(5)あづさ弓 二十四段
語釈
(1) 昔、男、片田舎に住みけり。男、「宮仕えしに。」とて、別れ惜しみてゆきけるままに、@1三年来ざりければ、待ちわびたりけるに、いとねむごろに言ひける人に、「今宵あはむ。」とちぎりたりけるに、2この男来たりけり。
(2) 「この戸開けたまへ。」とたたきけれど、3開けで、4歌をなむよみていだしたりける。
ア あらたまの年の三月を待ちわびてただ今宵1こそ新枕すれ
枕詞 あらたまの→年
と言ひいだしたりけらば、
イ あづさ弓ま弓槻弓年を経て5わがせしがごとAうるはしみせよ
序詞 あづさ弓ま弓槻弓→年
といひて、いなむとしければ、女、
ウ あづさ弓引けど日かねど6昔より心は君に寄りにしものを
枕詞 あづさ弓→引け 縁語 引け 引か 寄り
と言ひけれど、7男帰りにけり。女、いとかなしくて、しりにたちて追ひゆけど、2え追ひつかで、清水のある所に伏しにけり。
(3)8そこ3なりける岩に、指の血して9書きつけける。
エ B相思はで離れぬる人をとどめかね我が身は今は4ぞ消え果てぬめる
と書きて、そこに、Cいたずらになりにけり。
(注)三年来ざりければ 夫が他国へ行って帰らないときは、子のある妻は五年、子のない妻は三年で再婚することが許されていた。Aうるはしみせよ 新しい夫を愛して暮らしなさいよ。B相思はで離れぬる人 私の愛にこたえてくれることもなく離れ去ってしまった人。Cいたずらになりにけり 命が絶えてしまった。
一 次の語の読みを現代仮名遣いで記せ。
1 片田舎 2 宮仕え 3 惜しみ 4 三年 5 今宵 6 契り 7 新枕
8 槻弓 9 伏し 10 指 11 離れぬる
二 次の語の意味を辞書で調べよ。
1 宮仕え
2 ねむごろなり
3 あふ
4 新枕
5 離る
三 登場人物を抜き出せ。また、傍線部1〜9の問いに答えよ。
登場人物
1 この三年の間、男は妻のために懸命に努力していたと思われえる。そのように判断する手掛かりとなる表現を十字以内で抜き出せ。
2 誰を指すか。
3 主語記せ。
4 アの歌を詠む女の気持はどうか。
5 男の女への気持はどういうものか。
6 女がこのように思っていることがよくわかる表現を抜き出せ。
7 男が帰って行ったのはなぜか。
8 指示内容を記せ。
9主語を記せ。
四 二重線部1〜4の文法問題に答えよ。
1 ・4 結びの語 基本形 活用形
2 品詞分解 口語訳
3 品詞名 基本形 文法的意味
六 口語訳
(1) 昔男が田舎に住んでいた。男は、「宮仕えをしに。」と言って、(女と)別れ惜しんで行ったまま、三円来なかったので、待ちくたびれていたときに、大層熱心に言ってきた人に、「今夜結婚しよう。」と愛を誓った時に、この男がやってきた。
(2)「この戸を開けなさい。」とたたいたけれど開けないで、
ア 年を三年も待ちくたびれて、まさに今夜男と初めて寝るのだ
と言って歌を詠んだところ
イ 年を重ねて私がしたように(新しい夫を)愛して暮せ
と言って行こうとしたところ、女は、
ウ (私の心を)引こうと引くまいと昔から心はあなたを頼りにしていたのに
と言ったけれど男は、帰ってしまった。
(2) 女は大層悲しくて後を追っていったけれど追いつくことができないで、清水のある所にうつぶした。そこにあった岩に指の血で書きつけた。
エ 思わないで離れてしまった人を引きとめることができないで我が身は今は消え果ててしまうだろう。
と書いて、そこに命が絶えてしまった。
構成
(1) (2) (3) |
節 |
片田舎の家 清水 |
時 場所 |
都へ行く 三年帰らない 家へ帰る 「開けろ。」 → 歌イ 「幸せに。」 都へ帰る |
男 |
ほかの男と結婚 ←歌ア 「今夜さいこんする。」 ←歌ウ 「あなただけよ。」 ←追う ←歌エ |
女 |
主題 夫婦のすれ違う愛の悲劇
(5)あづさ弓 二十四段 解答
登場人物 男 いとねむごろに言ひける人 女
一1 かたいなか 2 みやづかえ 3 お 4 みとせ 5 こよい 6 ちぎ 7 にいまくら
8 つきゆみ 9ふ 10および 11 か
二 1 宮中や貴人に仕える 2 心のこもったさま 3 結婚する 4 男女が初めて枕をかわすこと
5 離れる
三 1 別れ惜しみてゆきける 2 男 3 女
4 再婚を決めたから本の夫に会ってはいけないという気持ち
5 女が新しい夫を愛することの幸福を祈る気持ち
6 女、いとかなしくて、しりに立ちて追ひゆけど
7 黙って帰るのが女への真実の愛と思ったから
8 清水のある所
9 女
四 1 新枕すれ 動サ変新枕す已
2 え 副
追ひ 動ハ四追ふ用
つか 動カ四つく未
で 接助消
追いつくことができないで
3 助動なり用存在
4 ぬる助動めり体