(4)二十三段 @筒井筒
語釈
(1)昔、田舎わたらひしける人の子ども、井のもとに出でて遊びけるを、大人になりにければ、男も女も恥
ぢかはして2ありけれど、男はこの女をこそ1得めと思ふ。女は1この男をと思ひつつ、親のあはすれども、
2聞かでなむありける。さて、この隣の男のもとより、3かくなむ、
ア(1)筒井筒井筒にかけしまろが丈A過ぎにけらしな4妹見ざるまに
四句切れ
女、返し、
イ くらべこし振り分け髪も肩4過ぎぬ5君ならずしてたれか上ぐべき
三句切れ
など言ひ言ひて、つひに6本意のごとくあひにけり。
(2)7さて、年ごろ経るほどに、2女、B親なく、頼りなくなるままに、もろともにC言ふかひなくてあら
むやはとて、D河内の国高安の郡に、8行き通ふ所出で来にけり。9さりけれど、このもとの女、あしと思へ
るけしきもなくて、出だしやりければ、男、10異心ありて11かかるにやあらむと、思ひ疑ひて、前栽の中
に隠れゐて、河内へ3いぬる顔にて4見れば、12この女、いとよう化粧じて、うちながめて、
ウ E風吹けば沖つ白波Fたつた山夜半にや君がひとり5越ゆらむ
序詞 風吹けば沖つ白波→たつ 枕詞 白波→たつ
とよみけるを聞きて、限りなく13かなしと思ひて、河内へも行かずなりにけり。
(3)まれまれかの高安に9来てみれば、初めこそ14心にくくもつくりけれ、今はうちとけて、手づからい
ひがひ取りて、笥子のうつはものに盛りけるを見て、心うがりて行かずなりにけり。15さりければ、かの女、
G大和の方を見やりて、
エ D君があたり10見つつををらむH生駒山雲な隠しそ雨は降るとも
と言ひて見出だすに、からうじて、大和人、「11来む。」と言へり。喜びて待つに、たびたび過ぎぬれば、
オ 16君来むと言ひし夜ごとに過ぎぬれば12頼まぬものの恋ひつつぞ経る
と言ひけれど、17男住まずなりにけり。
(注)@ 筒井筒 筒のように円く掘り下げた井戸の、井戸囲い。A 過ぎにけらしな
井筒の高さを超えてしまったに違いないよ。B 親なく 親が死んで。C 言ふかひなくて ここは、貧乏な状態での意。D 河内の国高安の郡 今の大阪府東部の八尾市付近。E 風吹けば沖つ白波 「たつ」を導き出す序詞。F たつた山 今の奈良県生駒郡にある竜田山。「竜」と「立つ」との掛詞。G 大和 今の奈良県。9 生駒山 今の奈良県生駒郡と大阪府東大阪市との境にある山。
一 次の語の読みを現代仮名遣いで記せ。
1 田舎 2 得め 3 筒井筒 4 妹 5 丈
6 本意 7 河内 8 経る 9 異心 10 前栽
11 化粧 12 夜半 13 笥子 14 大和 15 生駒山
二 次の語の意味を辞書で調べよ。
1 田舎わたらひ
2 得
3 恥ぢかはす
4 あはす
5 まろ
6 たけ
7 妹
8 振り分け髪
9 あぐ
10 本意
11 あふ
12 異心
13 前栽
14 化粧ず
15 ながむ
16 夜半
17 かなし
18 いひがひ
19 笥子
三 登場人物を抜き出せ。また、生活習慣1〜5の問いと傍線部1〜17の問いに答えよ。
登場人物
1〜5は当時の生活習慣を表している。説明せよ。
1 恥かはして
2 振り分けが身も肩過ぎぬ
3 あぐ
4 女、親なく、頼りなくなるままに
5 手づからいひがひ取りて、
傍線部1〜17の問いに答えよ。
1 後に語を補え。
2 主語を記せ。
3 後に語を補え。
4・5はそれぞれ誰か。
6 具体的に表している箇所を抜き出せ。歌はのぞく。
7 どの語を受けるか。
8 (1)誰の行動か。
(2)どういうことを言っているか。
9 指示内容を抜き出せ。
10 誰が誰に対して抱く心か。
11 指示内容を記せ。
12 これを見た男の心情はどのようなものだったか。
13 男の心情はどのようなものか。
14 主語を記せ。
15 指示内容を記せ。
16 だれか。
17 通わなくなったのはどんな心情からか。
四 二重線部1〜5文法問題に答えよ。の動詞について、基本形、活用形、活用の種類を記せ。
1 基本形、活用形、活用の種類
2 文構造を説明せよ。
3 基本形、活用形、活用の種類
4 基本形、活用形、活用の種類
5 基本形、活用形、活用の種類
五 口語訳
(1) 昔、田舎周りの行商をしていた人の子供たちが、井戸のあたりに出て遊んでいたが、
大人になったので、男も女も互いに恥ずかしがっていたけれど、男はこの女を妻にしたいと思っていた。女はこのこの男を(夫にしたい)と思い思いして、親が夫婦にしようとしたが耳をかさないのでいたのだった。そのような状況で、この隣の男のところから、こんな歌を詠んできた。
ア 筒型の井筒と高さを比べあったわたしの背丈は、井筒の高さを越してしまったに違いないよ。あなたに会わずにいる間に。
女が返し(の歌を)
イ あなたと長さを比べてきた私の子供の髪の形も肩より長くなった。あなたでなくて(ほかの)だれが、この髪を結おうか(いや結わない。)
などと受け答えを続けて、とうとうもとからの望み通り結婚した。
(2) こうして、何年もたつうちに、女は親が死んで、頼みになるところがなくなって
て、一緒に貧乏な状態でいられようか(いやいられない)と思って、(男は)河内の国
高安の郡に(行商に行き通うちに)行き通う女ができてしまった。そうなったけれど、この元の女は、(男を)にくいと思っている様子もなくて、(送り)出してやったので、男は、(女に)浮気心があってこうなのだろうと思い疑って、庭の草木の中に隠れていて、河内へ行ったふりをして見ていると、この女は大層きれいに化粧して、物思いに沈んでぼんやり見て、
ウ 風が吹くと沖の白波が立つ、その竜田山を、夜半に夫は一人で越えているのだろうか。
と詠んだのを聞いて、(男は)限りなくかわいいと思って河内へも行かなくなった。
(3) ごくまれに、あの高安にきてみると、(この女は)はじめのころは、いかにも奥か
しいそぶりをしたが、今は気を許して、自分の手でしゃもじを取って、飯を盛る器によそったのを見て、(男は)いやだと思っていかなくなってしまった。そういうわけで、その女は大和の方を遠く見やって、
エ あなたのいるあたりを見ながらいる。(だから)生駒山を雲よ隠すな。(たとえ)雨は降っても。
と言って外を見ていると、ようやく大和の男は、「行こう。」と言ってきた。喜んで待っていたが、たびたびむなしく過ぎたので、
オ あなたが来るといった夜ごとに(待っていたが空しく)過ぎたので、あてに
しないけれど恋しく思い続け日を過ごしている。
と言ったけれど、男は通ってともに暮らさなくなった。
構成
主題 不純な愛に勝つ純愛(殉愛) *婚姻 平安時代 前期まで 妻問婚 男が女の家に通う 同居しない 平安時代 後期〜室町 婿入婚 男が女の家に迎え入れられる。同居する 公家 平安時代 後期〜 嫁入婚 女が男の家に入る。 武家 *樋口一葉 『たけくらべ』 川端康成『東京の人』 |
(1) (2) (3) |
節 |
井戸端 隣近所 高安 高安の女 歌エ あなたのいるあたり 歌オ 恋しい |
場面 |
|
幼な 歌ア 求婚 → 行商に行く 浮気をする 浮気をやめる 愛人に幻滅する |
男 |
|
じみ ←歌イ OK ←歌ウ 男を心配する。 |
女 |
(4)二十三段 @筒井筒 解答
登場人物 人 男 女 高安の女
一 1 いなか 2 え 3 つついづつ 4 いも 5 たけ 6 ほい 7 こうち 8 ふ
9 ことごころ 10 せんざい 11 けしょう 12よわ 13 けこ
14 やまと 15 いこまやま
二 1 田舎を回って生計を立てること 行商の類とも 2手に入れる 3 互いに恥ずかしがる
4 結婚させる。(あふ 結婚する) 5 わたくし 6 背丈
7 男性から妻・恋人・妹その他の女性一般を親しんで呼ぶ語。 対義語=兄(せ)
8 子供(8才ころまで)の守の形。 9 髪を結う。 10 本来の意思。本からの望み。
11 結婚する。 12 浮気心。 13 庭先に植える草木。 14 けしょうする。
15 物思いに沈んでぼんやりする 16夜中 17 かわいい
18 しゃもじ 19 飯を盛る器
三 登場人物 人 男 女 高安の女
1 成人した男女は自由に会わない 2 成人した
3 あぐ 垂れた髪を結う 成人式 4 女の親は男と女の生活費をまかなう
5 裕福な女は侍女がいるから自分で食事をよそったりしない
1 夫とせむ 2 女 3 よみ(てやり)ける 4 女 5 男
6 男はこの女をこそ得めと思ふ。女はこの男をと思ひつつ
7 ついに本意のごとくあひにけり
8 (1)男 (2)行商に行き通ううちに女ができた
9 行商に行き通ううちに行き通う女ができた
10 女が夫以外の男に対して抱く浮気心 11 あしと思へるけしきもなくて、出だしやり
12 やはり女は別の男を引き入れていると思い嫉妬した
13 ほかの女のところへ通っているのを知っていながら自分を心配する女の情けにうたれた
14 高安の女 15 行かずなりにけり 16 男 17 幻滅した
四 1 動ア下得未
2 女 親なく/頼りなく/なる 3 動ナ変いぬ体 4 動マ上一見る已
5 動ヤ下二越ゆ止