(2)悲報到来
語釈
(1)@またの年の春ぞ、まことにAこの世のほかに聞き果てにし。そのほどのことは、1まして2何とかは言はん。
(2)みなかねて思ひしことなれど、ただBほれぼれとのみおぼゆ。あまりに1せきやらぬ涙も、3かつは4見る人もつつましければ、何とか人も思ふらめど、「5心地のわびしき。」とて、C引きかづき、寝暮らしてのみぞ、心のままに泣き過ぐす。
(3)「6いかでものをも忘れん。」と思へど、7あやにくに面影は身に添ひ、言の葉ごとに聞く心地して、身を責めて悲しきこと、言ひ尽くすべき方なし。
(4)ただ「D限りある命にて、はかなく。」など聞きしことを2だにこそ、悲しきことに8言ひ思へ、9これは、何をかためしにせんと、返す返すおぼえて、
10なべて世のはかなきことを悲しとはかかる夢見ぬ人や言ひけん
(注)@またの年 1185年。Aこの世のほか あの世。3月24日の壇ノ浦の合戦に敗れて、資盛が一門とともに入水して果てたことをさす。Bほれぼれと 呆然と。放心状態のさま。C引きかづき 夜具をひきかぶって。D限りある命にて、はかなく。 天寿を全うして、亡くなった。
一 1 面影 2 責めて
二 次の語の意味を辞書で調べよ。
1 かねて
2 あやにくし
3 なべて
三 登場人物を抜き出せ。また、傍線部1〜10の問に答えよ。
1 何に対してこう言っているか。
2 これと同じ気持ちを表す箇所を抜き出せ。
3 どこにかかるか。
4 どういう意味か。
5 どういう意味か。
6 どういう意味か。
7 「面影」は誰のか。また、「言の葉ごとに聞く心地して」はどういう意味か。
8 主語を記せ。
9 指示内容を記せ。
10 これとほぼ同じ内容を述べた箇所を抜き出せ。
四 二重線部1・2の文法問題ない答えよ。
1 品詞分解
2 文法的に説明せよ。
五 口語訳
(!)翌年(元暦二年)の春に、本当に(資盛が)この世の人でなくなったという知らせを聞いてしまった。その当時のことは、(都落ちの際に離別したときの悲しみに比べても)まして(いったい)何と言ったらよかろうか、いや、何とも言いようがない。
(2)すべてそれ以前から思っていたことではあるけれど、ただ呆然とした気持ちでいるばかりだ。あまりにせきとめがたく流れ出る涙も、一方では傍らで見ている人にも遠慮されるので、何事かと人も思うだろうけれど、「気分がすぐれない。」と言って、(夜具を)引きかぶって、終日寝てばかりいて、思う存分泣き暮らす。
(3)「何とかして忘れよう。」と思うけれども、不都合な(資盛の)面影は身に添い、(かつて聞いた)言葉一言一言を(今も耳に)聞く気がして、(それが)身を責めさいなんで悲しいことは、(どうにも)語り尽くす手立てがない。
(4)ただ「天寿を全うして亡くなった。」などと聞いたときでさえ、悲しいことだと言ったり思ったりしたのだが、この(資盛の)場合は、(若くしての非業の死であるから、いったい)何を例にし(てこの悲しみを表現し)たらよかろうか、いや、前例のないことだよと、返す返す思われて、
おしなべて人の死を悲しいというのは、このような夢としか思えないつらいめにあったことのない人が言ったのだろうか。
構成
(1) (2) (3) (4) |
節 |
1185年 3月24日 壇ノ浦 |
時 場所 |
報届く 何と言ってよいか 覚悟していながら呆然とする 苫らに涙は人に遠慮される 気分が優れないとばかり言っている 存分泣き暮らす 忘れよう 身を責める 語り尽くせない 天寿を全うして亡くなったー悲しいこと 言いようのない悲しみ 歌 死が恐ろしいとは夢を見ない人が言う |
建礼門院右京太夫 |
戦死 面影が浮かぶ 声が聞こえる 資盛の死(若死に 非業の死) |
平資盛 |
主題 戦死した愛人を悼む悲しみ
(2)悲報到来 解答
一 1 おもかげ 2 せ
二 1 以前から 2 不都合だ 3 いしなべて
三 1 資盛が都落ちして別れたときの悲しさ
2 言ひ尽くすべき方なし なにをかためしにせん 3 つつましければ
4 傍らで見ている人に対しても遠慮される 5 気分が優れない 6 なんとかして
7 資盛 人の話を聞く度に資盛が話しているように錯覚すること 8 人々
9 戦いで資盛を失ったことの悲しみ 10 限りある命にて、はかなく
四 1 せきやら 動ラ四せきやる未 ぬ 助動消ず体 涙 名 も 係強意 2 副軽いものから重いものを
文学史
成立 1232年
ジャンル 日記 歌数359首 勅撰集にも入集している。歌を時間的に配列し、内容ある長文の詞書きがあり日記に入れた。
作者 建礼門院右京大夫 父 藤原伊行
作者は、1173年ごろ16,7才で平清盛の次女徳子(高倉天皇の中宮建礼門院)に仕えた。この翌年から日記は始まる。建礼門院のあと後鳥羽院にも仕え、1233年76才でなくなる。
上編には平氏全盛期の宮廷での満たされた生活が、下編にはそれらを失い失意に暮れる生活が描かれる。平家の繁栄と没落をともにし、激動の中に生きる。最愛の人を失った衝撃に真理に目覚める。物の本質をとらえることができるようになり、愛の、月の、星の本質を見据える。
作者は、戦争で最愛の人を失った悲しみを初めて描く。また、宮廷女流文学者の最後の人となる。『源氏物語』は父がその研究者であるということもあり、親しんでいたと思われる。後白河法皇の五十の賀の場面、資盛の遺品処分の場面等で物語の同様の場面を思い出す。作品を自分に引き付けて読む読み方をしている。