(3)第九段  東下り

 

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語釈

 

(1)昔、男ありけり。その男、身をえうなきものに思ひなして、1にはあら1、あづまの方に

 

住むべき国2求めにとてゆきけり。もとより友とする人、ひとりふたりしていきけり。道 知れる人も

 

なくて、惑ひいきけり。@三河の国、八橋といふ 所に至り2。そこを八橋といひけるは、水ゆく

 

河のA蜘蛛手なれば、橋を八つ渡せるによりて3なむ八橋といひける。その沢のほとりの木の陰に3

 

おりゐて、4乾飯食ひけり。その沢にBかきつばたいとおもしろく咲きたり。5それを見て、ある人

 

のいはく、「かきつばたといふ五文字を句の上に4すゑて、旅の心をよめ。」と言ひければ、よめ

 

  唐衣きつつなれにしつましあればはるばるきぬる旅をし思ふ

 

とよめりければ、みな人、乾飯の上に涙落として、ほとびにけり。

 

(2)ゆきゆきて、C駿河の国に至り。D宇津の山に至りて、わが入ら5とする道は、いと暗う

 

細きに、つたかへでは茂り、もの心細く、すずろなるめを見ることと思ふに、修行者6会ひたり。7

 

「かかる道はいかでかいまする。」と言ふを8見れば、9見し人なりけり。京に10 Eその人の御

 

もとにとて、文書きてつく。

 

  駿河7なる宇津の山べの11うつつにも夢にも人にあはぬなりけり

 

  富士の山を見れば、五月のつごもりに、雪いと白う降れり。

                           

  時知ら8山は富士の嶺いつとて9鹿の子まだらに雪の降るらむ

                                                             

12その山は、13ここにたとへば、比叡の山を二十ばかり重ねあげたらむほどして、なりは塩      

 

尻のやうになむありける。

 

(注)@三河の国、八橋  今の愛知県知立市東部の地名。  A蜘蛛手  くもの手足のよう

に分かれたさま。    Bかきつばた  アヤメ科の多年草。    C駿河の国  今の静岡県の

一部。    D宇津の山  今の静岡市丸子地区と志太郡との境にある宇津の谷峠。    Eそ

の人 だれそれという人。

 

  次の語の読みを現代仮名遣いで記せ。

 

      東下り      惑ひ      三河の国      八橋      蜘蛛手      乾飯

 

      五文字      句の上    唐衣      10  駿河の国    11  宇津の山

 

12 修行者  13 文    14  富士の嶺    15  鹿の子    16  比叡の山   

 

17  塩尻

 

 

1〜11の語の意味を辞書で調べよ。

 

      えうなし

 

      惑ふ

 

      乾飯

 

      おもしろし

 

      みな人

 

      ほとぶ

 

      もの心細し

 

      すずろなり)

 

      修行者

 

    10 

 

    11  つく

   

12  なり

 

    13  塩尻

 

  登場人者を抜き出せ。また、傍線部1〜13の問いに答えよ。

 

  登場人物

 

      どういう意味があるか。

 

      略されていると思われる語を補え。

 

      何から「おり」るのか。

 

      この後の叙述でどのような役割をしているか。

 

      指示内容。

 

      主語。

 

      誰の言葉か。

 

      主語。

 

    9 誰のことか。

 

    10  誰のことか。

 

    11  どういうことをいっているか。

    

12  指示内容。

 

    13  「ここ」とはどこか。なぜ「比叡の山」と比べたか。

 

  二重線部1〜7の文法問題に答えよ。

 

 

    1 基本形、活用形、文法的意味を記せ。

 

    2 基本形、活用形、文法的意味を記せ。

 

    3 結びの語、基本形、活用形を記せ。

 

      基本形、活用形、活用の種類を記せ。

 

      基本形、活用形、文法的意味を記せ。

 

      基本形、活用形、文法的意味を記せ。

 

  8 基本形、活用形、文法的意味を記せ。

 

9 結びの語、基本形、活用形を記せ。

 

 

 

 

五 口語訳

(1)昔男がいた。その男は、(わが)身を重要でないものとことさら思って、京にはおるまい、東国の方に

住むのがよい国を探しに(行こう)と思って行った。以前から友として(つきあって)いた人一人二人と一緒に行った。道を知っている人もいなくて、迷いながら行った。@三河国八つ橋という所に着いた。そこを八つ橋と言ったのは、水が流れる川が蜘蛛の手足のようになているので、橋を八つ渡してあるのによって八つ橋と言った。その沢のそばの木の影に(馬から)おりて座って、携帯用の干した飯を食った。その沢にかきつばたが大層趣深く咲いていた。それを見て、ある人が言うには、「かきつばたという五文字を(歌の)句のはじめにおいて旅の思いを詠め。」そ言ったので、詠んだ。

 

  ア(京には)長年慣れ親しんだ妻がいるので、はるばるとやって来た旅を(悲しく)思う。

 

と詠んだので、一行の人々は、携帯用の干した飯の上に涙を落として、(その涙で)ふやけてしまった。

 

(2)どんどん進んで、駿河の国に着いた。宇津の山について、自分が(これから)入っていこうとする(山)

 

道はとても暗く細いうえに、蔦や楓は茂って、なんとなく心細く、思いがけなくつらい目に合うことだと思っ

 

ていると、仏道修行のため諸国を歩く僧が(我々に)遭った。(僧が)「こんな道にどうしていらっしゃるの

 

か。」と言うので、見ると、(京でも)見知った人だった。京に、だれそれという人の辺りにといって、手紙

 

を書いて、(この僧に)ことづける。駿河の国にある宇津の山辺の「うつ」という名のように、現実(うつつ)

 

にも夢にもあなたに会わないことだった。富士の山を見ると、五月の末だというのに、雪が大層白く振ってい

 

る。

 

   時を知らない山はこの富士山だ。(一体)今をいつだと思って、鹿の子まだらに雪が降っているのだろ

 

うか

 

 その山は、個々(京)でたとえるなら比叡山を二十ばかり重ねたような大きさで、形は塩田で砂を丸く高く

 

塚のように積み上げたもものようであった。

 

 

(3)なほゆきゆきて、@武蔵の国とA下つ総の国との中に、いと大きなる河あり。それをBすみだ

 

河といふ。1その河のほとりに2群れゐて思ひやれば、1限りなく遠くも来にけるかなとわびあへ

 

に、渡しもり、「はや舟に乗れ、日も暮れ。」と言ふに、乗りて渡らむとするに、みな人ものわ

 

びしくて、京に思ふ人なきにしもあらず。4さるをりしも、5白き鳥の嘴と脚と 赤き、Cしぎの大き

 

さなる、水の上に遊びつつ魚を食ふ。京には見え鳥なれば、みな人見知らず。渡しもりに問ひけれ

 

ば、「6これなむD都鳥。」と7言ふを8聞きて、

                                      

  E名にし負はばいざこと問は都鳥わが思ふ人は2ありやなしやと

                   

とよめりければ、9舟こぞりて泣きにけり

 

(注)@武蔵の国。  今の東京都・埼玉県・神奈川県の一部にわたる国。 A下つ総の国今の茨城・千葉両県にまたがる国。  Bすみだ川  現在東京都内を流れる隅田川は、昔は武蔵・下総両国の境になっていた。   Cしぎ  シギ科の渡り鳥。   D都鳥  カモメ科の鳥。ゆりかもめ。 E名にし負はば (都という言葉を)名として持っているのなら。

 

  次の語の読みを現代仮名遣いで記せ。

 

      武蔵の国      下つ総の国                   都鳥      負ふ

 

1〜5の語の意味を辞書で調べよ。

 

      思ひやる(6)

 

    わぶ(6)

 

    渡しもり(9)

 

    こと問う(11)

 

      こぞる(12)

  登場人部を抜き出せ。また、傍線部1〜7と8「  」a・bと#に答えよ。

  人物を抜き出せ。

 

      指示内容を記せ。

 

    主語を記せ。

 

    3 「わびあ」った内容を抜き出せ。

 

4  この「時」はどういう時か、説明せよ。

 

      文構造を説明せよ。。

 

  6 どういう気持ちが込められているか。

 

    主語を記せ。

 

   8 主語を記せ。

 

      歌エのどんな点が人々を感動させたか。

 

  二重線部1〜2の文法問題に答えよ。

 

 

      品詞分解、口語訳せよ。

 

      品詞分解、口語訳せよ。

 

   

五 口語訳

(3)その上にどんどん進んでいって武蔵の国と下つ総の国の間に、とても大きな川がある。それを隅田川

その川のそばに群がって座って遠くのことを思うと(京から)限りなく遠くまで来たものだなあとお互いに嘆きあっていると、渡し船の船頭が、「早く船に乗れ。日も暮れてしまう。」と言うので乗って渡ろうとするが、一行の人々はなんともつらくて、京に(恋しく)思う人がいないわけではない。そういうちょうどその時、白い鳥で嘴と脚が赤くてしぎの大きさの(鳥が)水の上で遊泳し魚を(とって)食う。京には見えない鳥なので、一行の人々は見知らない。船頭に尋ねたところ、「これが都鳥。」と言うのを聞いて、

 

  (その身に、「都という」名を持っているならば、(都のことはよく知っているだろうから、)さあ尋ねてみよう、都鳥よ。私が(恋しく)思う人は生きているのかしんでいるのかと。

 

  と詠んだので、舟中残らずそろって泣いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

構成

 

 

 

 

主題 次第に遠くなるにつれ京においてきた妻に対する募る愛情

 

 

 

 

 

 

(1)

 

 

 

 

 

(2)

 

 

 

 

 

 

 

(3)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

三河の国

 

八橋

 

駿河の国

 

 

 

五月末

 

 

 

武蔵の国

 

隅田川

時・場所

 

 

 

友二人

 

 

 

 

友二人

 

修行者

 

 

 

 

友二人

 

渡し守

人物   

 

 

かきつばたを見て歌を詠んだ

 

ア 「つま」 妻をおもう

 

 

 

宇津の山で歌を詠んだ

 

イ 「人」 浮気を心配

 

富士山を見て歌を詠んだ

 

ウ 富士山に雪

 

都鳥を見て歌を詠んだ

 

エ 「わが思う人」

 

事件

 

 

 

 

 

 

 

*和歌

 

1 比較

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

修辞の数

 

人に言われて

 

自ら

 

自ら

 

自ら

主体

 

 

 

 

 

余裕

 

抒情歌

 

抒情歌

 

抒景歌

 

抒情歌

 

 

種類

 

 

 

 

展開

 

 

 

2修辞法

 

ア(1)折り句 5文字の仮名の題を各句の最初または末尾に以t字ずつ織り込んでいくもの。

      

 物名(物名)

 

       「かきつばた」 「か」「き」「つ」「ば」「た」

 

 (2)枕詞 「唐衣」→「き」

 

 (3)序詞 「唐衣きつつ」→「なれ」  

 

 (4)掛詞 「なれ」  馴れ 親しむ 

 

             褻れ よれよれになる(のりけが落ちる)

 

 

       「つま」  妻 ワイフ 

           

 

             褄 衣服の裾の左右両端の部分

 

       「はるばる」遥々 道のりの長いさま

    

 

             張る張る 「張る」布などをたるみなく引き渡す

 

       「き」   来

            

 

             着

 

 

 

 (5)縁語「唐衣」    

 

 

イ 序詞 「駿河なる宇津の山べ」→「うつつ」

 

ウ 二句切れ

 

エ 二、三句切れ 倒置法

 

 

  この段を用いて遠藤先生が、昭和51年度静岡県西部国語教育研究会で公開研究授業を行われた。

その時のお教えを元に本段をまとめた。いつもこの通りに授業をし、他の教材も同じように開発

していった。

 

時  昭和51年11月13日 場所 静岡県立湖東高等学校

講師 京都大学名誉教授 遠藤嘉基先生

  演題 「正しいものは一つか」

 

 

 

 

 

 

(2)第九段  東下り   解答

 

(1)(2)

 

一 1 あずまくだ 2 まど 3 みかわのくに 4 やつはし 5 くもで 6 かれいい

 

  7 いちもじ 8 くのかみ 9 からころも 10 するがのくに 11 うつのやま

 

  12 すぎょうじゃ(しゅぎょうじゃ すぎょうざ すぎょうじゃ 13 ふみ

 

  14 ふじのね 15 かのこ 16 ひえのやま 17 しおじり

 

二 1 重要でないもの 2 まよう 3 携帯用のほした飯 4 趣が深い 5 全ての人

 

  6 水を含んでふやける 7 なんとなく心細い 8 思いがけなくつらい 

 

9 仏道修行のため諸国を行脚する僧 10手紙 11 ことづける 12 格好 

 

13 製塩で塩田の砂を円錐形に高く積み上げたもの

 

 

 

三 登場人物

 

 1 貴族にとって、京こそ故郷、逢坂山の向こうは外国 2 行かむ 3 馬 

 

4 「乾飯の上に涙落としてほとびにけり」の伏線 5 かきつばた 6 修行者 修行者

 

7 修行者 8 男 9 修行者 10 男の妻 11 当時、相手を思えば、その人の夢に自分が

 

現れると考えられていた ここ、男の夢に女が出ない。妻が男を思っていない 12 富士山

 

13 都 身近なものを基準にしている(望郷の念)

 

四 1 助動消意じ止 2 助動完ぬ止 3 けるけり体 4 動ワ下二据う用 5 助動意む止

 

  6 助動断なり用 7 助動存なり用 8 助動消ず体 9らむ助動現推

 

(3)

一 1 むさしのくに 2 しもつふさのくに 3 はし 4 あし 5 みやこどり 6 お

 

二 1 遠くのことを思う 2 嘆く 3 渡し船の船頭 4 尋ねる 5 残らず

 

三 登場人物 渡し守 みな人

 

  1すみだ川 2 一行 3 限りなく遠くも来にけるかな 

 

4 都の恋人を思うその時に都鳥が登場する 

       嘴と脚と赤き

5 白き鳥の                                                                               しぎの大きさなる 

 

6 あなたがたは都の人なのに都鳥を知らない 7 渡し守 8 男

 

9 はるばる隅田川まで来たという思いが、都鳥に都の恋人の安否を思う悲痛と合致し感動させた

 

四 1 限り  名

    なく  形なし用              2 あり  動ラ変あり止

遠く  形遠し用                や   係助や疑問

も   係助も強                なし  形ク活なし止

来   動カ変来用               や   係助や疑問

に   助動完ぬ用               と   格助引

ける  助動過けり体

かな  終助詠

と   格助引

 

限りなく遠くまで来たものだなあ         生きているか死んでいるかと