ねずみの婿とり
語釈
1ねずみの、娘をまうけて、「天下に並びなき婿をとらん。」と、おほけなく2思ひ企てて、「3日天子1こそ
世を照らしたまふ徳1めでたけれ。」と思ひて、朝日の出でたまふに、 「娘をもちて候ふ。みめかたちなだら
かに候ふ。4まゐらせん。」と申すに、
「われは世間を照らす徳2あれども、雲に会ひぬれば光もなくなるなり。雲を婿にとれ。」とおほせられけれ
ば、「まことに。」と思ひて、黒き雲の見ゆるに会ひて、このよし申すに、
「われは日の光をも隠す徳あれども、風に吹き立てられぬれば、5何にてもなし。風を婿にせよ。」と言ふ。
「さも。」と思ひて、山風の吹けるに向かひて、6このよし申すに、
「われは雲をも吹き、木草をも吹きなびかす徳あれども、築地に会ひぬれば7力なきなり。築地を婿にせよ。」
と言ふ。「げに。」と思ひて、築地にこのよしを言ふに、
「われは風にて動かぬ徳あれども、ねずみに掘らるるとき、8耐へがたきなり。」
と言ひければ、さては、ねずみは何にもすぐれたるとて、9ねずみを婿にとりけり。 [沙石集]
一 次の語の読みを現代仮名遣いで記せ。
1 婿 2 企てて 3 日天子 4 徳 5 候ふ 6 申す
7 築地 8 掘る 9 耐ふ 10 沙石集
二 次の語の意味を辞書で調べよ。
1 おほけなし
2 徳
3 めでたし
4 かたち
5 よし
三 登場人物を抜き出せ。また、傍線部1〜9の問いとアの問いに答えよ。
1 娘の結婚相手の条件として望んでいるものを文中から漢字一字で抜き出せ。
2 何を「思ひ企て」たのか。
3 この後で何と言っているか、抜き出せ。
4 何をさしあげようというのか。
5 具体的にどういうことか。
6 どういうことをさしているか。
7 どういうことか。
8 どういうことか。
9 主語を記せ。
ア ねずみには、言われたことを何も考えずにそのまま受け取ってすぐ行動に移す、思慮の浅い面がある。そのことを示すねずみの言葉を文中からそれぞれ四字以内で抜き出せ。
四 二重線部1,2の文法問題に答えよ。
1 結びの語 基本形 活用形
2 品詞名 活用の種類 基本形 活用形
五 口語訳
ねずみが娘を得て、「天下に並ぶ者のない婿を取ろう。」と、厚かましく思い立って、太陽こそ世間を照らしなさる能力がすばらしい。」と思い、朝日が出なさったのに、「娘を持っております。顔かたちはほどよくございます。さしあげましょ。」と申し上げると、「私は世間を照らす能力があるけれども、雲に会ってしまうと光もなくなるのだ。雲を婿にとれ。」とおっしゃられたので、「本当に(そうだ)。」と思って、黒い雲が見えるのに、会ってこのことを申し上げると、「私は日の光を隠す能力があるけれども風に吹きたてられてしまうと、どうにもならない。風を婿にとれ。」と言う。「まったく(そうだ)。」と思って、山から吹く風が吹いているのに向かってこのことを申し上げると、「私は、木や草を吹きなびかせる能力があるけれども、土塀に会ってしまうとどうしようもないのだ。土塀を婿にとれ。」と言う。「なるほど(そうだ)。」と思って、土塀にこのことをいうと、「私は、風で動かない能力があるけれども、ねずみに掘られるときは、こらえがたいのだ。」と言ったので、それではねずみは何に対してもすぐれているわけでねずみを婿にとったのだった。
構成
娘の婿捜し 「婿になってください。」 → 「婿になってください。」 → 「婿になってください。」 → 「婿になってください。」 → ねずみは最も優れている。 ねずみを婿にする。 |
ねずみ |
1 太陽「照らす能力はある。雲に隠される。」 雲を推薦する。 2 雲 「太陽を隠す能力はある。風に吹きたてられる。」 風を推薦する。 3 風 「雲を飛ばす能力はある。土塀に防がれる。」 土塀を推薦する。 4 土塀「風を防ぐ能力はある。ねずみに掘られる」 ねずみを推薦する。 |
婿の候補者 |
主題 身分不相応なことはすべきではない。
ねずみの婿取り 解答
一 1 むこ 2 くわだ 3 にってんし 4 とく 5 そうろ 6 もう 7 ついじ
8 ほ 9 た 10 しゃせきしゅう
二 1 身分不相応だ 2 能力 3 すばらしい 4 容貌 5 趣旨
三 登場人物 ねずみ 娘 日天子 雲 風 土塀
1 徳 2 天下に並びなき婿をとらん 3 朝日 4 娘 5 吹き飛ばされること
6 雲が風に吹き飛ばされるから風を婿にとれと言ったこと 7 さえぎられること
8 崩されること 9 ねずみ
ア まことに(本当にそうだ) さも(全くそうだ) げに(なるほどそうだ)
四 1 めでたけれ めでたし 已然形 2 あり ラ変動 已然形
文学史
成立 1283年 無住作 説話集
内容 庶民的 ユーモラス 狂言・落語等の祖