3 大和物語 (1) 姨捨
語釈
(1)信濃の国に@更級といふ所に、男住みけり。若きときに親1死にければ、をばなむ親のごとくに、若
くよりあひ添ひてあるに、1この妻の心、いと心憂きこと多くて、Aこの姑の老い2かがまりてゐたるを常に
3にくみつつ、男にも、このをばの御心の、さがなくあしきことを4言ひ聞かせければ、5昔のごとくにもあ
らず、おろかなること多く、このをばのためになりゆきけり。このをば、いといたう老いて、二重にてゐたり。
これをなほ、この嫁、所狭がりて、今まで死なぬことと思ひて、6よからぬことを言ひつつ、「B持ていまして、
深き山にC捨て給び2てよ。」とのみ責めければ、7責められわびて、8さしてむと思ひなりぬ。
(2)月のいと明かき夜、「D嫗ども、いざ給へ。寺に尊きEわざすなる、見せ奉らむ。」と言ひければ9、
限りなく喜びて負はれにけり。高き山のふもとに住みければ、その山にはるばると入りて、高き山の峰の3、
下り来べくもあらぬに置きて逃げて来ぬ。10「やや。」と言へど、いらへもせで逃げて、家に来て思ひをるに、
F言ひ腹立てける折は、腹立ちて、11かくしつれど、年ごろ親のごと養ひつつあひ添ひにければ、12いと
悲しくおぼえけり。この山の上より、月もいと限りなく明かくて出でたるを眺めて、夜一夜寝られず、13悲
しくおぼえければ、かくよみたりける、
わが心慰めかねつ更級や姨捨山に照る月を見て
とよみてなむ、14また行きて迎へ持て来にける。それよりのちなむ、姨捨山といひける。15G慰めがたし
とは、これがよしになむありける。
(注)@更級 長野県更級郡。Aこの姑 ここでは「をば」を指す。B持ていまして 連れていらっしゃって。
C捨て給びてよ 捨てておしまいになってください。D嫗ども おばあさんよ。Eわざ 仏事。F言ひ腹立て
ける折は 妻がをばの悪口を言って腹をたてさせた時は。G慰めがたしとは、これがよしになむありける。 「慰めがたい」と言うとき、姥捨て山を引き合いに出すのは、このような事情によるものであったのだ。
一 次の語の読みを現代仮名遣いで記せ。
1 姥捨 2 信濃 3 更級 4 心憂し 5 姑 6 二重 7 所狭がる 8 嫗 9 奉ら
二 次の語の意味を辞書で調べよ。
1 あひ添ふ
2 かがまる
3 さがなし
4 おろかなり
5 所狭がる
6 年ごろ
7 夜一夜
三 登場人物を抜き出せ。また、傍線部1〜15の問いに答えよ。
登場人物
1 「この妻」の言動からその性格を表すとすればどういう言葉があるか、抜き出せ。
2 同じ意味の表現を五字以内で抜き出せ。
3 主語を記せ。
4 主語を記せ。
5 誰の誰に対する態度か。
6 誰が誰にどのようなことを言っているのか。
7 誰が。
8 誰が何をすることか。
9 誰が。
10 誰の言葉か。
11 誰が何をしたことを言うのか。
12 誰のどういう心情か。
13 誰のどういう心情か。
14 (1)男を反省させた契機になっているものは何か。
(2)男のどういう行為が心を変えさせたか。
15 「男」と「をば」の間柄を具体的にいっている箇所を二カ所抜き出せ。
四 二重線部1〜3の文法問題に答えよ。
1 活用の種類 基本形 活用形
2 文法的に説明せよ。
3 品詞分解
五 口語訳
(1)信濃の国の、更級という所に、住んでいた。若いときに親が死んでしまったので、伯母が親のように、若いときから一緒に生活してきたが、、この妻の心は、たいそう困ったものだと思われることが多くて、この姑が年をとって腰が曲がっているのをいつも憎んでは、男にも、この伯母の性質が、よくないということを言い聞かせたので、以前とは違って(男は)、この伯母に対して、いい加減に扱うことが多くなっていった。この伯母は、たいそう年老いて、(体が折れ重なるほど)腰が折れ曲がっていた。このことをやはりこの嫁は、窮屈で厄介がって、今まで死なずにいるとはと思って、とがめ続け、言い続けたので、、「連れていらっしゃって、深い山奥に捨てておしまいになってください。」と責めたてたので、そうしてしまおうと思うようになった。
(2) 月がたいそう明るい夜、「おばあさんよ、さあいらっしゃい。寺でありがたい仏事があるという。お見せしましょう。」と言ったので、(伯母は)このうえなく喜んで背負われた。(男は)高い山のふもとに住んでいたので、その山にはるばると入って行って、高い山の峰で、とうてい下りて来られそうもない所に(伯母を)置いて逃げて来てしまった。伯母は「おいおい。」と言うけれども、(男は)返事もしないで逃げて、家に来て、思っていると(妻が)告げ口をして腹を立てさせたときは、(自分も)腹を立てて、このようにしたけれども、長い間母親のように養い続けて一緒に暮らしていたので、たいそう悲しく思われた。この山の頂上から、月もたいそう明るく照って出ているのを(男は)もの思いにふけって見やって、一晩中寝られず、悲しく思われたので、このように詠んだ。
私の心を慰めることはできない。更級の姨捨山に照る月を 見ていると。
とよんで、また行って(伯母を)迎えて連れて戻って来た。それからのち、(この山を)姨捨山といった。(姨捨山を引き合いに出して、歌などに)「慰めがたい」(ことの縁語に用いる)というのは、このようないわれなのであった。
構成
(1) (2) |
節 |
信濃国 更級 高い山 麓 月 高い山 家 月は明るい |
時 場所 |
親に死なれる 「そうしよう。」 「仏事を見せよう。」 はるばる登る。下りてくることも出来ないところに置いてくる 逃げて帰る ←眠れない 歌 姥捨て山の月 連れ帰る → |
男 |
性質よくない 憎む → ←「おばは性質がよくない。」 気づまり → ←「山に捨ててこい。」 |
妻 |
←親のように一緒に生活 老い曲がる よくないことがおこる 折れ重なる 喜ぶ 背負われる ←「おいおい。」 親のように一緒に住んだ |
おば |
主題 育ててくれたおばを親と思う情
文学史 歌物語 作者未詳
成立 10世紀中ごろ
内容 約三百首の歌 173段
姨捨 解答
一 1 おばすて 2 しなの 3 さらしな 4 こころう 5 しゅうとめ 6 ふたえ
7 ところせ 8 おうな 9 たてまつ
二 1 一緒に生活する。 2 曲がる 3 性質が悪い 4 いいかげんだ 5 気詰まる
6 長年 7 一晩中
三 登場人物 男 おば 嫁
1 さがなく 2 二重にていたり 3 妻 4 妻
5 男のおばに対する 6 妻が男におばの悪口を 7 男
8 男がおばを山に捨てること 9 おば 10 おば
11 男がおばを山の峰に捨てたこと 12 長年おばと暮らしてきたことを思い出しての心情
13山に捨ててきたおばを思っての心情 14 (1)月 (2)歌を詠んだこと
15 親のごとくに、若くより相添ひてある 年頃親のごと養ひつつ相添ひに
四 1 動ナ変死ぬ用 2 助動完つ命
3 下り来 動カ変来止
べく 助動可能べし用
も 係助
あら 動ラ変あり未
ぬ 助動消ず体