(2)火鼠の皮衣
語釈
(1) 家の門に持て至りて立てり。竹取いできて、取り入れてかぐや姫に見す。かぐや姫の、皮衣を見て
いはく、「うるはしき皮@なめり。わきてまことの皮ならむとも知らず」竹取答えていはく、「「とまれかくま
れ、まづA請じ入れ奉らむ。世の中に見えぬ皮衣のさまなれば、1これをと思ひ給ひね。2人1ないたくわ
びさせ奉らせ給ひそ。」と言ひて、B呼び据ゑ奉れり。かく呼び据ゑて、この度は必ずあはむと、媼の心3に
も思ひをり。この翁は、かぐや姫のやもめなるを嘆かしければ、よき人にあはせむと思ひはかれど、せちに
4「いな。」と言ふことなれば、2え強ひねば、5ことわりなり。
(2)かぐや姫、翁にいはく、「この皮衣は、火に焼かむに、焼けずはCこそ、まことならめと思ひて、D
人のふことにも負けめ。6『世になきものなれば、それをまことと疑ひなく思はむ。』とのやたまふ。なほ、
これを焼きてこころみむ。」と言ふ。翁、「それ、Eさも言はれたり。」と言ひて、大臣に、「7かくなむ申す。」
と言ふ。大臣答へていはく、「この皮は唐土にもなかりけるを、からうじて求め尋ね得たるなり。何の疑ひあ
らむ。さは申すとも、はや焼きて見給へ。」と言へば、火の中にうちくべて焼かせ給ふに、めらめらと焼けぬ。
「Fさればこそ。異物の皮なりけり。」と言ふ。大臣、これを見給ひて、8顔は草の葉の色にてゐ給へり。か
ぐや姫は、9「あなうれし。」と、喜びてゐたり。Gかのよみ給ひける歌の返し、H箱に入れて返す。
10なごりなく燃ゆと知り3せば皮衣思ひのほかにおきて見3ましを
掛詞 ひ 思ひ 火
とぞありける。されば、帰りいましにけり。
(注)@なめり 「なるめり」の音便形「なんめり」の「ん」が表記されない形。A請じ入れ奉らむ 家の中に招き入れ申し上げよう。B呼び据ゑ奉れり 右大臣を呼んで席に座らせ申し上げた。Cこそ 結びは「まことならめ」の「め」、「負けめ」の「め」。D人のふことにも負けめ 右大臣の言うことにも従いましょう。Eさも言はれたり まことにもっともなことだ。Fさればこそ やっぱりそうだ。Gかのよみ給ひける歌 右大臣が皮衣に添えて贈った歌。H箱 皮衣の入っていた箱。
一 次の語の読みを現代仮名遣いで記せ。
1 皮衣 2 請じ 3 奉る 4 据ゑる 5 媼 6 唐土 7 異物 8 翁
二 次の語の意味を辞書で調べよ。
1 火鼠
2 皮衣
3 うるはし
4 わきて
5 とまれかくまれ
6 あふ
7 やもめ
8 あはす
三 登場人物を抜き出せ。また、傍線部1〜10とアの問いにこたえよ。
1 この後に省略されている言葉を文中から一語で抜き出せ。
2 誰を指すか。
3 こう書いてあるのはなぜか。
4 誰の言葉か。
5 何が「ことわり」であるのか。
6 こうあるのは、前のどの発言を指してか。
7 指示内容を記せ。
8 (1)「草の葉の色」とはどのような様子を表したものか。
(2)その心情を記せ。
9 なぜか。
10 右大臣が皮衣に添えて贈った歌は、「限りなき思ひに焼けぬ皮衣袂かはきて今日こそは着め」とある。
かぐや姫の返歌が、これとどのように対応しているか。
ア この文章を読むと、かぐや姫が大事に要求した「火鼠の皮衣」には、どのような特徴があることが分かるか。
四 二重線部1〜3の文法問題にこたえよ。
1 文法的に説明せよ。
2 品詞分解 口語訳
3 せば まし 文法的意味
五 口語訳
(1)(右大臣が)家の門に持って行って立っている。竹取の翁が出てきて、それを受け取ってかぐや姫に見せる。かぐや姫が皮衣を見ていうには、「立派な皮のようだ。とくに本物の皮だとも分からない。」。竹取が答えて言うことに、「とにかくまずまねきいれ申そう。この世において見ることができない皮衣の様子なので、これがそうだと思いなさい。人をひどくこまらせ申しなさるな。」と言って、招き入れ座らせ申した。このように呼びいれ座らせて、今度は必ず結婚するだろうと、嫗の心にも思っている。この翁は、かぐや姫が独身の女であるのを嘆かわしく思っていたので、いいひとと結婚させよう思いめぐらしていたけれど、ひたすら「いや。」と言っていることであり、強いることもできなかったので当然だった。
(2)かぐや姫が翁に言うことに、「この皮衣は、火で焼こうとして、焼けなければ本物だろうと思って、人の言うことにもしたがおう。『この世にないものなので、それをまことと疑いなく思おう。』とおっしゃる。 やhりこれを焼いてためしてみよう。」と言う。翁は、「それはもっともだ。」と言って、大臣に、「こうもうしている。」と言う。大臣が答えて言うことに、「この皮は、中国にもなかったものを、ようやくのこと求め探し出し手に入れたものだ。何の疑いがあろう。そう申すなら焼いてみなさい。」と言うので、火の中にくべて焼かせなさると、めらめらと焼けた。「やはりそうだった。違う物の皮だった。」と言う。大臣はこれを見なさって、顔は草の葉の色ですわっていらっしゃった。かぐや姫は、「ああうれしい。」と、喜んで座っていた。あの詠みなさった歌の返事を箱に入れて返す。
あとかたもなく燃えると知っていたならば、皮衣を心配しないでおいて火にくべたりしないで見ていたことだろう。
とあった。お帰りになった。
六 構成
(1) (2) |
節 |
本物か? 不安 焼いて試すことを提案→ 大喜び 結婚しないで済 む 返歌 |
かぐや姫 |
←見せる 本物と思え 結婚に期待 伝える → 異物 → |
翁 嫗 |
皮衣を届ける 自信 ←同意 焼ける 青ざめる 帰る |
右大臣阿倍のみむらじ |
主題 皮衣が本物でなく、結婚しないですんだかぐや姫
(2)火鼠の皮衣 解答
一 1 かわごろも 2 しょう 3 たてまつ 4 す 5 おうな 6 もろこし 7 こともの
8 おきな
二 1 中国で想像上の動物。火山の火中にすむ鼠でその毛で火かん布を作るという火にも燃えない布を作るという。。
2 毛皮で作った衣。 3 壮麗だ。 4 特に 5 とにもかくにも 6 結婚する
7 独身の女 8 結婚させる
三 1 まこと 2 右大臣阿倍のみむらじ 3 翁の心はもちろん嫗の心も 4 かぐや姫
5 「このたびは必ずあはむ」と期待すること 6 世の中に見えぬ皮衣のさまなれば、これをと思ひ給ひね 7 なほ、これを焼きて、こころみむ 8 (1)血の気がなく青ざめた様 (2)驚愕 落胆
9 結婚しないですむから
10 思ひ 皮衣(共通) 焼け 燃え (同義語) 限りなき なごりなく (類似)まぜかえした
ア 火に入れても焼けない
四 1 な・・・そ 禁止 2 え 副 強ひハ上二動強う用 ね助動消ず已 ば接助 強いることもできなかったので 3 反実仮想 燃えると知ったなら燃さない。知らなかったから燃やした