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(1)   頭少将@ 良峰宗貞の出家  『今昔物語集』巻第十九第一

語釈

(1)しかる間、十月ばかりにA笠置といふ所に詣でて、ただひとりB礼堂の片隅に、蓑をうち敷きてC行ひゐた

 

るほどに、1見れば、2参る。あるじと見ゆる女一人、D女房だちたる女一人、侍とおぼしき男一人、E下の男

 

女合はせて二、三人ばかり1なむ見ゆる。ゐたる所F二間ばかりをのきて、3これらはゐぬ。われは暗き所に2

 

たれば、人3ありとも知らずして、忍びて仏に申すことどもあらあら聞こゆ。よく4聞けば、この女人申すやう、

 

「G世にうせにし人のありさま知らせたまへ。」とH泣きけはひにてあはれに申すを、耳を立ててよく聞けば、5

 

が妻にてありし人のけはひにI聞きなしつ。われを尋ねむためにかく行ふなりけりと思ひ、あはれに悲しきこと

 

限りなし。われここにありとや言は4ましと思へども、J知らせてはいかがはせむ、仏は、かかる中をば別れ5

 

とこそかへすがへす教へたまひけることなれば、6思ひ念じてうぃたるほどに、

 

(2)夜も明け方になりぬれば、この詣でたる人々6いづとて、礼堂の方より歩びいでたるを見れば、7男は、わ

 

がK乳母子にてL帯刀にてありし者なりけり。七、八歳ばかりありしわが子を背に負ひてぞある。女は、四、五歳

 

ばかりなりしわが子をいだきたり。礼堂を出でて、霧の降りたるに歩び隠れけるほどに、8よくM心強からざらむ

 

人はN知られなむかしとぞおぼえける。

 

(注)@ 良峰宗貞 816年〜890年。左兵衛の佐、左近衛少将などを歴任し、849年正月に蔵人頭になったが、翌年三月に出家した。「蔵人頭」は、天皇の身辺の諸事や文書などを扱う蔵人所の職名で、別当に次ぐ地位。

A笠置 笠置寺のこと。今の京都府相楽郡の笠置山にある。B礼堂 礼拝堂。金堂の前にあり、本尊を礼拝するための堂。C行ひゐたる 読経などの勤めをして座っている。D女房だちたる (つきそいの)女房らしく見える。

E下の男女 下男や下女。F二間 間は建物の柱と柱の間隔をいう。G世にうせにし人 行方が分からなくなってしまった人 H泣きけはひにて 涙ながらの様子で I聞きなしつ 聞いて分かった  J知らせてはいかがはせむ 知らせてなんとしよう K乳母子 乳兄弟。ここでは宗貞の乳母の子 L帯刀 皇太子の身辺を警護する役人。

M心強からざらむ人は 意志の強くないような人 N知られなむかし きっと知られてしまうだろうよ。我慢できず妻に会ってしまうだろう、の意

 

一 次の語の読みを現代仮名遣いで記せ。

 

  1 笠置  2 詣づ  3 蓑  4 乳母子  5 帯刀  

 

二 次の語の意味を辞書で調べよ。

 

  1 詣づ

 

  2 見ゆ

  3 あらあら

 

  4 念ず

 

三 登場人物を抜き出せ。また、傍線部1〜8の問いに答えよ。

 

登場人物

 

 

1 主語を記せ。

 

2 誰のことか。

 

3 指示内容を記せ。

 

4 何を。

 

5 誰のことか。

 

6 主語を記せ。

 

7 宗貞の心にどういう影響を与えているか。

 

8 宗貞は、なぜ妻子と会わなかったのか。理由と思える箇所を抜き出せ。

 

四 二重線部1〜6の文法問題に答えよ。

  1 結びの語      基本形      活用形

 

  2 品詞名       基本形      活用の種類       活用形

 

  3 品詞名       基本形      活用の種類       活用形

 

  4 文法的意味

 

  5 品詞名       基本形      活用の種類       活用形

 

  6 品詞名       基本形      活用の種類       活用形

 

 

 

 

 

 

 

 

五 口語訳

(1)そのうちに、(宗貞)は十月頃に笠置寺という所に、参詣して、ただ一人礼堂の片隅に傘を敷いて、読経などをして座っているときに(ふと)見ると、参詣の人がやってくる。主人と思われる女性が一人、(付き添いの)女房らしい女が一人、侍と思われる男が一人、下男下女あわせて二、三人ほどが見える。(宗貞の)座っているところから二間ほど離れて、これらの者たちは座った。わたしは暗いところに座っていたので、そこに人がいるとも知らずに、忍び声で仏に願い事を申し上げていることが大略聞こえる。よく聞くと、この女性が(仏に)申すには、「行方が分からなくなった人の消息をお知らせください。」と、涙ながらの様子で悲しげにお願いしているのを、耳をそばだててよく聞くと、自分の妻であったような女のようだと分かった。さてはわたしを捜すためにこのように参詣しているのだったのだなと思い、しみじみと悲しいことはこのうえもない。わたしはここにいるよと言おうかとも思うが、(今)知らせてなんとしよう、仏は、このように離れがたい夫婦の間柄をこそ別れよと繰り返しお教えになっていることだからと、じっと我慢して座っている内に、

 

(2)その夜も明け方になったので、この参詣の人たちは帰ると言うわけで、礼堂のほうから歩き出たのを見ると、(供の)男は、自分の乳母兄弟で帯刀だった者であった。(自分が出家したときは)七、八歳ほどであった自分の息子を背負っている。女は、やはり四、五才歳ほどであった自分の娘を抱いている。礼堂から出て、一面に立ちこめた霧の中に隠れて行ったが、よくよく意志の強い人でなければ、きっと(名乗り出て)妻に会ってしまうであろうと思われた。

 

構成

 

(1)

 

 

 

 

 

(2)

 

 

十月 笠置寺

夜 暗

 

 

 

 

朝 明

 

 

 

 

 

 

 

 

時 場所

 

修行

聞く            →

会いたい衝動

  ≧

仏道修行

 

見る            →

 

見送る           →

会いたい衝動

  ≧

仏道修行

 

 

 

 

 

 

宗貞

 

 

妻 その他 参詣

妻「夫の消息を知らせて。」

 

 

 

 

男=男の子を背負う

女=女の子を抱く

霧の中に消えていく

 

 

 

 

 

 

宗貞の家族

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

主題 出家した宗貞の悲しみ

 

 

 

   頭少将@ 良峰宗貞の出家  『今昔物語集』巻第十九第一 解答

 

一 1 かさぎ 2 もう 3 みの 4 めのとご 5 たてわき

二 1 参詣する 2 おもわれる 3 大略 4 我慢する

三 登場人物 人 あるじ風の女 女房ふうの女 侍らしい男  下男下女二三人

1 宗貞 2 参詣人 3 人 4 仏への願い事 5 宗貞の妻 6 宗貞 

7 夜が明けて家族や親しい人々の姿を見、さらに悲痛な思いをした 

8 仏は、かかる中をば別れねとこそかへすがへす教へたまひけることなれば

四 1 見ゆる 見ゆ 体 2 ワ行上一動ゐる用 3 ラ変動あり止 4 助動まし喜 

  5 打ち消し助動ず体  6 ダ行下二いづ止   

 

 

 

文学史

 

成立 1120~1156年ごろ 作者未祥 説話集

内容 天竺の部(インド)・ 震旦の部(中国)・ 本朝の部(日本)の三部に大別される。

    仏教説話・世俗説話 1200余の説話 『千夜一夜物語』はシェヘラザードが王様にした話の夜が

千一夜であって話の数はそれより少ない。

漢字片仮名交じりで書かれ、この後の『平家物語』の和漢混淆文に発展する。

芥川龍之介が『鼻』『羅生門』等の傑作を発表し、其の価値が認められた。