(4) かぐや姫の昇天
語釈
(1)宵うち過ぎて子の時ばかりに、家の辺り昼の明さにも過ぎて、光りわたり、1望月の明さを十あわせた
るばかりにて、@ある人の毛の穴さへ見ゆるほどなり。大空より人、雲に乗り手下りて来て、2土より五尺ばかり上がりたるほどに、立ち連ねたり。これを見て、内外なる人の心ども、3ものに襲はるるやうにて、あひ戦はむ心もなKりけり。からうじて思に起こして、弓矢を取り立てむとすれども、手に力ももなくなりて、A
萎えかかりたり。中に心さかしき者、念じて射むとすれども、外ざまへ行きければ、あひも戦はで、B心地た
だ痴れに痴れて、守りあへり。
(2)天人の中に持たせたる箱あり。C4天の羽衣入れり。またDあるは、5不死の薬入れり。一人の天人言
ふ、「壺なる御薬奉れ。Eきたなき所のもの聞こしめしたれば、御心地あしからむものぞ。」とて、持て寄りた
れば、わづかなめ給ひて、少し6形見とて、脱ぎ置く衣に包まむとすれば、Fある天人包ませず。御衣を取り
出でて着せむとす。そのときに、かぐや姫、「しばし待て。」と言ふ。「G衣着せつる人は、7心異になるなりと
いふ。ものひとこと言ひ置くべきことありけり。」と言ひて、文書く。8天人、「遅し。」と心もとながり給ふ。
かぐや姫、「H9もの知らぬこと、1なのたまひそ。」とて、いみじく静かに、I10おほやけに御文奉り給ふ。
2あわてぬさまなり。
(3)「かく、あまたの人を給ひてとどめさせ給へど、J許さぬ迎へまうで来て、Kとりゐてまかりぬれば、く
ちをしく悲しきこと。宮仕へつかうまつらずなりぬるも、11かくわづらはしき身にて侍れば。心得ずおぼし
めされつらめども、L心強く承らずなりにしこと、なめげなるものにおぼしめしとどめられぬるなむ、M心に
とどまり侍りぬる。」とて、
N今はとて天の羽衣着る折ぞ12君をあはれと思ひ出でける
とて、壺の薬添へて、O頭中将呼び寄せて、奉らす。中将に、天人取りて伝ふ。中将取りつれば、Pふと天の
羽衣うち着せ奉りつれば、翁を、いとほしく、かなしとおぼしつることも失せぬ。13この衣着つる人は、も
の思ひなくなりにければ、車に乗りて、百人ばかり天人具して、昇りぬ。
(注)@ある人 そこにいる人。A萎えかかりたり ぐったりして物に寄りかかっている。、B心地ただ痴
に痴れて気持ちがただもうぼんやりしてしまって C天の羽衣 天人の着る衣装。Dあるは ある箱には。
Eきたなき所 汚れた人間界。Fある天人 そこにいる天人。G衣着せつる人 天の羽衣を着せられて人。
Hもの知らぬこと 物の道理を解さないこと。Iおほやけ 帝。J許さぬ迎へ 拒むことを許さない迎え。
Kとりゐてまかりぬれば 私を召しつれていってしまうので。L心強く 強情に。M心にとどまり侍りぬる 心残りでございます。N今はとて 今はこれまでと。O頭中将 近衛中将で蔵人頭(蔵人所の長官)を兼ねる者。
「蔵人」は、天皇の側近で、公文書などを扱った要職。Pふと さっと。
一 次の語の読みを現代仮名遣いで記せ。
1 宵 2 子の時 3 五尺 4 萎えかかり 5 痴れに 6 天の羽衣
7 奉る 8 御衣 9 宮仕え 10 頭中将 11 失せぬ 12 具す
二 次の語の意味を辞書で調べよ。
1 子
2 尺
3 さかし
5 まもる
4 念ず
6 あし
7 心もとながる
8 宮仕え
9 なめげなり
10 かなし
11 具す
三 登場人物を抜き出せ。また、傍線部1〜13とアの問いに答えよ。
1 表現効果を説明せよ。
2 着地しなかったのはなぜか。
3 何を指すか。
4 天人にとってどういう意味を持つ物と考えられるか。
5 天人にとってどういう意味を持つ物と考えられるか。
6 何を誰への形見としようというのか。
7 この具体的な変化は、以下の文章にどのように書かれているか。
8 この天人の態度と対照的に描かれているかぐや姫の態度を、十字以内で抜き出せ。
9 何か。
10 その手紙の中でかぐや姫は、宮仕えしなかった理由をどのように説明しているか。
ア (1)の五文からなる一つの場面について、次の問いに答えよ。
(1) この場面の中心をなす一文を抜き出せ。
(2) この中心をなす文から考えて、この場面に適当な表題を五字以内でつけよ。
11 どこにかかるか。
12 誰のことか。
13 「衣着せつる人」と比較せよ。
四 二重線部1・2の文法問題に答えよ。
1 品詞分解 口語訳
2 品詞分解 口語訳
五 口語訳
(1)夜が過ぎて、零時ころに、家の辺りが昼の明るさに異常に光り渡り、望月の明るさを十あわせたほどで、そこにいる人の毛穴さえ見えるほどだった。大空から人、雲に乗って下りて来て地上105センチメートルくらいあがったところに、立ち連ねた。これを見て、内外にいる人の心は、得体の知れないものに襲われたようで、戦おうという心もなくなった。ようやく心を奮い立たせて弓に矢をつがえようとするけれども他の方へ飛んだので、気持ちがただもうぼんやりしてしまってじっとみつめていた。
(2)(さて、)天人たちの中に持たせてある箱がある。(一つの箱には)天の羽衣が入っている。また(別の)ある箱には、不死の薬が入っている。一人の天人が言う、「壺に入っているお薬をお飲みなさい。けがれた所の食べ物を召し上がったから、ご気分が悪いことでしょうよ。」と言って、(薬の壺を)持ってそばに寄ったので、(かぐや姫は)ほんの少しおなめになって、形見にと思って、脱いで残して置く着物に包もうとすると、そこにいる天人は包ませない。(もう一つの箱から)天の羽衣を取り出して(かぐや姫に)着せようとする。そのときに、かぐや姫は、「ちょっと待って。」と言う。「天の羽衣を着せられた人は、心が変わってしまうのだといいます。ひとこと言っておかなければならないことがあったのでしたよ。」と言って、手紙を書く。天人は、「遅い。」とじれったがりなさる。(一方)かぐや姫は、「ものの道理を解さないことを、おっしゃるな。」と言って、たいそう静かに、帝にお手紙を差し上げなさる。慌てない様子である。
(3)「こんなふうに、大勢の人を派遣してくださって(私を)お引き留めなさいましたが、(拒むことを)許さない迎えが参って、(私を)召し連れて行ってしまうので、残念で悲しいことです。宮仕えせずじまいになりましたのも、こんな煩わしい身の上でございますから(なのです)。(そのわけを)合点がいかないとお思いになったことでしょうけれども、強情にご命令に従わないままになってしまいましたことを、無礼千万な女だとお心にお思いとどめになられてしまうことが、心にかかっております。」
と書いて、(最後に)
今はこれまでと、天の羽衣を着るときになって、帝のこ とをしみじみと思い出したことですよ。
と
よんで、(この手紙に)壺の薬を添えて、(勅使の)頭中将を呼び寄せて、(帝に)献上させる。中将に、天人が取り次いで伝える。中将が受け取ったところ、(天人がかぐや姫に)さっと天の羽衣を着せかけ申し上げたので、(かぐや姫の心から)翁のことを、気の毒で、いとしいと思っておられた気持ちも消えてしまった。この羽衣を身につけた人は、もの思いが一切なくなってしまったので、(かぐや姫は何の悩みもなく)車に乗って、百人
ほど天人を連れて、天に昇って行った。
構成
主題 天上界と地上の人間世界との間の断絶とその間にあるかぐや姫の苦悩
(1) (2) (3) |
節 |
子の時 飲む 薬を隠そう → 「待て。」 → 手紙を書く。 「別れは残念。」 薬とともにあげる。 → 心を失う。 天人になる 共に昇天する。 |
かぐや姫 |
兵士=戦意喪失 帝 |
翁 媼 他 |
光る。地上150センチメートル ←「不死の薬を飲め。」 ←制止 ←天の羽衣を着せよう。 ←衣を着せる。 |
天人 |
(4) かぐや姫の昇天 解答
一 1 よい 2 ねのとき 3 五尺 4 なえ 5 し 6 あまのはごろも 7 たてまつ
8 おんぞ 9 みやづかえ 10 とうのちゅうじょう 11 う 12 ぐ
二 1 零時頃 2 やく30センチメートル 3 しっかりしている 4 我慢する 5 じっとみつめる
6 わるい 7 待ち遠しく思う 8 宮中に仕えること 9 無礼だ。不作法だ。
10いとおしい 11 連れて行く
三 登場人物 人 天人 かぐや姫 頭中将
1 具多的なものを引き合いにだして異常な明るさをわかりやすく印象的に伝える。
2 地上に足をつけることを汚れることと嫌ったから 3 魔物 物の怪 得体の知れないもの
4 天に帰るのに不可欠 人間の心を物思いをしないという天人の心に帰る
5 不老不死をもたらす薬(この世の浄化作用)6 不死の薬を翁たちへの
7 「翁をいとほしくかなしとおぼしつることもうせぬ」 8 あはてぬさまなり
9 物の道理 10 かくわづらはしき身にて侍れば 11 心強く承らずなりにし
12 おほやけ
13 「衣着せつる人」=着物を着せる側から見て、着せる相手をいった表現
「衣を着たる人」=衣を着た人の立場から言う
四 1 な 副
のたまひ 動ハ四のたまふ用
そ 終助そ禁止
おっしゃるな
2 あわて 動タ下二未
ぬ 助動消ず体
さま 名
なり 助動断なり止