(6)象潟
語釈
江山水陸の風光数を尽くして、今@象潟に方寸を責む。A酒田の湊より東北の方、山を越えし磯
を伝ひ、いさごを踏みて、その際千里、日陰ややかたぶくころ、潮風真砂を吹き上げ、雨もうろう
として、B鳥海の山かくる。C闇中に模索して、雨もまた奇なりとせ1ば、雨後の晴色またたのも
しきと、海女の苫屋に1膝を入れて雨の晴るるを待つ。
その朝、天よく晴れて、朝日華やかにさし2出づるほどに、象潟に舟を浮かぶ。まづD能院島に
舟を寄せて、三年幽居の跡をとぶらひ、向かふの岸に舟を上がれば、「E花の上こぐ」とおまれし
桜の老い木、西行法師の形見を残す。江上に陵あり、F神功后宮の御墓といふ。寺を干満珠寺とい
ふ。このところに行幸あり3しこと」「いまだ聞かず。いかんることにや。この寺の方丈に座して
簾を巻けば、風景一眼のうちに尽きて、南に鳥海天をささへ、2その影うつりて江にあり。西はG
むやむやの関路をかぎり、東に堤を築きて秋田にかよふ道はるかに、海北にかよひてまた異なり3
松島は笑ふがごとく、象潟はうらむがごとし。寂しさに悲しみを加えて、地勢魂をなやますに似た
り。
A 象潟や雨にH西施がねぶの花
B 汐越や鶴はぎ濡れて海涼し
(注)@象潟 今の秋田県由利郡象潟町。A酒田 今の秋田県酒田市。B鳥海の山 山形江kんと秋田県の境にあり、「出羽富士」と呼ばれる。C闇中に模索して 「多景朦朧トシテ一景ナシ、雨奇晴好ノ句ヲ暗ンジ得テ、暗中模索して西湖を識ル。」(『続徒然草』)D能院島 能印法師が遁世したと伝えられる島。E花の上こぐ 「象潟の桜は波にうづもれて花の上こぐ海女の釣り船」(伝、西行法師)F神功后宮 神功皇后のこと。Gむやむやの関 今の象潟町関んきあった関所。H西施 中国古代の越の国の美人。「若把西湖比西子淡粧濃抹総相宜。」(飲湖上、初晴後雨 二首) 蘇軾)
一 次の語の読みを現代仮名遣いで記せ。
1 江山水陸 2 象潟 3 湊 4 真砂 5 朦朧 6 鳥海山 7 模索 8 苫屋
9 能印 10 幽居 11 簾 12 西施
二 次の語の意味を辞書で調べよ。
1 いさご
2 真砂
3 たのもし
4 行幸
5 方丈
三 傍線部1〜3の問いに答えよ。
1 どういう状態か。
2 指示内容を記せ。
3 修辞法はなにか。
四 二重傍線部1〜3の文法問題に答えよ。
1 文法的に説明せよ・
2 品詞名 基本形 活用形 活用の種類
五 口語訳
江山水陸の優れた風景を、数多く見てきたが、今また象潟を見たいと思う心に責め立てられる。酒田の湊から東北の方角、山を越え、磯を伝い、砂を踏んでその際十里日陰がややかたむくころ、潮風が真砂を吹き上げ、雨朦朧として鳥海山が隠れる。暗がりの中を手探りをして探すように雨もまた趣深いとしたら、雨後の晴れた後の美しさも格別だろうと、漁夫の粗末な家に体ばかりを入れるようにして、雨の晴れるのを待った。その翌日、天がよく晴れて朝日がはなやかにさしだすころに象潟に舟を浮かべる。まず、能因島に舟を寄せて、三年幽居した後を尋ね、向かいの岸に舟から上がると、「花の上こぐ。」と詠まれた桜の老木、西行法師の形見を残している。江上に陵があり、神功皇后のお墓と伝える。寺があって名を干満珠寺という。神功皇后がこの地に行幸なさったということはまだ聞いたことがない。どういうことだろうか。この寺の座敷にすわって簾を巻き上げると風景が一望に見渡されて南に鳥海山が天をささえその姿は象潟の入り江に映っている。西の方はむやむやの関が路を遮って折り、東を見れば堤を築いて、秋田に通じる道が遠くに続いている。また北の方に海があり波がうちいれる所を汐越という。入り江の広さは一里ほど、様子は松島に似ているようでまた異なっている。松島は笑っているようで、象潟は恨んでいるようだ。寂しさに悲しさを加えて、地勢が心を悩ますようだ。
象潟に雨が降り合歓の花が咲いている。これは悩む西施いにている。
汐越にはぎまで濡れて鶴がいる。海は涼しい。
構成
象潟 雨 苫屋 能因島 陵 鳥海山 象潟
A 象潟 雨
○西施の形容
西施 合歓の花
B 海 鶴 はぎ
○海の景
汐越し
(6)象潟 解答
一1 こうざんすいりく 2 きさかた 3 みなと 4 まさご 5 もうろう 7 もさく
8 とまや 9 のういん 10 ゆうきょ 11 すだれ 12せいし
二1 砂。 2 細かい砂。 3 楽しみだ。 4 天皇が外出すること。 5 一丈四方。
三 1 接助 順接仮定条件 2 動出づ体ダ下二 3 助動き体過