土佐日記                           紀貫之

語釈

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   門出

 

 

(1) 男も1すなる日記といふものを、1女もしてみむとて、するなり。 @それの年の十二月の二十日余

 

り一日の日の2戌の時に、門出す。3そのよし、いささかにものに書きつく。

 

(2) 4ある人、A県の四年五年果てて、B例のことどもみなし終へて、C解由など取りて、D住む館より

 

出でて、E船に乗るべき所へわたる。かれこれ、知る知ら2、送りす。年ごろよくくらべ3つる人々なむ、

 

別れがたく思ひて、日しきりに、とかくしつつ、ののしるうちに、夜更け4ぬ。

 

(3) 二十二日に、F和泉の国までと、G平らかに願立つ。藤原のときざね、船路なれど、むまのはなむけ

 

す。5上・中・下、酔ひ飽きて、いと5あやしく、潮海のほとりにて、あざれ合へり。

 

(4) 二十三日。八木のやすのりといふ人6あり。この人、H国に必ずしも言ひ使ふ者にもあらざなり。6

 

これぞ、Jたたはしきやうにて、むまのはなむけしたる。7守柄にやあらむ、8国人の心の常として、「今は。」

 

とて見えざなるを、心ある者は、恥ぢずになむ来ける。これは、ものによりてほむるにしもあらず。

 

(5) 二十四日。K講師、むまのはなむけしに出でませり。あとある上・下、童まで

 

酔ひしれて、一文字をだに知らぬ者、Lしが足は十文字に踏みてぞ遊ぶ。

 

(注) @それの年 ある年 某年。事実は九三四年(承平四)をさす。 A県の四年五年 国守として地方に勤務する任期の四五年。B 例のことども 国守交替のときのきまりの事務引き継ぎ。C 解由 新任者が前任者の任期満了を証明した文書を、「解由」といった。D住む館 国守の官舎。今の高知県南国市比江にあった。E 船に乗るべき所 今の高知市大津にあった港。F 和泉の国 今の大阪府南部。 G 平らかに願立つ 心静かに神仏に願いを立てる。H国 国司の庁。11 ざなり 「ざるなり」の音便「ざんなり」が表記されない形。

Jたたはしきやうにて いかめしく立派な様子で。K 講師 国分寺の住職。国内の僧尼を管理し、仏の教えを講じるもの。L しが足は その足は。「し」は代名詞。

 

一 次の語の読みを現代仮名遣いで記せ。

 

  1 十二月     2 二十日余り一日  3 戌の時       4 門出

 

  5 県      6 四年五年      7 解由       8 住む館

 

  9 和泉の国   10 船路       11 酔ひ飽きて   12 潮海 

 

  11 講師    12 

 

二 次の語の意味を辞書で調べよ。

 

  1 門出

 

  2 戌の時

 

  3 よし

  4 いささかなり

  

  5 年ごろ

 

  6 くらぶ

 

  7 ののしる

 

  8 船路

 

  9 むまのはなむけ

 

  10 あく

 

  11 あやし

 

  12 あざる 狂る(戯る)

 

  13 たたはし

 

三 登場人物を抜き出せ。また、傍線部1〜8の問いに答えよ。

 

 登場人物

 

 1 作者は、なぜ自分が女性であるかのように書いたか。

 

  2 なぜ夜に門出したか。

 

  3 指示内容を記せ。

 

  4 誰をさすか。

 

  5 何の上中下か。

 

  6 指示内容を記せ。

 

  7 この言葉はどこまでかかるか。

 

  8 「国人」はなぜ見送らないのか。

 

四 二重線部1〜6の文法問題に答えよ。

 

  1 二重線部と傍線部1をそれぞれ品詞分解せよ。

 

  2、3、4 基本形、活用形、文法的意味を記せ。

 

  5、6 品詞名、基本形、活用形、活用の種類をしるせ。

 

五 1〜12の表現上の特色を説明せよ。

 

  1 男もすなる日記といふものを  3 それの年  4 ものに  5 ある人

 

  6 例のことども  7 船に乗るべき所  8 かれこれ、知る知らぬ

 

 

2 女もしてみむとて

 

 

  9 船路なれど、むまのはなむけす

 

  10 潮海のほとりにて、あざれあへり

  

12 一文字をだに知らぬ者、(14)しが足は十文字に踏みてぞ遊ぶ    

 

  11 国人の心の常として、「今は。」とて見えざなるを

  

六 口語訳 

 

@   男もするとかいう日記というものを、女(の私)もしてみようと思ってするのだ。ある年の十二月二十一日の午後八時頃に旅立ちをする。そのいきさつをほんの少しものに書き付ける。

A   ある人が、国司として地方に勤務する任期の四五年の任期が終わって、国司交替のときのきまりの事務引き継ぎなどもすっかり終わって、解油状などを受け取って、住んでいた官舎から出て、船に乗るところへ移る。あの人もこの人も、知っている人も知らない人も見送りする。数年来親しくつきあってきた人々は、別れづらく思って、一日中あれこれしながら大声を上げて騒ぎ立てるうちに夜が更けた。

B   二十二日に、和泉の国(に着く)まではと無事を念じて神仏に祈願する。藤原のときざねが、船路の旅であるのに、「うまのはなむけ」(送別の宴)を開く。身分の上中下のみなが、十分に酔って、たいそう不思議なことだが、海のほとりでふざけあった。

C   二十三日。八木のやすのりという人がいる。この人は、国の役所で必ずしも召し使う人でもないようだ。この人がいかめしく立派な様子で餞別をしてくれた。国司の(人柄の)せいだろうか。地方の人の人情一般として、「いまとなっては。」と言ってみえなくなるそうだが、真心のあるものは、他人の目など気にせずやってくる。これは贈り物(が立派だったこと)によってほめるのではない。

D   二十四日。国分寺の住職が餞別をしにいらっしゃった。すべての者は、身分の上下を問わず、子供までがすっかり酔って、「一」という文字さえ(手で)書けない者が、足では「十」文字を踏んで遊び楽しむ。

 

 

構成

主題 出発の様子 見送ってくれる人への感謝と作者の人柄

(1)

 

(2)

 

(3)

 

(4)

 

(5)

 

 

 

 

 

934年12月21日

 

館から港へ

 

12月22日

 

12月23日

 

12月24日

 

 

 

時 場所

 

門出

 

国司の任期終了 人々の見送り

 

藤原のときざねの送別の宴

 

八木のやすのりの餞別

 

講師の餞別

 

 

 

 事件

 

 

 

 

*日記 当時は男が漢文で書いた。記録中心であった。紀貫之は文学として最初に書いた。この後、『蜻蛉日記』、『更級日記』等が書かれる。

    近代に入り、『一葉日記』(樋口一葉)、『欺かざるの記』(国木田独歩)が書かれる。

 有名人の日記は、資料(例 原敬の日記 高見順の日記)としての価値がある。 

    西洋には、『ルーマニア戦記』(カロッサ)、『日記』(アミエル)、『日記』(アンドレ・ジード)がある。 

 

*国司 諸国を治めるために、中央から派遣される地方官。任期は4年。

 

 

 

 

文学史

 

成立  935年  日記 紀貫之

 

内容  仮名で書かれた最初の日記文学 土佐の守の任を終えて帰京するまでの55日間の旅日記。

    女性に仮託して自由に書いた。

 

作者  醍醐。朱雀の両朝に仕える。土佐の守 

当時の歌壇の第一人者 歌人 三十六歌仙の一人 『古今集』を選進し、仮名序を書いた。

父望行も従弟友則も子の昭文も歌人であった。868年生まれ、930年国守として土佐の国に赴任し、在勤した。

 

『土佐日記』 門出 答

 

登場人物 ある人 くらべつる人 藤原のときざね 八木のやすのり 講師  

 

一 1 しわす  2 はつかあまりひとひ  3 いぬのとき  4 かどで   5 あがた

  6 よとせいつとせ  7 げゆ  8 すむたち   9 いずみのくに  10 ふなじ

  11 えいあきて  12 わらわ 

 

二 1 旅立ち  2 午後八時頃  3 いきさつ  4 ほんの少し  5 数年来  6 心を通わして、親しくつきあう。 7 大声を上げて騒ぎ立てる。  8船の旅   

9 「馬の鼻向け」の意。旅立つ人の馬の鼻をその行き先に向けて安全を祈ったことから。旅立つ人に物を贈ること。また、その品。送別の宴。 10 十分に満足する。  11 不思議だ。  

12 狂(戯)る=ふざけること 鯘る=(魚肉などが)腐る  13いかめしくおごそかである。

 

三 1 女性仮託し、平仮名で書く。私的感情を自由に書いた。 

 2 当時、旅立ちや旅からの帰宅は人目をさけて夜間行われた。  

3 門出   4 紀貫之   5 身分  

6 八木のやすのり   7 「恥ぢずになむ来ける」   8 すでに前の国司であり、今更用はないから   

 

四 1 す 動サ変す止、 なる 助動なり体 伝推、 日記 名

  1 女 名、も 同じ趣  し 動サ変す用 て 接助 単純接続 み 動マ行上一みる未

 む 助動む止意 とて 格助 する 動サ変す体 

なり 助動なり止断 

 

五 1 3 4〜8 ぼかし 事実を書かず、ぼかして一般化し作品にする。

 2 女性仮託 日記は、当時男が漢文で書いた。記録中心であった。女が平仮名で書いた。紀貫之

は女性に仮託しひらがなで私的感情を自由に書いた。

 

9 滑稽 馬に乗るのでもない、船の旅なのに馬の鼻向け(送別の宴)をする。(例)船=舳先 車=フロント 飛行機=機首

 

10 滑稽 海辺で塩があれば腐るはずもないのに腐る(ふざけあっている)。鯘(あざ)る=魚が腐る。

狂(あざ)る=ふざける。

 

12 滑稽 手で書くと言えば「一」という文字さえ知らない者が、足で「十」文字を書くように踏み出している。

 

11 批評 紀貫之はすでに前の国司であり、今更用がある訳ではないから。