(1)   世界の借家大将  日本永代蔵 二

 

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語釈

 

(1)「@借家請状のこと、A室町菱や長左衛門殿借屋に居申され候ふB藤市と申す人、確かにC千貫目御座候

 

ふ。」「広き世界に並びなきD分限、我なり。」と、自慢E申せし仔細は、F二間口の店借りにて千貫目持ち、都

 

のG沙汰になりしに、H烏丸通りに三十八貫目のI家質を取りしが、J利銀積りて、おのづから流れ、初めて

 

家持ちになり、これを1悔やみぬ。今までは借家に1ての分限と2言はれしに、K向後、家あるからは、京

 

のL歴々の内蔵の塵埃ぞかし。

 

 この藤市、利発にして、一台の内に、かくM手前富貴になりぬ。第一人間堅固なるが、身を3すぐるもとな

 

り。この男、家業の他に、N反古の帳をくくりおきて、店を離れず、一日筆を握り、両替の手代通れば、O銭・

 

小判の相場をつけおき、P米問屋の売り買ひを聞きあわせ、生薬屋・呉服屋の若い者に2長崎の様子を尋ね、

 

Q繰り綿・塩・酒はR江戸の状日を見合わせ、毎日万事を記しおけば、まぎれし事は3ここに尋ね、洛中の重

 

宝になりける。

 

(注)@借家請状のこと 家屋を借りる際、家持ちが借家人の身分を保証して町役人に提出する文書。尊書式によって主人公藤市を紹介する。A室町 京のほぼ中央部にある南北の通り。B藤市 藤屋市兵衛の略称。C 千貫目 千貫目という大金を持っている。D分限 富豪、財産家。E申せし 「申しし」に同じ。F二間口 二間口(約3,6メートル)の狭い借家住まい。商家としては最小の規模。G沙汰 ここでは評判。H烏丸通り京の中心街。I家質を取りしが担保に家を取ったが、の意。三十八貫目の担保になるのは立派な屋敷である。J利銀 利息。K向後 今後。L歴々 一流の町人を指す。M手前 経済状態、暮らし向き。N反古の帳 不要になった書画など。これを綴じて帳簿を作った。O銭・小判 当時大坂は銀本位制。金一両が銀六十もん目という法定相場だったが、日によって上下するので、銀に対する小判や銭の比価をしることが必要だった。P米問屋の売り買ひ 米の相場は他の相場にも影響しやすい。Q繰り綿 まだ精製してない綿。R江戸の状日 

江戸の支店から飛脚便の来る日。

 

一 次の語の読みを現代仮名遣いで記せ。

 

 1 借家 2 子細 3 悔み 4 分限 5 富貴

 

二 次の語の意味を辞書で調べよ。

 

 1 子細

 

 2 富貴

 

 3 洛中

 

 4 手代

 

 

 

三 傍線部1〜14の問いに答えよ。

 

 1 (1)なぜ悔んだか。

 

   (2 この気持ちを表す四字熟語を記せ。

 

 2 当時どういうところか。

 

 3 指示内容を記せ。

四 二重線部1〜3の文法問題に答えよ。

 

 1、3 品詞名 基本形 活用形 活用の種類

 

2 品詞分解 口語訳

 

(2)

普段の身持ち、肌に単襦袢、@大布子、綿三百目入れて、一つよりほかに1着ること2なし。Aそで覆輪と」

 

「いふこと、この人取りはじめて、当世の風俗、B見よ気に、始末になり3。C皮足袋にD雪駄を履きて、

 

つひに大道を1走り歩きしことなし。一生のうちに絹物とては、EつむぎのF花色、一つはG海松茶染めにせ

 

しこと、若い時の無分別と、二十年も2これを悔しく思いぬ。3紋所を定めず、H丸の内に三つ引き、または

 

一寸八分の巴をつけて、土用干しいも畳の上にじかには置かず、麻ばかまにI鬼もぢの肩衣、4幾年か折り目

 

正しく取り置かれける。J町並みに出る葬礼には、是非なくK鳥部山に送りて、5人より後に帰りさまに、L

 

六波羅の野道にて、丁稚もろともM当薬を引いて、6「これを陰干しにして、腹薬なるぞ。」と、7ただは通ら

 

、8けつまづく所で火打石を拾いて、たもとに入れける。朝夕の9煙を立つる世帯持ちは、よろづ10かや

 

うに気をつけずしてはあるべからず。

 

(注)@大布子大きめの綿入れの着物。夜着にも使用。Aそで覆輪 袖口に別に布を当てて、くるみ縫いにしたもの。丈夫で長持ちする。B見よ気に 見栄えもよく、倹約にもなった意。C皮足袋 鹿などのなめし皮で作られ、汚れも目立たず丈夫。しかし当時は流行遅れ。D雪駄 竹の皮の草履に馬皮で裏打ちしたもの。Eつむぎの 紬糸で織る、質素で丈夫な絹織物。F花色 薄あい色。染めなおしがきいて経済的。G海松茶染め 黒みがかった茶色。H丸の内に三つ引き 輪の中に線を三つ引いた紋。裏返しがきく。巴とともに、ありふれて紋。I鬼もぢの肩衣 目の粗い、太織りの麻布。J町並みに出る葬礼 町内の家全部がから会葬する葬式。K鳥部山 京都市東山区の清水寺の西南に昔からあった火葬場。鳥辺山トも書く。L六波羅 東山区の六L六波羅蜜寺の略称。M当薬 せんぶり。胃腸病に効く。

 

一 次の語の読みを現代仮名遣いで記せ。

 

 1 単襦袢 2 そで覆輪  3 雪駄 4 海松茶染め 5 巴 6 六波羅

 

 

 

二 次の語の意味を辞書で調べよ。

 

 1 身持ち 

 

 2 始末

 

 3 是非なし

 

 4 丁稚

 

三 傍線部1〜10の問いに答え「  」が誰の言葉か記せ。

 

 1 なぜか。

 

 2 (1)「これ」 指示内容を記せ。

 

(2)   なぜか。

 

 3 なぜか。

 

 4 どういう扱いをしていたか。

 

 5 なぜ人より遅れて帰ってきたか。

 

 6 誰の言葉か。

 

 7 文脈上どう続くか。

 

 8 連想される格言は何か。

 

 9 何の煙か。

 

 10 指示内容を記せ。

 

四 二重傍線部1〜3の文法問題に答えよ。

 

1、2 品詞名 基本形 活用形 活用の種類

 

3 品詞名 基本形 活用形 文法的意味

 

 

(3)

この男、生まれつきて@しわきにあらず。万事の取り回し、人の鑑にも1なりぬべき願ひ、かほどの身代ま

 

でA年取る宿に餅つかず、Bいそがはしき時の人使ひ、1諸道具の取り置きもやかましきとて、これもC利勘

 

にて、D大仏の前へあつらへ、E一貫目につき何ほどときはめける。十二月二十八日のあけぼの、急ぎてF担

 

ひ連れ、藤屋店に並べ、2「受け取り給へ。」と言ふ。餅はつきたての好もしく、春めきて見えける。3旦那

聞かぬ顔して、そろばん置きしに、餅屋はG時分ながらに暇を惜しみ、いくたびかH断りて、I才覚らしき

 

若い者、J杜斤の目りんと受け取って帰しぬ。K一時ばかり過ぎて、5「今の餅、受け取ったか。」と言へば、

 

6「はや渡して帰りぬ。」7「この家に奉公するほどにもなき者ぞ、ぬくもりのさめぬを受け取りしことよ。」

 

と、またL目をかけしに、思ひのほかに8欠のたつこと、手代我を折って、9食ひもせぬ餅に口をあきける

 

その年明けて夏になり、M東寺あたりの里人、なすびの初売りをN目籠に入れて2売り来たるを、O七十五

 

日の齢、10これ楽しみの一つは二文二つは三文に値段を定め、いづれか、二つ取らぬ人はなし。藤市は、一

 

つを二文に買ひて言へるは、11「いま一文で、盛りなる時は、大きなるがあり。」と、心をつくるほどのこと、

 

あしからず。

 

(注)@しわき 「しわし」はけちなの意。A年取る宿 信念を迎える家。Bいそがはしき時 商人にとって暮れはとくに忙しい。C利勘 損得ずくで。D大仏 京都方広寺大仏前の、当時有名な餅屋。F担ひ 二人以上の人数で担ぐ。G時分ながらに 二十九日は九(苦)餅、三十日は一夜餅で嫌われるので、二十八日は忙しい。H断りて 餅を受け取ってくれと交渉して。I才覚らしき若い者 藤市の店の手代の一人。I才覚らしき若い者 J杜斤の目りんと 一貫目以上の物を計る大きな竿ばかり。K一時 二時間。L目をかけしに 計量したところ。「欠」は目減りすること。M東寺 京都市下京区西九条にある。N目籠 目の荒い籠。O七十五日

 俗に、初物を食べると七十五んち命が延びると言う。

 

一 次の語の読みを現代仮名遣いで記せ。

 

 1 世帯 2 鑑 3 餅 4 旦那 5 目籠 

 

二 次の語の意味を辞書で調べよ。

 

 1 取り回し

 

 2 鏡

 

三 傍線部1〜11の問いに答え、「  」が誰の言葉か答えよ。

 

 1 具体的に何があるか。

 

 2 誰の言葉か。

 

 3 誰のことか。

 

 4 なぜこうするのか。

 

 5 誰の言葉か。

 

 6 誰の言葉か。

 

 7 誰の言葉か。

 8 なぜか。

 

 9 どんな気持か。また、表現としての面白さはどうか。

 

 10 どう続くか。

 

 11 誰の言葉か。

 

四 二重傍線部1〜2の文法問題に答えよ。

 

 1、2 品詞分解 口語訳

 

(4)

屋敷の空き地に、@柳・ひひらぎ・ゆづり葉・桃の木・花しょうぶ・じゅず玉などを取り交ぜて1植ゑおき

 

しは、1一人娘がためぞかし。よし垣に自然と朝顔の生えかかりしを、「同じながめいは、はかなきもの。」と

 

て2なた豆に植ゑかへける

 

 何より、我が子を見るほど、おもしろきはなし。娘、おとなしくなりて、やがてA嫁いり屏風をこしらへ取

 

らせけるに、「B洛中尽くしを見たらば、見2所を歩きたがる3べし。源氏・伊勢物語は、心の3いたずら

 

なり4べきものなり。」と、C多田の銀山出盛りしありさま描かせける。この心からは、Dいろは歌を作りて

 

読ませ、4E女寺へもやらずして筆の道を教へ、Fゑいもせず京のかしこ娘となしぬ。親のG世知なることを

 

見習ひH、八歳より墨に袂をよごさず、節句の雛遊びをやめ、盆に踊らず、毎日、髪かしらもみづからすきて

 

I丸曲にゆひて、身のとりまわし人手にかからず、引き習ひのJ真綿も着丈の縦横をでかしぬ。いづれ女の子

 

は、遊ばすまじきものなり。

 

(注)@柳 以下sべて実用向きの植物。柳は箸などになり、毒消しや正月の餅花用。ひひらぎは節分に門にさし、ゆづり葉は正月飾り。桃は三月三日の、花菖蒲は五月五日の節句用。数珠玉は薬用やて遊び用。A嫁いり屏風 嫁入りに先方へ持参する調度の一つ。B洛中尽くし 京の名所旧跡を描いた絵。C多田の銀山 近世初期に採掘された銀山。兵庫県川辺郡猪名川町にあった。Dいろは歌 いろは四十七文字を頭文字に置いた教訓歌。E女寺 女子のための寺小屋。Fゑいもせず 前の「いろは」を受け「京」を呼び出す序。つぎん「かしこ」も、かしこい意と、女手紙の文末のかしこの掛け言葉。G世知なること 処世術にたけている意。倹約なこと。H八歳より 寺小屋に通ったり手習いを始める年齢。I丸曲 ひっつめ髪。最も無造作な結い方で襟が汚れず、立ち居にも便利。J真綿 真綿を引き延ばして、したてものの従横一杯に張るには習練が必要。

 

一 次の語の読みを現代仮名遣いで記せ。

 

 1 屏風 2 洛中 3 丸曲 4 丈 5 真綿

 

 

 

 

二 次の語の意味を辞書で調べよ。

 

 1 おとなし

 

三 傍線部1〜4の問いに答えよ。

 

 1 藤市の娘の理想像を抜き出せ。

 

 2 何故植え替えたか。

 

 3 どんな意味か。

 

 4 なぜか。

 

四 二重傍線部1〜4の文法問題に答えよ。

 

 1 品詞名 基本形 活用形 活用の種類

 

 2、3、4 品詞名 基本形 活用形 文法的意味

 

(5)

 をりふしは正月七日の夜、近所の男子を藤市方へ、「1長者になりようの指南を頼む。」遣はしける。座敷に

 

ともしび輝かせ、娘をつけおき、「@露地の戸の鳴る時、知らせ。」と申しおきしに、2この娘しをらしくかし

 

こまり、灯心を一筋にして「A物申。」の声1する時、もとの2ごとくにして、勝手に入りける。三人の客、座

 

につくとき、台所にすり鉢の音ひびき渡れば、客、3耳を喜ばせ、これを推して、「B皮鯨の吸い物。」と」言

 

へば、「いやいや、4初めてなれば雑煮なるべし。」と言ふ。また一人は、よく考えて、「Cにうめん。」と落ち

 

着きける。必ず言ふことにして、をかし。

 

 藤市出でて、三人に世渡りの大事を物語して聞かせける。一人申せしは、「今日もD七草といふいはれは、い

 

かなることぞ。」と尋ねける。「あれは神代のE始末はじめ、雑炊と言ふ事を知らせたまふ。また一人「Fかけ

 

鯛を六月まで荒神の前に置きけるは。」と尋ぬ。「あれは、朝夕にさかなを食はずに、5これを見て食うた心3

 

せよといふことなり。」また、太箸を取る由来を問ひける。「あれは、汚れし時、白げて、一膳にて一年中ある

 

やうに、これも神代のG二柱を表すなり。よくよく万事に気をつけたまへ。さて、宵から今まで、おのおの話

 

したまへば、もはやH夜食の出づべきところなり。出さぬが長者になる心なり。さいぜんのすりばちの音は、

 

I大福帳の上紙に引く糊をすらした。」と言はれし。

 

(注)@露地 庭の通路。商用以外にはここを通る。A物申 ものもうすの略。案内を講言葉。B皮鯨の吸い物 鯨の表皮の下の脂肪部を塩漬けにしたもので作る吸い物。Cにうめん 味噌で煮込んだそうめん。おもに夜食用。D七草 正月七日の七草かゆのこと。E始末はじめ 倹約始め。Fかけ鯛 元日に塩小鯛を二匹向かい合わせてかまどの上にかけ荒神(竈の神)に供え、六月一日に之を下げて食べるという風習があた。G二柱 イザナキノミコト・イザナミノミコトの男女二神。H夜食 当時は朝夕二食が普通で、夜に軽く麺類などを食べるのを夜食といった。I大福帳 売り掛けの元帳。「上紙」はその表紙。何枚も張り重ねて厚くした。

 

一 次の語の読みを現代仮名遣いで記せ。

 

 1 指南 2 露地 3 神代 4 掛け鯛 5 二柱

 

二 次の語の意味を辞書で調べよ。

 

 1 長者 

 

 2 指南

 

 3 勝手

 

 4 太箸

 

三 傍線部1〜5の問いに答えよ。

 

 1 藤市はどう対応したか、抜き出せ。

 

 2 以下の娘の心構えは、父親と比べてどうか。

 

 3 どんな気持か。

 

 4 どういうことか。

 

 5 指示内容を記せ。

 

四 二重傍線部1〜3の文法問題に答えよ。

 

1、3 品詞名 基本形 活用形 活用の種類

 

 2 品詞名 基本形 活用形 

 

五 口語訳

(1)

 「借家情状のことは、室町菱屋長左衛門殿借家に居申されます藤市と申す人が、確かに千貫目という大金をもっています。」「広い世界に並ぶ者のない富豪は私だ。」と自慢したわけは二間口の借家住まいで千貫目を持ち、評判になったのだが、烏丸通りにある三十八貫目の担保に家を取ったが、利息がつもって、自然に質流れの初めて家持ちとなり、このことを悔やんだ。今までは借家にいての富豪と言われていたのに、今後家があるからには、京のお歴々の塵埃くらいになってしまうから。

 この藤市は、利発で一代で、このように経済状態が富豪になった。第一、人間が壮健であることが生計を立てて行く基だ。この男は家業の他に反故で帳面を閉じておいて、店にいて一日中筆を握り両替屋の番頭が通れば銭小判の相場を聞いて記し、米の相場を問い合わせ、生薬屋、呉服屋の若い者に(唯一の貿易港)名がs会の様子を尋ね、繰り綿、塩、酒は江戸の支店から飛脚便の来る日を見合わせ、毎日万事を記し置くので見わけがつかなくなったことはここに尋ね都の内の貴重な人になった。

(2)

 日常の行いは、肌に単の襦袢で大きめの綿入れの着物に、綿を三百め入れて一うつだけしか着ることはない。袖覆輪ということは、この人がはじめて、当世の風俗になり、見栄えもよく倹約にもなった。古足袋に雪駄を履いて、ついに大道を走り歩いたことがない。一生のうちに絹物としては、紡ぎ糸で織る丈夫なうす藍色、一つは黒みがかった茶色に染めたことは、若い時の無分別と二十年もこのことをくやしく思った。紋所を決めず丸二に線を三つ引いたありふれた紋、または一寸八分の巴をつけて、土用干しにも畳の上にじかに置かず、朝ばかまに鬼もじの肩衣で幾年か織り目正しく取り置いた。

 町内会葬する葬式には仕方なく出て、鳥辺山に送って、、人より後に帰り、六覇羅の野道で丁稚とせんぶりを抜いて、「これを陰干しにし、胎薬にする。」とただは通らす、つまずく所で火打ち石を拾って袂に入れる。炊事の煙を立てる世帯持ちは万事このように気をすけなくてはいけない。

(3)

 この男は、生まれつきのけちではない。万事の処置が人の手本になったら良いと願い、これほどの身代に

なるまで新年を迎える家で餅をつかず、忙しい時の人遣いになる、いろいろな道具をしまっておくのも面倒といってこれも損得づくで、大仏の前へ行き一貫目の値段を決める。十二月二十八日の曙、急いで二人以上で担いで藤屋店に並べ「受け取りなさい。」と言う。餅はつきたてで好ましく春らしく見える。旦那は機会ふりをして、そろばんを置いたときに餅屋は時が時だけに時をおしみ何度か受け取ってくれと交渉して、手代の若い者が秤の目盛りをきちんと見て受け取って帰した。二時間ほどして、「今の餅を受け取ったか。」と言うので、「渡して帰った。」「この家に奉公することもない人だ。ぬくもりが冷めないのを受け取ってしまった。」と、また、計量したところ思いのほかに目減りすること、手代は我を折って、気もしない餅に口を開いた(呆れて口をあけた)。

 その年が明けて夏になり、東寺あたりの里人が茄子の初売りを目の荒い籠にいれて売りに来たのを、七十五日寿命が延びると楽しみに買う。一個は二文で二個は三文と値段を決めどちらにしても二つ取らない人はいない。藤市は一つ二文で買って言うことには、「もう一文で盛りのときには、おおきいのがある。」と心をつけることな悪くない。 

(4)

 屋敷の空き地に、柳、ひいらぎ、ゆづり葉、桃の木、花しょうぶ、数珠玉など取り交ぜて飢えて置いたのは、一人娘のためだ。 葭垣に自然と朝顔が生えていたのを「同じ眺めるには、つまらないもの。」と言って、なた豆に植えかえた。

 何よりも我が子を見る程面白いことはない。娘は大人になってそのうち嫁入り屏風を作り取らせるときに、「洛中づくしを見たら、見ていないところに行きたがるだろう。源氏、伊勢物語は心ひかれるものになる。」と、多田の銀山の銀が盛んに出ている様を描かせた。こういう考えからいろは歌を作って読ませ、女寺へやらないで文字の読み書きを京の利口者とした。(娘は)親野倹約なことを見習い、八才から墨で袂を汚さない、節句遊びを止め、盆踊りを止め毎日髪も自ら梳かし、丸曲に結って身の回りの事にも人手はかからない。真綿も縦横をきちんと入れる。とかく女の子は遊ばせておいてはいけない。

(5)

 折は、正月七日の夜、近所の男子を藤市の家へ「金持ちになる指導を頼む。」と言ってよこした。座敷に灯を輝かせ、娘を付けておいて、「庭の通路の鳴る時知らせろ。」と申し置いた時、この娘はしおらしくかしこまり灯心を一本にして、「もしもし。」と言う声がする時、もとのようにして台所に入る。二人の客は、座につく時台所ですり鉢の音が響きわたったので、客は、其の音を聞いて喜び、推量して「そうめんだ。」と言うと、「いや新年の始まりだから雑煮だろう。」と言う。もう一人は、よく考えて「煮込んだそうめん。」と決めた。これは必ず言うことで趣深い。

 藤市が出てきて二人に世渡りの大事を話して聞かせる。一人がもうしたことは、「今日の七草といういわれはどういうことだ。」と尋ねると、「あれは倹約のはじめは雑炊だということをしらせなさる。」又一人「掛け鯛を六月まで荒神の前に置いたのは。」「あれは朝夕魚を食わず。これを見て食った気持がして、とうことだ。」また、太箸を取る由来を尋ねる。「あれは、汚れた時白くして一膳で一年中使えるように、これも神代の男女二神を表すのだ。よくよく万事に気をつけなさい。さて、夜から今まで、各々話しなさりもはや夜食などの出るころだ。出さないのが長者になる心構えだ。さきほどのすり鉢の音は、大福帳の表紙に引く糊をすらせた。」とおっしゃった。

 

構成

 

 

(1)

 

 

 

 

 

(2)

 

 

 

(3)

 

 

 

 

 

 

(4)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(5)

 

 

室町

烏丸通り

家質

仕事

 

 

日常

町内の葬礼

 

 

買い方

 

十二月二十八日

 

 

空き地

 

 

娘の教育

 

 

 

 

 

 

 

 

若者教育

正月七日夜

 

 

 

 

 

 

時 場所

 

借家住まいの財産家

家持ちになる

反故に万事を記す

貸家状況

万事に才覚

 

徹底倹約

帰りに薬草を採る

火打石を拾う

 

万事の処置が手本になるという願い

餅 冷めるまで待つ

 

茄子 一つ二文 二つ三文

   一つ二文で買う 

 

実用の物を作る

朝顔→なた豆

 

合理主義

 

 

 

 

 

 

 

 

長者指導

 雑炊          →

 見て食ったつもり    →

 一膳で一年中      →

 夜食は出さない=秘訣

 

 

 

 

 

藤市

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(娘)×洛中尽くし 源氏物語 伊勢物語

   ○多田の金山

   ○いろは歌 ×女寺

   ○筆の道

   ○倹約を習う 

   ○八才より袂を汚さない

   ×雛遊び 盆踊り

   ○髪を結い、真綿を伸ばす

 

(男二人)

   一人 七草

   一人 掛け鯛

   一人 太箸

 

 

 

 

主題 一代の倹約家藤市の実益的合理主義

 

   娘・男たち=第二の藤市を目指す

 

文学史 浮世草子 井原西鶴 六巻六冊三十話

 

  成立 1688年刊 

 

  内容 致富出世論 

     作者 1642〜1693年。 俳人・浮世草子作者。本名 平山藤五 大阪

        宗因について俳諧を学ぶ。四十一歳で浮世草子作者に転じる。

        好色物 武家物 町人物 雑話物など 

           この前作ともに見られるように、主人公は庶民だ。其の日常が描かれている。道長や清盛は

              出てこない。歴史上の出来事も書かれていない。小説は、明治になってヨーロッパから入っ

              てくるがその萌芽はある。、

 

 

 

 

 

(1)世界の借家大将  日本永代蔵 二 解答

(1)

一 1 しゃくや 2 しさい  3 くや 4 ぶんげん 5 ふうき 

二 1 詳しい訳。 2 財産があり、地位が高いこと。 3 京都の市街の中。

  4 商家で番頭と丁稚の間にあった使用人。

三 1 (1)今までは借家人の富豪と言われていたが、これからは家持ちの軽い身分とおもわれるから。

(3)   鶏口牛後 2 唯一の貿易港。 3 藤市。

四 1 動ゐる用ワ上一 2 言は動言ふ未ハ四 れ助動る用受 し助動き体過 に接助逆接 言われたのに

  3 動過ぐ体ガ上二

(2)

一 1 ひとえじゅばん 2 そでふくりん 3 せった 4 みるちゃぞめ 5 ともえ 6 ろくはら

二 1 日常の行い。生活態度。 2 倹約。 3 仕方なし。 4 商家または職人の家に奉公する少年。

三 1 節約のため。 2 (1)絹物を海松茶染めにしたこと。(2)染め直しができないから。 

3 紋をつけると売れにくい。 4 大切に扱った。 5 葬式の帰りに酒ン誘われそうなので。

6 藤市 7 けつまずく所で火打石を広いて 

8 転んでもただは起きない。 倒れるところに土をつかむ。 9 炊事の煙 10 藤市のように。

四 1 動着る体カ上一 2 形なし止ク活 3 助動ぬ止完

(3)

一 1 せたい 2 かがみ 3 もち 4 だんな 5 めかご

二 1 処置。 2 手本。模範。

三 1 臼 杵 せいろ 2 餅屋。 3 藤市。 4 相手にならず、時が過ぎ冷えて軽くなるのを待つ。

  5 藤市。 6 手代。 7 藤市。8 目減りした。水分が蒸発しかるくなった。

  9 手代は藤市の行為にあきれる。手代は餅を食ってもいないのに呆れて口をあけた。

  10 一つが、「楽しみ」と「個数」の両方にかかる掛け言葉。11 藤市。

四 1 なり動なる用ラ四 ぬ助動ぬ止強 べき助動べし体推 願ひ名 きっとなってしまそうな願い

  2 売り動売る用ラ四 に助動ぬ用完 来動来用カ変 たる助動たり体完 を格助詞  売りに来たのを

(4)

一 1 びょうぶ 2 らくちゅう 3 まるまげ 4 たけ 5 まわた

二 1 おとなびる。

三 1 「いづれ女の子は遊ばすまじきものなり」 

2 朝顔 花を眺めるだけ。なた豆 花を見、実を食べる。 3 浮いた心。妄りがわしい心。

4 謝礼が損。教育内容に不安。

四 1 動植う用ワ下二 2 助動ず体打 3 助動べし止推 4 助動ぬ止強 

(5)

一 1 しなん 2 ろじ 3 かみよ 4 かけだい 5 ふたはしら

二 1 金持ち。 2 教え導くこと。 3 台所。 4 新年の雑煮を祝う時に用いる太いはし。

三 1 「世渡りの大事」 2 節約を自発的にやる。 

3 すり鉢の音がするので御馳走がでると期待する。 

4 新年初めての訪問だから正月のお祝いとして。 5 掛け鯛。

四 1 動す体サ変 2 助動ごとし用比況 3 動す命サ変