花紅葉の下に心を澄ましつつ、「わが世は、限りの命あらむに従はむ。」と6思ふ。琴は残る手なく習ひ取りつ。この子、変化の者なれば、この手、母にもまさり、母は、父の手にもまさりて、ものの次々は劣りこそすれ、この族は、伝はるごとにまさること、限りなし。
(注)@いとまあめるを
ひまができたようだから。A竜角風 琴の名。俊蔭が斯国から持ち帰った琴の一つで、娘に与えたもの。あとの「細緒」も同じ。Bあはれびの心をなして 心に感動の情を起こして。C尾 山の裾ののびたところ。「峰」に対する語。D七人の師 波斯国で俊蔭に琴を教えた七人の仙人をさす。E草々の 「種々の」ととり、「いろいろな」の意に解することもできる。F限りの命 定められた運命。寿命。G変化の者 神仏が仮に人の姿になって現われた者。これより前に、母に孝行を尽くす仲忠が、さまざまな奇跡を起こす場面がある。Hものの次々は劣りこそすれ (弟子は師に劣るというように)万事は次々に劣っていくのが普通だが。
一 次の語の読みを現代仮名遣いで記せ。
1 竜角風 2 細緒
3 牝猿
4 経て
5 祖父
二 次の語の意味を辞書で調べよ。
1 かしこし
2 さとし
3 めづ
4 手
三 傍線部〜6の問いに答えよ。
1 なぜ「ひま」ができたのか。
2 指示内容を記せ。
3 指示内容を記せ。
4 「いかめしき」は、前に何を形容する場合に使われていたか。
5 指示内容を記せ。
6 「思ふ」の主語は誰か。
四 1〜3の敬語について答えよ。
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注意 |
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3 |
2 |
1 |
番号 |
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給へ |
聞こえ |
給ひ |
語 |
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主語 |
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種類 |
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地の文 会話文 |
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敬意 誰が |
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誰を |
五 口語訳
(1)このように遠いところを(食べ物を求めて)歩き回るのも心苦しく思えて、「何とかしてこの山に(住むのに)適当なところがあればなあ。近くにいて養おう。」と思って、山深く入ってみると、たいそう立派な杉の木の四歩あわせたように立っているのが、大きな家くらいにあいているのをみて、この子が思うことに、「ここい親を起お申して拾い出した木の実ををます差し上げよう。」と思って、寄ってみると怖い牡熊、牝熊、子を産んで連れ添って住む洞穴だった。(下から)出て走ってこの子を食おうとするときに、この子が言うことには「しばらく待ちなさい。私の医落ちを立つな。私は孝行の子だ。親兄弟もなく使う人もなく、あれた家にたった一人住んで、私が持ち参らせるものにすがりなさている母を持ち申しています。里では生きる手段はないのでこういう山の木の実、蔓の根を取って親に差し上げているのだ。
(2)高い山と深い谷を降り上り歩き回って、暗くなって帰るのさえ心配で悲しいので、このような山の王が住みなさるところ知らないでこの木の洞穴に母を置き申して山の草一本を掘り出してもまず差し上げよう。また、遠い道でも親のためにと参上し、歩くと苦しく思わないけれども所在なく待ちなさっていると思うのも悲しいですので近いと思い申して見ているのです。しかし、こう領有しなさっている所であるので、退去します。死んでしまったら、親もなくなるでしょう。自分のみとして親を養育して用がないところがあったなら、施し申そう。足がなくてはどこに歩こう。手が悪ければ何で、木の実、つる草の寝を掘ろう。口が亡くてはどこで魂が通るだろう。腹、胸がねければどこにこころがあろう。子おなかで無駄なとこrは耳のはた、鼻の端であった。これを山の王に与え申そう。」と涙を流して言うときに、牡熊牝熊荒々しい心を失って涙を流して親子の愛情の深さを知って、二人の熊は子供を連れてこの木の洞穴をこの子に譲って他の峰に移った・
父俊蔭の残した琴を携えて、母子は荒れ果てた三条京阪の屋敷から山の洞穴に移った。
(3)今は暇が出来たようだから、親が恐れ多いことに思って教えなかった琴を、習い申す。「教え申そう。弾きなさい。」と言って竜角風をこの子の琴にし、細緒を自分が弾いて、習わせると聡明にうまく弾くことはこの上ない。人気もなく獣、熊、狼でないもおは見えないこの山で、こんない見事なことをするのに、たまたま聞きつけた獣、ただこのあたりに集まって、感動の情けを起こして、草木もなびくなかに、山の裾ののびたところを一つ超えて立派な牝猿が子供を多く引き連れて聞く。大きな洞穴をまた領有して長年して、山に出てくる者を集めて、住んでいた猿だった。この者の音をほめて時々、木の実を子供も自分も引き連れて持って来る。
こうして、この琴を弾くのを聞いているうちに、この子は七つになった。祖父が弾いた七人の師はこぞって弾きとってしまうと、夜昼と弾き合わせて春は趣深いいろいろな花、夏は清く涼しい蔭にこもりそこから眺めて花紅葉の下に心を澄ましては、「我が世は寿命に従おう。」と思う。琴は残る技量なく習い取った。この子は神仏が仮に人の姿になって現れた者であるので、この技量は母に勝り、母は、父の技量にも勝って、万事は次々に劣っていくのが普通だが、この」一族は伝わるごとに勝ることは限りがない。
構成
(1) (2) (3) |
節 |
平安時代(970年頃) 京 三条京阪 山 四本の杉の木=洞穴(熊の巣) 高い山 深い谷 洞穴に移り住む |
時 場所 |
住む所を探す。 「母一人を養っている。」→ 「ここは住むのにいい。」 木の実などを求める。 演奏する。 七歳になる 七人の師の技を身につける。 変化の者=母に勝る。母は父に勝る。 |
仲忠 |
(母)琴の名手俊蔭の娘 ←(三匹の熊)「食おう。」 ←(三匹の熊)「譲ろう。」 ←(母)琴を教える。 (獣)感動する。 (牝猿)子をつれて聞く。 木の実を持ってくる。 |
その他 |
主題 熊を感動させる仲忠の孝行とうつぼにおける琴の伝授
文学史 物語 作者未詳
成立 10世紀後半成立
内容 琴の名手清原仲忠の話 貴宮をめぐる求婚譚
うつほの母と子 解答
(1)
一 1としかげ 2 なかただ 3 めぐま 4 おぐま 5 は
二 1 立派である 2 きちんと置く。
3 小石や木の中かがからに成っているところ。洞穴
三 仲忠 1 食べ物を求めて歩き回る
2 不在中母を一人にしておくこと 3 七歳より前
4 (1)大きな杉の木の洞に (2)食べものが豊富だから 5 熊
6 親はらからもなく
使ふひともなくて
荒れたる家にただ一人住みて
まろが参れるものにかかり給へる
7 (1)山(2)生活の手段
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注意 |
5 |
4 |
3 |
2 |
1 |
番号 |
参る |
奉れ |
給へ |
参らせ |
奉り |
語 |
仲忠 |
(持ち=仲忠) |
(待ち=熊) |
仲忠 |
(すゑ=仲忠) |
主語 |
謙譲 |
謙譲 |
尊敬 |
謙譲 |
謙譲 |
種類 |
会話文 |
会話文 |
会話文 |
会話文 |
会話文 |
地の文 会話文 |
仲忠 |
仲忠 |
仲忠 |
仲忠 |
仲忠 |
敬意 誰が |
母 |
母 |
熊 |
母 |
母 |
誰を |
(2)
一 1 はべる 2 りょうず 3 せ 4 ことみね
二 1 与える
三 仲忠 熊
1 母を一人で朝から夜まで待たせていること 2 母 3 仲忠 4 仲忠
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注意 |
5 |
4 |
3 |
2 |
1 |
番号 |
給ひ |
給ひ |
奉り |
まかりいでて |
まかりありき |
語 |
{なり=母} |
(領じ=熊) |
(すゑ=仲忠) |
仲忠 |
仲忠 |
主語 |
尊敬 |
尊敬 |
謙譲 |
謙譲 |
謙譲 |
種類 |
会話文 |
会話文 |
会話文 |
会話文 |
会話文 |
地の文 会話文 |
仲忠 |
仲忠 |
仲忠 |
仲忠 |
仲忠 |
敬意 誰が |
母 |
熊 |
母 |
山 |
山 |
誰を |
5 この子の孝心が深いから 6 親子の愛情の深さ 7 人間並に扱っているから 8 仲忠
四
(3)
一 1 りゅうかくふう 2 ほそお 3 めざる 4 へ 5 おおじ
二 1 1恐れ多い 3うまい 2 聡明だ 3 心がひかれる 4 腕前 技量
三 仲忠 母
1 食物を求めに遠くまで歩き回る必要がなくなったから 2 俊蔭 3 母
4 「いかめしき杉の木」「いかめしき牡熊・牝熊」 5 仲忠 6 母子
四
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注意 |
3 |
2 |
1 |
番号 |
給ふ |
聞こえ |
給ひ |
語 |
(弾きみ=仲忠) |
(習はし=母) |
俊蔭 |
主語 |
尊敬 |
謙譲 |
尊敬 |
種類 |
会話文 |
会話文 |
会話文 |
地会 |
母 |
母 |
母 |
敬意 誰が |
仲忠 |
仲忠 |
俊蔭 |
誰を |
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