児のかいもちひするにそら寝したること 巻一の一二
語釈
1 今は昔、@比叡の山に児ありけり。僧たち、宵のつれづれに、1「いざ、Aかいもちひせむ。」と言ひける
を、この児、B心よせに聞きけり。さりとて、し出ださむを待ちて寝ざらむも、わろかりなむと思ひて、片方
に寄りて、2寝たるよしにて、出で来るを待ちけるに、すでにし出だしたるさまにて、ひしめき合ひたり。
(2) この児、さだめておどろかさむずらむと、待ちゐたるに、僧の、「Cもの申しさぶらはむ。おどろかせ
たまへ。」と言ふを、うれしとは思へども、ただ一度にいらへむも、待ちけるかともぞ思ふとて、いま一声呼ば
れていらへむと、3念じて寝たるほどに、「や、1な起こしたてまつりそ。をさなき人は、寝入りたまひにけり。」
と言ふ声のしければ、あな、わびしと思ひて、いま一度起こせかしと、思ひ寝に聞けば、Dひしひしと、ただ
食ひに食ふ音のしければ、ずちなくて、無期ののちに、「4えい。」といらへたりければ、5僧たち笑ふこと2
限りなし。
(注)@比叡の山 延暦寺のこと。Aかいもちひ ぼた餅、おはぎのたぐい。B心よせに 心頼みに期待すること。Cもの申しさぶらはん もしもし。Cひしひし むしゃむしゃ。
一 次の1〜6の語の読みを現代仮名遣いで記せ。
1 児 2 比叡の山 3 宵 4 片方 5 念じて 6 無期
二 次の1〜5の語の意味を辞書で調べよ。
1 そら寝
2 つれづれ
3 わろし
4 おどろく
5 念ず
6 わびし
三 登場人物を抜き出せ。また、傍線部1〜5と*1〜3の問いに答えよ。
登場人物
1 「 」は誰が誰に対して言った言葉か。
2 傍線部2とあるが、「児」がそうしたのはなぜか。その理由として「児」が心の中に思っている箇所を文中から22字以内で抜き出せ。
3 傍線部3とあるが、「児」がそうしたのはなぜか。その理由として「児」が心の中に思っている箇所を文中から22字以内で抜き出せ。
4 傍線部4はどの言葉に対する返事か。
5 傍線部5なぜ「笑」ったか。
○1 児が心の中で思っている箇所に<>を付けよ。
○2 僧達の描写の中に、児の心理が分かる箇所がある。そこに《》をつけよ。また、その心理はどういうものか。
○3「寝」という語は、ア「眠る」意味の場合と、イ「横になっている」意味の場合がある。次の1〜5はそれぞれどれになるか。
1 寝ざらむも 2 寝たるよしにてどに 3 念じて寝たるほどに 4 寝入り 5 思ひ寝に聞けば
四 二重線部1,2の文法問題に答えよ。
1 品詞分解 口語訳
2 品詞名 基本形 活用形
五 口語訳
(1) 今ではもう昔のことになってしまったが、比叡山に児がいた。僧たいが宵の所在ないのに任せて「さあぼた餅を作ろう。」と言ったのをこの児は期待して聞いていた。そうかといって、できるのを待って寝ないでいるのも良くないと思って片方によって寝たふりをして、できるのを待っていたときにすでに出来た様子で騒ぎ合っている
(2) この児は、きっと目を覚まさせてくれるだろうと待っていたところ、僧が、「もしもし目を覚ましなさい。と言うのを、うれしいとは思うけれど、ただ一回で返事するのも待っていたのかと思って、もう一回呼ばれて返事をしようと、我慢して寝ている内に「おい、おこし申すな。幼い人は寝入りなさっている。という声がしたので、ああ辛いと思ってもう一度起こせよ。と思いながら横になっているとむしゃむしゃただ食う音がしたのでどうしようもなくて長くしてから「はい。」と答えたので僧たちは笑うこと限りなかった。
構成
2 |
1 |
節 |
体裁 ≧ 欲望―間の抜けた返事 |
体裁―寝たふりをして我慢する ≦ 欲望―食べたい |
児 |
←起こす ぼたもちを食う音 |
ぼたあもちを作る |
僧 |
主題 少年らしい気遣いがかえって失敗の元になってしまった滑稽談
(1)児のかいもちひするにそら寝したること 巻一の一二 解答
一 1 ちご 2 ひえのやま 3 よい 4 かたかた 5 ねん
二 1 寝たふりをすること 類語 狸寝入り そら泣き そら死に そら言
三 登場人物 児 僧たち 僧 をさなき人
1 僧たちが児に 2 し出さんを待ちて寝ざらむも、わろかりなむ 3 ただ一度にいらへむも、待ち
けるかともぞ思ふ 4 もの申しさぶらはむ。おどろかせたまへ 5 間の抜けた時分に返事をしたから
*1 さりとて、し出ださむを待ちて寝ざらむも、わろかりなむ
さだめておどろかさむずらむ
うれし
いま一声呼ばれていらへむ
あなわびし
いま一度起こせかし
*2 すでにしい出したるさまにて、ひしめき合ひたり
ひっしひしと、ただ食ひに食ふ音のしければ
*3 1 ア 2 ア 3 イ 4 ア 5イ
文学士史
成立 1221年? 説話集 作者未祥
内容 197話の内約80話が『今昔物語集』と重複している。