(1) 初冠 一段
語釈
(1) 昔、男、初冠して、平城の京、@春日の里に、しるよしして、狩りにいにけり。その里に、いとなまめいたる女はらから住みけり。この男、垣間見てけり。
(2)1思ほえず、ふるさとにいと2はしたなくてありければ、3心地惑ひにけり。男の、着たりける狩衣の裾を切りて、歌を書きてやる。その男、A4しのぶずりの狩衣を1なむ着たりける。
ア春日野の5若紫のすり衣しのぶの乱れ限り知られず
序詞 春日野の若紫のすり衣→しのぶの乱れ
と2なむ、B6追ひつきて言ひやりける。
(3)ついでおもしろきこととも3や思ひけむ。
イCみちのくのしのぶもぢずりたれゆゑに乱れそめにし我ならなくに
序詞 みちのくのしのぶもぢずり→乱れそめにし 掛詞 しのぶ しのぶ(地名) 人を恋いしのぶ
縁語 しのぶもぢずりー乱れ そめ 染め
といふ7歌の心ばへなり。昔人は、かくD8いちはやきみやびを4なむしける。
(注)@春日の里 平城京(今の奈良県)の東部。春日山の西麓の村里。Aしのぶずり 忍ぶ草を摺りつけてつけて染めた布。奥州信夫郡(今の福島県)の名産ともいう。B追ひつきて 大人ぶって。「追いつきて」で、すぐに、の意ともいう。Cみちのくの 『古今集』)恋四)に載る。源融の歌。Dいちはやきみやび 熱烈な風流事。
一 次の語の読みを現代仮名遣いで記せ。
1 初冠 2 春日の里 3 垣間見る 4 狩衣 5 裾
二 次の語の意味を辞書で調べよ。
1 初冠
2 しる
3 なまめく
4 はらから
5 垣間見る
6 ふるさと
7 はしたなし
8 狩衣
9 こころばへ
10 みやび
三 登場人物を抜き出せ。また、傍線部1〜8の問いに答えよ。
登場人物
1 この語はどの文節にかかるか。
2 何と何とが「はしたな」いのか。
3 (1)誰の心地か。
(2)この心境とほぼ同じ表現を抜き出せ。
4 この語句は男の歌にどのように生かされているか。
5 何を例えたものか。
6 この効果を生かすために、作者は対照強化の法則により、これと対立する表現を用いている。その表 現を抜き出せ。
7 アの歌はイの歌とどういう点で発想が同じだというのか。
アの歌はイの歌をどのように取り入れているか。
8 「男」のどのような行為をほめて言ったものか。一文を抜き出せ。
四 二重傍線部1〜4の文法問題に答えよ。
それぞれ結びの語、基本形、活用形を記せ。
五 口語訳
ア春日野に生い出でた若々しい紫草のようなあなた方を見て、この紫色のしのぶずりの狩衣の乱れ模様のように、あなた方を恋いしのぶ心の乱れは限りも知られないほどです。
と、すぐに歌をよんで贈った。
(3)折柄風流なこととでも思ったのであろうか。
イ陸奥の国のしのぶずりの乱れ模様のように、だれかのせいで心が乱れ始めた私ではないのに(このように乱れた恋心はあなたのせいなのです)。
という歌の趣向(をふまえたもの)である。昔の人は、このように熱烈な風流事をした(のだった)。
五 構成
1 2 3 |
節 |
奈良 春日の里 |
時 場所 |
元服 領地に狩に行く のぞき見する → 旧都に不似合いだ → しのぶずりの狩衣(乱れ模様) + → 歌ア(女への心の乱れ) 作者の感想・解説 歌イ (アは源融の歌と同じ趣意) |
男 |
上品な姉妹 |
姉妹 |
主題 元服した男が即座に歌を詠んだ風流
文学史 ジャンル 歌物語
成立 950年ごろ 一二五段から成る 作者未詳 在原業平(物語中の大部分の歌が彼の作である)
内容 恋愛が大人にのみ許された時代であるので、一段は元服した男の登場に始まる。以下、男の多彩な恋愛談が語られ最終段は男の死で終わる。全段抒情性に富んだ作品であり、『竹取物語』の虚構性と合わせ、物語の二大特性を示す。このあとこの特性を合わせ備えた『源氏物語』が書かれる。
(1)初冠 一段 解答
一 1ういこうぶり 2 かすがのさと 3 かいまみる 4 かりぎぬ 5 すそ
二 1 元服して初めて冠をつけること 2 治める 領有する 3 上品に見える 4 同じ母から生まれた兄弟 5 隙間からこっそりのぞき見する 6 旧都 7 不釣り合いである 8 もと公家が狩の時用いた衣服 9 趣意 10 上品で優美なこと
三 登場人物 男 女はらから
1 いとはしたなくたありければ 2 荒廃した旧都と美しい姉妹 3 (1)男 (2)しのぶの乱れ限り知られず 4 女への心の乱れを詠むに際し、狩衣の乱れ模様と関連させた
5 「女はらから」の若々しく優美なさまの比喩 6 初冠して
7 同じ 「しのぶずり」にかけて乱れた心を表している点 取り入れ 「しのぶ」「みだれ」の二語をそっくりよみ、イの歌の心情を肯定的積極的に取り入れている。恋の乱れる程度をイより強める
8 男の、着たりける狩衣の裾を切りて、歌を書きてやる
四 1 ける けり 体 2 ける けり 体 3 けむ けむ 体 4 ける けり 体