第六段 @芥川
語釈
昔、男ありけり。1女のえ得まじかりけるを、年を1経てよばひわたりけるを、2からうじて盗み
いでて、いと暗きに来けり。芥川といふ河を3率ていきければ、草の上に置きたりける露を、4「か
れは何ぞ。」となむ男に問ひける。ゆくさき多く、夜も更けにければ、5鬼ある所とも知らで、A神
さへいといみじう鳴り、雨もいたう降りければ、あばらなる蔵に、女をば奥に押し入れて、男、6弓・
胡ぐいを負ひて戸口にをり。はや夜も明けなむと思ひつつゐたりけるに、鬼はや一口に7食ひてけり。
8「あなや。」とと言ひけれど、神鳴るさわぎに、2え 聞かざりけり。やうやう夜も明けゆくに、見
れば、率て来し女もなし。9足ずりをして泣けども、かひなし。
白玉か何ぞと10人の問ひしとき露と答へて消えな3ましものを
(注)@芥川 今の大阪府高槻市を流れる川の名。一説に、宮中の塵や芥を流す川のこと
とも言う。 A神 雷。 Bあなや ああっ。悲鳴の叫び声。
一 次の語の読みを現代仮名遣いで記せ。
1 伊勢物語 2 芥川 3 経て 4 率て 5 負ひ 6 露
7 更け 8 白玉
二 1〜9の語の意味を辞書で調べよ。
1 得
2 よばふ
3 あばらなり
4 胡
5 負ふ
6 はや
7 足ずり
8 かひなし
9 白玉
三 登場人部を抜き出せ。また、傍線部1〜7と8「 」a・bと#に答えよ。
人物を抜き出せ。
1 この女は、身分が高い女と思われる。そのことを最もよくあらわしてイルカショウを抜き出せ。
2 どのようにして盗みだしたか。
3 誰が連れて行ったか。
4 誰の言葉か。
5 この状況は、どんなことを物語るものか。
6 なぜこのようなことをしたか。
7 何を食べたか。
8 誰の言葉か。
9 誰が地団駄を踏んで泣いたのか。
10 誰のことか。
四 二重線部1〜3の文法問題に答えよ。
1 基本形、活用の種類、活用形
2 品詞分解し、口語訳せよ。
3 文法的意味
五 口語訳
昔、男がいた。女で、手に入れることができそうになかった(女)を、何年にもわたって求婚し続けていたのだが、ようやく盗み出してたいそう暗いときに、(逃げて)来た。芥川という川を(女を)連れて行ったところ、(女は)草の上に置いた露を(見て)「あれは何?」と男に尋ねた。目的地は遠く、夜も更けてしまったので、(男は)鬼がいるところとも知らないで、(その上)雷までひどく鳴り、雨も激しく降ったので、あれはてた蔵に女を奥の方に押し入れて男は弓やなぐいを背負って、戸口に座った。早く夜も明けてほしいと思いながら座っていたのだが、鬼は、早くも一口に食べてしまった。(女は)「ああっ。」と言ったけれども、雷の音が騒がしいのに(「消されて」聞くことができなかった。次第に夜も明けていく頃、(蔵の中を)見ると、連れてきた女もいない。(男は)地団駄を踏んで泣いたけれどもむだだった。
荒れは真珠かしら、何なのと(あの)人が尋ねたとき、露だと答えて(露のように私も)きえてしまえば
よかったのに。(そうすればこんな悲しい思いはしないですんだのに。
構成
京 女の家 夜 暗い 芥川 露 雷雨 蔵(鬼がいる) 鬼=女を食う 雷 歌 |
時・場所 |
結婚できなかった女を盗み出す。 「着いた。」 返事をしない 目的地が遠い 夜が更けた 女を奥に入れる 戸口にいる 聞くことができない 地団駄を踏んで泣く 「露だ。」と答えてしんでしまえば良かった。悲しい思いはしないですんだ。 |
男 |
←「あれは何?」(露を知らない) ←「ああっ」 いない ←「あれは真珠か何?」(真珠を知っている) |
女 |
主題 やっとの事で盗み出した女を鬼に食われた男の無念と痛恨
第六段 @芥川 解答
一 1 いせものがたり 2 あくたがわ 3 へ 4 い 5 お 6 つゆ 7 ふ 8 しらたま
二 1 求婚する 2 あれはてた 3 矢を入れて背に負う武具 4 背負う 5 はやく はやくも
6 地団駄を踏むこと 7 無駄である 8 真珠
三 登場人物 男 女 鬼
1 草の上に置きたりける露を「かれは何ぞ」となむ男に問ひける
2 闇夜に紛れて親の目を盗んで馬などに乗せて
3 男 4 女 5 やがて、女が鬼に食われる運命にあることの前兆
6 追っ手に対して備えた(鬼にではない) 7 女 8 女 9 男 10 女
四 1 動ハ下二経用 2 え副 聞か 動カ四未 ざり 助動ず用消 けり助動けり止
聞くことができなかった
3 助動まし止登場人物 男 女 鬼反実